15話 決裂
フェリィの村が誕生して一年が過ぎた。
俺も異世界に来た時は18歳であったが、後少しで20歳になる。
今では村の人口も当初の50人から200人にまで膨れ上がっていた。それはアメ玉と岩塩採掘の働き手をテイラー商会経由で募集を掛けた所、予想以上の反響で一家総出で移住する人達が現れたからだ。
最初は村人達と折り合いが付くのか心配したが、村人達も温かく迎い入れ概ね良好な関係を築いている。
一つ心配なのが村人が新たな移住者を次々と洗脳しているらしく、俺を見かける度に崇めてくるのが困るくらいだろう。
フェリィだけでは無く、ライドも働き手の増加で人口が増えているらしい。
ただディデル村だけは違った。どうやら彼等の狩猟ライフに合わせれる男が少ないのだ。なので村の女性が子供を産んだ数だけの増加となっていた。それでも去年だけで20人も増えている。実にお盛んな村だ……とにかくそれぞれの村は順調に大きくなっていた。
----------------------------
「航太郎殿、テイラーから連絡が入りましたが、フェリィに領主が視察に来るそうです。 いつかは来るだろうと思っていましたが、こればかりは仕方ありません。今後は税を納める事になるでしょう」
定期会議でハイブがそう告げた。
「確かにこれだけ目立てばそうなるな。ハイブ、税金ってどの位取られるんだ?」
「一概には言えませんが、その地域の産業性によって変わります。一般に農業ならば出来高の3割、産業なら利益の2割の筈ですが……」
「そうか。2割も納める事になるのか……厳しくなるな」
フェリィが出来てから、俺は村の産業だけでやり繰りをしている。今のままであったなら、もしもの時の金も十分貯める事が出来るが、2割取られると厳しくなるだろう。
「ハイブ兄貴、俺の村は税を取られた事がないぞ。何故だ?」
「それは、ディデルが狩猟の村からでしょう。役人も何匹動物を狩ったのか分かりませんからね」
「じゃあ、俺の勝ちだな」
「ザイクル、お前は何と勝負しているんだ?」
勝ち誇りながポーズを決めるザイクルを見つめながら、ついツッコんでしまう。
「とりあえず、領主が来たら丁重に持てなして印象を良くして置くよ」
その後、簡単な報告を終え会議は終了した。
---------------------
それから数日後、領主がフェリィへとやって来た。それは兵士を含み10人もの大所帯である。連絡を受けた俺はすぐさま彼等を家へ招き入れた。
「貴様が、この村の村長か?」
高圧的な態度で聞いてくる男は、歳は50歳だろうか? ぶくぶくと太った体と脂ぎった皮膚が特長で強欲そうな顔をしている。その横には、同じ位の年齢をしている目付きの鋭い痩せた男が俺を値踏みする様に控えていた。
彼等の態度に内心苛立っていたが、心を落ち着かせ対応する。
「私はフェリィの村長を務めている航太朗と言います。今日はどの様なご用件で?」
「ふんっ。ワシらが何故来たか、説明しないと解らないのか!」
「無知ですみません。説明して頂けると助かります」
そう言いながら頭を下げた。
「ワシはこの地域を治める領主のサイパンだ。新しい村が出来たと聞いて視察に来たわけだが……噂によるとお前アメ玉を売って中々儲けているようだな。よってだ、この村の税は売り上げの5割を納める事とする!」
想像を絶する言葉に俺の目が見開いた。
「5割だと!? しかも売り上げに対してって言うのはどう言う事だ?」
「何だその口の聞き方は!? 言葉もわからんのか? 売り上げの5割と言ったんだ。アメ玉を卸した金額の半分を納めよ!」
「ふざけるな、売り上げの半分だと!? それでは売れば売るだけ俺達の赤字じゃないか」
「貴様は国に逆らう気か? こんなチンケな村など何時でも取り壊せるのだぞ!」
サイパンは得意げに言い放ち、早く帰りたいのかうっとおしそうに欠伸をする。
「サイパン様、その様に追い詰めると彼が余りに可哀相です。私の顔に免じて税を減らす事はできませんか?」
サイパンの横に陣取っていた男が俺達の間に入って来るが、その恩着せがましい言い方がやけに気になっていた。
「チングがそう言うなら、考えてやらんでもない……航太郎と言ったな。今後アメ玉をチング商会だけに卸すなら、税を減らしてやる。そうだな……売上の2割でいいぞ」
(此処まで、あからさまにやってくるのも珍しいんじゃないか? 要するに横にいる男にアメ玉を卸せと言う訳か)
先程までは理不尽な恫喝に怒りを覚えていたが、相手が望む事が解ればやりようもある。俺は一度心を落ち着かせた。
「チング商会に卸すのもテイラー商会に卸すのも、サイパン様の所に入る税金は変わらないのではないか?」
俺の質問にサイパンは顔を歪める。その後バカにするように言葉を発した。
「テイラー商会はどうも信用にならん。逆にチング商会は今までの実績があり、信用出来る。まぁそういう事だ」
(この二人完全に出来てやがるな。今の所は一度、時間を稼ぐか)
俺は考えている素振りを見せ、一度部屋を出た。そして再び戻った俺の後ろにはリアが付いて来る。リアはお盆を持っており、その上には布袋が10個程度乗っている。俺の方はそれらより大きな袋を2つ持っていた。
「お待たせ致しました。今、テイラー商会とは大きな取引の契約をしていまして、その商品の納入に一月程掛かると思います。今の話はその後の事とさせて頂けませんか? つまらない物ですが、時間を頂くお詫びの品も用意しました」
そして俺が大きな袋をサイパンとチングへと手渡した。サイパンの方には金貨、チングの方にはまだ売り出した事の無い、ちょっと高めのアメ玉を入れてあった。
「何だこれは?」
サイパンはそう言いながら袋の中を確認する。袋の中に入れてある金貨は30枚、黄金色に輝く金貨とジャラリとした音を聴きサイパンの表情にも笑みが浮かんだ。
「サイパン様には金貨を、チング殿には最新のアメ玉を用意させて頂いています。お二人ならそれらの方が有効に利用できると思いまして。兵士の方にも街で出回っているアメ玉をお配りさせて頂きます」
俺がそう言った事を屈服したと勘違いしたのだろう、二人は互いに顔を見合い。厭らしく笑っていた。
(時間を稼いで、テイラー達と相談出来れば……)
その間も二人はニヤニヤと俺を見下していた。その後ろではリアが控える兵士達にアメ玉が入った袋を手渡している。
リアはここ一年で見違える様に綺麗になっていた。もともと美しかったが、青い髪は柔らかく艶があり、適切な食事を食べているので肌にも張りがある。体のラインも細い腰に大きな胸が強調されて魅惑的だ。
フロアの街に何度も訪れたが、未だにリア以上の女性を俺は見た事が無かった。
その為か兵士達も鼻を伸ばしながら、アメ玉を受け取っていた。サイパンもそんなリアを厭らしい視線で見ている。それだけで俺の中で怒りがこみ上げて来ていたがグッと堪えた。
「この女は?」
サイパンの言葉に俺の背筋に汗が流れる。嫌な予感しかしない。リアを連れて来たのは失敗だったと後悔しても遅い。俺はサイパンに告げた。
「サイパン様、彼女はリアといいまして、私の妻でございます」
本当はまだ結婚していないが、そう言い切る事にした。
「ふんっ。お前には勿体無い女だな……ふむこの女はワシが貰ってやろう。お前の妻と言うなら税金を減らしてやるから、それで辛抱しろ」
サイパンは無理やりリアの腕を掴むと自分の胸元に引き寄せ抱き締める。その瞬間に俺は立ち上がった。
「やめろ。リアを金でどうこうする気はない!」
リアは怯えてサイパンの腕の中で震えていた。
「なんだと、お前ワシに逆らう気か? こんなチンケな村など何時でも潰せるんだぞ。女よ、お前もこんな男よりワシの方がいいだろ? 可愛がってやるわい」
サイパンがそう言いながら、厭らしい顔のままリアの鎖骨部分から耳元にむけ舌を滑らした。
「いやぁぁぁ~」
その瞬間、震えていたリアの瞳に大粒の涙が浮かび、頬を伝ってポトリと落ちた。
「糞豚がぁぁリアに手を出すんじゃねぇぇ~!!」
頭の中が真っ白になった俺はテーブルを飛び越し、そのままサイパンを殴り飛ばす。そしてリアを抱き寄せ、サイパンと距離を取った。
サイパンは殴られた拍子にソファーから転げ落ち、兵士に助けられる。 別の兵士は剣を抜き、俺へ詰め寄ろうとしていた。
「殺せぇぇ~。そいつを殺すんだ!」
口と鼻から流れる血を手で押さえながら、サイパンはそう命令を下した。兵士達は命令を受け俺に飛び掛かろうとする。
だがその瞬間、窓やドアから何人もの村人達が突入して来た。彼等は各々に道具を手に持ち俺の前に立ち兵士を遮る。どうやら俺の事を心配して様子を伺ってくれていた様だ。
「航太郎様を傷つける奴はゆるさねぇぞ」
村人の数は部屋を埋め尽くす程に増えて行く。兵士達もその数に押され後ずさる。
「村から出て行け~。出て行け~」
村人達が合唱の様に叫び出す、村人達の表情には怒りしか見えない。
すると状況を察したチングがサイパンへ詰め寄り何かを伝える。サイパンは苦虫を潰した様な顔で兵士に命令を下す。
「覚悟しておけよ。こんな村すぐに潰してやるからな!」
サイパンは去り際にそう告げ去って行った。村人達は歓喜に震えている。
だが俺は今後訪れるであろう厄介事を思い浮かべ、手を出した事に後悔していた。
「航太郎様ぁぁ、ずみません……私の所為で……」
俺の服を握ったままのリアが泣きながら声を掛けて来た。リアの悲しむ顔を見て俺は先ほどの後悔を捨てた。
「あんな下衆にリアを渡して堪るか、リアを守る為なら俺は何でもやってやる!」