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何を今さら恥ずかしがっているのか、部屋の前で待たされた僕は壁にもたれてじっと考えていた。
別に、ここに何か鍵となるピースがあると直感したとか、決意を新たにしにきたとか、そういうのではまったくない。ただ、本当になんとなく、久しぶりにここに来たかっただけなのだ。あるいは、心を落ち着かせたかったのかもしれない。
僕と美衣の家は徒歩一分の距離だ。具体的に言うと斜め向かい。だから昔からよくお互いの家に行き来していて、自然美衣の両親とも見知った仲。父親の方はまだ仕事中のようだが、専業主婦である母親は相変わらず若く、本当に四十代なのか疑うほどである。
かわいらしい字で『みいのへや』と書かれた木札は、僕が物心ついた時からここにあったように思う。
「うーん、大丈夫、だよね……? うん、大丈夫。ゆうくんー。入っていいよー」という声が扉の向こうから聞こえる。やっとか、と思いながら取っ手に手を置いた瞬間、僕は気付くべきでなかったことに気がついてしまった。
あれ、なんか僕勢いに任せてここまで来ちゃったけど、大丈夫なのかこれ。
僕が最後に美衣の部屋に入ったのは、中学二年生の冬。つまり一年とちょっと前。あの時と違い美衣はもう女子高生で、女子高生といえば恋愛ストーリーの花形、思春期真っ盛り青春の真っただ中だ。かくいう僕も男子高校生で。
そして何より、佐倉美衣は僕の想い人。わかりやすく言うと好きな人。
今までこの部屋は『幼馴染みの部屋』だった。けれど、向こうは認識していないとはいえ、告白し今まで以上に強く僕自身の想いを実感している現在。ここは『好きな女の子の部屋』なのである。
その真実を理解してしまった途端、一気に手汗がにじみ出てくる。緊張、しないわけがない。
「ゆうくん? 入らないの?」
高鳴る鼓動をどう静めればいいのかと戸惑っているうちに、小さく開いた扉の隙間から、顔だけを覗かせた美衣。
お前、さっきまで色々してたんじゃないのかよ! そっちが時間作ったなら、僕にだって準備する時間くれてもいいだろ!
と心の中で叫ぶと、無理矢理鼓動を無視することで、障害をクリアした。自分から申し出ておきながら、緊張して入るのに手間取ってましたなんて恥ずかしすぎる。
それでも小さく足が震え、手がカタカタと揺れるのは、仕方のないことだと思う。
扉を超えた先にあったのは、僕の記憶にある情景とほとんど変わらなかった。薄いピンクのベッド。今時珍しい木の机。本棚に隙間なく差し込まれた本と、床に乱雑に散らばる本。
……部屋の片づけをしていたんじゃないのか?
そう思って振り向くと、そこには扉を閉めた美衣がいた。それ自体はなんら不思議なことではなくて、重要なのはその装いである。驚愕を隠すこともできず、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くした。
いつもはまっすぐ下ろしてあるさらさらな髪は、緩くひとつに結われて右肩から胸へ垂らされている。シュシュというのだったか、フリルのような淡い水色のそれは、茶色い髪の中で可憐に花が咲いているようだ。
さっきまで制服だった全身も白くもこもことした寝間着らしき服に変わっていて、幼い美衣を想起させられる。
「えへへー」
にへらと笑う口元はひどく緩んでいた。
「な、ど、どうしたんだよそれ。なんで着替えたんだ?」
「ゆうくんが私の家に来るの久しぶりじゃない? だから、せっかくだし思いっきりおうちっぽい感じを出してみました!」
右手で胸をどんっと叩くと、顎を突き出して偉ぶる美衣。なんだよそれ、なんかたまのおうちデートだからおうち満喫しましょうみたいな。まあ、たまにどころか付き合っていないので一度もデートなどしたことはないのだが。
「ほら、座って座って」
そう言ってクッションへ手招きされた僕は指示されたとおりの場所に座る。どうせ家はすぐそこなんだから鞄を置いてから来ればよかったなと後悔したが、おそらくそうしていたら勢いは削がれていただろうから、結果オーライなのかもしれない。
人ひとり分ほど離れたところにもうひとつのクッションを移動すると、美衣はその上に足を崩して座った。
「えーっと……それで、何しよっか」
「……何するか」
当然ノープランである。ただなんとなく美衣への愛しさが溢れてきて、どうにかそれを発散したかった結果、後先考えずとりあえず口をついて出た言葉に従っただけなのだから。
わざわざ夕飯時のこの時間に部屋に遊びに来ておきながら、何をするわけでもなくふたりしてうーんと唸る。一ノ瀬あたりがここにいれば、冷静に「帰ればいいんじゃない?」とでも突っ込んでくれそうな状況である。いっそそう言ってもらえれば収集もついたのだろうが、生憎とここには僕と美衣のふたり――あとはまあ、キッチンで晩ご飯を作っている美衣の母親しかいない。
先ほどまでの緊張感は依然継続中で、どうにかこの情報を打破しようと周囲を見渡した僕は、外装こそつい最近見た、けれど中身は僕の知っているものとはまったく違う、あるものを見つけた。
別途申請して個別に印刷所に願い出ないと、紙の現物は貰えないはずのもの――卒業アルバムだ。
「あれ、見ていいか?」
すっ……とアルバムを指さすと、一瞬だけ迷った表情を見せる美衣。まあ僕だって人にアルバムを見たいと言われれば、羞恥で一瞬躊躇う。なんなら見せない。
だがそこは佐倉美衣。僕とは桁違いに懐の深いお方なので、すぐにそれを手元に持ってきてくれた。
受け取った卒業アルバムをぱらぱらとめくる。僕の記憶が正しければ、美衣の中学三年生の時のクラスは……と。お目当てのページを見つけると、男女別五十音順で並んだ個人写真からひとりの少女を探し出した。
「いい笑顔してんなぁ」
「それが取り柄ですからっ」
そこに写っていたのは、満面の笑顔で楽しそうに笑う少女。仏頂面だった僕とは大違いだ。たしか一ノ瀬も似たような表情だった気がするけど、たぶん、理由も似たようなものだ。
そのままぱらぱらとめくっていくと、色んな写真があった。クラス写真。修学旅行の写真。入学式。体育祭。文化祭。時には変な顔をしていたり、カッコつけてクールぶってたり、僕の知らない様々な美衣の姿がそこにあった。でもすべてに共通していることがあって、それは彼女がとても幸せそうだということ。友達と遊んでたり、弁当を食べてたり、先生に怒られてたり。写真を見ていれば、目の前にはないはずの光景さえ頭に浮かぶようだった。
「なんかそんなにじろじろ見られるとちょっと恥ずかしいんだけど……?」
「大丈夫だって、どれも美衣はかわいいから」
「えっ……」
かあっ、と耳まで赤くする美衣。何があったのかわからずどうしたのか訊こうとしたところで、自分が思ったことを無意識に口に出してしまっていたことに気がついた。
「あ、いや、今のはその……」
「……うそ?」
「いや、嘘ではない、けど……」
今度は僕まで真っ赤になる。穴があったら入りたい。
恥ずかしさのあまりか、それとも単に自分が暇だったのか、僕は手元からアルバムをひったくられる。
「もうアルバムは終わり! 私だってちゃんと成長してるんだから、そんな子どもっぽい私は見なくていいの!」
そう言って三方背ケースにアルバムを仕舞うと、元あった場所に戻してしまった。少しばかり残念に思いながら、美衣の言葉が頭の中で繰り返される。
私だってちゃんと成長してる、か。
たしかによく部屋を見てみれば記憶と違っているところはいくつかある。壁にかかっている時計はあんなシックなものじゃなくてキャラクターものだったし、ちゃんと勉強はしているのか、昔は本棚の延長にしかなっていなかった机にはちゃんとスペースが確保されいている。まるっきりのニューフェイスというと、姿見鏡なんかはこれまではなかったもので、さっきまで美衣があれの前で着替えていたのかと思うと口角が上がりそうになった。
でも、と。不思議そうに僕を見つめる美衣を見て思う。変わっていないものだって、変わらずにいてくれたものだってたしかにある。
そしてその変わらないものを――美衣の幸せそうな笑顔を守っていてくれたのは、きっとシェリーだ。
一ノ瀬がシェリーを作った以上、どれだけ早くとも中学二年生からということになるけれど、どれだけわずかな時間であろうと、シェリーが美衣の心を守っていた事実に変わりはない。
暴言をメモリーに蓄積しているシェリーは、もしかしたら、告白の場面以外でも表面化していたのかもしれない。美衣の清い心を守るため。優しくない世界から守るため。僕が聞いたボキャブラリーを考えれば、その可能性も十分にあるように思えた。
やっぱり、僕にシェリーは殺せない。これからどうすればいいのかはまるでわからないけれど、それだけはたしかな事実だ。
再びやることがなくなってしまった僕らは、またしても静かに向かい合うこととなる。今度はなかなか沈黙を破る話題が見当たらない。
「そうだ、昔のことと言えばゆうくん。泳げるようにはなったの?」
「よりによってその話題を選ぶか……」
たぶん美衣も、いざこんな場面で話すこととなるとネタがないのだろう。何せ日常会話なんていつでもしていることで、改まって話すことなんて昔話くらいしかない。
「同じ中学なんだから知ってるだろ。うちの中学は三年生になったら水泳の授業はなくなるんだから、美衣が卒業してから泳げるようになってるわけがないじゃないか」
「あーそっか。じゃあまたゆうくんが溺れそうになったら私が助けてあげるね」
「もう二度と深い川になんて行かねえよ」
「えー、楽しいじゃんキャンプ。また行こうよ! ほら、今度は真白ちゃんや千葉くんも誘ってさ、大人抜きで四人で!」
「キャンプに行っても川には入らないぞ」
「えー……」
口を尖らせて拗ねる美衣は放っておこう。忌まわしき思い出に頭が痛くなる。
昔、美衣の家族と僕の家族で、山奥にキャンプに行ったことがあった。キャンプ地として設定されてるくせにまだMGPMの整備が行き届いていないくらいの僻地で、空気はおいしいもののコンビニすら近くにないものだから困っていたのを覚えている。
バーベキューに備えしっかり腹を空かせておこうと意気込んでいた僕と美衣は、これでもかというくらい川で遊んだ。水をかけあったり小さな魚を探したり、綺麗な石を見せあいっこしたり。今思い返しても楽しい記憶ばかりだ。でも、堅苦しいいつもの暮らしから解放されていたこともあって、僕たちははしゃぎすぎていた。その結果僕は足を滑らせて転倒。運悪く川底が深かったのもあって、泳げなかった僕はそれはもう泣きそうだった。
でも、美衣が助けてくれた。ひとつしか年齢が変わらないはずなのに懸命に僕を引き上げてくれた美衣は、あの時の僕にとってとても力強く頼りになる人に見えたし、とてもきらきらと輝いて見えた。
今にして思えば、もしかしたらあの時こそが、僕が美衣のことを女の子として意識し始めた時だったのかもしれない。
「でも大変だったね、あの時は。ゆうくんすっかり泣きじゃくっちゃって、私から離れなくって」
「そういう話は僕がいないところでしてくれ……」
恥ずかしいから。
「でも私、あれからだと思うの。私はゆうくんよりお姉さんなんだから、私がしっかりしなきゃって。ほら、高学年くらいから私、大人っぽくなってたでしょ?」
「ん、んん? まあそうだったかもしれないな」
正直今でも子どもっぽいので、大人っぽくなっているかと言われると怪しいところだ。
でもたしかに、あの頃から徐々に美衣の考え方というか、芯の部分が形成されてきていたように思う。きっと、それが美衣の考える大人だったんだろう。
「ゆうくんは中学生になってからかな? いろんなこととか覚えるようになって、口調とかも今みたいになったのは」
「さあ、どうだろうな。あんまり自分のこととかは覚えてないけど……」
僕が機械知識を身につけるようになったのは、何がきっかけだったのだろう。美衣を補うようにして必要な知恵を蓄えていったのは間違いないが、もっと他に、そういうのに興味を持つようになった出来事があった気がする。
「あ、もしかしてこれかも」
そう言って美衣が見せたのは、左手首に巻かれた携帯だった。黒を基調とされたそのデバイスは白い寝間着とは対照的で、重々しい場違いな印象が際立っている。
「それがどうかしたのか?」
「ほら、ゆうくんが川に溺れた時携帯が壊れたでしょ? おじさんがその場で直してたけど、ゆうくんすっごい興味深そうにそれ見てた気がするなって思って」
そんなことがあったような、なかったような。
基本的に風呂と寝る時くらいしか外すことのない携帯デバイスは、一応はきちんと防水防塵加工がされている。それでも修理が必要だったとなると、溺れそうになって暴れている時か、それとも引き上げられる時にでもどこかにぶつけたのだろう。
「まったく覚えてないな」
「うーん、そうかぁ……あの時のゆうくんの目、すっごいきらきらしてたし、私的にはあれがきっかけだったのかなって思うんだけど」
肩を落としてうなだれる美衣を見て小さく笑う。クイズに正解できなかった子どものようだと思った。
まるで覚えてはいないけれど、他にそれらしききっかけも思い出せないし、これが正解なのかもしれない。もしかすると大した理由なんて本当はなかったのかもしれない。結局、それほど重要なことではないのだ。重要なのは、今、僕が美衣の役に立てているという事実なのだから。
「あれ、でも、その場合、クーレはどうなるんだ……? メディの検査範囲外にいる場合、携帯が疑似メディとして、縮小規模ではあるけど代わりの役目を果たすことになるはずだろ。その携帯までも壊れたら、その間僕の中のクーレはどういう状態だったんだろう」
「ええ? 私に訊いてもわからないことくらい、ゆうくんなら知ってるでしょ?」
「まあそうだよな……」
MGPMの設置が公的機関や施設の義務だとすれば、クーレを検査することでその人の健康状態を監視するのは国の義務だ。万が一にもそれが滞らないように、携帯はただのネットや電話の端末、拡張視との中継機としてだけではなく、MGPMの予備としても機能するようになっている。とはいえそれも一日に一回は貯まったデータを点検しなければならず、そのせいでキャンプに行った時は困ったわけだが――
予備たる携帯デバイスによる監視が止まった場合、その間、クーレは完全に独立した状態になるのか? 携帯デバイスによる常時検査はクーレとの同期があってこそ可能になるもので、他人の携帯デバイスで代用できるものではない。
だから父さんは、あの時急いで僕の携帯を修理したのか?
僕自身の記憶にはないが、美衣の話によるとそういうことになる。そしてその事実は、何か重要なことのように思えて――
「なんだ。何が引っかかってる……。もう少しで大事なことがわかりそうなんだ」
「ゆうくん?」
ひとりごちる僕に、美衣が心配して声をかけてくる。でも今は返事をしている余裕がなかった。元々そんな理由でここに来たわけではなかった。でも、これがすごく重大なピースに思えてならない。パズルを埋める、最後の一ピースのような――
僕の発想力は千葉には及ばない。僕の医療知識は一ノ瀬には及ばない。僕の歴史的知識は美衣には及ばない。
でも、そんな中途半端な僕にだって見つけられる答えがあるはずなんだ。千葉が言ってくれたように、この答えは、僕が見つけなければならないんだ。
シェリーを死なせることなく。美衣を傷つけることなく。僕自身の願いも、叶えられる方法を。
そもそも、何故僕は二択にこだわっていた? 天秤など初めから必要なかったのではないか?
シェリーは死なせたくない。
遅かれ早かれいつかはどうにかしなければならない時が来るだろう。でも、それは今じゃなくてもいい。
今の技術ではシェリーを安全に分離することはできない。美衣とシェリーを別れさせようとすれば、シェリーは死ぬどころか美衣もどうなるかわからない。
なら、それは未来に任せればいい。
今は、可能性の光を掴むだけでもいい。
これはエゴだ。美衣の意思がどうとかではなく、僕自身の想いを告げるために、問題を勝手に先送りにしてしまっている。渡らなくてもいい橋を渡ろうとしている。
でも、美衣は言ってくれたから。なんでも力になると。
相手の善意につけこむずるい選択だ。そうわかっていても、もう僕にこれ以外の考えはなかった。
「美衣。ちょっと一回自分の家行ってくるから、その間に着替えといてくれないか?」
「ゆうくん? いきなりどうしたの?」
「すぐ戻ってくるから、頼む!」
有無を言わさぬ勢いで、僕はそのまま鞄をひっつかんで部屋を飛び出た。
父さんはまだ仕事中だろうし、一ノ瀬に訊くしかないか。
美衣の母親に簡潔に挨拶すると、靴もきちんと履かぬままに家を出た。どうせ自宅までは数秒だ。
つんのめりそうになりながら走って、自宅に転がり込む。鞄の中にタオルと電波吸収体シートを詰め込んで、しばし考える。上着は……洗うのが面倒だから、いらないか。思うままに廊下に荷物を放り投げた。
そうして少し身軽になると、慣れない手つきで一ノ瀬に電話をかける。親や美衣くらいしか電話するような仲の人間がいないので、あまり使わないのだ。
数回のコール。まさか僕から電話が来るなんて思ってもいなかったのだろう。驚いた風な一ノ瀬は、電話に出た時の決まり文句も忘れているようだった。
「もしもし? 俺だ。白雨。急に悪いな、一ノ瀬。ちょっと訊きたいことがあるんだけど今大丈夫か?」
『え、ええ。自室だから問題はないけど……どうしたのよ、一体。まさか美衣先輩に何かあったんじゃないでしょうね?』
「心配すんな。寝間着、めちゃくちゃかわいかったぞ」
『……自慢したいだけなら切るわよ』
「ああいや待ってくれ。悪い悪い。ひとつ訊きたいんだけど、もしメディがない場所に行った場合、約一日間分の体調管理……というか検査は、携帯デバイスがやってくれる。これは合ってるよな?」
『ええ。そのくらい、今さらあんたなら聞くまでもないでしょ』
「本題はこれからだ。その時、もし携帯が壊れたら、大体どのくらいの期間ならクーレはエラーを起こさずに正常に作動していられる?」
『さあ。そもそも携帯が壊れるなんてこと想像もつかないけど……もしそうなったら、すぐに機能停止するんじゃないの?』
「いや、数分は大丈夫な確証があるんだ。僕が昔、壊したことがあるから」
『そうね……。もし壊れてすぐ停止しないっていうなら、精々十分から三十分くらいなら動いてるんじゃない? 別に停止したからといって、いわばスリープモードのような状態になるだけだから、そんなに問題があるとは思えないけど……』
「一瞬でも停止したらダメなんだよ。そうなったら、事実上リンクが切れたことになってしまう」
『あんたまさか……でもどうするのよ。もしシェリーが勝手に判断したら。シェリーに何かあったら、許さないわよ』
「いや、たぶん大丈夫だ。メディとはしっかり繋がっているようにしてれば、そっち側は正常だと判断してくれる。メディが美衣の無事を認識していれば、メディの子機の役割を果たすはずの携帯はそれを信じざるを得ない。そうなると、擬似的にでも離れられる。シェリーを騙すことができれば」
『……何かあった時、責任取れるんでしょうね』
「その時は連帯責任だ。頼りにしてるぜ、天才少女」
返事が来る前に、一方的に電話を切った。とっくに日は沈んでいて、気温も下がってきた。このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。
急がなければと思いつつ、再び外に躍り出た。すでに美衣は着替えていたようで、数十分前に見た制服姿で立っている。
「一応言われたとおり着替えたけど……これからどこに行くの? もうご飯の時間だよ?」
「ああ。わかってる。だから早く戻らないとな。……なあ美衣」
「うん?」
「デート、しようぜ」
僕の言葉の意味を理解するのに時間がかかったのか、顔が真っ赤になるまで数秒を要した。




