閑話2 灼熱の大地
ルイーザ王国の南西にある灼熱の大地は雨が降る事が殆ど無い。季節は余り関係なく常時気温は35度を超える。夜になると気温は下がるが、それでも25度を下回る事は無かった。
何故この場所だけがその様な場所なのかは解明されていない。
仮説の一つとして周りを山脈に囲われている環境の為に起こる気象現象の一種。また別の仮説では遥か昔より呪われている大地。などと言われて来た様だ。
今までに灼熱の大地を調べようとした者は大勢いたが、半数の人は帰って来る事が無かった。帰って来た人もたった数日で戻って来ている。
帰還出来た者の話によると、何処まで進んでも荒野しかなく、日差しから身を隠す場所も無い。その為馬はすぐに動けなくなり、水も飲む量が増えてすぐに底をついてしまう。次第に灼熱の大地を調べようとする者は居なくなった。
俺はルイーダ王国に残されていた灼熱の大地に関する資料を机の上に放り投げる。
金策の目処が立ち余裕が出来た俺は灼熱の大地について考えていた。
初めて転移された場所…… 指輪を見つめ考える。この指輪の持ち主は一ヶ月も掛けて灼熱の大地を渡っていた。
何故そこに行ったのか? 灼熱の大地には何があるのか?
その事が気になり俺はある決意をする。
「灼熱の大地の果てに行ってみるか!!」
俺には灼熱の大地を渡る術がある。日本に帰る事で水分補給も食料不足も心配無い。最初は歩きで1カ月彷徨ったが、それは歩いた場合だ。今回俺には秘策があった。
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日本の家にはバイクが届いていた。バイクは125ccのポンダのエイブ。重量は88kgの小型オフロードバイクだ。因みに免許取得の際に自動二輪の免許もついでに取得している。
俺はこのバイクで灼熱の大地に繰り出そうと考えた。問題はこのバイクをどうやって異世界に運ぶかである。しかし実はその方法はもう考えていた。
異世界に運べる物は俺が持ち上げて指輪を付ける事が条件だ。運びたい物が地面に接していたら転移は出来ない空中に浮かせる必要がある。
家の中に運んだ俺はハンドル部分とシートの後方にロープを縛る。それでハンドバックの取っ手の様な感じになった。
俺はロープ部分を首に掛けて背筋を使い一気に持ち上げた。
「んぐぐぐぅ~ 今だ!」
バイクが少し浮いた瞬間に指輪を付けるとバイクと俺はフロアの街から少し離れた平地に転移された。
「よし成功だ。 後はバイクにガソリンを入れて練習するだけだ」
この場所は街道から離れている為に余り人が寄って来ない。俺はそこで黙々とバイクの練習をしていく。このエイブは小型である為にシートに座っても足が地面に付いている。 俺は地面を蹴りながらバランスを取り、遅いスピードで走り出した。
教習所以来の運転だ。要領は自転車と同じでスピードが上がると安定して来る。次第に楽しくなり平野を走り抜けて行く。
「すげ~ バイクすげ~ 楽しい」
ガス欠になる頃にはバイクの運転にも慣れていた。これで準備は完了だ。俺は灼熱の大地攻略に動き出した。
バイク以外にも色々対策は必要である。まずは熱さ対策だろう。直射日光を避けるために長袖の服は必需品だが、汗をかき過ぎても熱中症になってしまう。その対策として俺はラッシュガードを採用した。ラッシュガードとは海で泳ぐ際によく着られている通気性の良い服だ。保水効果もある。
頭はヘルメットと首を守る熱中症対策首巻を買っている。準備を整えた俺は決行は明日と決めた。
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今は早朝の執務室。どうしても灼熱の大地に向う前に許可を取らないと行けない人物がいる。
「ハイブ来てくれたか……実は相談があるんだが?」
俺はハイブを呼んでいた。やはり留守の間を任せれるのは彼しか居ない。
「相談ですか……何か問題が発生しましたか?」
何時もと同じ感じでハイブが冷静に答えている。
「実は数日程、フロアを離れる事になった。それでフェリィの事を任せたい」
「フロアを離れると! 一体何が在ったのですか?」
ハイブは少し驚いている様子だ。俺は何処まで言えば良いのか考える。
「実は灼熱の大地で調べる事が出来た。一週間位は掛かると思っていてくれ……」
俺の言葉にハイブが思案している様だ。何やら何度か頷いている
「航太郎殿……フェリィの村でトラブルは確認出来ていません。何故1週間も灼熱の大地へ? もしかして業務が辛くて逃げるとかでは無いですよね……?」
(鋭い……ハイブの顔がもはや疑いの表情しか浮かべていないぞ)
「新しい産業の調査だ。もしかすると見付かるかも知れないし……」
俺の言葉にハイブの表情が更に険しさを増す。
「産業は十分間に合っているのはご存知でしょう。サボる気ですね。認める訳には行きません」
これはもう実力行使しか無い。俺は机を飛び出し捨て台詞を残して執務室を後にした。
「男にはやらねば成らぬ冒険があるんだよ!」
「航太郎殿。仕事は残して置きますよ。覚悟しておいて下さい!!」
ハイブは俺の突然の行動に一歩出遅れている。後方からハイブが叫んでいるが俺はそのまま自宅へ戻った。リアに数日帰らない事を告げ俺はフェリィの村へとバイクを走らせて行く。
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俺がフェリィの村へ到着したのはその日の昼過ぎだった。 馬車馬で2日程掛かる距離を半日で辿りつけた事には驚いた。馬車のスピードは時速20~25km位だろうか? バイクは燃料の量だけ走る事が出来る。馬の様に疲れる事は無い。
道中の平坦な箇所は時速80kmで進み、凸凹している所は時速40kmに落として走っていた。当然の結果だと言える。
所々で道行く者が俺を見かけて腰を抜かしていたが、轟音を上げ横を走り抜けた。スピードを上げているし、一応マスクを着けている。一瞬で俺だとは気付く事はないだろう。
到着したフェリィの村で一度リンドウの家に立ち寄った。
「リンドウはいるか?」
家の中にはリアの弟のパルムが奥から顔を出した。パルムは今20歳で次期フェリィの村長としてリンドウが鍛えている最中だった。
「辺境伯様、今日はどの様なご用件で?」
のんびり者のリアとは違いパルムは確りとしている。彼になら俺もフェリィを任せられると思っていた。
「あぁ、突然来て悪いな。リンドウはいるか?」
「父なら、ライド村の方へ行っています。ご用件ならお聞きしますよ」
「特に用事があった訳じゃないんだ。俺はこれから灼熱の大地に行って来る。その挨拶に寄っただけだ」
俺の言葉にパルムが驚きの顔となる。
「灼熱の大地!? 辺境伯様、それは危険すぎます。塩の採掘の時でも慣れない者は倒れる事があるんですよ」
パルムが言う事は最もだ。だが俺はニヤリと笑みを浮かべてそれを制した。
「心配するな。俺は大丈夫だ。土産話を持って来てやるから楽しみに待っていろ」
引き止めようとするパルムを振り払い、俺はバイクに乗ってフェリィの村を後にした。俺が来た事を知った村人達がバイクに群がっており、バイクを走らせた俺を見つめ崇めていた。この村なら俺が異世界の道具を使っても全てが誤魔化せる。
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ここはフェリィの村から少しだけ離れた場所だ。丁度、立っている場所を境に前方に見える景色は荒野が広がっている。俺は日本へ戻ると水を入れている18リットルのポリ容器を異世界に持ち込み頭から水を被った。
体を伝う水が体から熱を取って行くのが解る。そしてバイクのエンジンを始動させ。荒野に向けて飛び出した。
「風が気持ちいぃ~!」
湿った身体が風を受けて適度に冷やしてくれる。これなら熱中症になる事も無いだろう。
異世界に来た時に思ったが、荒野は平坦な地形が永遠に続いている。多少岩や窪み等が在れば日中隠れる事も出来るだろうが、平坦な地形が隠れる事を許さない。
だがバイクに乗った俺にとってこの地形は最高であった。スロットル全開で荒野を走り抜ける。
実はこの異世界でも方位磁石が使える事は来た時に解っていた。俺は方位磁石を頼りに南へと進んで行く。30分程走ると服も乾燥して体から汗が噴き出して来る。安全を期する為に再び水を浴び、水分を取った。そのまま走り続け夜になって視界が悪くなり出した所で日本へと帰る。
今日はこのまま風呂にゆっくりと浸かり疲れを癒して明日に備えるつもりだ。密かに尻と腰が痛くなっていたが何とか耐えれる程度だったのが救いである。
布団に入って今日走った距離を計算してみる。平均80kmで休憩を抜いて7時間は走っていた。単純計算で560kmも走った事になる。明日には灼熱の大地の果てに辿り着く事が出来るだろうか?
早朝、俺は再びバイクを走らせる。朝で気温が下がっている内が勝負だ。全速力で荒野を駆け抜けた。
そして数時間後終に荒野の端が見えて来くる。周りの景色は少しづつ緑の大地が増えて来ていた。
「……荒野を抜けた」
俺は少しづつスピードを落とし、ある場所で止まる。そこは200m程の高さがある山頂であった。何時の間にか山を登っていたのか? それとも俺達が居る所が高い場所だったのかも知れない。
山は断崖絶壁とは言わないがかなり角度がキツい。辺りを見渡すと人が何とか歩ける様な細い道が見える。この幅だと馬などは歩けないだろう。だがそんな事より俺を驚かせた物が正面に広がっていた。
「街がある…… それも凄い大きい。王都の倍は在るんじゃないのか?」
目の前に広がる景色は緑豊かな大地に囲まれた。大きな都市である。この場所からだと家など小さくしか見えないが、どれも立派に見えた。
「本当は街まで行きたいが、何があるか解らない今日は此処までだ…… いや待て、調査だけしておくか」
俺は日本に戻ると、ドローンを持ってくる。ドローンにデジカメを装着し、動画モードにスイッチを入れた。
「この障害物が無い状態なら2km程度飛ぶだろう。出来るだけ近づいて撮影しておこう」
ドローンを慎重に操作し、電波が届く範囲で撮影を続ける。バッテリー残量が少なくなるまで撮影した後、俺はフェリィに向けて帰って行く。
帰り道はずっと見つけた都市の事を考える。あの都市は一体何なのか? 指輪の持ち主はルイーダから来たのか? それとも見つけた都市から来たのか?
夜になり、家でデジカメの動画を見てみる。そこに映し出された映像は多くの人が活動する都市であった。家の作りもルイーダより進んでいる。余り近づけなかった為に小さくて見辛いが中心には大きな建物が見えた。ズームをするとその壁面にはあるマークが刻まれている。俺はそれをプリントアウトし、大事に畳んで眠る事にした。
「明日、ハイブにでも聞いてみよう。それで何処の国か解る筈だ」
だがハイブの元に帰った俺は説教を喰らい、溜まった仕事をこなす羽目になる。




