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僕に唯一できることは。  作者: 伊月
僕に唯一できることは
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 結局、答えは出なかった。考えても考えても堂々巡りするだけで、一筋の光明も見えはしなかった。右か左か。一か二か。たったそれだけの二択のはずなのに、その天秤の皿は、触れることすら躊躇われるほど重く、脆い。


「それでは美衣先輩、また月曜日にお会いしましょう」

「お疲れさまっす。夕立もまたな」


 校門の前。警備ドローンがもの言わず佇むそこで、僕らは別れの挨拶を済ませる。


「うん、また来週! よい週末を!」

「おう、じゃあな」


 びしっと敬礼する美衣に続ける。もちろん、敬礼はしないが。

 僕と美衣は家がすぐ近所だけれど、同じ中学校の校区でも一ノ瀬はまるで方向が違うし、千葉はそもそも電車通学だ。だから僕たちはいつもここで三方向に別れる。


 一年のブランクが空いていたとはいえ美衣とともに過ごす登下校の時間はすっかり僕の生活の一部で、そこに遠慮や違和感など微塵もない。はずだ。

 しかし、今日の僕はたぶん違う。美衣もそれを感じ取ったのか、くるっと回って前に躍り出たかと思うと、身体を屈めて下から顔を覗かせてくる。


「ゆうくん、何かあった?」


 透き通った茶色い瞳は見るものすべてを吸い込まんとするようだ。僕も例に漏れず身体が硬直する。


「……どうして、そう思うんだ?」

「だって今日のゆうくんなんか変だったもん。今日のっていうか、部活の時から? うーん、たぶん、私と千葉くんが下に行ってから? 真白ちゃんと何かあったの?」


 たおやかで清廉な見た目と明るい気さくな性格が相まって、美衣は鈍い女と思われることが多い。実際頭のネジが何本か抜けているのではないかと僕も常々思ってはいる。

 しかし、残念ながら意外と美衣は察しがよく鋭い。天性の性格故か、人間に対してだけはよく気が回るのだ。観察力に優れているのだと思う。反面物の扱いは苦手だったり、動物にはよく嫌われて泣き言を言っていたりするのだが。


「別に、一ノ瀬と喧嘩したとかそういうのじゃないよ。進路とかまあ、将来のことっていうか。そういうのでちょっと考えごとしてるだけ」

「うーん、嘘だね」


 シェリーをどうするかというのはある意味将来の話であり、あながち間違ってるとも言い切れないはずだと思って言った言葉だったが。やはり、こういう時には鋭い。


「ゆうくんのその悩みは、誰かを不幸にしたりするもの? 悪いもの?」

「……誰も不幸にしたくないから、悩んでる。誰も悲しませなくないし、悲しみたくないんだ」

「そっか。じゃあいっぱい悩んで、頑張って答え出してね」


 そう言うと、またくるりとスカートを翻した。意外とこういう時にスカートの中というのは見えないもので、それがわかっていても、妙にどきどきしてしまう。男の性なのだろう。

 回転する動きに合わせて髪がさらりと流れる。もう夜だというのに、いつまでもその髪はくらくらするにおいを風に乗せてきて、僕の鼻腔をくすぐる。


「……やっぱり、相談に乗ろうとか、そういう気はないんだな」

「うん。だって、それはゆうくんが考えるべきことなんでしょ? じゃあゆうくんが考えなきゃ。私が何か言ったら、それはゆうくんの出した答えじゃなくて私とゆうくんが出した答えになっちゃうもん」


 僕が美衣の前で悩みを見せたことはこれが初めてではない。当然だ。人間は悩んで苦しんで生きていくもので、それを十年以上もずっと隠して生きることは難しい。

 そういう時、いつだって彼女は決まってこのセリフを吐いた。少し極端すぎるとは思うけど、美衣のこの考え方は嫌いではない。


「でも私にできることがあったらなんでも言ってね。私、ゆうくんのためならなんでも頑張っちゃうよ」


 えっへん、と胸を張る美衣。あざといなぁとは思うが決して悪い気はせず、むしろそういう仕草を見るたびに幾度となく愛しさが増していく。

 だからそんな美衣に甘えることにした。


「じゃあ今から家行っていいか?」

「……ほへ?」


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