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僕に唯一できることは。  作者: 伊月
晴れのち
27/32

待ち合わせってなんだかデートっぽい

前話後書きのとおり、(たぶん)糖度高めな話。25と26の間の話です。

 まるで祝ぐような晴天下。まだ気温は上がりきらず、陽も上昇途中な、そんな時間。

 駅前で美衣を待つ僕は、柄にもなくカフェの壁ガラスを睨み、髪型をチェックする。


 たぶん、大丈夫。


 金曜夜。あの時僕は、確かに美衣に想いを伝えることができた。そして彼女は。

 ガラスに映る自分の顔が気持ちの悪いことになっているのに気が付いて、慌てて頭を振る。せっかく確認した髪型が乱れた事実に、ため息が漏れた。


「おや、朝からゆうくんは陰々滅々ですかな?」

「……珍しいな、美衣が影響されるなんて」


 つい最近千葉に真逆のこと言っちゃったよ。


「あはは、ちょっとカッコよかったから、たまにはね」


 声の出どころへ振り向くと、新鮮な、けれど見慣れたような、そんな姿があった。白いワンピースの上から羽織っているのは、彼女が好きな、彼女と同じ名前の色のカーディガン。


 美衣の私服姿を見たことは幾度となくあるし、このワンピースもカーディガンも、単品では既知の衣服だ。けれど、僕と出かけるためにこの服装を考えてくれたのかと想像すると、こみ上げるものがある。


「なんていうか、その、あれだ……似合ってるぞ」


 一瞬面食らったように目を丸くした美衣は、すぐに口元に笑みを湛えて目を細める。


「かわいい?」


 いたずらな微笑みとともに出てきたそんな言葉にどう答えたものかと逡巡するが、昨夜の時点で既に手遅れだということを思い出した。


「……ああ、すごくかわいい」

「えへへ、ありがと」


 自分から訊いてきたくせに頬を紅潮させる美衣。そんな様を見ていると、自分の発言を改めて意識してしまい、僕まで熱が上がった。


 陽は昇る。僕たちがこうして立ち話をしている間にも、時計の針は確かに時間を刻み続ける。美衣とふたりならいつまででも話していられる自信があるが、今日はそうも言っていられない。スケジュールをあまり大きく崩すのは望むところではないのだ。


「行こう。いつも通り、まずは八幡宮だよな」

「うん! でももうほとんど散っちゃってるかなぁ」

「そういえば、去年までよりかなり遅いか。まあその場合はこの前のあれを思い出して許してくれ」


 桜吹雪に取り込まれた記憶を呼び起こしながら言う。一年の始まりとしては、申し分ない景色だったはずだ。

 とはいえ、ならば今日は妥協していいのかと問われれば、当然そんなことはない。

 僕の今日の役割は、美衣に桜が散る前の刹那を最大限楽しんでもらうことだ。

 何故なら僕は、美衣の彼氏なのだから。




「あ」


 電車に乗らんと駅構内を歩いていると、突然美衣が立ち止まった。反応しきれず数歩先で止まった僕に、彼女は。


「ゆうくんも、カッコいいよ」


 眩い笑顔だった。好きな女の子にそんなことを言われて、顔を直視できるほどのメンタルを僕は持ち合わせていない。


 思わず視線を逸らすが、すぐに小さな柔らかい手が僕の手を握り、引き寄せる。


「私の隣を歩くんだから、胸を張って歩いてね。私も、自信持って歩くから」


 その言葉に、一瞬身体が強張った。

 彼女の言葉は、自意識過剰によるものでは、もちろん、ない。だが、自覚もしている。佐倉美衣という少女が、周りにどう想われているのかを。どれほどの人間に想いを抱かれてきたのかを。失った記憶の数だけ。克明に、理解した。


 抜けているところはあるが、聡明な少女であることに違いはないのだ。

 隣を歩く僕が小さく見えると、大きな存在である美衣と不釣り合いとなる。天秤が傾く。そうなってしまうと、いやでも目立ち、反感を買う。「あの男は相応しくない」と。


 ……過剰であることはわかっている。そんな出来事はフィクションの中だけで、実際はもっと穏やかで、ドラマ性に欠けるのが現実だ。つまり、僕らはただ、本に影響されているだけに過ぎない。

 けれど、シェリーという存在は、そういった甘えを許してくれるほど、柔軟なものではないのもまた、現実なのだ。


「大丈夫。僕は僕だよ。他の誰よりも、君に相応しい」


 一ノ瀬にでも聞かれれば鼻で笑われること間違いなしの歯が浮きそうなセリフだが、今はきっと、これが正しい。

 他の誰かが付け入る隙を生むことは、シェリーが表に出る可能性を生むことに他ならないのだから。

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