41話 VSグラン帝国軍(マイル卿視点)
辺境伯が此処を出発して2日が経過している。ルイーダ王国軍はグリーン領地内にある。カリム盆地に陣を張っている。この盆地は山脈から大きな川が三角形を象る様に2本流れている。この河は流れが速く歩いて渡るのは難しい。そして中央部分に50m程平地がグリーン領地内へと続いている。この場所を通らないとグラン帝国軍はルイーダ王国へは進軍できない。辺境伯と僕はこの場所で敵を迎え撃つ作戦を練っていた。
僕の目の前には辺境伯が持ち込んだ材料で組立てられた高さ10m木壁が50mもある平地一面に築かれていた。この壁を作るのに要した日数はたったの3日だ。彼が用意した材料の便利さに僕も唖然とさせられた。
「この単管というのは本当に素晴らしいよ。クランプと言う部材を繋ぎ合わせるだけでどんな形状の物でも骨組みが完成してしまう。その後は番線と言う鉄線を使って単管と厚い木板を縛り固定するだけで、これだけの壁を数日で作れるとは思っても見なかった」
僕とダグウェン卿は、単管で組立てた高台の上で遠くで陣を構えるグラン帝国軍を見つめている。
「そうだな。辺境伯にはいつも驚かせられる。それにこの双眼鏡と言う物も遠くの物が目の前に在るように見えるぞ、マイル卿も見てくれ」
ダグウェン卿から双眼鏡を手渡された僕はそれを覗き込みグラン帝国軍を観察する。普通この距離だと肉眼では見る事が出来ない筈の先頭に立つ兵の兵種まで解る。
「中央部隊に陣取っているのが銃兵の様だ。あれをどうにかしないと僕達に勝ち目は無いね」
「ワシは兵を指揮する事には慣れているが、敵を誘い込む様な搦め手の方はどうも苦手でな。今回の指揮はマイル卿に任せるしか無い」
前方のグラン帝国軍に視線を向けながらダグウェン卿が僕の肩に手を置いた。
「6日間耐えればいいんでしょ? 何とかやって見せますよ」
辺境伯との約束を思い出しながら僕はそう言葉を発した。その後、僕は兵士達に声を掛ける。それは防衛戦で使う武器をチェックする為だ。矢に大石に火炎瓶と投下出来る武器を壁の内側に組立せていた高台の上へ運ばせている。この高台は高さを9m程度に調整していた。高台の上に立てば上半身だけが敵に見える感じだ。
この様な壁は此処以外にも数箇所作っている。各施設で敵を押さえ込みながら進軍速度を落とさせるのが狙いだ。
「今から敵が攻めてくる筈だ。頭をずっと出していると銃と言う武器で打ち抜かれる。隠れながら防衛に徹してくれ」
「「はっ」」
グラン帝国軍が木壁の前まで進軍してきた。此処は一度に40万の兵が攻めてこれる場所でもない。数万程度の歩兵が梯子を掛け登ろうとする者、破城槌をぶつける者、弓を上空に放つ者などに別れ一斉に攻め込んできた。
我々ルイーダ王国軍は高台に並んだ兵士が順次、矢を放ち大石や火炎瓶を落とす。この木壁は単管を格子状に繋ぎ合わせ、内側へ斜めに地面に突き刺す形で何本もの控え単管を取っている。幾ら相手の圧力が強いといっても、何十本もの鉄の控え支柱を折り曲げる事は出来ない。本当の城壁と同じ位の強度はあると言えた。
グラン王国軍は入口も無いこの壁に何度も破城槌を叩き付けるが、今回選んだ木板は柔軟な物を選び2重張りしている。一瞬凹みはするが、破城槌が壁から離れると元に戻っていた。
「よしこの調子だ。敵を取り付かせるな!」
僕は壁より少し後方にある高台の上から、戦闘の様子を双眼鏡で確認しながら指示を与えて行った。
戦闘開始から既に数時間は経過し戦いは膠着していた。すると大きな破裂音が何度も聞え、高台に立つ兵が頭から血を流し突然落下しているのが見えた。
これが辺境伯の言っていた銃の攻撃なのだろうか? その後何度も破裂音は続き頭を出している兵士達が次々と高台から落下して行った。一度に何十人も倒されている。
「これは不味いな。迂闊に頭が出せないぞ、高台を一旦後方へ引かせるんだ!」
僕が指示を出すと、壁沿いに設置されている単管の高台がゆっくりと移動を開始する。高台の単管と地面が設置する所に馬車の車輪の様な部材が取り付けられている。辺境伯はこれをローラーと言っていた、数人で押せば高台が動く仕組みである。
壁を守る兵士が後方に下がれば、グラン帝国軍は普通に梯子から侵入してくる。だが高台を移動させたこの状態であれば壁を乗り越えても足場は無く10m下に落下するだけだ。その後数名の帝国兵が落ちてきて動かなくなっていた。
グラン帝国軍は梯子で乗り越えるのを中止し、破城槌で執拗に壁を壊そうとしていた。
何度も壁にぶち当たる破壊音が周囲に響き渡る。
「そろそろ頃合だ。弓隊は一列に並べ! 壁が倒れたら一斉掃射だ。歩兵は弓隊を盾で守ってくれ。
よし今だ。壁をこちら側から倒すぞ!!」
僕の声と共に1本の控えの単管に数十人が手を持つ、控え単管は50m壁に何十本も設置されている。数百人が一斉に控え単管を押し内側から外側へ壁を倒した。控え単管は壁の最上部で繋ぎ合わされている為に幾ら外側の圧力が強いとは言えこちら側から押す力の方が強い。50mも広がる壁は轟音と共に外側に居る兵士を大量に巻き込みながら倒れ込んだ。壁の自重と倒れた勢いでその衝撃は凄まじい威力であった。
「今だ一斉掃射! 控え単管を持っている者はその間に再び壁を引き上げろ!」
弓矢の一斉掃射で壁の突撃から免れた者達が射殺され行く。敵の後方部隊も突然壁が倒れたので唖然となって行動が遅れている。その間に壁はゆっくりと元の垂直へと戻って行った。
「どうだビックリしただろう。何度も使えないがとって置きの一つだ。これで時間が稼げる」
僕の予想通り、壁が倒れて自分達を巻き込むとは思っていなかったようで、帝国軍はその後一旦引いたままその日は攻めて来る事は無かった。
僕は日が落ちて辺りが暗くなったのを確認した後、数十名の兵士を壁の外側に行かせ、壁に圧死させられたグラン帝国軍の武器を回収させていった。それは銃が少しでも手に入ればと思ったからである。だが銃を見つける事は出来なかった。やはり射程距離の長い銃隊は後方にいる様だ。今回の一撃でグラン帝国軍は数千兵を一度に失う事となった。
次の日からグラン帝国軍は木壁を破城槌で壊す者以外は壁に近寄って来ない。此方も壁を破壊されるのを阻止しようと高台から兵が頭を出すと、銃隊の援護が開始され迂闊に顔を出す事が出来ない。時折大石や火炎瓶を投げ込むのが限度であった。
そうしている内に壁に小さな穴が数箇所空いた。僕はその周囲に兵を配置させ入ってくる帝国兵達を各個撃破して行く。
入り口が小さい今なら一度に入ってくる敵の数も少ない。まだ十分耐えられる状態だ。この穴が大きくなれば敵は一斉に攻め込んでくるだろう。撤退する判断を間違える事だけはしない。
双眼鏡で敵の動きを見つめる。すると本体が動く素振りが伺えた。
(一気に来る気だ。ここが潮時だろう……)
「全軍撤退だ。一度後方へ下がるぞ」
僕は全軍が後方に作った砦に入るのを確認した後、敵が一斉に入ってくるのを待った。既に木壁の穴は大きく開けられており、一度に何人も通れる程だ。それが何十箇所と空けられている。すでに壁の内側には何百兵も侵入している。
最後に残した騎馬隊の兵士は馬に乗っておらず、馬の腰にロープを巻きつけ数十mも離れた場所で待機している。双眼鏡で見ていると穴から弓兵や銃兵がチラホラ見え出した時に、僕は騎馬隊に指示を出した。
「今だ。一斉に馬を走らせろ。君達はそのまま砦に走り込め」
それだけ伝えると僕も砦の方へ馬を走らせて行った。後方では再びドスンと鈍い音が聞える。
今度は控え単管の地面と接している付近にロープを結びそれを馬で一斉に引かせたのだ。そうすれば控えが単管が地面から引き離され宙に浮き、そのまま引っ張られる様に壁は内側へと倒れ込む。
今回は前回より倒した数は少ないだろう、だがそれが目的では無い。僕は帝国軍に木壁には仕掛けがあると思わせたかったのだ。




