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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

完全無敵のカミガカリ

 一つの県が崩壊した。いや、それは最早、消滅したといっても過言ではないだろう。


 よく晴れた休日の昼下がり。何の前触れもなく、それは起こった。

 誰が悪いというわけではない。いや、敢えて言うのなら、地球が、自然が悪いとでも言うべきなのだろうか。


 海は一瞬で荒れ、地面は大きく揺れ動き、稲妻が地面を幾度となく鞭打った。挙句の果てに、活火山ではない山までもがマグマを噴き出す始末だ。

 たった一時間余りの出来事だった。

 たったそれだけの時間でその地域の文明は滅びた。

 それは果たして自然の所業なのであろうか?

 だが、人為的に起こったわけではないのならば、それは自然の所業だとしか言えまい。

 誰も文句は言えない。


 事が起こる数秒前には笑いながら、悲しみながら、怒りながら、自身の幸せを噛みしめながら、自身の不幸を嘆きながら、人々は生きていた。

 それが現在(いま)は、ただ死んでいる。生きていないのだ。

 それが災害というものなのだ。誰にも止める事はできない。



「う……あ、あぁ……!」

 中年の男女の死体の下敷きになっていた少女がゆっくりと起き上がった。

「お、お父さんと、お母さんが、死んじゃった……お、おと、おとうさん、と、おかあさん、が…………うわあああああああああああああああああぁぁぁぁぁッ! お父さぁぁぁんッ! お母さぁぁぁぁぁぁんッ!」

 少女は荒れ果てた地面に膝をつき、空へ向かって泣き叫んだ。


 絶望的災害の奇跡的な生き残りの彼女は果たして、幸せなのだろうか。

 生きていれば幸せだ。未来があるから。何かを感じながら、また生きていける。死んだ人の分まで幸せに生きようじゃないか。

 それもまた、一理ある考え方だ。


「うわあああああああああぁぁッ! ……ッ! 嘘。嘘よッ! こんなの……! こんな事ッ!」

 だが、本当にそうだろうか。生きている事が幸せなのか? 何かを感じて動く事が幸せだと、果たして言えるだろうか。絶望しかない景色を心に刻みつけた彼女が、幸せになれるのだろうか?

「これから、どうすればいいの? 私はどうすれば……」

 まあ、この問いに対する明確な答えが出ることはないだろう。人生というものは、何が起こるか分からない。断言などできないし、たった一つだけの解答なんて、ありえない。


「え……何、アレ?」

 だが、一つ、この状況で、断言できる事がある。

「何か……モヤみたいな……犬? みたいな……」

 この世には、生命というものを、『生きる』ということを、この上なく輝かしいものだと、羨ましいものだと認識する『モノ』が存在するという事だ。


「え、いや……ッ! 来ないでッ! 来ないでッ! いやあああああああああああああぁぁッ!」

 その『モノ』は、強い生命……そう、例えば、周りの生物が死滅しても尚存在し続けるような強い生命であるほど、より輝いている生命であるほど、彼らは魅了され、それを求める。

「え、あ……? ひぎゃあああああああああぁぁぁぁァァッ!! 痛いッ! 痛いッ! 痛いよぉッ! 痛いぃぃぃぃぃぃぃッ! 何でッ!? 私がぁッ! 何をしたって言うのぉッ!? こんなのに噛みつかれるような事ッ! 私はッ! してないぃぃぃぃぃぃぃッ!」

 彼女は今、『噛みつかれた』と言ったが、それは少し違う。


 彼女は、『神憑(かみつ)かれた』のだ。


「なんで、私が、こんな目に……」

 少女の肩辺りからは止めどなく血が溢れ出し、彼女の服は内側からじっとりと紅く染まっていった。

 そして、少女は、ゆっくりと地に伏した。



--


「う……んん」

「あれ……私、気絶してたの? ……でも、私、あのモヤみたいなのに……え、あれ? 傷が、無い……? 服も、普通だし……あれはなんだったの? 幻……?」

「……それなら、全部ッ! 幻だったらッ! よかったのに……ッ!」

 少女は起き上がり、大きな溜息を吐く。……今にも泣き出してしまいそうな自分を、律するように。

 異常な自然現象は治まったものの、彼女の世界は壊れきってしまったままだ。


「誰か、居ないかな。りっちゃん、スズちゃん、(れい)……」

 フラフラとおぼつかない足取りで友人達を捜索する少女。身体に目立った傷はないが、彼女の精神は傷つき壊れかけている。


「……そういえば、救助って、来るのかな。こんなときって、自衛隊の人とかが、来てくれるんだよね。……助けられてもどうするんだって話だけど」

 災害は誰にも止める事は出来ない。だが、起こってしまった災害の被害を最小限に留める事はできる。

「けど、怜たちが生きていてくれれば……」

 しかし、今回の現象による被害はその『最小限』ですら、未曾有の大惨事と呼ばれるレベルであるのだが、それを知る由もない彼女は淡い期待を胸に、歩き続ける。




「……皆、死んでる。みんな、みんな」

 道と呼ばれていたものや建物と呼ばれたものはもはや存在しない。死体が散らばっているからそこが道であったのだろう、死体が密集しているからそこは何かしらの建物であったのだろうと推測できる。

「……怜たちも、多分。……もう、いいや。もう、嫌」

 少女はゆっくりとその場に座り込む。

「……無理よ、もう。日も沈みかけてるし、これだけ歩いても、生きてる人が一人も見当たらない。……みんな死んじゃって、国からも見放されちゃったのよ。……私だけ、生きていても……」


 そして少女はゆっくりと、目を閉じた。


「ひゃッ!?」

 その直後、少女は自分の肩を何者かによって叩かれたような感覚に陥った。

「だ、誰ッ!?」

 反射的に立ち上がり、辺りを見回す少女。

「……誰も、いない。何だったの?」


 『誰もいない』と断言したものの、じっとしていられなくなった少女は再び歩き出し、生存者を捜索する。

「やっぱり、別に誰も……あ!」

 少女の視線の先には迷彩服を着た男性と、見覚えのある幼女の姿があった。

「ああぁぁーーッ! まーちゃあああんッ! ね! おじちゃん! ほら、まーちゃん! アタシがさっき言ってたお友達なの!」

「ああッ! そんな大声で言わんでもわかるってーのッ!」

 二人も少女の姿に気づき、声をあげて手を振りながら、彼女の元へ駆け寄る。

「りっちゃんッ! ……と、え? 自衛隊の人?」

 誰からも見捨てられていたと思い込んでいた少女は、驚いた表情で自衛隊員を見る。

「ああ、そうだ。自衛隊の人だ。……だが、参った事に、嬢ちゃんたちを安全な施設まで送り届けたりなんてことは出来ないと思うけどな」

 心底参っていると言わんばかりにため息を吐く男性。

「……それって」

「……あのね、まーちゃん。りっちゃんのお家も、学校も、公園も、コンビニも、図書館も、公民館も、全部無くなっちゃったの。……こういうときは『ひなんばしょ』に行きなさいって、学校で言われてたけど、全部、全部、なくなってたの。……お母さんも、お父さんも。……お姉ちゃんも」

 りっちゃんと呼ばれた幼女は、震える声で少女に事情を説明する。その眼は潤んでいたが、幼女は泣かなかった。少女に抱きつくことも、しなかった。


「……スズちゃんが、そんな」

 諦めていたはずの友人の死に動揺する少女。彼女の諦めに満ちた心は、それでも友人が生きている事を信じて、願っていたのかもしれない。

「まだオレたちは嬢ちゃんが来た方は見ていないんだが、その様子を見るに、そっち側も……その、アレだ」

「……はい。少なくとも私が歩いてきた範囲は、何も、残っていませんでした……何も」


「そうか……やっぱりなあ。……これ以上酷なことを言うのもなんだが、オレたち一次突入組の自衛隊員……ああ、災害が少しばかり収まった瞬間に現地に飛び込んだ組の事なんだが、そんなオレたちも、また起こりやがったあの災害の被害に見舞われて散り散りになっちまってな……ヘリもぶっ壊れちまったし、通信も繋がらん……オレも第二次突入組の救助を待ってる状態なんだよ……流石にじっとしてはいられねえからこうやって生存者を捜してはいるけどな」

「そう、なんですか……」

「人命救助どころか自分達も災害の犠牲者にってわけだ……ったく、冗談じゃねえ……いや、本当に冗談じゃねえって思ってるのは嬢ちゃん達だよな……」

「…………」


 言いたい事は色々とあった。しかし、少女は何も言わなかった。自衛隊員に文句を言う事が正しい事ではないと、そうしたところで何の意味も無いという事を知っていたから。ここで泣き喚いたところで何もならない、いや、泣かずに耐えている歳下の友達を不安に陥れてしまう事を、少女は知っていたから。


「……時間的にも、もうじき、第二次突入組が来る頃だ。それまではオレが、嬢ちゃん達の安全を確保するよ」

「……はい。ありがとうございます」

 側に誰かが居るだけで、頼りになる大人が居るというだけで、それだけで少女の心は幾分と励まされた。

「……ね、おじちゃん、まーちゃん、他にも、誰かいるかもしれないから、捜そ? ……れーちゃんも、いるかもしれないし」

「……うん、そうだね。りっちゃんが生きてくれていたんだから、怜も……」

「……そうだな。じっとしているよりは動いた方がいい。……アイツらとも合流したいからなぁ」



--


 三人はゆっくりと歩きながら、生存者を捜す。建物は全て粉状になり崩れている為、見通しは良い。立って歩いている者がいたら一目で分かるだろう。

「……ね! れーちゃんってかっこいいでしょ!」

「ああ、随分とかっこいい女の子なんだな。会ってみたいぜ」

「うん! 会えるよ! きっと! れーちゃんならきっと元気だし!」

 幼女が楽しそうに話し、自衛隊員が笑いながら話を聞いている。そして、その様子を微笑みながら眺める少女。

「……うん、確かに、怜なら、こんな状況でもピンピンしてそう……うん、それで、他に生きている人、特に女の子がいたら、キザなセリフを吐いて口説いていそう…………」


「……ん? 女の子を、口説く? 嬢ちゃん、その、れーちゃんって子は女の子なんだよな……って、どうした嬢ちゃん!? なんか俯きながら笑ってるけど、本当にどうした!?」

「あのねおじちゃん、まーちゃんは今、しっとちゅーなの」

「……しっとちゅー、って、嫉妬中って事か? ……ああ、えっと、焼きもちを焼く、みたいな」

「うん、そうだよー。まーちゃんとれーちゃんは恋人同士だから!」

「…………あー、なるほど。一瞬何が何だか訳が分からなかったが、よく分かった。……まあ、そういう人もいるよな」

 自衛隊員は誰かを思い出したような顔をした後に、うんうんと頷いた。


「……ふ、ふふ。今度こそ痛い目見せないといけないみたいだね、怜」

「おーい、嬢ちゃん、帰ってこーい」

「まーちゃーん! おーい! まーちゃん!」

 少女の頭をコツコツと軽く叩きながら声をかける自衛隊員と、少女の太ももをぺちぺちと叩きながら声をかける幼女。

「……へ? あ、えっと、ごめんなさい。ちょっと自分だけの世界に……え?」


 少女の目の前、つまり、自衛隊員と幼女の背後に、真っ黒い化け物がいた。


 『ソレ』は異形の者と呼ぶのに相応しい、禍々しい姿形をした人型のナニカだった。


 『ソレ』は誰にでも分かる敵意を放っていた。少女が幻の中で見た白いモヤとは全く異なるものであった。


 少女は『ソレ』を見て、言葉を発することも出来ずに固まっていた。


「おい、どうした嬢ちゃん? そんな顔をして」

 自衛隊員は少女の並々ならぬ様子を察知し、後ろを振り向く。

「……? 別に何もないぞ?」

「うん、何もないよー?」

 幼女も同じように振り向くが、彼らには化け物が見えていないようだった。

 そうしているうちに、化け物はゆっくりと己の腕を上げた。


「……!」

「おわッ!?」

「へッ!?」

 何かが来る。そう察した少女は、咄嗟に自衛隊員を突き飛ばし、幼女を抱えて後ろへと下がった。

 自衛隊員は後ろに倒れ、化け物はその下敷きになった。


「お、おじさんもッ! 直ぐに起き上がってこっちにッ!」

「ああ! これは確実に何かがいるなッ!」

 自衛隊員は起き上がり、少女と幼女の前に立つ。

「……うおッ! なんだこいつ!」

「……え? なになに!? 何が見えるの!?」

 化け物に触れた自衛隊員は化け物の姿を認知したが、触れなかった幼女には何も見えていないらしい。

「あれ……? 何で私には見えたの……? って、そんな事より! どうすれば!」

 三人が動揺している間に化け物はゆっくりと顔を上げる。


「くそッ! 俺たちは救助に来たんだ! こんなのが出るなんて聞いてねえぞ! 武器なんて勿論持ってきてねえし……!」

「に、逃げましょう!」

「それしかねえか!」

「?」

 少女は幼女の手を引き、走る。


 化け物はゆっくりと起き上がる。


「嬢ちゃん! それじゃ遅すぎる! りっちゃんは俺が背負って走る!」

「は、はい!」

「わ、わわ……!?」

 全力を出して化け物から逃走する二人。

「速い!?」

 化け物はぐんぐんと加速し、数秒後には三人に追いつきそうな勢いだった。

「くそ……ッ! やっべえな……! 隠れる場所もねえし……ッ!」


「よく分からないけど……おじちゃん! ライトは!?」

 幼女は自衛隊員が腰にライトを着けている事を知っていた。そのライトはとても強力な光を放ち、500m先まで光が届く代物であった。

「……ああ! 目眩ましにはなるかもしれねえな! 通じるか分かんねえが! やってみる価値はあるッ!」

 自衛隊員は腰のライトを外し、振り返ってライトの電源を入れた。

「---------ッッ!!!」


 三人の直ぐ後ろにまで迫っていた化け物の動きが止まり、その場に崩れ落ちた。


「やった……!」

「よし、今のうちに! ……!?」

 その場に崩れ落ちた化け物は、ドロドロと液状になり、一瞬で自衛隊員の前まで間合いを詰めていた。


「!」


「ひゃ!?」

 幼女は自衛隊員の咄嗟の判断により、少女の方へと投げられた。


「りっちゃんッ! ……受け止められて、よかった」

「まーちゃん! おじちゃんは!?」

「……ひッ!!」


 自衛隊員は、二つに別れて、立っていた。


 まだそれが一つだったときの名残があるのか、ドロリとした紅い液体が二つの物体の間に橋を渡していた。

 そして二つの物体は、ゆっくりと左右に倒れた。


「おじちゃん! おじちゃああああああああああああん!」

「いやあああああああああああああああああああぁぁぁッッ!」

 二人が叫んでいる間、化け物は液状化していた己の身体をゆっくりと人の形へと戻していた。


「ね、ねえ! まーちゃん! 何がいるの! 何でおじちゃんがッ!」

「い、今は! 逃げないと! ……あ」

 少女は幼女の手を引き、逃げようとした。

 しかし、彼女の脚は動かなかった。彼女は力なく膝から崩れ落ち、地面に水溜りを作った。

「え、うそ……」

「ま、まーちゃん!? まーちゃんッ!」

「……」

 茫然自失になった少女は、幼女の言葉にも反応しない。


「う……あああああああああああああああぁぁぁぁ!!」

 遂に泣きだしてしまった幼女。今まで耐えていた事もあり、彼女の泣き声は止まらない。

 幼女は泣きながら少女に抱きつき、ブルブルと震えていた。

 そんな二人に、人型に戻った化け物はゆっくりと近づき、手を振り上げた。


「こ、怖いよぉぉ……! まーちゃぁん……ッ!」

 何が起こっているのかすら分からない幼女は涙と鼻水でその顔面をグシャグシャにして泣く。

「……」


「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ!」

 その時、目にも止まらぬ速さで何かが少女達の元へと近づいてきた。


「……?」

 少女も幼女も化け物も、同じ場所を見る。


「消し飛べッ!」

 瞬間、化け物が真っ二つになり、闇の粒子となり、消え去った。


「な……何が、起こったの?」

「……?」

 少女が、化け物が消えた場所を見ると、そこには一人の自衛隊員が立っていた。


 先程の年配の自衛隊員と同じく、迷彩服を着た、まだ青年の面影が残る若い男性。

 しかし、年配の自衛隊員と彼には大きな違いがあった。


 彼の両手には黒く禍々しい大鎌が握られていたのだ。


「あの、あなたは……」

「永井、三佐……」

 少女が声をかけるも、大鎌を持った自衛隊員はそれが聞こえていないように、二つに別れた自衛隊員の死体を見つめていた。


「何で、あなたみたいな良い人が、俺なんかよりも先に……」

 大鎌を持った自衛隊員の言葉に、少女と幼女は俯くしかなかった。


「……良い人、後、死ぬ、違う……」

 大鎌を持った自衛隊員から、一人の少女が現れ、彼を慰める。


「!?」

 驚いた少女と幼女はお互いの顔を見つめる。


 まるで、真っ白な紙の上に墨を垂らし、水で薄めて全体に広めたような肌の色をした少女。巫女装束を着たその姿は、赤と白と黒の絶妙なコントラストを描き、周りの風景とは一線を画していた。

 浮世離れしたその姿は人間以外の何かを想像させる。

 彼女を見た少女は、何故か、幻の中で見たあの白いモヤを思い出していた。


「……それは、そう、だけど」

 そのような不思議な少女と何でもないように会話している若い自衛隊員の手からは、いつの間にか大鎌が消えていた。

「シモツキ、悲しい? ツキハミ、なでなで?」

「いや、俺の頭を撫でようとしなくていいから……」


「あ、あの……」

「……ん? ああ、無視してしまってごめん。……えっと、君たちは」

「おじちゃんに、守ってもらったの……」

「あ、私達、永井さんに助けてもらったんです」

「……ああ、成る程。じゃあさっきの泣き声は君たちのか……君たちだけでも、助けることができて、よかったよ」

「助けていただいて、ありがとうございます……」

 お礼を言う少女の表情は影を落としていた。

「……たしかに複雑な気持ちなのは分かるけど、そんな顔をしていたら、あの人も浮かばれない。君達を助けることができてよかったって、本当に思っているんだ。……自分が今生きていることに自信を持ってほしい」

「……うん」

「はい……あ、あの! あなたは、さっきのあの化け物の事とか、知っているんですよね?」


「……ああ。知ってる。だけど、君達が知らなくていい事だ」

「……私たちは、あの化け物に襲われて死にそうになりました。私たちもあの化け物について知っておいたほうがいいと思うんです!」

「……知っていても、対処できないから、無駄だと思うよ」

「……」

 少女は若い自衛隊員の言葉に反論できなかった。


「……お兄ちゃんはこれからどうするの?」

「うん? それはもちろん、残りのヤツを消しに……」

「……シモツキ、離れる、危ない……助ける、意味、ない……」

 今まで肩を縮こまらせて黙っていた黒い少女が口を開いた。

「あー、それもそうだな……うん、それじゃ、俺達は君たちと一緒に行動しよう……そのついでにさっきの化け物の話をするよ」

「ほんとに!? わー! ありがと! お兄ちゃん!」

「ほ、本当ですか? ありがとうございます!」

 幼女と少女が揃って頭を下げて、若い自衛隊員にお礼を言う。


「……! シモツキ! 待って! この人、危ない!」

 急に何かに気づいたように黒い少女が少女を指差す。

「!?」

「ん、どうした?」

「この人、変、香り、出す! シモツキ、誘惑!」

 それが大変な事実であるというように、黒い少女は少女を指差しながら興奮している。


「へ……? いや、こ、これは……!」

 顔を真っ赤にして自分の股間部を見つめる少女。

「いや、それは誘惑とかそういうのじゃないから……えっと、着替えとか、ないよね?」

「……はい」

「……うん、けど、今はこんな状況だからさ、我慢してほしい。……着替えとか、持ってくればよかったんだけど」

「……はぃ」

 消え入りそうな声で返事をする少女。その顔は今にも爆発してしまいそうだ。

「変、香り……」

「やめてやれ」


「ね、お兄ちゃん、このお姉ちゃんの事も教えてほしいの! さっき、お兄ちゃんから『ニュッ』って出てきたでしょ!?」

「え……うん、そうだね。まあ、いいよ。……それこそ、知らなくていい事だけどね」

 若い自衛隊員は一瞬迷ったような表情をした後に答える。


「……あ! その前に、自己紹介しよ! お兄ちゃん! ……おじちゃんとも、自己紹介をした後に仲良くなったんだ」

 幼女が思い出したかのように手を叩く。


「ああ、そうなんだ……じゃあ、自己紹介をすれば俺達も仲良しになれるね。……俺は六十三(ろくとみ) 霜月(しもつき)。新人自衛隊員だ。……んで、こいつは」

「……月蝕(つきはみ)

 若い自衛隊員に肩をそっと触られた黒い少女は、照れたように小声で自己紹介をした。

「アタシは、(あさひ) 莉音(りおん)! 小学校三年生、です!」

 右腕を勢いよく挙げて元気よく自己紹介をする幼女、莉音。

「あ、私は、加平(かへい) 舞乃(まいの)です。高校三年生、です」

 未だに股間部を抑えながらおずおずと自己紹介をする少女、舞乃。


「よろしくね、莉音ちゃん、舞乃ちゃん。……それじゃ、本題に移ろう。 君達が襲われたあの化け物の事だ。……あいつらは、『(いみ)』と呼ばれる存在で、災害が起こった後とか、事故が起こった後……まあ、不幸な出来事が起こった後に現れる」

「……え、じゃあ、災害や事故が起こる原因が、あの化け物、『忌』なんですか?」

 舞乃が驚いた様子で霜月に尋ねるが、彼はゆっくりと首を横に振って答える。

「いや、それは違う。あいつらにそんな力はない。さっき言ったように、災害や事故が『起こった後』に生じて、事態を悪化させるのが『忌』だ」

「事態を……悪化」

 舞乃は何かを考えるように俯いた。


「ああ、あいつらは普通の人には見えないから、二次災害とか呼ばれてるけどな…………ん? そういえば、君たちはどうやって、『忌』の攻撃に気づいた? どうやって、『忌』の存在に気づいた? 永井三佐と君達の他に、もう一人居て、何かの拍子に気づいた……とか?」

 ハッとしたように霜月は二人に尋ねる。

「ううん、違うよ! あのね! まーちゃんが気づいたんだ!」

 まるで自慢をするかのように、莉音が答える。


「あ、はい! そうなんです! 何故か、私だけには見えて……その後、永井さんが『忌』に触れたら永井さんにも見えるようになって」

 霜月は顎の下に手を置き、難しそうな顔をして、舞乃に尋ねた。

「……君、霊感とか、ある? それも、すごく強い霊感だ」

「……え? そういうのは、ないです。多分」

 霜月の問いに、舞乃は首を横に振る。

「変なモノが見えるなんて事は……あ、いや、そうか」

 一瞬の間を置いて、霜月は納得したような顔をする。

「……? どうしたんですか?」

 何も分かっていない舞乃は首を傾げている。


「……君、今日、災害が起こった後、変なモノを見なかった?」

「災害が起こった後……あ、はい! 見ました……けど、あれは幻じゃ……」

 ハッとしたように口を開ける舞乃。その瞬間、彼女の中であの時の記憶が鮮明に蘇った。

「幻かどうかはこの質問の答えを聞いた後に俺が判断するよ……君、その変なモノを見た後に、それに噛みつかれなかった?」

「……! はい! 噛みつかれました! ……今はその傷も無くなってますけど」

「……なるほど。……はあ。『忌』やこいつの事は知らなくてもいい事だって言ったけど、どうやら君は知らなければいけないようだ」

 霜月は困ったように溜息を吐く。

「……え?」


「まあ、順を追って説明しよう。……で、『忌』は普通の人間にはそもそも見えないから太刀打ちできないし、見えたところで何かできるわけじゃない。と、いうか、何かしたら駄目だ。生半可な攻撃は、アイツらをイタズラに激昂させるだけだからな」

「……あ」

 舞乃は、ライトの光で目眩しをした際の忌を思い出していた。

「……そっか、ライトで照らしちゃったから、怒っちゃったんだ……それで、おじちゃんは……アタシが言わなかったら……」

 莉音は霜月の言葉の意味を瞬時に理解し、自責の念に駆られていた。その瞳には涙が溜まっている。

「莉音ちゃんはすごく物分りのいい子みたいだけど、最後のは違うよ。人が危機的状況になると抵抗するのは当然の事なんだからさ。……それに、ほら、何もしなかったら俺は間に合わなかったかもしれないよ?」

「……うん」

 莉音は霜月の言葉を聞いて、ひとまず落ち着いたようだった。

「シモツキ、優しい」

「ほっとけ。……それで、『忌』を消す手段があるんだけど、その前に、こいつの話をしないといけないな」

 霜月が月蝕を顎で示す。

「え、月蝕ちゃんの……?」

 その意味が解らない舞乃はまた首を傾げていた。


「ああ、そうだ。そっちの方が分かりやすいからな……おっと、もっと良い方法があるみたいだ」

「もっと良い方法……? ……ッ! 六十三さん! 六十三さんの後ろに『忌』が!」

 先程の忌と全く同じ姿形をした忌が何処からともなく現れ、霜月へと迫る。

「ああ、知ってる。……永井さんに惹かれたのか? まあ、いいや。見ていてくれ、舞乃ちゃん! ……いくぞ!」

「うん、シモツキ」

 月蝕はこくりと小さく頷き、すぅと息を吸う。


『神懸かり!』


 次の瞬間、忌は真っ二つに切断され、闇の粒子となって消え去った。

「……え、え?」

 状況を飲み込むことが出来ずに舞乃は何度も左右を見ていた。


「ま、これが、『忌』に対抗する手段だ」

 微笑む霜月の両手には、先程の忌を切断した時と同じ大鎌が握られていた。

「え、えっと、もしかして……月蝕ちゃんがその鎌に変身している、とか……」

「あ! りっちゃんもそう思う!」

「あー……それはちょっと違うな。……出てこい」

「……ん」

 月蝕が霜月の身体から現れた瞬間、霜月の両手に握られた鎌は消え去った。

月故贄死(げっこしし)は……あ、あの大鎌の事なんだけど、アレはただの副産物だ」

「副産物……?」

「ああ、重要なのは、俺とこいつが一つになるっていう事だ。……こいつがどんな存在かっていうと」

「シモツキ、お嫁さん」

 ふんすと鼻息を荒くしながら月蝕が霜月の説明に割り込んだ。

「今冗談を言うのはやめろ。……こいつは、『神』って呼ばれるモノなんだ」

 拗ねたように指を合わせてモジモジさせている月蝕を指差しながら、霜月は続ける。


「『神』っていうのは一般に呼ばれる神そのものだったり、それと同等の力を持つ存在なんだが、こいつらはとにかく、生命ってやつが大好きなんだ。……それで、強い生命を持っている人間や霊感の強い人間に取り憑こうとする」

「ツキハミ、違う……シモツキ、好き、捜す……」

 月蝕がふるふると首を横に振っているが、霜月はそれを全く気にしていない。

「人間に……取り憑く……あ、それじゃあ!」

 少し考えた後、舞乃はハッとしたように霜月の顔を見る。

「ああ、気づいたようだけど、神が人間に取り憑くときにする行為が『嚙みつき』だ。俺たちは『神が取り憑く』って書いて『神憑(かみつ)き』って呼ぶけどな。普通の怨霊が存在しない訳ではないから、紛らわしくて『取り憑く』とは言えないんだ」

「私、犬みたいな、変な白いモヤに噛みつかれたんです。……服をすり抜けて、直接噛まれました」

 その時の事を思い出し、舞乃の顔が歪む。

「ああ、基本、神憑く前は、神は動物の姿をしているらしい」

「成る程……」

 ふんふんと頷く舞乃。自分の身に起こった出来事に合点がいったようだった。


「……ふわあ、りっちゃん、眠くなってきちゃった」

 難しい上に自分とは縁のない話を聞いていたせいか、莉音は強い睡魔に襲われたようだった。

「リオン、ツキハミ、膝……」

 月蝕がその場で正座をし、ポンポンと、自分の膝を叩いた。

「え、膝枕してくれるの? ありがとう!」

「ん……」

 月蝕の膝の上に頭を乗せ、莉音は寝転んだ。

「……それで、その神に神憑かれた人間の事を、カタカナで書いて、『カミガカリ』って言うんだ」

 二人の様子を微笑みながら眺めてから、霜月は続ける。

「カミガカリは、神憑いている神と一つになる事によって、その神の力を自分の意思で使う事が可能になるんだ」

「……え、神憑かれただけじゃ、駄目なんですか?」

「ああ、カミガカリっていうのは、ただ単に契約を結ばれた人間ってだけだからな。一つになっているときしか、力は発揮できない。……それで、その一つになる行為っていうのが『神懸かり』だ」

「え、カミガカリ、ですか?」

 再び聞く単語に首を傾げる舞乃。

「ああ、いや、違う。漢字で書いて、神懸かりだ。……本当に紛らわしいよな、これ。ネーミングセンスを疑うわ……なんで取り憑きと神憑きは分けておいてこれは全く同じなんだ……まあ、それは英単語の名詞と動詞で、意味は少し違うけどスペルと発音が全く変わらないみたいな感じだから、諦めてほしい」

「ああ、はい……それで、神懸かると、神とカミガカリが一つになって、『忌』と戦えるようになるんですね」

「ああ、その通りだ。神懸かる事によって、カミガカリの身体能力が上がって『忌』の浄化が可能になる。……俺がさっき持っていた鎌みたいな武器も現れる。あと、他にも、神ごとに追加の特殊能力があったりするんだが、これはまあ、今は割愛しよう。……神懸かるための方法は至って簡単で、神とカミガカリが『一つになる事を合意し宣言する』という事。ただそれだけでいい。……まあ、時間制限があったりもするんだが」

「成る程……あれ、それじゃあ、何で私は、神懸かりが出来ない……というか、神憑いた神が見えていないんですか?」

 霜月の話の中で発見した疑問に、舞乃は首を傾げる。

「ああ、考えられる理由としては、わざとに隠れているか、眠っているか、だな」

「眠っている……?」

「まだ、神が君に馴染んでいないって事だよ。だから、存分に自分の力を発揮する事ができない。……姿を保つ事すら難しいほどに」

「そう、なんですか……あの、わざとに隠れているっていうのは?」

「理由は分からないけど、余程の事がない限り、自分は表に出たくない、とか……」

 自分で言っておいて納得していないのか、霜月は首を傾げる。

「うーん……あ、でも、そういえば、あのとき、誰かが肩を叩いてくれたような……眠ってはいない、のかな?」

「まあ、神っていうのは、あまり表に現れないっていうのが、一番好ましいんだけどな……あ、ちなみに、姿が見えないからといって、それは一つになっているっていう訳じゃない。それはただ単に消えているだけだ」

「……え、どこに、ですか?」

「それは知らない。こいつはだいたい表に出てるし、そもそもこいつは他の神と違って自分の姿を消せるんだ」

「へえ、そうなんですか……」

「……? ツキハミ?」

 自分の話題だという事に気づいたのか、月蝕は首を傾げる。



「……にしても、救助。全然来ないな」

「そうですね……でも、報道のヘリも飛んでいないっていうのは、流石におかしくないですか? 災害が起こってからもう何時間も経っているのに」

「たしかに、そうだな……そもそも、今回の災害自体が色々とおかしかったんだけど……あぁ、外の情報を知りたいんだけどな…………よし、もう救助とか待っていないで、俺の実家で保護しようか」

 少しの間考えた後に、霜月は『良いことを思いついた』というように提案する。

「え、六十三さんの実家……ですか?」

「ああ、今は姉ちゃんが一人で住んでいるから、空き部屋なら腐るほどある。生活が安定するまで住めばいい」

「そうしてもらえると、有り難いんですけど……距離はどのくらいあるんですか?」

「ここの二つ隣の県、というか、()、だよ。災害はこの県だけでしか起こってないから、そこは無事だ」

「この県だけ……やっぱり、おかしいですね」

 納得いかない事だらけの今回の災害に、眉を(しか)める舞乃。


「……まあ、今はそれを考えるのは後だ。そうと決まったら移動しよう。神懸かって君たちを背負って行けば、まあ、日付が変わる頃には余裕で辿り着くだろ」

「……でも、他にもまだ生存者とか……忌もまだ……」

 自分の恋人の事を、他の生存者の事をまだ諦めきれない舞乃はボソボソと呟く。

「……俺が見た限りでは、生存者は見つからなかった。……おそらく、もう」

 霜月は苦虫を噛み潰した様な顔をして舞乃を見た後に俯向く。

「怜……」

「……あ、忌に関しては心配しなくてもいい。こういう災害で発生するあいつらは発生して一日程度で、普通の人間が近づくだけで消えるくらいには力が弱まる。残った忌は放っておいたら消えるはずだ。……この県から脱出するときに襲ってくる忌もどうせいるだろうから、そいつらは消す。……そうすれば、忌は殆どいなくなるよ」

「……そうなんですか」

 正直、舞乃は既に忌に対する興味を失っていたので、霜月の言葉に心ここに在らずといった様子で返す。

「……で、どうする? ここに残って、友達を捜してもいいけれど、俺は一旦県外に出る。救助が期待できない以上は、俺と来た方がいいと思うよ。……せっかく目の前に生存者がいるのなら、居るのかも分からない生存者よりも目の前の確かなものの安全を確保したいんだ」

「……はい、行きましょう」

 少女は恋人への想いを抑え、決意をする。生き抜く、決意を。

「ああ……そういう事だから、行くぞ、月蝕」

「……! うん!」

 霜月から呼ばれて、パアッと表情が明るくなる月蝕。まるで莉音のような無邪気な笑顔で元気に返事をする。

「……なんだ? 随分と嬉しそうだな」

 霜月もそんな月蝕の様子を見て微笑む。

「シモツキ、名前、呼ぶ、だから!」

 ふんふんと興奮した様に言う月蝕。一方で霜月は月蝕がここまで興奮する意味が分からずに首を傾げる。

「……? そうか、じゃあ、やるぞ。月蝕」

「ん!」


『神懸かりッ!』



--


 舞乃を背負い、莉音を片手で抱え、大鎌を口で咥えて薄暗い荒野を突き進む霜月。

 その様子は(はた)から見ると滑稽であったが、当然、傍から見る人間などは存在しない。

 存在していたとしても、そんな滑稽な状態で異形の化け物相手に無双する姿を見せつけられたら、彼が無敵だという事を思い知らされたら、最早何も言えないだろう。




 彼らが目的地に辿り着くまでに、もう一つ、大きな出来事が起こるのだが、それはまた別のお話。別の機会に語るべきであろう。


 完全無敵の舞台は、幕開けとともに休演となる。


 上の『カミガカリシリーズ』と書いているところから飛べば『カミガカリシリーズ』の別の物語を読む事ができます。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  冒頭、何の前触れもなく崩壊した一つの県で生き残った主人公の悲しみと心細さに、胸が苦しくなりました。  そして、犬のようなモノにかみつかれるという体験を通して、『忌』を見る力を得た主人公に…
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