7話 交渉
俺達が通された場所は集会場と呼ばれる建物であった。座っても軋む音が出ない椅子とテーブルがあり、床は動物の皮で作られた絨毯が敷かれている。足冷えがしない様になっているのだろう。そこで30分程待っていると、50歳位の男性を先頭に数人の男が入って来た。
先頭の男は剥げた頭だが、肉付きが良く、太っていると言うよりお腹が出ていると言った感じか。その後に続く男達も年齢は彼と同じ位に見える。しかも誰の顔を見ても友好的な印象は受けない。逆に俺達を見下し、穢れた物を目の前にした感じだ。
「一体何の為に来たんだ? お前らに恵んでやる食料など無いと前にも言っただろう。こっちは忙しいんだ。下らん要件ならすぐに帰ってくれ!」
(チッ。入って来た瞬間から何言ってるんだコイツは……)
村長と思しき男の邪険な態度に俺は心の中でイラつき、唾を吐く。だが俺は今回の交渉を必ず成功させなければいけない。荒れる心を必死に抑えて村長へ言葉を掛けた。
「まぁ、待ってくれ。今回は俺が話があって来た。いい話を持って来たつもりだ、話だけでも聞いてくれないか?」
村人達と服装が違う俺に、村長が用心深く俺の足から頭へと順番に視線を泳がせてきた。舐めまわされる様な視線に一瞬背中がゾッとする。
「俺は彼等の村に厄介になっている、航太朗と言う者だ。今回は俺が長に此処へ連れてきて貰った」
「あの村が余所者を養える程裕福とは思えんが……それにあんた何処の国のご出身だ。そんな服、今まで見たことも無い」
「なに、俺はずっと旅をしていてな。言っても解らんだろうが、故郷はかなり遠い。そんな事より、まずはこれを見てくれないか?」
俺はポケットの中からハンカチに包まれた飴を出しテーブルの上に置いた。ハンカチの上で色とりどりのアメ玉が転がっている。飴は梱包の袋から取り出している状態だ。
村長は俺の様子を伺っていたが、テーブルに転がる飴に鋭い視線を送っていた。
「これは何だ? こんな小さな物で何をしたいんだ?」
「これは俺の国で甘味と呼ばれる食べ物だ。飴と言う貴重な品で今回はこれで食料を分けて貰いたいと思っている。まずは一度食べてみてくれ」
そう言って、俺が一粒手に取ると口の中へ放り込んだ。
「こんな小さい食い物で食料を分けろと言うのか?」
「これは確かに小さいが、味は優れている。取り合えず此処にいる者の分はある。全員が食べてみてくれれば、俺が言っている事が理解出来る筈だ」
テーブルの上に転がる飴を手に取ると、各代表者達に渡して行く。彼らは最初臭いを嗅いだり、日の光に晒したりと誰も食べようとしなかったが、一人の男が手に持ったまま舌で軽く舐める。そしてそのまま石像の様に固まってしまう。
「甘い……表現できない旨さだ……こんな物食べた事がないぞ」
そう言って一気に口の中へ放り込んだ。
「この甘味は舐めて食する物だ。噛んでもいいが、その場合はすぐに無くなってしまうから勿体無いぞ」
俺がアドバイスを行なう。それに従い男は舐め続けていた。そんな様子を目にした他の者達も順番に飴を舐め出し、誰もがアメ玉の虜となって行った。
男達は俺達から少し離れた場所で小声で話し合っている。その様子を俺はジッと伺っていた。それからすぐに村長が俺の元へやって来る。話が纏まったのであろう、俺を見る眼は鋭い。
「この甘味と言う物と食糧を交換したいと言う話だが、どれだけ食糧が欲しいんだ? お前は甘味をどの位持っている?」
(喰い付いて来たな。絶対に逃がすものか!!)
「俺はこの飴一つで2食分の食料と交換したいと考えている」
2食分と聞いて村長の眉に力が込められる。先ほど以上に険しい表情となって俺に喰ってかかってくる。
「あの小さな甘味1つで2食分の食料を寄越せだと。ふざけるのも大概にしろ。どうせこの村以外、当てが無いんだろう? 10個で1食分なら交換してやってもいい」
大声を撒き散らし殴りかかって来る様に威嚇しているが、アメが欲しいと言うのが見え見えの態度である。俺は長の方へ振り向いた。
長は今の状況に怯えている様であったが、それに構わず声を掛けた。
「長よ。次の村まで、ここからどの位掛かる?」
「航太郎様、この村から2日程度の場所に別の村がございます」
長は俺にそう告げる。俺はその言葉を聞きくと、あっそう、っと言う感じで返事を返しライド村の村長の方へ身体を向けなおす。
「俺は別にこの村で、アメ玉を交換しなくてもいいんだが……次の村が此処から2日も掛かるとなると手間代が多く掛かりそうだ。その分を差し引いてアメ玉1個で1.5食の食料でどうだ?」
俺の言葉に村長はフンッと鼻を鳴らし、解っていたかの様に返してくる。
「そこまで言うのならアメ玉5つで1食だ。それなら考えてやろう。だがそれ以上は無理だ」
村長の返しに俺は強気で言葉を続けた。
「この村には村人は何人だ? 300人程度なら一人50個は配れるだけ飴を用意できる。このアメ玉を他の村や街へ持って行けば大儲け出来るぞ。俺は邪魔くさくてやらないがな。だが俺も損をする訳には行かない。アメ玉1つで1食分、これで無理なら俺は隣村へ行かせて貰う」
村長から視線をそらさずに俺はそう言い切る。少しの間俺と村長の睨み合いが続いたが、村長が息を吐いた。
「ちょっと待っていろ。他の者達と相談する」
「あぁ、ゆっくり相談してくれ。俺達が居ては話し辛いだろう。外で待っているから決まったら呼んでくれ!」
俺はそう言い放ち、後ろに控える長達に声を掛ける。そして立ち上がる際にテーブルの下へ気付かれない様に手を忍び込ませた。
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「航太郎様、どうなるんでしょうか?」
外へ出た時、長が心配そうに声を掛けてくる。
「解らん。だが、いつでも動ける様にしておけよ!」
それだけ声を掛けると、俺はリュックの中から黒い小さな機械を取りだした。 それにはイヤホン、スイッチ・ツマミなどが付いている。俺はイヤホンを耳に付け、スイッチを入れた。
イヤホンから聞こえるのは、家の中で行われている会議の様子だ。先ほどテーブルの裏に盗聴器を張り付けていた。これは必要な時が来るだろうと、事前に購入しておいた物だ。
「村長、どうするつもりだ? あいつ等の言うとおり、食料を交換してやるのか?」
「あいつらが言う量だと、村が蓄えている1カ月分の食料の内半分を寄越せって言ってる筈だ。当然そんな量を渡す事など出来ん。もしもの時の食料が減れば困るのは俺達だからな……だがあの男が言う通り、このアメ玉と言う物を街へ持って行けばかなり儲かるだろう」
流石は村長だ、計算は出来るみたいである。
「備蓄の食料の半分だと。あの男そんなに吹っかけていたのか!?」
「だが、あのアメ玉をミスミス他の奴らに渡すのも馬鹿らしい」
様々な議論が出されていたが、一人の男が笑いながら意見を出す。
「なら簡単じゃねーか。アメ玉だけ頂いて食料を渡さなければいいだけ。どうせあの村は人数も少ないし、男達も貧相なやつらばかり。徒党を組まれたって余裕で追い返せる」
その意見に一人、二人と賛同していく。そして最後に村長も賛同して向こうの意向が決まった。
「バカだなこいつ等、人を陥れようとする奴に俺は容赦しない!」
それは誰にも聞こえない程の小さな声であった。口角を吊り上げ笑う、そんな俺の雰囲気を察した長達は自然と距離を取っていた。