24話 撤退戦
「お前ら絶対に止まるんじゃねぇ~ぞ。全軍突撃~!」
「おぉぉ~!」
ザイクルの号令と共に3,000の兵は敵に向かって突き進む。狙うは縦長に陣を張る敵の側面部分だ。かといって敵もただではやられてくれない。弓兵から放たれる弓がザイクル達を襲い、回避した先には騎馬隊がザイクルを狩り取らんとばかりに陣から離脱し襲ってくる。だが敵騎馬隊と接触する事無く全力で走り抜ける。
一撃離脱、馬を停める事無く敵陣営側面部に突っ込んだザイクルは剣を振り、敵を薙ぎ払いそのまま距離を取る。敵の騎馬隊より此方の方が動きは速い、敵騎馬兵は孤立する訳にも行かないので深追いはしてこなかった。
ザイクルはたった3,000の兵で10,000相手に良く戦っていた。生まれた時から戦いの中で生きて来たザイクルだから出来る芸当なのかもしれない。更に正規兵達は日頃からザイクルに鍛え上げられている。最速で敵になだれ込み、苛烈な一撃を次々と与えていた。だが此方の被害が幾ら少ないといっても、相手の数は3倍以上だ。敵を100人倒すのに此方が50人の損害を受けていてはすぐにジリ貧になってしまうのは見て取れた。
その様子を戦闘が出来る程の実力が無い俺は、10名程度の護衛に囲まれ少し離れた場所から見ている。
「何か良い手は無いのか? 3倍の敵を無力化する何か良い手は?」
俺が何も思い付かなければザイクル達の頑張りは無意味になってしまう。利き腕の親指の爪をかみ砕きながら必死で考える。その間にもザイクル達は決死の突撃を遂行して行った。
焦る気持ちを必死に抑え思考を回転させる。今回の目的は敵の足止めだ。 最悪なら橋を壊して時間を稼げばいい。避難民が橋へと逃げるには明日の夕方位掛かるだろう、それまでの足止め……そうか!
一瞬体中の鳥肌が立ちあがるのを感じる。確信ともいえる予感がそうさせたのかもしれない。俺はトランシーバーを手に取り敵から一時離脱しているザイクルへ声を飛ばした。
「ザイクル、聞こえているか?」
数秒の沈黙の後にザイクルの声が返ってくる。
「兄貴、どうしたんだ? こっちはまだまだ大丈夫だ」
「お前に指示を与える。俺達は今から敵を殲滅する罠を仕掛けに行く。場所は橋の前だ。お前は今日の夕方まで敵を引きつけろ、だが兵には無理をさせるなよ。決戦は明日の朝だ」
「それで俺達が勝つんだな?」
「あぁ敵は度肝を抜くぞ、俺達の勝利は決定事項だ!」
------------------------
連絡を終えると、俺は10名の兵士を引き連れ橋へと急いで向かう。その途中ですれ違う民に急ぐように伝える。橋に到着すると、まだ何千人もの人達が列を作り順番に橋を渡っている状況だった。先ほどすれ違った者全てを向こう岸にまで渡らそうとするならば明日一杯かるかも知れない。急がなくては……
俺は誘導している兵士に大量の金貨を手渡す。 手渡された兵士は理解出来ずに驚いている様子だ。
「今から数分の間、橋を通行止めにしてくれ。民達は橋から少し離れた場所に待機させろ。その後お前にやって貰いたい事がある。誘導しながら荷馬車で橋を渡る者に金貨を渡し、馬車を置いて行かせろ、荷馬車は何台も必要になる全て集めてくれ」
辺境伯直々に頼まれているのだ、一般兵は何度も首を動かし直立不動であった。
俺は次の作戦に取り掛かる。木陰に隠れ日本に帰ると道具を手に取り、再び橋の前に戻りそれを使用する。別の場所でも同じ様に使用した後、橋の通行を許可させた。次に行う作業はほぼ日本でしか出来ない。俺は服を着替えコンビニへと向かい何時間も作業に没頭した。一店舗では材料が揃わず、2店目、3店目と梯子を繰り返す。その全ての店で小言を言う店員に頭を何度も下げた事は内緒である。
日本から用意した資材を持ち込んだ時は夕方前だった。俺は100名のいる兵士の内50名を作業に当たらせる。既に集まっていた100台近くとなる荷馬車を解体し、木材として整理させて行く。それらの木材を持ち込んだ大工道具やスコップを使い、加工し土を掘り設置を繰り返す。
そんな作業をしていると、警戒兵から連絡が入って来た。ザイクルが此方へ戻って来たようだ。
俺がザイクル達を目にした瞬間、彼等が壮絶なる戦い繰り広げていたのが直ぐに理解できた。全身は傷まみれで無傷な物は一人も居ない。疲れがピークに達したのか? 馬の上で既に倒れ他の兵に馬ごと引っ張られている者もチラホラといる。
「よう兄貴、今帰った。相手を1500程削ってやったぞ。まぁこっちも500はやられちまったけどな……」
分が悪そうにそう言うザイクルが一番多くの傷を受けていた。
「良くやってくれた……ありがとうザイクル。今日はゆっくりと休んでくれ。 そして勝つぞ」
ザイクルに感謝をしつつ、戦いを終えた兵を労わった。誘導に当たらせていた兵の内40名に戦い終えた兵士達の為に食事を作り傷の手当てをさせ。その横で罠を作る兵士40名が徹夜で作業をしている。民の誘導や周囲の警戒は残りの20名程で賄って貰っていた。
朝日が昇る頃、ついに全ての作業が完成する。まだ眠っているザイクルがこれを目にすれば何ていうのだろう?
そんな事を考えながら、予想通りの出来栄えに俺は満足していた。
---------------------------
「兄貴……これは……」
一晩眠り、元気になったザイクルが俺の罠を指さし驚愕している。
「ビックリしただろ?」
俺は子供の様にニヤけると、ザイクルの腰を肘で打つ。ザイクルの後ろで陣形を取りながら、罠を目にする兵士達も誰もが驚愕している。
「作戦は今説明した通りだ。ザイクルやれるな!」
「あぁ、これ程までのお膳立てをして貰って負けたら、兄貴に二度と会えねぇよ」
ザイクルは隊列を組む兵に振り向き大声で叫んだ。
「日頃から言っているだろう。お前等も兄貴の凄さがこれで解った筈だ。兄貴が付いている俺達が負ける事はねぇ。後は勝つだけだ」
「おぉぉぉぉ~」
ザイクルはさておき、こんな事をやりだす俺の事を兵達は気味悪く思うんじゃないかと考えていたが、何故か受け入れられている。どうやら日頃からザイクルによる布教活動が行われていた様だ。
---------------------
それから数時間後、前方に大軍の姿が見えてくる。幾ら昨日数を減らしたと言っても8,000以上の軍は圧巻である。橋の前で陣取るザイクルは1000名程だ。 敵もその数を見て当然覆兵を警戒しているだろう。だが見渡す限りの平地でチラホラと木陰はあるが大軍が隠れるのは無理な地形だ。見えない場所から攻めて来たとしても十分前方の俺達を粉砕できると考えている筈だ。
ザイクルは敵を引きつけタイミングを計る、出来るだけ引きつけた方が効果は高い。相手はザイクルを数の力で粉砕する事を選んだようだ。突撃の速度をドンドンと上げて攻めてきた。
「行くぞお前等ぁぁ~ 突撃~!」
「おぉぉ~」
ザイクル率いる1,000の騎馬兵も突撃を開始する。まずは敵を正面から受けずに大きく迂回していく。だが敵の本隊はそのまま橋へ向かって行った。ザイクルは迂回したまま後方から攻める形だ。たかが1,000が8,000の軍を後ろから攻めても大した被害は与えられない。相手が橋を渡ってしまえば、橋を落とされ逆に此方が取り残される事にもなる。敵の狙いは橋を渡る事の様だ。それは相手の動きをみれば誰にでも解る事だった。
「お前等準備はいいな!」
俺は身を潜めた場所から兵達に声を掛けた。どの兵も何時でも動き出せるよう体に力をいれる。
その後、空間を裂くような音が響き渡った。
バキッツ、バキバキ!
「うぁぁぁ~ どういう事だぁぁ」
「今だ、全軍掛かれ。敵を包囲するんだ。絶対に逃がすな!」
敵は確かに橋へ向かって突撃を開始していた。だが橋に近づいた瞬間に突然先頭の騎馬隊が馬の上から吹っ飛んだのである。その後方に続く兵達も勢いを殺せずそのまま突き進む。その時、敵兵の目前には何故か河が広がっており、次々に河へと落ちて行く。河は岸辺なら2m程だが少しでも進むとドンドン深くなっている。敵軍は8,000人が前進する力に押され一瞬にして1,000を超える兵が姿を消した。その後も後方からの圧力に押し続けられて河に落ちる者が止まらない。
実は俺が作った罠とは、本当の橋を見えなくし別の場所に橋がある様に錯覚させる事だった。
それには最初デジカメで最適な位置から写真を取り、コンビニでプリントアウトした写真をマルチコピー機で拡大に次ぐ拡大を繰り返し、全てをパズルの様に組み立てたのだ。現地では荷馬車の木材を解体し大きな木壁を写真の状況と合う場所に作り上げた。木壁に強度など要らないただ写真を張り付ける事が出来ればいいのだ。
出来上がった罠は俺などの現在人なら何処で見てもすぐに変だと気付くだろう、だがこの世界の人が数十mや数百mも離れた場所から走りながら見ても殆ど気付かない。
こんな下らない物が通用する理由、それはこの世界に写真なんて物が無いからだ。だから少々おかしくても、敵兵達が疑いを持ったとしても橋に突進して行く。偽物の風景なんて在りえないから。
木壁の後ろには俺を含む残りの1,500が左右に分かれ隠れていた。そして敵が河へ突っ込んだタイミングで両側を防いだのである。後方からはザイクルの兵が押し寄せ、俺達は包囲網を完成させた。
因みに本当の橋は河の写真で隠してその背後に渡りきれない民を避難させている。
包囲網が完成した今となっては2,500対8,500の兵力差が殆ど無くなった、逆に敵は密集しすぎて動きを阻害され、次々に河へと落とされて行く。河へ落ちた兵は鎧も付けているため、流れの速い河に沈みながら流されて行く。此方は左右と連携を取りつつ敵を攻め立て、圧力を上げて行く。
「此処を気張れば俺達の勝ちだ。死んでも剣を振り続けろ~!」
誰よりも剣を振り続けるザイクルが吠える。 それに鼓舞され兵達も苛烈に攻め立てた。追い立てられた敵兵は殺される者、河に落ちる者と数を減らす。ついには俺達と同数程度になった所で、隊長と思われる男が武器を捨てる様指示を出し敵は降伏する事になった。
その後、敵の装備を外しロープで腕をつなぎ合わせて民と共に街へ連行する。 河へ落ちた敵兵の捜索に500の兵を残し、俺達はフェリィへと帰還する。
今回の遠征でフェリィの兵は900を失う事となった。3,000の内900と言えば大被害である。だが敵兵の損害は数千にも上る。河から生きて脱出できる者が何名いるか? それはかなり低い生存確率だと思われた。
-------------------------
フロアの街の入口に村人が集まり、俺達の姿を見つけ歓喜の声援を送っている。先頭に立つのはハイブ、マリア王女そしてリアだ。
俺は真っ先にリアの元へと向かう。いつものリアなら涙を流し抱きついてくるのだが、どうやらそうでは無いらしい。グッと涙を堪えている様子だ。おかしいなと思いながらも近づく。
「ただいまリア……」
「お勤めご苦労様ですぅ…… 信じて待っていましたぁぁ」
ペコリと頭を下げたまま、ふるふると震えだすと、やはり泣きだして抱きついて来た。どうやら、妻になるのだから、頑張っていたようだ。そんなリアの頭を撫でながら帰って来た事を実感する。
「辺境伯様、御無事で!」
「ハンスか、マリア王女も無事で何よりだ」
俺はマリア皇女の元へ訪れる。小さい時に見た時は聡明で可愛らしい顔立ちだが生意気だった。今は凛として美しい聖女の様に思える、王女はたった数年で随分と成長していた。
マリア王女が俺に頭を下げる姿を見て生意気さが消えていると言うより、王の事で元気を無くしている感じだ。
「辺境伯、助けて頂き感謝します」
俺は気丈に振る舞うマリア王女に向かって質問を投げ掛ける。
「マリア王女は今後どうしたい?」
解りきった事をあえて聞く、誰でも国を取り戻したいのは解っている。
「私は…… 私は……」
マリア皇女の凛とした顔がハッキリと崩れている。王の安否が解らない事や王都で襲われた事を思い出し巨大な敵に怯えているのか? あと一歩が踏み出せないでいた。
「大丈夫だ、王女は一人じゃない。俺達や他にもきっと手を貸してくれる者がいる。 だから自分の思った事を確りと口にして欲しい」
以前フェリィの村が大勢の盗賊に襲われていた時の俺もそうだ、リアや村人達が居たから逃げずに戦えた。一人なら怖くて出来ない事も仲間が居れば別だ。マリア王女にもそれを解って欲しかった。
「私は…… この国を、お父様の大切な国を取り返したい。辺境伯どうかお願い私と共に戦って!」
「あぁ、任せてくれ。それに王が簡単に死ぬとは思えない、きっと生きてる筈だ」
そう言いながら、マリア王女の頭を撫でてやった。するとマリア王女は顔を真っ赤にしながら吠える。
「ハンス、辺境伯が子供扱いしてますわ。私はもう子供じゃあないのに……」
「左様でございますな。 マリア様」
昔と同じやりとりに、笑みがこぼれる。 少しは気が紛れただろうか? 俺はハイブとザイクルに目を合わせると、2人も頷き付いて来てくれる意思を示してくれた。
「まずはダグウェン卿と連携を取る方がいいだろう。 ハイブ、向こうの状況を教えてくれ」
今後どうなるか誰にも分からない、でも出来る限りの事をしてやるつもりだ。




