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僕に唯一できることは。  作者: 伊月
相反する存在はそれだけで夢に満ちている
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 見渡す限りの白だ。床も天井も本棚もすべてが白い。本の背表紙は色とりどりであるはずなのに、その他の情報量が多すぎて圧倒されてしまう。

 ただの保管庫、ではない。そうであればここまで意識的に色調を整える必要はない。

 誰でも知っているだろう。何せ、白は汚れが目立つのだから。


 半ば無意識に散策を始めた足を止める気にはなれなかった。とめどない好奇心に突き動かされるまま歩く。人類の最大の武器は好奇心だ。武器を手放す必要はない。

 図書館の本を丸々移したというだけあって、その蔵書は途方もない。地下空間は校舎の形に準じているのか細長く、色も相まって端がどれだけ遠いのかがわからないのだ。


 管理はどうなっているのだろう。正直地上の本だって美衣だけで点検するのは不可能だ。その上この数を追加すれば、俺達全員でも数ヶ月かかるに違いない。

 疑問を疑問のまま放置するのは性に合わないので美衣を捜すが、いかんせんこの広さでは本棚とそこに差された本しか視界に入らない。本棚は僕の身長ほどもあるので、当然美衣の姿が見えるはずもない。

 その代わりと言うか、僕とあまり変わらない身長の頭が見えた。


「お、夕立」


 用もなくただとりあえず声をかけただけというのがよくわかる言葉だった。別に話すほど仲が良いってわけではないけれど、朝会ったら挨拶はする仲の男女がするみたいな声のかけかただ。


「お前、こういうところいて暇じゃないのか? 本好きとか、そういうタイプじゃないだろ」

「あ、わかる? まあね、俺もインドアではあるけど、どっちかっていうとゲームかなぁ」

「……最近のゲームは進んでるからな」

「最近の若者である夕立が何言ってんだって。あんまノスタルジックなことばっか言ってると嫌われるぜ?」


 痛いところを突かれぐうの音も出ない。懐古主義的な発言をしがちなのは自分自身理解しているところで、表現も思想も、読んだ書物に影響されやすいのは僕の欠点だろう。

 その点美衣に僕のような兆候がないのは、彼女の芯の強かさ故なのか、読んできた本の数なのか。あまりに多くの世界に触れてきていれば、一冊や二冊の本で極端に影響されるような段階はとうに過ぎているのかもしれない。


「つっても俺も昔のゲームは結構するんだけどさ。たぶん、部室にあるのとはベクトルが違うやつだけど」

「へえ……こんなところで立って話すのもなんだし、今度ゆっくり聞かせてもらうか」

「お、いいぜいいぜ。テレビゲームって以外と歴史が長くてさ。今のに近いのだと普通のグラフィックなんだけど、初期のだとドットだったりしてよ」

「立ったまま長話するのは勘弁だぞ……」


 今度と言っているのに今すぐ話をしようとする千葉を制しつつ、再び歩を進める。自然とついてくる千葉を横目に確認して、今一度同じ問いを投げかけた。


「で、お前今何してるの?」


 見渡す限り本、である。あまり読書をしないと言う千葉にとって、それほどいて楽しい場所でもないだろう。空間そのものに対する驚嘆の熱は、すでに慣れという冷や水で冷まされている頃合いだ。

 背後からの足音が止まり、それが彼の行動を示す。振り返ると、楽しげな笑みで千葉は、


「慣れねぇことって、結構楽しかったりするんだよな」


 と言った。


「なんの話だよ」

「なんでこんな場所なのかなって考えてた」


 淡々と、自分の考えを述べ始める千葉。

「ただの書庫なら白い意味はないんだよな。本棚とか床や壁だけならまだ深い意味はなかったのかもしれねぇけど、ここまで白いとなんかの目的を感じるんだよ」


 目的、か……。


「白っていうと、病院ってイメージか。清潔な印象を与える色ではあるけど、緊張感を高めたりするせいであんまりいい色ではないよな……この場合、どっちかっていうと――」

「広さの演出ね」

「一ノ瀬?」

「見ればわかるでしょ。壁までの距離がわからないくらい広いのに、所狭しと並べられたこれのせいで、誰だって窮屈に感じるわよ」


 手近な棚を拳でとんと叩く一ノ瀬。

 彼女の言葉どおり、この地下空間が果てが見えない割に狭く感じるのは、物理的にだけでなく、精神までも圧迫せんばかりの圧倒的な存在感のためだ。それを少しでも緩和するために白を採用したというのは、十分に納得できる理由となる。

 しかし、ここは書庫だ。本来目的もなく長居する場所ではない。そこで、入口から見えたアレを思い出した。


「そういえばここ、普通にマシン置いてあるよな」

「お、俺も見たぜ。PCとかだけじゃなかったよな。何に使うかさっぱりわかんねーもんがいっぱい」


 なかったよな、と言われても、僕はちらと見ただけなのでそれほど注視していたわけではない。なればと一ノ瀬に視線を向ける。

 彼女は僕らの視線の意図を勘ぐれていなかったらしく、黙ったままだ。声をかけたものか迷っていると、大きな瞳が細く歪む。


「何よあんたたち、気持ち悪いわね」


 冷たく鋭い視線が僕らを見上げた。


「いや、お前もなんか見たのかと思ったんだけど……」


 罵倒されて悦ぶ趣味はない。彼女の言葉には一切触れずに、視線に込めた言葉を伝える。


「ああ、研究所のことね」

「研究所?」


 思いがけぬ単語が出てきたことに、驚きの念を抱かずにはいられない。書庫と研究所。まるで趣を異にする存在のように思える。地下に下りた当初は僕もそういった印象を抱きはしたけれど、それは本棚の陰でほとんど本が見えていなかったからだ。

 無言で歩き出した一ノ瀬に慌ててついていく。室内の構造こそ単純であれ、この本棚の高さでは、女子平均を下回る身長の一ノ瀬を一度見失えば、見つけるのは骨が折れるからだ。

 変わり映えしない景色が流れる。一ノ瀬はどこに何があるのかを既に把握しているのだろうか。当然本棚にはそれぞれ棚番号が貼られているけれど、どういう基準で貼付されているかがわからなければ、目印になるだけで構造の把握には至らない。


 迷いなく歩く一ノ瀬が止まったのは、しかしやはりと言うか、入口からも見えた場所だった。

 机や椅子、本棚とは用途を別にする棚など、全ての調度が白く統一されたスペース。これだけ見れば他と変わらないのだけれど、決定的に違うものが山ほどある。


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