29話 マイル領での再会
マイル領はよく整備された場所であった。領境から幅の広い凹凸の無い平坦な道が続き、一定間隔で馬車などを停めて休憩できる大きな避難帯などがある。それに緑豊かな地としても有名だった。生い茂る緑と山に囲まれ豊富な水と肥えた大地を持っている。河を渡り森を抜けるとマイル領最大の街テトに辿り着く筈だ。
辺境軍がテトの街で情報を得ると10日程前からマイル卿がエルクエン軍と衝突を数回行なっているらしい。どの戦闘でもマイル卿が優勢に戦いを進めている様だが、兵力差がある様で撤退させるまでには至っていない。今も国境付近で戦っている筈だから早く応援に行って欲しいと頼まれた。
「ザイクル、マイル卿は奮闘している様だ。街での話しだと兵力差があると言っていたが、どの位あるかだな」
「そんなの戦場へ行ったら解るんじゃねーか?」
ザイクルらしい解答に俺も納得してしまう。その後村を何個か通り過ぎ、その都度に情報を聞きだし戦場へと俺達は進軍を続けて行った。
「この村……村民がやけに多いな? さっきの村の倍以上いるぞ」
俺が村人に話を聞くとこの先にある村人も全員が避難しているようだ。戦場が近い事を確認した俺達は次の村へと急いだ。
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「辺境伯様、前方2km先の村の手前でエルクレン軍を発見しました。敵兵力、およそ2万!」
俺はすぐさま、ザイクルに指示を飛ばす。
「ザイクル、戦闘準備だ。俺が歩兵を指揮する。ザイクルは騎馬を率いて、村へ先行してくれ。村を蹂躙させるな!」
「了解だ、兄貴。俺が敵の出鼻を挫いてやる!」
ザイクルは騎馬5,000を率いて村へと突撃を敢行する。俺は残りの兵を村へと進軍させた。俺が村にたどり着くと、村の中でザイクル達が立ち尽くしていた。
「どうした? 敵兵が居なかったのか?」
「いや……村の手前で姿を見たのは見たんだか、相手の方が戦いもせずに逃げちまって……兄貴、これは敵の罠なのか?」
ザイクルは敵の逃げる姿を目の当たりにし、すっかりと毒気を抜かれた様だった。
「まぁ、理由は解らんが、被害が無いのが一番だ。このまま、進軍して、マイル卿と合流するぞ!」
「その必要は無いよ」
その時、村の一角から声を掛けられた。ザイクルが瞬時に俺の前に剣を抜きながら躍り出る。
「あんたは……マイル卿!」
村の家屋の影からマイル卿と数十名の兵士が現れた。
「辺境伯、良く来てくれた。君のお陰で敵を追い払う事が出来たよ」
「どういう事だ?」
「その話は後だ。辺境伯も来てくれ、王の容態が芳しくない……」
「王がいるのか? 何故、王が? それに容態だと?」
「それも含めて説明させて貰う。さぁ、急いでくれ」
マイル卿に案内された場所はマイル卿の領館であった。マイル領内で最も大きな街の傍にそれはあった。兵達は近くの開いた平野で休憩させて、俺とザイクルが領館の中に通された。
王発見の報告は、俺とマイル卿のサインを書いた書状をマリア王女の元へ届けさせている。早ければ、3日程度でマリア皇女が此処にやって来るだろう。
俺達が領館に入った時は、まだ王は眠っているらしく、起きる迄の間に何故王が此処にいるのか? エルクレン軍が何故退却したのか? それらをマイル卿から話を聴く事になった。その為、今はマイル卿の執務室でテーブルを挟み互いに座っている。
「それじゃ、最初に何故、王が此処に居るのかを聴かせてくれ」
「そうだね。その説明は僕より適任が居るから、彼に話して貰うよ」
マイル卿はそう言うと、誰かを呼ぶように使いを出していた。その後、使いと共に現れたのは40歳位の全身を鎧に包んだ男性であった。彼は俺に気付き一礼をする。
「辺境伯、私は王国騎士団の隊長を務める、ガンバードと言います」
俺はその名前に聞き覚えがあった。確か王都を守護する主力部隊だ。その部隊の隊長がガンバードの筈。
「隊長、辺境伯に王が何故、此処にいるのかを説明してあげて欲しいんだ」
マイル卿の言葉に隊長が頷くと、王都での状況を語りだした。
「王都に敵が攻め込んで来た時、王は王国騎士団を掻き集め民を逃がす時間を稼ぐ為に、自ら囮となり敵の注意を引いていました。我々の兵力は3,000名、対する敵はガリア帝国兵2万、グリーン卿の兵が1万。我々は王都中を駆け回り、出来るだけ多くの敵を王都から引き離しました。多分1万の敵兵が追っていた筈です。我々は王の指示でマイル卿の領土に向けて逃げ続けました」
ガンバードの言葉をずっと聞いていたが、1つ気になっていた事があったのでそれも確認しておく。
「辺境軍が王都へ支援に向かった際に、マリア皇女を救出している。他の王子達はどうなったか知っているか?」
「私が知っているだけですが、第一王子のアルベート様がお亡くなりになっています」
「アルベート王子が!? 他の王子の行方は分からないのか?」
「王城内に敵の侵入を許した際に王族の方々は全て王城内に居た筈です。王の命に従い各自が混乱の中、皆散り散りに逃げた筈ですが……」
悔しそうにガンバード隊長はそう言った。
「ありがとう、大体解った。だが安心してくれ王都は既に奪還している。残した兵で王の行方も捜させているから王子達も見つかるだろう。それで王の容態が優れないと聞いているがどう言う事なんだ?」
「申し訳ありません。敵をギリギリまで引き付けた結果、敵の弓が王の背中に……急いで処置はしましたが、気を失ったままです」
ガンバードは俺達に深く頭を下げて震えていた。王を守れなかった責任を感じているのだろう。
「気にするなとは言わないが、それが原因で動かないといけない場面で、動けなければそれこそ問題だぞ」
ガンバードの説明は終わり、一礼後王が眠る部屋へと再び戻って行った。
「辺境伯、これで王が何故マイル領にいるか解ってくれたかい?」
マイル卿の言葉に頷く。王は自らの意思で退路をマイル領としていた。
「それは理解した、では残りの疑問にも答えてくれ。何故、エルクエン軍は俺達をみて退却した? マイル卿は何故あの村にいたんだ?」
マイル卿は真剣な表情で語りだした。
「辺境伯はこの領土に入ってどう思った?」
「マイル領土……確か自然の恵みに溢れた領地だな。それに道が整備されていて進軍しやすいと思ったが?」
「そうだろ? だから王は僕の領土に逃げて来たんだ。王は知っていたのさ、マイル領全体が巨大な城だってね」
「巨大な城だと? それは一体……」
「この状況だから説明させて貰うが、マイル領は森林と起伏に富んだ地形を持っている。その為、誰でも通行がしやすい様に大きな道を整備している。殆どの人がその道を利用しているよ。だが逆に言えばその道以外は通る事が出来ないのさ。
だからマイル家は数代前から道を整備し、その道のいたる所に敵が進行して来た時の防衛拠点も作っていた。敵が進行して来た場合はその拠点を利用し、高低差がある場所では高所から大石を大量に落として道を封鎖する事もある。また森が両側にある場所は弓などの罠を仕掛けたりしている。辺境伯も此処に来るまでに幾つもの休憩所が在ったのを見てきただろ? その全てに罠が仕掛けられているよ」
「そういう事か!」
俺はマイル卿がやっていた事を何となくだが理解した。
「要するにマイル卿は各防衛拠点で足止めを行い、敵の数を減らすと共に進行速度を下げさせた。その間に俺達が王都を奪還してマイル領へ向う時間を稼いだ。俺達の軍旗を見て王都を奪還された事を敵が知って逃げたのか……じゃあマイル卿は知っていたんだな? 今回の戦争が徒党を組まれ仕組まれていた事を!」
俺の言葉にマイル卿は頷いた。
「情報さえ入れば誰にでもすぐ解る事さ。だから僕は王国軍の勝利を敵にも解る様に仕組んだ。パーディシア軍を撤退させた事も、王都を奪還した事もね。エルクエン軍も王都に味方が居なければ行くだけ無駄死にだろ? だから半信半疑で進行していたエルクエン軍も辺境軍の軍旗を見た瞬間にそれが真実へと変わり、逃げて行ったと言う訳さ。あの村に居たのも最悪村に火でも放って足止めするつもりで隠れていた。それに少し前に斥候から連絡が入ったよ。エルクエン軍は自国に向って撤退中であると、これでもう安心さ」
マイル卿の説明は実に理に叶っていた。俺と似ているかも知れない。そう思った俺はマイル卿へ手を差し伸べた。
マイル卿は不思議な顔をしている。
「その手は一体?」
「握手したいんだ。よく敵を足止めをしてくれた。エルクエン軍に王都まで来られていたら奪還は無理だった」
俺がそう説明すると、マイル卿は笑いながら手を握り返した。
「そういう事だったら。遠慮なく感謝して貰うさ」
その時、俺達の元へガンバードが走って戻って来た。かなり息を切らせている。何か在ったのだろうか?
「王が目覚められまして、至急お二人をお呼びする様にと……」
その言葉に俺もマイル卿もソファーから腰を上げる。その後直ぐにガンバードの後を歩き王が居る部屋へと急ぎ向った。
部屋に入ると中央に置かれたベッドの上に上半身だけを起こした王が見える。顔には血の気も無く、息も荒い。王の側には医者だろうか? 一人の男が付き添っている。王は俺達に気付くと近くに寄れという仕草をする。その指示に従い王の元へと近づいた。
「ゴホ。ゴホ。今の状況を説明してくれぬか?」
容態はかなり悪い、王は咳きをするだけで血を吐いていた。
俺はマリア皇女を助けた所から王都奪還までを順番に説明していく。その一つ一つに王は頷いていた。
「お主らも気付いているだろう……ワシもう長く無い……今からお主らに遺言を伝える。もしマリア以外にも生き残ってくれた者がいるやもしれん。その者達全てに今からいう事を伝えて欲しい……」
王は息が荒く今にも力尽きそうな感じだ。だが生き残った子供達に必死で思いを伝えようとしている。俺はその時に思う。俺の両親も育ててくれたお婆ちゃんも、最後の言葉を俺は聴かせて貰えなかった。親が子を思う気持ちを聴く事が出来ないのは子供にとっても本当に辛い……だから俺は王の言葉は必ずマリア王女や生き残る事に成功した王子達に伝えようと心に決めた。
「ルイーザ王、俺が必ず貴方の言葉で伝えてやる。だから少しだけ待ってくれ」
そう言うと俺は部屋から飛び出し、廊下の向かい側にあった部屋へと飛び込む。そしてすぐさま指輪を外し、日本に戻ると一つの道具を手に取った。その後再び王の元へ舞い戻った。そんな俺の行動をマイル卿が不思議そうに見ていた。
「さぁルイーダ王の気持ちを語ってくれ。俺達が証人となろう」
俺の横にはマイル卿がその横にはガンバード隊長もいる。この3人が必ずルイーザ王の意思を伝えるだろう。




