10話 フロアの街とリアと過ごす時間
馬車に揺られながら、俺はハイブ村長に色々と質問を投げ掛けている。遠くの国から来て常識が疎いと説明しておいた。識的な事から下らない事まで、矢継ぎ早に出される質問にハイブ村長も少々疲れが見えてきている。
「前村長と役員達は今は肩身の狭い思いをしているよ。村人達はもう彼等を信じていない。ライドに居ても辛いだけだと私は思うが……まだ、聞きたい事はあるのかな?」
「いや、今回はこの位にしておくよ。村長も疲れただろ? 色々と参考になったよ」
俺がそう言うと村長は大きく息を吐き、安堵の表情を見せていた。俺は肩に頭を載せてスヤスヤと眠るリアの寝顔を眺め、笑みを浮かべる。リアは俺と出会ってからどんどんと綺麗になって行く。
今回は村長がフロアの街へアメ玉を運ぶと聞きつけ、それに同行させて貰っていた。街は一度見ていた方が、もしもの時に役に立つと思ったからだ。リアに付いて来るかと確認した所、目を輝かせて喜んで付いて来た。
俺とリアは普段の服装では無く、ライド村で用意した異世界で作られた服を着ている。俺はシンプルなポケットが付いた茶色のパンツに半袖のシャツの上からベストを着ているがベルトだけは日本から持ってきた物を付けていた。
リアはフリルの着いたワンピースの様な服だ。インドの女性が着ている民族衣装に似ており、肩の部分から先が無い。純白の衣装にリアの水色の髪が映えていた。普段着ることの無い綺麗な洋服にテンションが上がり、嬉しそうにクルクルと回るリアに見惚れてしまったのは内緒である。
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「ここがフロアの街か~。流石に人が多いな」
高いレンガ作りの建物が並び、街道には人の波も出来ている。 街の規模はライド村の何十倍にも感じられた。俺もリアもキョロキョロと右や左に首を振り、端から見れば田舎者丸出しだろう。それでも羞恥心より興味心が勝り、首を動かす事を止められない。
「それでは私は知人の元へ向いますが、航太郎殿は観光でもしますか?」
「いや、知らない場所でトラブルに遭うのも避けたい。俺達も村長に付いて行くよ、邪魔をする気は無いから気にしないでくれ」
「そうですか? それでは私の後を付いてきてください。もし逸れた場合は先程入った入口の横で待っていてくれますか?」
俺達が頷くと村長と共の村人はゆっくりと進み出した。
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「この店は私の知人が営んでいる商店です。私はこれから友人と商談をしますが、航太郎殿もご一緒しますか?」
大きな建物にはテイラー商会と書かれている。商品を抱え出入りする客が開けたドアの隙間からは、室内一杯に商品が陳列されているのが見える。店内にも客が多く居る様で、中々の人気店なのだろうか?
「いや、邪魔はしないと言ったから俺たちは向かいの食堂で時間を潰しておくよ。村長は気にせず友人との商談だけに集中してくれ」
俺はリアの手を取ると、向かいの食堂へ足を向けた。本当は付いて行きたかったが、これは村長の油断を誘う為の作戦である。俺は村長の手荷物の中に盗聴器を仕込んでいた。まだ完全にハイブ村長を信用してはいない。今回のアメ玉を換金する事に対し彼がどう言う行動を起すか? それを確認しておきたかった。
リアと俺は食堂のテーブルに座り、メニューを手に取ると文字に目を通す。色々と書かれているが、いまいち料理と名前が合致しない。俺は店員に声を掛け一番人気の料理を2人分頼み、イヤホンをつけ村長の様子を伺う。
「おぉ、ハイブではないか!? 2年振りか? 相変わらず元気そうだな。今日はどうした? 街に帰って来る気にでもなったのか?」
「久しぶりだなテイラー。残念ながら今日は商談で寄らせてもらった。悪いが時間を作ってくれないか?」
「なに、お前の頼みなら店を休みにしてでも時間を作るさ」
2人は別の部屋へ移動しているようだ。ハイブ村長とテイラー商会の社長は旧知の仲という印象を受けた。
「それで、商談と言うのは?」
「これだよ。これは食べ物なのだが、一度食べてみて欲しい。絶対にビックリする筈だ」
「この小さい物が食べ物か? 見た目ガラス細工の様にも見えるが……まぁ、お前が言う事だ、嘘は無いだろう」
テイラーがアメ玉を咀嚼する音が聞える。その後続く沈黙に俺も何故か緊張してしまう。
そして最後にゴクンと喉を鳴らす音が聞えた。
「おい……ハイブ。これは一体何なんだ!?」
「これはアメ玉と呼ばれる物だ。信じられない程美味いだろ? それに日持ちも良いらしい」
「らしい?? ハイブ、これはお前が作った物では無いのか?」
「残念ながら、アメ玉は私の知人から預かっている物。テイラー、君ならこれを幾らで売る?」
村長の問いにテイラーが言葉を詰まらせた。その後、う~んと考えている様子が聞き取れる。
「今は情報が少なすぎる。条件に寄って価値も変わって来るだろう。ハイブよ、これは常時仕入れる事が出来るのか?」
「いや、実は私もそこまで聞いていないんだ。色々あってな…… だが今回はアメ玉を15,000個持ってきた。今後追加できないと仮定して考えて欲しい」
「それなら、金持ちにしか売れないな……奴等は珍しい物に目が無い、これを食べたらきっと我先にと跳び付いて来るはずだ……売値で……1つ銀貨5枚って所か?」
ブツブツと考え込んでいたテイラーが答えた金額に俺は驚いた。
「私もその位と読んでたが、意見が同じで話が早い!」
「ハイブ。1個、銀貨3枚でアメ玉を引き取らせて貰えないか? 悪い金額では無いと思うぞ」
「その金額なら知人も喜ぶだろう。だが一つ条件があるんだが……」
「条件? 取り合えず聞こう。無理難題で無ければ大丈夫だろう」
「実はアメ玉15,000個の内、換金は10,000個で残りの5,000個は食料と交換して欲しい。食料は大金貨75枚分だが……食料関係はお前の得意分野だろ? 大金貨80枚分。食料はその位の量を用意して貰いたい」
ハイブ村長は流石に元商人と言う事だけあり、ちゃっかりと予想以上の成果を上げていた。
街へ向う馬車の中で俺は流通している硬貨の価値を教えて貰っている。
銅貨、銀貨、金貨、大金貨とあり、銅貨一枚でパン5個程度買えるようだ。各10枚で一つ上の硬貨と同じ価値だが、大金貨だけは金貨20枚で1枚となっていた。
大金貨5枚多い食料は金貨にすると100枚。かなり吹っかけている気がしてならない。だが最終的にはその条件が飲まれ、2人は契約を結んでいるのが聴き取れた。
一息付くと、今まで集中して聴いていた為か、テーブルの上には既に料理が並べられていた。どの料理も既に冷めてしまっている。俺がリアの方に目をやると、目線に気付いたリアが笑顔を向けて来た。
「料理が来たのなら、声を掛けてくれれば良かったのに」
「航太郎様が真剣に何かを考えられてましたので……声を掛けた方が良かったですか?」
「気を使わせてしまったな。さぁ料理を食べよう!」
俺はイヤホンを外し、食事を取る事にする。
人気料理と言うだけに、冷めても美味しくリアは目を広げ綺麗に平らげていた。その様子を見て俺も自然と料理に箸が向く。 やはり食事は一人で食べるより多人数で食べる方が美味しいと実感してしまう。
日本に居たときは殆ど一人で、作り置きされていた料理を食べていた。今までこんなに充実した時間を過ごした事が無い、俺は今まで無駄に過ごしていたのでは無いかと少し後悔してしまう。
「えへへ。航太郎様とこんな美味しい食事が出来るなんて夢見たいです」
ニコニコとしながら、そう言ってくるリアが眩しくて俺は今の状況が夢なのだろうか? と考えた。
「何を言っている? これからは何時だって一緒に食べれるだろ」
「あっ! そうですね」
リアは顔を赤くして、モジモジしている。リアが言っている事に比べ大した事は言っていないのだが、どうも女性の感覚が解らない。
そうしていると俺達の元へハイブ村長がやって来た。どうやら契約も終ったようだ。俺はテーブルの上に置かれている食器を片付けさせると人数分のお茶を用意して貰う。
「商談はどうだった?」
テーブルに4人が向かい合う様に座り直し、さっそく俺は村長に探りを入れた。
「無事、交渉は終わりました。食料の確保もアメ玉の換金も満足が行く結果でしょう」
「それは良かった。換金の方はどれ位の金額で話が付いたか教えて貰ってもいいか?」
「それは勿論、アメ玉1つで銀貨3枚で交換する事で話が付きました。食料に換算するとアメ玉一つで30食、十分だと思いますが?」
(ほぅ、嘘は言っていない……)
ハイブ村長は嘘無く報告していた。 俺は驚いた演技を見せて油断させてみる。
「そんなにか!? それで交換出来るならありがたい。それで俺は村長にどの位の手間代を渡せばいい?」
「手間代など最初に貰っていますよ。アメ玉5,000個で十分以上の報酬です。貪欲に成りすぎると人は変わってしまう。これ以上は貰う気も在りません」
(合格だな。これ以上彼を疑っても仕方ないだろう……)
「本当に助かった。感謝する」
「気にしないで下さい、それは私も同じです」
「ハイブ村長、この後はどう動けばいい? 直ぐに村へ帰るのか?」
「いや、硬貨の段取りに時間が掛かる様です。2,3日はこの街に滞在する事になるでしょう。航太郎殿の宿も予約していますが、どうしますか?」
「何から何まですまない。頼りついでに、村の改修を手助けして貰える職人を紹介して貰えると助かるのだが?」
「その事も知人に話してあります。彼も硬貨をそのまま支払うより、出来るだけ自分の店を動かした方が利益が上がる、喜んで用意させて貰うと言っていました」
(この人、優秀すぎるだろ? もしかして俺が仕組んだ罠も全て解って動いているかも知れないな……俺も油断だけはしない様にしないと……)
その後、俺達は予約を取っている宿へと向った。着いた宿は大きな建物で高級感がある。出入りする人達も綺麗な服に身を包んでいた。
「ハイブ村長、俺達には場違いな宿じゃあないのか?」
俺の隣を歩くリアは萎縮してしまい、小さくなっている。
「大丈夫、この宿の主人とは知り合いです。何か在れば私に言ってくれればいい」
受付を済ませて、案内された部屋の中には綺麗な絵や花が飾られていた。リアは「綺麗…… お城みたい」と呟き部屋の中を走り回った。俺はその様子を見てハイブ村長に感謝する。
俺は村長と打ち合わせを行い、取引の日まで互いに自由行動を取る事にする。俺はリアを引きつれ街を観光する事にした。 受付で商店街の場所を教えて貰うと、その場所へと向う。
様々な店を二人で見て周り、リアに服を買ってあげた。金は野党から貰った物で遠慮せずに使うつもりだ。リアは自分にはこんな綺麗な服は似合わないと言っていたが、無理やり手に持たせると嬉しそうに服を抱きしめていた。
その後宿へと戻り、夕食を二人で取る。宿の料理は本当に美味しかったが、今度のリアは余り食べようとはしない。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「いえ……そうではありませんが…… 私ばかりこんな美味しい食事を食べて、村の人達に申し訳無くて……」
リアは俯きながらそう答えた。
「リアの気持ちは解る。だがせっかく街まで来たんだ。俺はリアと楽しく食事がしたい。それにリアに約束しただろ? お前の周りの者達も幸せにしてやるってな。心配するなこんな料理なんて腹一杯に食べれる様にしてやるさ!」
「航太郎様……」
リアは涙を浮かべ笑顔を見せてくれた。その後、楽しく食事を済ませ俺達は部屋へと戻る。部屋には備え付けの風呂があり、最初は俺が風呂に入った。
「風呂が在るなんて、この宿凄いじゃないか」
俺が気持ち良く湯船に浸かっていると、突然ドアが開きリアが入って来た。
「航太郎様、お背中を流します」
タオル一枚の姿で入って来たリアに俺は驚く。今は以前の痩せ細った身体では無く、魅力溢れる女性の軟らかそうな身体が見える。俺が見惚れているとリアが恥かしそうに俺の手を引いた」
「リア……」
「航太郎様、さぁ座ってください」
リアに言われるまま風呂から上がると、置かれている台に腰を降ろす。俺は心臓がバクバクしていた。
丁寧に身体を洗われていると、気持ちも落ち着いてくる。 今度は逆に俺がリアを洗ってあげる。最初は嫌がっていたリアだが、諦めた様に台に座る、だがジッと下を向いて動かない。リアの肌は白く水色の髪に合っていた。今はまだ細い身体だが、最初にあった時に比べ筋肉も少しだけ付いている。肌に触ると張りがあり、滑らかである。
俺もリアに習い、丁寧に洗って行くとリアの口から微かに吐息が聞えてくる。俺は焦る気持ちを抑えて、無事洗い終えた。
二人で風呂から上がり、一つだけ置かれているキングサイズのベットに入る。二人で入ると、体温が暖かく心が落ち着いてくる。
「航太郎様、やっと約束が果たせます。最初は村を助けて貰いたくて、言いましたが今は本当に航太郎様の事を……村人たちが毎日安心して暮らせる様になったのも全て航太郎様のお陰です。 ですから今日は……」
リアは俺の方に擦り寄りそう声を掛ける。俺も風呂にリアが入って来た時から覚悟を決めていた。
「俺はまだまだ満足していないが、もう我慢の限界だ」
そっとリアの首へ手を回し、頭を抱きかかえるように引き寄せキスをする。リアの唇は柔らかく、舌を入れると、甘い味が広がる。 ゆっくりと口を離すとリアを見つめた。リアも俺を受け入れる様に瞳を閉じる。そして俺達は互いの体温を確かめ合いながら朝を迎えた。