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37話 グラン帝国の使者(マリア女王視点)

 何時もと変わらない日、王宮の自室で私は山のような書類と格闘していた。積み上げられた書類の山は、机の上だけでは場所が足らずに床の上にまで置かれている。

 女王になってからは、いつもこんな感じ。大量の書類に目を通しながら判を押して行く。もし解らない事が在れば文官を呼び出して説明してもらう。少しでも早く王都を復興させる為に労力を惜しまず仕事に励んでいる。

 この様な仕事は本来ならば文官に任せるのが普通かも知れない。でも何も知らずに女王となった私は勉強を兼ねて仕事を知る必要があった。だから私は無理を言って自ら仕事を請け負っていた。

 王宮で働く者達も私と気持ちは同じだと思う。一日でも早く王都を元に戻そうと一丸となって頑張っている。

 

 グリーン領に派遣している文官から連絡が入ったのは、各領地を騒がしていた連続放火が収まって一ヶ月程過ぎた頃……


 「女王陛下。只今グリーン領の関所にてグラン帝国の使者と名乗る者が現れた様です」


 早馬で駆けつけた兵士の報告を受けた文官が息を乱した状態で部屋に飛び込んで来た。


「なんですって! グラン帝国の使者が!?」


 書類と格闘中の私も帝国の名を聴いた瞬間に、何時間も座り続けていた椅子から飛び上がってしまった。

 国民の殆どの民は周辺国の存在程度しか解らないと思う。でもそれなりの地位がある者や国外とも付き合いがある商人達ならグラン帝国の名を知らぬ者はいない。


[グラン帝国]

 ルイーデ王国の南に位置する大国で、昔は小国家であったが約50年前に周辺国を瞬く間に統合し今のグラン帝国を築き上げた。ルイーデ王国の3倍を超える国土と兵力を有する大国。

 

 この事態が何を指しているのかを私なりに考えてみたが、目的が何なのか浮かんで来ない。だが使者が来たからには会わぬ訳にも行かない。

 取り合えず使者が本物かどうか確認出来次第連れてくる様にと指示を出す。


「はぁ~。一体どう言う事よ? 今まで王国と帝国には接点など無い筈だわ……」


 それ以後は業務にも手を付けず、使者の事ばかりを考えてしまう。

 その後の連絡で使者は皇帝の書状と幾つか使者を国旗や国章を持参している解り、私は謁見の許可を出した。


------------------------


 それから3日後、謁見の時間がやってくる。王座に座り待っていると、恭しく兵に先導され初老の男が王の間へ入って来た。上等のローブに身を包み、私の前で膝を着き深々と頭を垂れた。

 上げた顔を確認すると、70歳位だろうか? 白い髭を長く伸ばしている。身に着けている装飾品も高価な物ばかりだ。


「マリア女王陛下。お初にお目にかかります。私はグラン帝国で文官を致しております、ヴィーダと申します。どうか御見知り置き下さい。」


 ヴィーダと名乗る男を見つめ、帝国がやって来た意味を探ってみるが全く解らない。なので相手が話すのを待つしかなかった。


「ヴィーダ殿、遠路遥々ご苦労様です。それで今回どの様な用件で王国に来たのですか?」


「我が主である。皇帝陛下から書状をお持ちしております。まずはそれを見て頂けますか?」


 兵士がヴィーダの手から書状を受け取ると、私の所まで持ってきた。書状にはこう書かれていた。


 グラン帝国の宝と言える指輪が昔に盗まれて行方が解らなかったが、最近ルイーデ王国のフェリィ地方に在る事が発覚した。指輪と指輪の持ち主をグラン帝国に引き渡して頂きたいと書いてある。


「指輪ですか……何故フェリィに在るとお解かりになったのですか?」


「それは帝国の宝、各地方にまで捜索し続けた結果と言えるでしょう」


 ヴィーダは薄笑いを浮かべそう答える。だがその声は私に薄気味悪い物を感じさせた。


「グラン帝国は指輪の持ち主が誰か解っているのですか?」


「いえ……詳細までは掴めておりませんが、一つだけ言える事が御座います。それはかの地を治める辺境伯が指輪の持ち主を知っていると言う事です。辺境伯に問いただせば直ぐに解る筈です」


「辺境伯が……もしそれが本当だとして、その指輪が帝国の物だと言う事を証明出来ますか?」


 少しの沈黙の後、ヴィーダは鋭い目つきに変えて言い放ってきた。


「指輪が帝国の物だと証明する事は難しいでしょう。だが確実に指輪は我々の物、皇帝陛下は最悪実力行使も厭わないと申しておられています。この意味がどう言う事かお解かりですな!?」


 ヴィーダが発する息苦しい圧力を受け、私の額には自然と汗が浮かんでいた。


「それは脅迫ですか? グラン帝国がルイーデ王国へ攻め入ると……」


「女王陛下、我々にはそんなつもりは御座いません。ただ、その指輪は我が国にとってそれだけ価値が在る物とお考え下さい」


 実際、グラン帝国に攻め入れられればルイーデ王国は制圧されてしまう。言いなりになる訳には行かないが、指輪の事を無下にする事も出来ない。


「解りました。取り急ぎ辺境伯を呼び寄せ。指輪の事を確認しましょう。今後の話はその後と言う事でいいですね」


 ヴィーダは頭を垂れて礼を述べる。


「女王陛下、ありがとう御座います」


 その後私は辺境伯の元へ使者を派遣した。


-------------------------


 辺境伯が王宮へ到着したのは、使者を出してから5日後だった。今回彼は正装で身を包んでやってきている。普段はもう少し軽い感じの服装なのだが、正装の方が彼には似合っていた。

 王の間で彼が私に頭を下げる。私は女王で彼は配下。だからこれは普通の事なのは解っている。

 でも目を閉じると初めてフェリィの村で出会った事や、王都が襲われた時の事を思い出す。私が女王になってからも彼は二人っきりの時は気さくなままだ。だから何度体験しても慣れない。胸の奥がチクチクと痛んでしまう。


「辺境伯……急な呼び出しに応えてくれて感謝します」


「女王陛下の命なれば、如何なる場合でも馳せ参じます。それで今回はどの様なご用件で?」


「えぇ、今日来て貰ったのは、実は王宮にグラン帝国の使者が来ているの、その使者が言うには辺境伯の領地にグラン帝国の宝とされている指輪があるそうなのよ。

 辺境伯はその指輪の事を知っているかしら?」


「もし、私が知っていると応えれば、どうなさいますか?」


「グラン帝国は指輪と指輪を持っている者の引渡しを要求しているわ。要求を呑まない場合は実力行使も厭わないと……私もまだ傷が言えていない王都を再び戦場にしたくは無い。もし知っているなら教えて欲しいの……」


 辺境伯は頭を下げたまま動かない。何かを考えているのかも。一番理想的なのは辺境伯が素直に指輪の事を教えてくれる事……だけど今の様子を見ると訳ありの様で、そう簡単には事は進まない気がする。


「マリア女王陛下……貴方には本当の事を話さねば行けません。人払いをお願い出来ますか?」


 彼の真剣な表情が事の重大さを物語っていると判断した。私は全ての者を部屋から出るように指示を出す。


「人払いは済んだわ。さぁ話して頂戴」


 彼の瞳はいつも冗談を言ってくる優しい目では無く、覚悟を決めた力強い目であった。


「マリア女王、指輪は俺が持っている。それが答えだよ」


「え! 今何て言ったの?」


 余りにもサラリと告げた衝撃の事実に耳に入っていたが、身を乗り出し聞き直してしまう。

 今までは正装の一つである白い手袋をしていたが、それをスルリと外すと指には銀色の指輪が付けていた。そう言えば以前も見た事がある。確か……彼はずっとこの指輪をしていた。


「だから指輪は今は俺が持っている。だがグラン帝国に渡す事は出来ない……」


「何故? 辺境伯が指輪を持っているの? 確か50年前に奪われたと……」


「これは祖母の遺品だ。どういう経緯で祖母の手に渡ったのかは俺も知らない。だけどこの指輪だけは渡す事は出来ない」


 彼の頑な意思は理解出来た。だけどそれはルイーデ王国の破滅を意味する。混乱する思考を振り飛ばし私は彼に気持ちを吐露する。


「だけど、その指輪を渡さないと帝国が攻めてくるかもしれない……そんな事になれば多くの人が死んでしまうのよ! 貴方は解ってるの!?」


「ああ、解っている。女王には教えておくよ。この指輪の力を……信じないと思うが、この指輪は違う世界を行き来する事が出来る力があるんだ」


「はぁ? 違う世界って何処の国なのよ」


「この世界とは違う発展を遂げた世界だよ。向こうの方が技術は進んでいる。その世界の道具が在ればこの世界で大概の事は出来る様になるだろう」


 彼から聞いた指輪の話は俄かに信じられる物では無かった。だが一見高価そうでも無い指輪を帝国が欲しがる理由も見つけられ無かった。隠す様なら攻め込む、そう言わせる程の価値……可能性として考えるなら在り得るかもしれない。でも違う世界に行ける指輪を信じろと言われても信じられる物では無かった。


「本当にそうなら私をその世界に連れて行ってみなさい!」


「残念だが、色々と制約があってなそれは出来ない」


「そんな作り話信じられる訳ないでしょ!」


 私の言葉に彼は片手で後ろ髪を書きながら、仕方ないなと言う感じだった。


「なら、一度だけ見せてやるよ。でもこれはリアにもハイブやザイクルにも見せた事が無いんだ。他言無用で頼む」


 そう言って彼はおもむろに付けている指輪を外した。その瞬間パッと目の前から姿を消してしまう。想像を絶する光景に私は言葉を失う。

 キョロキョロと左右を見渡しても彼の姿は見付からない。一体何処に消えたのだろう……すると彼は再び同じ場所に姿を見せた。その場面でも私は瞳孔を開いて驚いてしまう。

 彼に指を差し口をパクパクと動かす。きっと今の私は魚の様な感じだろうか。


「もう一つの世界に行って戻って来た。これで信じてくれるか?」


 ドヤ顔で告げる彼の顔はまるで子供の様に無邪気だった。私は大きく深呼吸を数回行い気持ちを落ち着かせて行く。私が落ち着いたのを確認したのか? 彼は私に近づき手に持って物を手渡して来た。


「違う世界に行った事を何か証明出来ないかと思って適当に持ってきた。これはハンカチと行って手を拭く布だ。違う世界の刺繍が施されている見た事無い柄だろ?」


 そう言われ、私はハンカチを広げて見る。小さな四角い布には綺麗な花の絵が縫われていた。それはこの世界で見た事も無い綺麗な花だった。


(本当に違う世界に行けるんだ……)


「そのハンカチは女王に献上するよ。黙って貰う口止め料と考えてくれ……」


 彼から初めて貰った物……何だかニヤけてしまう。そのハンカチを私はギュッと握り締めた。それに加え誰も知らない彼の秘密を教えてくれた事が凄く嬉しかった。


「これで俺が違う世界に行ける事は理解してくれたと思う。どうしてこの指輪を渡せないかだが……おい! 聴いているのか?」


 ボーっとしていた私に彼はそう声を掛けた。私もハッと我に帰る。


「ええ、聴いているわ。説明して頂戴!!」


 仕切り直して彼は説明をしてくれた。


「一つ目の理由は、指輪を外せば俺はこの世界に居られないからだ。指輪を着けた時以外は向こうの世界に行ってしまう。そしてもう一つの理由として、もしこの指輪の力が帝国に渡った場合、高い確立で大規模戦争が起こるからだ。巨大な力を手にした国がやる事は一つしか無い」


「グラン帝国は違う世界の力を使って大陸の統一に乗り出すって事?」


 私の質問に彼が頷いて答えた。私も巨大な力を帝国が手にすればそうなる可能性は高いと思う。なら彼が渡せないと言っている理由も納得出来た。大陸全土を巻き込む戦争が起これば物凄い人達が犠牲になってしまう。


「それで女王にはお願いがあるんだが、使者には指輪は捜索させるからとか上手く誤魔化して時間を稼いで欲しい。その間に俺は次の一手を考えてみる」


「えぇ、解ったわ。今日は時間が無いからそれ位しか言えないけど、また明日にでももう少し話しましょう」


 そう言って扉から出て行こうとする彼を扉の側まで同行し見送った。すると廊下でヴィーダが此方に向っている。何か私に用でも在るのだろうか? だがヴィーダは辺境伯の顔をすれ違いざまに目にした途端驚愕の表情を浮かべた。遠くへ去って行く彼を姿が見えなくなるまで見続けていた。


 その後、兵士に連れて来られヴィーダが王の間へとやって来た。そして王座に座る私に礼をする。


「何用ですか? 指輪の件はもう少し時間が掛かります」


「左様ですか。それは別に良いのですが一つ教えて頂きたい事が出来ました」


 その言葉に私は小さな不安を抱かせた。


「何でしょうか? 答える事が出来る事ならお答え致しましょう」


「ありがとう御座います。では先程、王の間より出て行った男性は一体誰でしょう?」


 今出て行ったと言えば辺境伯になる。これはいずれバレるだろうし誤魔化しても仕方ない。私は素直に辺境伯の事を話した。


「先程の男性はフェリィ地方を治める辺境伯です。指輪の事を聞いていました。彼も指輪の在り処は解らないので捜索隊を結成すると申しておりました」


「まさか……フッフッフ。なるほど、なるほどそう言う事か……」


 ヴィーダは何を考えているのか? 薄笑いを浮かべている。


「女王陛下にお願いが御座います。私達帝国が求める物は指輪では無く辺境伯に変更させて頂きます。彼をグラン帝国へ引き渡して貰いたい!!」


 その言葉に息が出来ない程の衝撃を受けてしまう。


「……どう……どういう事ですか?」


 搾り出した言葉にヴィーダはハッキリと言葉にする。


「もう一度言います。辺境伯をグラン帝国に引き渡して欲しい。我々の要求はその一点です」


「何故? 彼は貴族ですよ。それに前戦の英雄でもあります。引き渡す事など……」


「ならば力づくでと申し上げた筈ですが宜しいのですか?」


 ヴィーダは語尾を強め、睨みを効かしながら圧力をかけて来る。

 私は一体どうすればいいのだろう? それに辺境伯の正体をヴィーダはどうして知る事が出来たのか? 

 辺境伯から貰ったハンカチを握り締め彼の身を案じ、私の体は自然と震えていた。

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