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なくならない想い

 あたしが目を覚ますと、白くて無地の天井が目に入る。上半身を起こしてベッドの周囲には、カーテンの間仕切りもあって、完全にあたしの部屋ではないことは明らかだ。

 ……というか、病院だろうか?

 あたしは今まで入院したことはないけれど、お祖母ちゃんのお見舞いとかで行ったことはあるし、うん、だいたいこんな感じだった。でもわからないのは、何でこんなところで眠っていたかだ。というか、あたしは何をしていたんだっけ……?

「目を覚ましたんだな」

 いきなり声を掛けられたので、あたしはびっくりして体がビクッとなる。……いや、別にダジャレじゃないよ。何だか自分に言い訳をしながら声のした方を見る。枕もと側の壁に寄り掛かるように、男の人が丸椅子に座っていた。あたしの死角の方に居たので、気付けなかったんだと思う。

 その男の人は知った顔だった。……というか、同じクラスのあたしの嫌いな男子だし。

「……何で伏見がいるの?」

 不審げに目を細めてあたしが聞くと、彼は一瞬、泣きそうに顔を歪めた気がした。けれどすぐに真顔に戻ると、彼は歯切れ悪く説明する。

「……まぁ、俺が病院に運んだからな。学校の納涼祭りで、屋台がガス爆発したのは覚えているか?」

「……納涼祭り?」

 全然覚えていない。そんなところに参加したとも思えない。学校の納涼祭りの事は、部活の先輩が話していたので知っている。けれど、それは八月の行事。今は期末テストが終わったばかりの七月中旬で、夏休みにすら入っていない。なのに、学校の納涼祭りに参加していたなんて、あり得ない。

「……覚えていないのか?」

 伏見は眉を寄せ、不思議そうに首を傾げる。なんというか、中学の時の彼は、こんなに表情を見せるような人ではなかったので、表情を見せようとしているのが逆に胡散臭い。

 ……なんだろう。あたしを騙そうとしている?

「覚えていないって言うか、嘘でしょ。学校の納涼祭りなんて、まだ先の事じゃん」

「……先か。……今って、何月だ?」

「何月って、七月でしょ。何言っているの?」

 質問の意図がわからず、あたしは困惑する。伏見はポケットから取り出したスマホの画面を見せて来る。そこには八月と書かれていた。

「……八……月? ……ど、どういう事なの?」

「爆発事故の時に頭を打ったようだし、……記憶喪失って奴なのかもしれないな」

「……記憶喪失?」

 正直、信じられない気持ちが強い。

 マンガなんかでは、割とよくあることだとは思う。でもまさか、自分がそんな状況になるだなんて、思いもしなかったし。せめてもの救いは、すべて忘れているわけではなく、一ヶ月ぐらいで済んでいることだろうか? ……この間に、なにか重要な約束とかしていたらどうしよう。

 ……本当に記憶を失っているのかな?

「まぁ、記憶障害に関しては、医者の先生に相談すればいいよ。……とりあえず、記憶の事はともかく、無事に目を覚ましてくれて良かった。安心した」

 そう言って、伏見は微笑む。彼の笑顔なんて、初めて見たかもしれない。

 なんだろう?

 まるであたしの知っている伏見じゃないみたい。中学までの彼は本当に排他的で、誰に対しても感情を見せようとはしなかった。なのに今の伏見は、なんというか、……普通だ。

 そういえば、伏見があたしを病院へと運んでくれたと言っていた。つまり伏見は、納涼祭りに参加していて、更には、付き合う義理もないというのにあたしに付き添ってくれていたという事だろうか?

 学校の行事という行事に関わろうともせず、人との関わりを避け続けてきた伏見からは、想像できない事ばかり。何だか記憶を失ったどころか、違う世界に来たんじゃないかとすら思えてしまう。……まぁ、そんなバカなことはないだろうけれど。

 そんな事を思っていると、伏見は丸椅子から立ち上がった。

「家族の人も来るだろうし、俺はそろそろ帰るよ。無事に目を覚ましたのも見届けられたからな」

「あ、……うん。……えっと、帰る前に聞きたいんだけれど、伏見は何で、あたしに付き添ってくれたの?」

「ん? ……そうだな。……俺が、桐生さんが好きだから……だと思う」

「……好き? って、えっ!? う、嘘でしょ?」

「……まぁ、記憶の無い桐生さんじゃ、そう思うのも仕方ないよな」

 彼はそう言って、肩を竦める。そこにはどこか、寂しさとか悲しさとか、そういった感情が見て取れる。

 記憶を失う前、伏見と何かあったのだろうか? どんなに思い出そうとしても思い出せない。本当に、一ヶ月経っているのか、信じられないほどに。

 ……でも、なんだろう。あたしの中に、ぽっかりと穴の開いたような喪失感がある。でも、どんなに考えても、何を無くしたのかわからない。ただ、寂しそうな伏見を見ていると、何故だか胸を締め付けるような痛みを感じる。今まで、伏見に対してそんな思いを抱いたこともない。

 それでも胸を締め付けるようなこの喪失感だけが、消失した一ヶ月を感じさせる。

 この一ヶ月で、伏見との間に何があったんだろう?

 ……ただ一つ、思い当たるものがある。

 それは真奈や綾ちゃんと交わしたバツゲーム。

 伏見に告白して、上手く行けば付き合うという奴。

 期末テストの結果は覚えていないけれど、真奈と綾ちゃんに負けたのかな。

「伏見。もしかしてあたし、伏見に告白した?」

「バツゲームでさせられていたな」

「あ……、バツゲームって知っているんだ」

「桐生さん自身が言っていたよ。それでも、桐生さんと過ごした時間は楽しかった。だから俺は、君が好きだ」

 まさか伏見が、こんなに面と向かって告白してくるだなんて思いもしなかった。あたしの心臓が、物凄いドキドキしている。……でも、これはきっと、動揺しているだけなんだと思う。

「……そうなんだ。……でもごめん。あたしはその時間を覚えていないし、……それにあたしは……」

 伏見の事は嫌い。そう言おうとしているのに、あたしの中がざわついて、その言葉を、口にすることができない。なんだろう? 胸がつかえる。とても泣きたいような気分になる。……でも、どうしてこんな気持ちになっているのかわからなくて気持ち悪い。

 あたしが苦しそうに胸を抑えていると、伏見は腰をかがめて、いたわるようにあたしの顔を覗き込んでくる。

「大丈夫だよ。記憶を失くした桐生さんが、俺の事を嫌っているのは知っている。だから、無理して答えなくていい。……でもまぁ、できればチャンスは欲しいかな」

「……チャンス?」

「ああ。俺はもう、中学の時のように人を避けたりもしない。桐生さんが嫌いだった俺とは変わってみせる。……だからその後に、もう一度、俺に告白させてほしい。そして、中学の時の俺じゃなくて、変わった後の俺を見て判断して欲しいんだ。だからその時まで、答えを待ってはくれないかな?」

「……もう、結構、あたしの知っている伏見とは、違って見えるんだけど」

「それはきっと、桐生さんのおかげだ」

「……そっか。……相変わらず思い出せないけれど、……でもたぶん、そんな伏見を受け入れたあたしが、確かに居たんだとは思う。……だから、うん。……返事はその時まで、言わないでおくよ」

「ありがとう、桐生さん」

 そう言って笑う伏見に、あたしの胸は、少しばかり跳ねた気がする。

 あたしの失った記憶。そこにどんな出来事があったのかは、やっぱり思い出せない、でもその時のあたしは、嫌いだったはずの伏見に、本当に恋をしていたんだと思う。

 だって、彼の笑顔を見たら、心の中にぽっかりと開いた穴が、少しだけ満たされた気がしたのだ。

 例え記憶が消えても、思いは無くならないのかもしれない。


 鴉が中学の時に、人を避けていた理由が思いつかず、結局ファンタジーに逃げてしまいました。

 けれど、そのおかげで話のオチも決まり、この話は結構気に入ってます。

 惜しむらくは、物語を綺麗に恰好良く伝える表現力が僕にない事でしょう。

 それでも、この話を読んで面白かったと思えてくれる人がいたら嬉しいです。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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