35話 VS密偵
2名の男を捕まえてから3日が経過している。俺は各領主の下へ書状を持たせた兵士を送り、他国の密偵が潜んでいる事を伝えた。フェリィでの被害を書き記し、別の領地ではどの様な事案が発生しているのかを教えて貰う。それで密偵達が何を目的としているのかを掴みたかった。
それと平行で密偵の男が口にしたマイヤーと呼ばれる仲間を何としても特定する必要があった。その方法を俺は思案する。捕まえた2名を開放するのは愚策だろう。だが危険を犯して詰所にマイヤーがやってくる可能性も少ない。密偵は任務の為に仲間でも切り捨てる筈である。
俺の計画では捕まえた男とマイヤーが接触した時か、その後行動を起した際にマイヤーを捕まえると言う至って簡単な作戦だ。だが警戒心の強い密偵相手に疑われる事なく作戦を実行するのは至難の業と言える。
良い方法を思い付く事も無く時間だけが経過していた。
因みにフロアの街では男達を捕まえた日から小火騒ぎは起きていない。盗聴器で聴いた通り、捕まえた2人が実行犯と言う事だ。
「何か仲間を誘き寄せる良い方法は……」
ネットで検索をかけていると、ある商品で指が止まる。
「これなら異世界でも使えそうだ。この商品で仲間を特定してやる」
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それから10日が過ぎた。必要な商品が届いた俺は準備に取り掛かる。先ずは移動式の牢屋を造らせた。四角い箱の一面だけに鉄柵を取り付けた形で動物園の檻に近い。この檻に男を入れる訳だが、口封じで殺される事も考えて、柵の内側から透明のプラスチック板を檻一面に細い紐を使い貼り付けた。
これで吹き矢や弓での殺しは防ぐ事が出来る。更に透明の板で牢屋に入った者の姿は外から見える。俺は、捕らえた男を餌に仲間を誘き寄せる事にした。
接触を取ろうとする者が居た場合は、今回購入したトレイルカメラの出番となる。このカメラは乾電池用の監視カメラとなっており、動画撮影ではなく赤外線で動く物をキャッチした時に画像を取るというカメラだ。
内蔵のSDカードに画像を保存しPCで確認出来る。電源設備が無い月極駐車場や今流行の太陽光発電所で多く設置されている。
このトレイルカメラはカモフラージュの為に木箱の中に設置し、牢屋の両側は正面を写し上部から斜め下方向へ撮影する。牢屋の中も写したいので、カモフラージュの松明を牢や前方に設置し台座の中に埋め込む予定だ。
全ての準備が整った俺は捕まえている男達を尋問室へと呼び寄せた。
「民達の怒りをお前達に向けさせる必要が出来た。お前達用に移動式の檻も作らせている。悪いが見世物になってもらうぞ」
その言葉に意味が解らない男は頭を傾げた。
「見世物って言うのはどう言う事だ。俺達がやったと言う証拠でもあるのか?」
「証拠は無いが、誰かが犯人になって貰わないとこの事件は終らないだけだ」
俺は見下す様に男を見るとそれだけ伝え、部屋を出て行った。
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「俺達が見世物として晒されるぞ」
「いや、待てこれは好機と見るべきじゃないのか? マイヤーと連絡がこれで取る事が出来る。俺達はどんな風に晒されるか解るか?」
「確か移動式の檻と言っていたな。きっと獣を入れる檻に近い物だと思うが……」
男達が話し合っている連絡方法を盗聴器で聴いていた俺はメモに取り、作った檻にそれを防ぐ対策を講じて行く。それはこの男達側からのアプローチを押える事で残る者達側から接触させる為だ。
それらの準備に3日要した。明日はいよいよ男達を街に出して、密偵を誘き寄せる日だ。俺は執務室で明日の事を考えているとハイブが部屋に訪れた。
「航太郎殿、各領地に派遣していた者達が帰ってきています。彼等の話を纏めると、やはりどの領地でも何らかの問題が連続して発生しておりましたが、それが7日前を付近に何処も一斉に止まっています。
丁度、我々が放火犯を捕らえた後になると思います……」
「残る仲間が他の者に連絡を取ったと言う事か?」
「一概には言い切れませんが、用心した方がいいでしょう……」
俺はハイブの言葉に不安を覚えた。
「詰所の人員を増やしておいてくれ。今からは24時間体制であの男達を見張るように……それと夜間の巡回人数も増やしておこう。用心に越した事は無いからな」
ハイブもその意見に同意してくれた。それだけ指示を出した俺は一度領館へと戻る。
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その日の夜、周囲は静寂に包まれている。だが突然その静寂を破るような奇怪な音が辺りに鳴り響く。実は不安を感じた俺は用心の為にドアへ簡単な仕掛を施していた。
ビィィィーーーッ!!
その音に反応した俺はベッドから飛び上がり、リアを抱きかかえてベッドの下へ潜り込んだ。ビックリしているリアの口を手で塞ぐ。俺自信も今の状態は解らないが侵入者がいる事だけは確かだ。
「此処に隠れていてくれ……多分侵入者だ。俺は応援にザイクル達を呼ぶ。絶対に出ないでくれ。解ったか?」
リアはコクンと頷いた。実は応援など呼ぶ手段は今の俺には無い。ただリアを安心させる為の嘘であった。
俺はベッドから転がる様に出るとすぐさま周囲の様子を伺う。俺とリアの寝室は幾つも別れてある部屋の一つだ。部屋のドア越しに耳を澄ますと、何名かの男が家具を漁り、別の部屋などを捜索しているのが分かった。
(やはり侵入者だ!)
ドアに取り付けていたのは防犯ブザーだ。本体と紐部分をそれぞれ壁とドアに固定して置く事で、ドアが開かれると紐が引っ張られ防犯ブザーが鳴る仕組みだ。
だが1~2分程度鳴り響いただけで、今は男達の手によって叩き壊され既に音は鳴っていない。
「油断した! まさか此処にも襲ってくるとは!? あの音で近くを巡回していた兵士が駆けつけてくれればいいが……この部屋も直ぐに見付かってしまう。急いで対策を……リアだけは絶対に守らなければ!」
予想を上回る敵の動きに俺の心は焦っていた。
俺は急ぎ日本へ戻ると、戦闘服と暗視スコープ、使えそうな物を抱え込み直ぐに舞い戻る。今は着替える時間も惜しい、ドア越しに様子を伺いながらその場で着替えた。
トランシーバーは常時スイッチを入れていた場合、電源が直ぐに無くなってしまう。その為使う時は俺が事前に指示していた。なので今は誰とも連絡が取れない状況である。
ドアを封鎖したいが、重いタンスやベッドを今からドアの前に一人で移動させるのは時間的に無理だ。
「くそっ! 怖い……恐怖で震えてくる。勇気を出せ! 誰がリアを守るんだ!?」
弱気な言葉が自然と漏れる。
最悪の場合は日本へ逃げればこんな状況どうにでもなる。だがその時、残されたリアはどうなるか解らない。アドバンテージの一つを奪われた俺は恐怖で全身を震わせた。
ついに侵入者がドアノブ手に掛けガチャガチャとひねり出す。
「ここのドアには鍵が掛かっているぞ。どうする?」
「進入した時の奇怪な音でいつ兵士が来るか予想がつかん。叩き壊して中を調べろ。この部屋が最後だ。辺境伯が居なければ撤退するぞ」
ついに来る! 俺は瞬時に自分の装備を確認する。弓とナイフ、それと催涙スプレーだ。後は超強ライトを数個かき集めて持ってきた。
俺は腰位の高さがある木箱を移動させてドアの前に設置していた。そして木箱の上には超強ライトをドアに向けて並べている。これが俺の防衛線だ。
相手の人数も解らない状況が不安を誘い心音が早くなる。俺が立つ正面のドアでは何度も激しい衝撃と音を鳴らして、今にも叩き壊れそうな勢いだ。
そしてドアが終に壊された。内側へ倒れるドアの向こうにはマスクで顔を隠した男の姿が見えた。超強ライトの光が眩しくて腕で目を隠している。
ずっと木箱後ろで弓を構えていた俺は男に向かって矢を放つ。男の胸を貫通した矢が床へ突き刺さった。その後も弓を構え相手の様子を伺う。見えているだけで3人程の男達が確認できる。誰もが物陰に姿を隠し迂闊に出て来ない。
「お前達の目的は何だ!?」
俺が叫ぶと男の一人が答えた。
「辺境伯は指輪の持ち主の事を知っているだろ? その者は何処にいる? この光る道具も全てこの世界の物では無いのは解っている。命が惜しければ指輪と持主の居場所を教えろ!!」
(やはり全ての原因はこの指輪か!)
「礼儀を知らないお前達に教える事は何も無い。巡回中の兵士が直ぐに駆けつけて来るぞ。もう逃げた方がいいんじゃないか?」
「心配しなくてもお前を攫った後で退散させて貰う。おい! 弓は一つだ同時に襲うぞ、いいな!!」
すると男達は同時に部屋へ入って来た。俺は最大まで引いていた弦から指を放し矢を放つと一人目の胸を貫通し二人目の腹部に深く突き刺さる。だが最後の一人は部屋の中へ侵入に成功していた。
だが俺は直ぐにライトの電気を消す。超強ライトの物凄い光から一転、暗闇に変わった為に向ってきた男の目は入って来たとき以上の暗闇で前が見えていないだろう。
「クソッ!」
俺はナイトスコープを装備すると立ち尽くす男の側面側から矢を放ち男を倒す。その後周りに敵が居ないかを確認する。部屋はかなり荒らされているが、人影は確認出来なかった。
「リア、大丈夫か?」
俺がベッドの側へ行き腰を屈めてリアに声を掛ける。リアは無事な様子でベッドの下から出てきた。ランプの光も無いこの部屋は暗くて周りがよく見えない。出来る事なら死体を見せずに、この場からリアを移動させたかった。
「大丈夫ですか? 航太郎様……」
「あぁ、俺は大丈夫だ。直ぐに部屋から出よう」
俺がそう言ってリアの手を取ろうとした時、リアがハッ俺の後ろを見つめた。俺もそれに気付き後ろを振り返ると、胸にナイフが付きつけられていた。
(もう一人いたのか!?)
「動くな! 動くとこのまま刺し殺す事になるぞ!」
ナイトスコープ越しに男の余裕に満ちた顔が映っている。後ろを振り返ると不安そうなリアの顔がある。
(リアが無事なら……)
「仕方ないな……俺の負けだ。俺はお前について行けばいいのか?」
俺がそう言葉を発した瞬間、男は俺の横を通り抜け、リアを捕まえて首元にナイフを当てる。リアはヒッと言葉を漏らし、固まっている。
「この女は貴様の大事な者のようだな。ならばこの女の命と交換で指輪の持ち主を引き渡して貰う。後で連絡を入れる。それまでに準備しておけ」
リアを抱いたまま男はそう言い放った。
もしこのまま逃がせば、リアがどの様な目に合うか解らない。リアを救出する為に俺は大声で叫んだ。
「リアァー! 俺を信じて息を止め、目を潰れぇー」
「はいーーっ! 航太郎様~ んっ!!」
言われるまま瞬時にリアはそう答え指示を実行に移す。そのまま俺は腰に装着している催涙スプレーを男の顔に向けて噴射する。
男より大分身長の低いリアの頭の位置は男の胸よりも下だ。少しは催涙スプレーの液体が掛かるかも知れないが、この場合は仕方ない。因みにこの催涙スプレーはアメリカの警察でも採用されている強力品だ。少しでも喰らえば動きが取れない様になってしまう。購入する時に見た動画では動けるまでに5分以上は掛かっていた。
「ぐぁぁ~!!」
ナイフを手放し男は顔を抑え床を転がり動けないでいた。
すぐさまリアを抱かかえると、直ぐに水で湿らせた布で顔拭ってやる。
「リア大丈夫か!?」
「ぷっはぁぁ~ もう息してもいいのですか? 何だか少し顔が熱いです……」
そう言いながら、リアは腕で顔を擦ろうとする。だが俺がその腕を掴んで止めた。
「絶対に顔は擦ってはだめだ。少し液体が掛かったかも知れない。目はまだ閉じていてくれ。水で綺麗に洗浄した方がいいからな」
「うぅぅ。解りました。我慢します……」
俺はリアを立たせた後、再び男の元へ移動し再度スプレーを近距離から大量に噴射する。蹴り転がせ鼻の穴に入るように狙ったので男は過呼吸気味になっている。
その後、外から兵士達の応援が駆けつける音が聞えて来た。兵士が来るまで時間が掛かるかも知れない。俺は念の為にもう一度男にスプレーを噴射しておいた。もう男の顔全体には薄い膜が出来る程液体がついている。基本ビビリだけに何度スプレーを噴射しても完全に安心出来ない。
悲痛な悲鳴を上げながら動けないで悶えている男を見つめていたが、もう大丈夫そうだ。その後兵士が部屋に到着し、生きている男の連行と死んだ者の処分を頼んだ。
後で情報を得る必要があるので男が自殺しない様に注意しろと指示を出した。
到着した兵士の情報によると領館を守っていた兵士は殺されていたのを発見したそうだ。
俺はリアを直ぐに風呂場に連れて行き、何度も濡れた手ぬぐいで顔を洗浄する。
「もう大丈夫だと思う。目を開けてみてくれ」
リアはゆっくりと目を開ける。何とか目も大丈夫そうだ。
「航太郎様、顔の火照りも取れました。大丈夫です。助けて頂きありがとう御座います」
気丈に笑うリアを抱きしめる。俺が震えているのがリアにも解ったのだろう。リアも抱き返してくれた。
「航太郎様、私は航太郎様が守ってくれると信じてました」
その言葉を聴いた俺は逃げ出さず、大事なリアを守る事が出来た喜びを噛みしめていた。




