6話 隣村へ
今は盗賊を退けてから2週間が経過していた。この村を良くする為に俺が最初に着手した事は食料事情の改善である。この荒れた土地でも元気に育つ野菜を作る事、それに向けて村は一致団結して取り組んでいた。今までは各家が小さな畑を作っていたが、民家数件を移設する事でスペースを確保し、村人全員が管理する大規模農園を作っている。しかし堅く水分の少ない土を掘り起こす作業は大変な重労働であり、作業は苦戦していた。
「よし、畑を耕した後は肥料を蒔くぞ。俺の家の前に台車を運んでくれ」
村人が運んできた台車の上にホームセンターで購入した肥料を積み込んでいく。今回は質より量で選んだ、とにかく一番安い肥料を大量に買い込んでいる。
「これらの肥料を順番に土と混ぜ込んでいくぞ」
畑の作り方を印刷した紙を片手に持ちその手順通り指示を与えていく。
俺が持ってきた肥料は、勿論ビニールの袋に入れられている。当然この世界では見る事の無い物だ。それらが大量に俺が借りている家から来る訳だが、普通なら不気味がり何か言って来る筈だが誰も何も言わない。不思議に思い、その事をリアにこっそりと聞いてみた。
「私達は全員が航太郎様を信じています。私達は航太郎様が言われる事を精一杯やるだけです」
「何だか教祖みたいに感じになっているのかな? まぁ、それなら都合がいい。このまま一気に進めて行こうか」
「はいっ。航太郎様!」
リアは先程までは他の村人と同じ様に農作業を手伝っていた。リアが作業に戻る為にパタパタと小走りで畑へ向い走って行く姿を暖かく見守っていると、後ろから突然声が掛けられた。
「航太郎様、準備が出来ました。いつご出発されますか?」
「あぁ、長か。解ったそろそろ出発しよう」
俺は村長と数人の村人に台車を引かせながら、一番近い村へ向って歩き出した。隣村までは徒歩で約半日程度掛かると聞いている。
「それで航太郎様は、隣村で何をなさるつもりですか?」
長には話していたが、付き添う村人Aは何故隣村へ行くのかが気になっている。
「俺達の村は畑を作り直し、これから豊かになろうとしている。だが畑を作ったからすぐに食料がある訳じゃないだろ? だから隣の村で分けて貰うんだよ」
俺の回答に村人は納得する表情を見せたが、少し不安げな表情をみせていた。
「確かに隣の村まで行けば……あの辺りは豊かな土地ですので食料はあると思います。ですが普通に分けてくれ、と言って分けてくれるとは思えないのですが……はっ!? まさか村を襲うのですか?」
村人Aの思考がヤバイ方向へ向っている。俺が盗賊達を撃退したから言っているのか? 基本ヘタレな俺が罪の無い人を襲える訳が無い。
「いや、そんな事はしない。食料はこれと交換で分けて貰うんだよ」
そう俺は手の平に赤い色をした小さな丸い玉を載せて見せる。村人達は俺が今まで運び入れて来た日本の物資を見続けている。今回も言葉を発する事はせずに村人Aはジッとその玉を見つめているだけだった。
「これは俺の居た場所では普通に手に入る菓子と言う物だ。お前も喰ってみるか?」
「食料なんですか? はい、喜んで頂きます」
村人にその玉を手渡すと彼はそれを口にゆっくりと含んだ。
「んっ。甘い、甘い、何ていう甘さだ!」
村人は頬に両手を当て、それをガリガリと噛み砕き飲み込んだ後に至福の表情を見せた。
実は俺にある問題が発生していた。親の遺産で幾ら貯金があるからと言っても湯水の様に使っていると直ぐに底を付いてしまう。村が食料の自給を確立出来るまでは彼等に食料を配り続けるつもりだが、50人の村人全員の食料を毎日用意していると、三食ラーメンにしても一日300円で毎日15,000円が消えていく。これでは余りにも出費が大きすぎる。
実際、異世界に来てから今日までで約80万円が無くなっていた。もちろん俺が最初に買った装備を含めての金額であったが、このままでは不味いと言う考えに移るのは至極当然である。
そこで俺が思いついたのが、他の村から当面の食料を分けて貰うという事だった。最初は盗賊から奪った金貨や宝石で買い取ろうかと考えたが、金貨や宝石の価値を間違えて損をする事や、盗賊が何処から奪った物資か解らない事も気になっていた。今から向かう村から奪った物資も在るかもしれない。その可能性を考えると、厄介事しか発生しないので今は使う時では無いだろう。
その為に別の物で交換する必要があった。俺は日本で安価で手に入れられ、異世界で重宝される物を何個か選別していく。
そして最終的に選んだ物はアメ玉である。その理由は安価で日持ちが良く運搬にも適しているからだ。ネットで買うと業務用1kg、300粒程入っている物で値段は700円程度、一つ換算2.3円だ。
まず長にアメ玉を食べさせて見た。最初アメ玉を見つめ不思議そうに眺めていた彼だが、俺が先に口へ放り込み目の前で食べて見せ、長にも食べるように促す。アメを食べた長は、こんな甘い物を食べた事が無いと言っていた。まだこの異世界には甘味と言う認識が低いのかもしれない。
確かな手応えを感じ取り、今回アメ玉による食料確保に動いた訳である。
家から出る時にリアにも何個かアメ玉を渡すと。口にアメを入れた途端、表情をトロンとさせながら大事に食べていた。残りを大事そうに布で包むとその内の一つを弟に食べさせていた。
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遠くに村らしき景色が地面から浮き上がって来るように現れてくる。辺りには緑が多く見られ、ここへ来るまでにウサギらしき動物も確認している。リアの村とは天国と地獄程の差であった。
長も村人達も自分達の劣悪な環境と比べているのだろう。怒りに満ちた表情の中に悔しさや羨ましさが滲み出ている。
「あの村がそうか?」
「そうですあの村が、ライドと呼ばれている村です。私達の村よりも何倍もの人がいます。私も何度か交渉で行った事がありますが……」
長にとっては嫌な思い出があったのだろう、説明するに連れて表情は曇っていく。そんな長に俺は自信に満ちた声で長に語りかけた。
「俺の言う通りに動けば大丈夫だ。俺はお前達に約束しただろう? お前達は俺が守ってやるってな」
笑顔でそう言いきると、長や村人達は俺に向け頭を下げた。
「私達は本来であれば、盗賊の襲撃の際に皆死んでいた者達です。航太郎様を信じてご指示に従います」
「ああ。任せてくれ!」
話している内にライド村の側までたどり着いた。この村も周囲を柵で張り巡らせているのを見ると、どの村や町でもそうなのだろうか? そうなると、この世界の治安はかなり悪いと言えるだろう。
村の出入り口に立つ村人に長が近づき話を開始する。長にはこの村の村長に会える様に話を付けろと言ってあった。村人が村の中へ姿を隠している間、俺達はその場で待機している。男が消えて20分程度たった頃だろう、再び村人が戻り俺達を中へ招き入れた。
(さぁ、後はこの飴でどれだけ食料が確保できるかだな)
気合を入れなおし、俺は村へと足を踏み入れた。
村の中にはリア達の村より立派な家屋がチラホラと見え、外で遊ぶ子供達、農作業に勤しむ大人達、見る人全員が肉付も良い身体をしている。ついそんな村の子供達をリアと重ね、俺の中で自然と怒りが込み上げてくる。
この村の人達が悪い訳では無いのは理解している。だがリア達が置かれている過酷な環境を俺は思い出す。お腹が減っても食べる物すらない痩せた大地、隙間風が入り込み、身を潜め寒さに耐えなければ眠れない家屋。そんな弱者を容赦なく痛めつけるこの異世界で…… 手の届く範囲の者達だけでも助けてあげたい。
日本で自分が願い続けていた。自分を助けてくれる救いの手を差し伸べてあげたいと……
そんな気持ちが何度も俺の体中を駆け回っていた。