17話 三村連合VS領主軍
フロアの街から数10Km程離れた場所に開けた平地がある。その周囲には森が広がり、丁度フェリィへ向け、幅5m程の畦道が続く。
月夜が輝く夜、暗視スコープを付けた俺は領主軍が2日目の野営をしている平野の傍で、夜間迷彩服を着込み身を潜めていた。野営と言ってもテントを張り、見張りが東西南北の四方に2名づつ配置しているだけだ。後の兵士は各々に火を焚き、食事を取る者、テントの中で休む者と様々だった。
そんな彼等が就寝に付こうとしていた時、周囲に怒号が響き渡る。
「サイパンを倒すぞ~!」
「おぉ~!」
「我等の力を此処で示せ!」
「おぉ~!」
それは領主軍の全員が聞える程大きい、声の響きからすると数百人と思える程の音量だ。
「敵兵~。敵兵~!」
見張り役が声を出す前に、その周囲に響く声で領主軍は戦闘準備に入った。隊長と思われる男が指示を出す。
「騎馬隊は全員出動、声が聴こえる方向へ突っ込め。我等の力を無力な村民どもに見せ付けろ!!」
「おぉ~!」
「歩兵部隊は警戒したまま待機だ。騎馬隊だけで終ってしまう可能性もある。 だが油断するなよ。これは見せしめの戦いだ。我々は圧勝しなければならない」
騎馬隊は声がする方向へと駆け出して行く。
「よし。引っかかった。後はザイクルに任せて俺は次の準備だ」
草むらに身を潜めたまま様子を窺っていた俺は、その場から姿を消した。
「ザイクル。そっちの状況はどうだ?」
「兄貴~。聞えているか? これでいいのか?」
「あー、あー、心配するな聞えている。そっちの様子を今と同じ動作で喋ってくれ」
「さすがは俺。兄貴の道具も使いこなせている。おっとそんな事は後回しだ。 兄貴の言うとおり騎馬隊がどんどん自滅していくぞ。見ていて楽しい位だ。俺らの仕事はただ射るだけ。全滅したら連絡するから待っていてくれ」
俺がザイクルと連絡を取り合っている方法はトランシーバーだ。少し値が張ったが10キロ以上は届く外国製で日本では持っているだけで違法と書いてある代物だ。意外と購入するのは簡単であったが……異世界で使うのだから法律は関係ないだろう。
そしてザイクル達が騎馬隊を誘き寄せ殲滅している方法は……
まず数人が馬に乗り大音量CDラジカセで敵を挑発し、誘き出した敵をそのまま森へ誘導する。そして進路を遮る柵の様に張り巡らしたピアノ線で敵の動きを封じたのだ。
その後報告を受けると、先頭の馬がピアノ線に引っ掛かり、兵士が落馬し他の者が混乱している間に、騎馬隊の周囲をピアノ線を張り巡らせるだけで、奴等の動きは封じられていた。
夜襲を掛けたのも出来るだけ、ピアノ線を解りづらくする為だ、上手く行って良かった。馬にピアノ線が食い込み驚き跳ね回る。その反動で次々と兵士達を落馬して行く、兵士が落ちた所に別の馬が乗りかかり兵士を踏みつけていた。ピアノ線に囲まれたスペースは逃げ場の無い処刑場の様になっていたと教えてくれた。稀にピアノ線を潜り抜けた兵士も居たみたいだが、無傷な者はおらず簡単に仕留める事が出来たらしい。
連絡を受けザイクルの方は大丈夫だと判断した俺は次の行動に移る。予め地面に埋めておいたCDラジカセをリモコンで離れた場所から操作する。するとまた俺達の雄たけびが響き渡る。
「騎馬隊は何をしているんだ。村人如きにも遅れを取っているのか。歩兵部隊200は俺に続け。を蹴散らしに行くぞ」
そうして歩兵部隊が出たのを確認した後、リモコンを使い音を消した。彼等はきっと朝まで俺達を捜索しているだろう。そして残された者も周囲を警戒したまま眠る事は許されない。
第一作戦を完了した俺は足早にその場を去り、村へと馬を走らせた。後は十分に休養を取るだけだ。
翌朝はザイクルの主力部隊の半分で敵を攻撃していた。昨日戦闘を行なった者は休養させている。ザイクルだけは余り寝ていない筈なのに、元気で隊を率いて村から出て行った。
今回の攻撃は弓で遠距離から仕掛けるだけだ。こちらは全て騎馬で相手は全て歩兵である。ヒットアンドウェイ戦法で敵を休ませる事無く攻め立てる。ただ領主軍の被害はそんなに無く、少しづつだがフェリィへと近づいて来ていた。この戦闘の目的は敵を更に疲れさせる事、昨日一睡もせず今日も神経をすり減らし、かなり疲弊している筈だ。
3日目の夜も、ラジカセ戦法と適度に弓矢を放ち油断できない状況を作り出した。
睡魔が襲い周囲も十分に警戒出来ない領主軍の近くに俺が潜んで偵察していると、敵の隊長の怒号が響き渡っていた。
「気合を入れんか。あいつらは数が少ないから突撃もせずに、こんな事ばかりしているんだ。明日になれば村へと辿り着く、そこで数に物を言わせ一気に叩き潰せば終わりだ」
(こいつは馬鹿なのか? 目の前の兵士が疲れきっているのに……自分の事しか考えない奴だな。まぁいいさ、明日決着を付けてやる)
それらを目にした俺は勝利を確信し村へと引き返した。
翌昼、フェリィの村の1km先には400人を超える兵士が見えた。領主軍との間には丸太を格子状に組んだ柵を横長に設置している。柵の後ろではフェリィとライドの合同部隊100名が迎え撃つ為に身構えていた。俺達は等間隔で横2列に並んぶ。
「さぁ、今から決戦だ。心配する事は無い、俺達の勝利は約束されている。後は俺を信じて教えた通りにやれば絶対に勝てる。思い出してくれ、以前味わった辛い日々を。領主軍は再び俺達をどん底に落とすつもりだ。それでいいのか? 俺達は俺達の為に戦う。自らの手でこの戦いに勝利するんだ」
「おぉぉぉ~」
100名程度の雄たけびであったが、彼等の気持ちが篭った声は何百人もの声に聴こえた。
対する領主軍には覇気が見えない、連日の戦闘と眠れない日々がそうさせているのだろう。彼達を動かしているのは目の前に立つたった100名の無力な村人を殺せば終れると言うだけ。俺にはそう見えていた。
領主軍が陣形を取り、ゆっくりと前進してくる。丸太のバリケードも大人数に攻められれば、すぐに壊れてしまう。
「出来るだけ引き付けろ、俺の合図で一斉に投げ続げるんだ。疲れれたら後ろと交代してくれ。在庫が在るだけ投げつけてやれ」
ジリジリと迫り来る領主軍を息を殺し見つめタイミングを待つ。柵に20m程まで迫った所で声を張り上げた。
「今だ。投げ込め~!」
その声を皮切りに列を組んだ村人が一斉にビンを投げつけた。そのビンの入口部分には布が詰め込まれ、火が付けられてあった。そしてビンが地面に接した瞬間、割れた拍子に中の液体が周囲に散乱し、それらに火が付く。
そう村人達が投げ込んだのは火炎瓶であった。ただ普通の火炎瓶では無い、ネットで調べたテルミット・ナパーム火炎瓶だ。簡単に言うと普通の火炎瓶は致命傷になりづらい。そこで高火力で長時間燃え続ける火炎瓶が今回投げている物だ。 材料も普通に買える物を混ぜれば作る事が出来る。戦時中の民間兵などが使用している怖い投擲武器である。
火炎瓶は先頭やそのすぐ後ろに放り込まれて行く。100均で割れやすいビンを購入していたので、兵士の鎧や地面に当たった瞬間に割れると、火を上げ周囲を巻き込み火の渦へと飲み込んでいった。
兵士達は燃え盛る炎を受け、火達磨となる者が続出し混乱して行く。炎を超えようとしても火の勢いが強く、更に次々と火炎瓶を投げ込まれる為に超えられないでいた。
そうしていると、後方からザイクル率いる主力部隊が押し寄せ、火炎瓶を投げ退路を防ぎ挟み込む様、両側から弓と火炎瓶で攻撃を与えていった。
最初は簡単に勝てると思い、最後の気力を振り絞って攻めていた兵士達は見た事の無い攻撃を受け劣勢を感じると、ポツポツと逃げ出す兵士が現れる。思考力の低下からそれらを目にした他の兵士達も我先に次々と前線から撤退していった。
そうしてフェリィを攻めようとする者は殆ど居なくなった。烏合の衆の如く、武器さえ捨て去り逃げ出す領主軍を目にした俺達は歓喜の声を上げた。
後はサイパンさえ倒せばこの戦いは終る。無力な兵士を無理に全滅させる必要は無い、追撃は指示せずサイパンが居ると思われる馬車を俺達は探した。