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僕に唯一できることは。  作者: 伊月
相反する存在はそれだけで夢に満ちている
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「あんた、変なこと話してないでしょうね」


 言われたとおりに指定された場所につくと、第一声がそれだった。

 すっかり元の調子に回復し、迷惑をかけたことを申し訳なさそうに謝った美衣だが、さすがにそんな彼女をひとりで帰らせるわけにもいかなく、一度自宅付近まで歩いた後の海浜公園である。

 波打つ海の音が、僕たち以外誰もいないこの場にリズミカルに鳴り響く。誰だかよくわからない銅像は、僕が生まれるずっと前から雨で表面を削られ威厳を失っている。


「変なことってなんだよ」

「変なことは変なことよ」


 正直なところ、変な話どころかろくに話もできていないのだが。

 えもいわれぬ気まずさが、僕と美衣の間を巡っていた。四人でいた時まではなんともなかったのに、学校を出てふたりきりになった途端、二言三言話すたびに会話は途絶え、未だかつて経験したことのない居心地の悪さがあの場に生まれた。きっと美衣も何かしらを感じていたのだと思う。だから、変な話なんて、まるでしてはいないのだ。変な話というのがなんなのか、いまいちよくわからないけれど。


 海の見えるベンチに座るよう催促され、大人しく腰を下ろす。一ノ瀬も座るのだろうと端に寄ったが、彼女は反対側から背もたれに体を預けただけだった。


「で、何があったのよ」

「順を追って話せっつーの……美衣は大丈夫なのか」


 脈略など皆無に等しい展開に苦言を呈する。


「あたしにできる限りの検査はしたけど、特に問題点は見受けられなかったわ。だからまあ、問題が見つからなかったことが問題ってところかしら」

「そうか……でもとりあえず今はもう大丈夫なんだよな?」

「まあそういうことになるわね。でも、一応心当たりというか、直接ではなくともこれが原因かもってのはあるわ」

「なんなんだ、それは」

「あんたよ」


 途中を抜かして解だけ答えるんじゃない、とは言えなかった。僕にだって、心当たりがあったから。


「あんた、美衣先輩に何したの」

「……なんで僕が何かしたって思うんだ?」


 僕は、僕がしたことをわかっている。涙を見て、怒りを聞いて、苦しむのを見ている。でも、一ノ瀬が知っているのは苦しむところだけだ。

 それで何故僕に原因があると思ったのか、それが知りたかった。もしかしたら、何か解決の糸口になるかもしれないから。


「外傷とか、病原菌みたいなのは何も見つかんなかったのよ。もちろん今だって新しいウイルスが見つかったりすることはあるけど、それらしい異物だって特に発見できてないわ。そういう時は、新種のウイルスのステルス性なんかを疑うより、まずはメンタルの方を調べるのが定石なのよ」そこまで言って、あてつけのようなため息を一度挟んだ。「あの人に心のそれだけ影響を与えられるのなんて、あんたくらいのものでしょ」


 その言葉に少しばかり喜びを感じた自分を不謹慎だと内心叱責しながら、一ノ瀬の言葉に納得する。

 そして同時に、そこまでわかられているのならば、今さら隠すことに意味はないとも理解した。





「はぁ……めんどくさいことしてくれたわね、あんた」

「うるさい。どうしようが僕の勝手だろ」


 あの日何があったのか。バラ園での出来事を可能な限り詳細に伝えた僕は、一ノ瀬の悪態に反論する。


「でも美衣先輩は嫌がったんでしょ」

「うっ……」

「とりあえず、金輪際そういう話は美衣先輩にはしないことね。あの馬鹿にも言っておきなさい」

「馬鹿ってひどい言い草だな……」

「返事は?」

「はいはい……」


 やはり、一ノ瀬真白は苦手だ。裏付けされた自身から出る言葉のひとつひとつが、バラのように棘を持っている。それが概ね正しいということが、苦手意識に拍車をかけていた。


「わかればいいのよ。それじゃあ。話はそれだけだけよ」


 ベンチにかかっていた重みが消え、言葉尻がふっと小さくなった。顔も見ずにすぐ帰ろうとする一ノ瀬を慌てて呼び止めた。


「何よ。寒いんだから早く帰りたいんだけど」


 こんなところに呼び出したのはお前だろ、と言いたいのは山々だが衝動をぐっと堪える。ここで言い返せばまた恒例の言いあいが始まってしまう。美衣がいない今、どちらかが飽きるまでそれは続く。

 それに潮風の吹き付けるここが寒いのもまた事実で、だから僕は端的に用件を述べる。すなわち、千葉が気付いたあのことだ。


「あの時、メディはなんの反応も示さなかった。壊れてたとは思えないし、一ノ瀬は何か理由とかわかるか?」


 それほど実のある返事を期待した質問ではなかった。そもそもの話一ノ瀬の専門はあくまで医療科学であって、機械工学的な分野に関してはまだ僕の方が詳しいのだ。


 しかし、意外なことにショートカットの少女はじっと何かを考えているようだった。なかなか返ってこない答えに、ふと顔を覗き込む。きゅっと目を鋭くさせた一ノ瀬は、いつも以上に鋭利な視線と言葉を僕に浴びせる。


「気持ち悪いからあんまり近づかないでくれる?」

「……人の外見的特徴を悪く言うのはさすがによくないと思うぞ」

「は? 別に顔のことじゃないわよ。あんた、顔は整ってる方でしょ」

「ばっ、おま、急にそんなこと言うんじゃねえよ!」


 背後から鈍器で殴られたような驚きに、顔が上気するのを感じながら後ずさった。もっとも、飛んできたのは背後ではなく真正面なのだが。


「何よ、あんたがそういう話を振ったんでしょ」

「それはそうだけど……」

「ならとやかく言うんじゃないわよ、女々しいわね」


 何故だろう。たしかに褒められたはずなのに、まったく褒められた気がしなくなってきた。

 冷たい風も相まってすぐに熱は引き、いつもの調子に戻る。うん、いつもの一ノ瀬だ。


「それで、何か心当たりというか、予想できることとか、ないか?」


 今度はすぐに、返答が来る。


「あたしだってそこまで深くは知らないわよ。パソコンの構造を知らなくてもプログラムを作れるのと一緒」


 パソコンは、昔から今までほとんど形が変わらずに残っている珍しい例だ。なんだかんだ、あの形状と仕様は使い勝手がいい。

 想定内の言葉に若干の落胆を感じつつ、続けて訊ねる。あまり間を置けばまた帰ろうとしてしまう。


「メディ……MGPMが壊れてた可能性ってあると思うか?」


 これは僕の中でほぼ結論が出ていることではあるが、一応念のために一ノ瀬の意見も聞いておきたかった。

 しかしこれも、返ってくるのは予想通りの答え。


「ないわね」

「じゃあ最後にもうひとつだけいいか?」

「まだ何かあるの?」

「これで本当に最後だよ」


 きっと――いや、これこそまず確実に、答えはひとつだ。これ以上に答えのわかりきっている質問はないってくらいの言葉を、彼女に問うた。


「美衣のことは好きか」

「当たり前じゃない」


 これもまた、即答だった。今までのどの質問よりも力強く明確。


「それだけなら、あたしは帰るわよ」


 そう言ってじれったそうに腕を組み指でとんとんと二の腕を叩く。そろそろいい時間だ。僕も家に帰らないと、何も連絡していないから親が心配する。

 位置情報を通知すれば済む話だが、寒いしそれはまた今度にして、今日はもう帰ろう。


「ああ、呼びとめて悪かったな。また明日」

「ええ、また明日」


 そう言って一ノ瀬は僕の帰り道とは違う方向に向かって歩く。家の方角は同じだから途中までは一緒に帰るはずなのだが、どこか寄るところがあるのか、それとも僕と一緒に歩くのが嫌かのどちらかだろう。

 華奢な背中が闇に溶け込むのを見送ると、肺に溜まった空気を一度吐き出した。入れ替わりに、塩気を含んだ冷たい風が肺に飛び込み、空気が血液を媒体に身体中を巡る。


 一ノ瀬は何かを隠している。それは間違いない。

 僕は見たのだ。顔を覗き込んだ瞬間、僕の接近を感知し睨みつける前。たしかに彼女が、苦虫を噛み潰したような、複雑な表情をしていたのを。

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