異世界への指輪
俺は榊航太郎。先日、俺のおばあちゃんが事故で死んでしまった。俺が10歳の時に親が事故で亡くなってからは、ずっとおばあちゃんと2人きりだ。何故、俺の身内ばかり不幸な目に合うのだろう……
これからの生活を想像してみると、幸せに生きていく未来など見えず項垂れてしまう。食事の用意は? 洗濯は? ずっとおばあちゃんが、身の回りをしてくれていたから、俺にはそんなスキルは皆無だ。
思い起こせば、本当に惨めな人生だ。中学で苛められて以来ずっと引きこもり続け、今年で18歳になる。俺にあるスキルはネットを見る事以外見付からない。
今、自分が置かれている状況を知れば知るほど怖くなる。
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葬式が終り、音が全くしないおばあちゃんの部屋に一人で座っている。話し相手が居ない為、もう何時間も喋っていない。何となくタンスなど開けてみると、おばあちゃんの洋服が綺麗にしまわれていた。それらを懐かしそうに眺めてから次に引き出しを開けてみる、中には何か綺麗な箱が大事に置かれていた。
(雰囲気のあるケースだな。宝石か何かしまってるのか?)
興味本位で開けてみると、銀の指輪が一つだけ入っている。手にとって良く見てみると、何やら外国の文字が書いてあるがまったく読む事が出来ない。俺は何となく指輪を指につけてみた。
すると突然、目の前の景色がグニャリと歪み出した。その後景色が色を変え形を変えて元に戻る。
「なんじゃこりゃ~!!!」
ここ数年で最も大きな声を出した俺の目前には、荒れ果てた荒野が広がっていた。
「はぁ? 一体どういう事よ?」
右を見て、左を見て、後ろを見ても荒野しか見えない。
「夢でも見てるのか?」
在り来たりだが、頬を抓ると普通に痛い……
「こんな事、普通じゃ考えられない。小説に良くある異世界転移ってやつじゃね? でもどうして荒野なんだよ。普通なら森や草原じゃないのか? こんな所で俺はどうすればいいんだ?」
見渡す限り砂埃が舞う荒野の中、ジリジリと照り付ける日差しを一身に受けながら、その場に体育座りでジッとして考えてみる。
「確実に死ねる! 何故こうなった?」
そう思った俺は指輪を見つめた。
「この指輪しか原因が考えられない。クソ、クソ、クソ~!!」
俺は暴言を吐きながら指輪を投げ捨てようと指輪を外すと、目前の景色が再びグニャリと歪み始め、視界が元に戻った時にはおばあちゃんの部屋になっていた。
「戻れたのか……?」
ホッと息を付き、その場にへたっていると自分の衣服に付いた砂埃を見つける。
「やはり夢じゃない!」
少し怖いが確かめる必要があるな。そう考え、俺が再び指輪をつけると、予想通り再び荒野へと舞い戻った。その後も何度も何度も異世界転移を繰り返して行く。 そうしていると、だんだんと気持ちも慣れて安心してくる。
「ヤバくなったら戻ればいい。これはデカい。どうせ今後は一人で寂しく生きるだけだ。それならこの異世界で絶対に幸せになってみせる!!」
思い立った俺は、部屋に戻ると通帳の残高を確認する。親の生命保険をおばあちゃんは手つかずにしてくれている。 年金だけでやり繰りしてくれていた様だ。
「3300万円もあるのか……おばあちゃんありがとう」
おばあちゃんの位牌に手を合わせ、次なる行動へと俺は移す。最初にやる事はネットを立ち上げる事。
「まずは身を守るための装備だ。食料や水などは後でも大丈夫だろう、冷蔵庫に入れておけばいつでも食えるしな。出会い頭で何かに襲われる事を一番に注意しないと」
カチカチカチと検索ワードを打ち込むと、色々と出てくる。
「ひゃはは。こいつらも好きだよな。異世界・装備で検索掛けたら、真剣に考えて画像上げてる奴等いるぞ。ふむふむ……でもこれじゃ駄目だ。もっと実用的なものは……ん? あるじゃないか。あるじゃないか。よしこれを買おう」
数日後、家に届いたのは肩から先が無いベストタイプのステンレス製鎖かたびら、さらにサバイバルキットを一緒に購入している。
武器はナイフとコンパウンドボウ、痴漢撃退スプレーと超強力のバトン型スタンガンである。 スタンガンはまさに短剣と同じ様な形状で届いた際にはブンブンと振り回してしまった。
それらを装備し、俺は宣言をする。
「時は来た。いざ決戦の異世界へ!!」
そして指輪を装備し、異世界へと転移する。到着したのは前回と同じ荒野だ。
「今日は、少し歩いてみるぞ!」
俺はトボトボと歩いてみるが、歩いても歩いても照りつける太陽で熱く乾いた荒野が続くだけだった。
「ちくしょ~、喉が渇いた 一度戻るか!」
指輪を外し部屋に戻ると冷蔵庫を空け、炭酸を一気飲みする。
「うめぇぇ~。運動後の冷たい炭酸は最高だな。んじゃ、また行くか」
指輪を嵌めると、転移した場所に戻る。
「なるほどね、指輪を外した場所に戻るのか…… これは使えるぞ」
その後移動しては休憩を部屋で取り、そして移動を再開する行為を繰り返す。
数キロ程度移動して本日の探索を終了した。
次の朝、俺は激痛で目を覚ます。
「体中が痛てぇぇぇ~!」
貧弱な俺は全身筋肉痛で探索を2日間中止する事となる。
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後日、筋肉痛が収まって探索を再開していた。今日までで一カ月は歩き続けているが、景色は相変わらずの荒野だ。異世界を捜索している合間にコンパウンドボウの練習もやって行く。この弓は狙いやすく少ない力で強力な威力を出す事が出来る。使用する場合は両手が塞がってしまうが仕方ないだろう。
この異世界は誰もいないのか…… と何度も考えていた。かさばる装備を背負い、炎天下の中を汗だくになりながら一カ月も歩き続けている。そのお陰で無駄な脂肪も落ち自然と身体も引き締まって来ていた。
(異世界に来るのを辞めてしまおうか?)
その時の俺は1ヶ月間成果無しと言う現実を突きつけられて俺の心は半分折れ欠けていた。
そんな時、遠くの景色に普段は見慣れぬ影が浮かび上がる。双眼鏡を手に取り見てみると……
「あ……あれは……木だ。木が見える。緑が見えるぞ!」
その時、今日まで頑張ってきて良かったと実感する。俺は飛び上がり天にも昇る気持ちで疲れを忘れ、遠くに見える緑が生い茂る場所へと走り出した。
息切れを起こしながらも、足だけは前へ前へと進んで行く、だがその足が急停止する事になる。それは何やら動く物影が見えたからだ。
その場にすかさず身を潜めホフク前進で距離を縮めると、双眼鏡を取り出し動く物体を確認する。
「あれは人じゃないか。 この世界にも人がいるのか!!」
双眼鏡から見えたのは、二人の屈強な男だった。何やらロープで引っ張っている様であった。
俺はそのまま観察を続ける。
「あれって……女性? 女性をロープで引っ張っているのか?」
両手にロープを縛られながら、14~15歳位の女性がフラフラと引きずられながら歩いている。彼女は痩せ細っており、来ている服もボロボロで彼女の顔には生気が感じられない。
「攫われたのか? いやそんな事は今はどうでもいい」
(助けるか? 嫌、それは危険だろ……でも俺は何時でもこの世界から逃げる事が出来る……よし出来る所までやって、無理そうなら彼女に悪いが逃げさせて貰おう!)
何時でも帰れると言うのはこれ程まで自分を強くできるのか…… そう思いながら俺は行動を開始する。
「まずは悪党AとBの装備の確認だな」
双眼鏡でじっくりと観察すると両方とも腰に剣を差していた。
「剣を持ってやがる……危険すぎるだろ? いや待て。こっちには飛び道具がある。俺はやれる勇気をだせ!!」
自分で自分を鼓舞しながら、俺の方へ近づいて来る男達に見付からない様に岩の陰に隠れると息を殺して待つ。俺が待っているのは、男達が真っ直ぐ歩いている進路上だ。 男達がどんどんと近づいてくるコンパウンドボウの射程距離ギリギリに男達が入った時に俺は岩陰から飛び出した。
「おい、お前達その女性をどうする気だ!」
言葉が通じるかは解らない、だが俺にはこの言葉しか話せない。勢いに任せて男達に啖呵を切った。
「何だ、お前は? 俺達が攫った獲物を横取りする気じゃないだろうな? 殺すぞ!?」
(これで悪党決定だな。もう容赦はしない)
弓に矢を掛け弦を引く、ギリギリと糸が張り詰められて力が矢に掛かって行く。ずっと荒野で弓の練習はしている。一人の男が剣を抜き俺に向って突進して来た。俺は相手の足を狙って矢を放つ。スピードが乗った矢は軌道の残像を描きながら、男の太ももに矢は突き刺さった。
「ぐぁあああ」
一人の男が矢が深く刺さった太ももを押え、転げ回りながら悶絶している。
「やりやがったな!」
残る男が声を荒げ出す。 俺は腰から痴漢撃退スプレーを取り出すと、2人の男へ向って催涙スプレーを吹き付けた。
「ぐぁぁぁ~ 目が~ 目が~」
2人とも目を押さえ、地面で悶えている。そのまま俺は130万Vのスタンガンを男達に喰らわした。
「ぁががが~」
両方ともビクンビクンと痙攣し涎を垂らしながら動けないでいた。
「すげーよ、防犯グッズ強すぎる。このまま逃げるぞ!」
女性にそう声を掛けてからナイフでロープを切断する。思う様に身体が動かない男達が持っている剣を取り上げた後、彼等が来た道を逆走していった。
彼女の手を握り少し走った所で後ろを振り返るが、追ってきては居ない様だ。
そこで俺は一息を入れ水筒の水を飲む、そしてそのまま彼女にも水筒を渡した。
「飲めよ、水だ」
言葉が通用するかは解らなかったが、相手の言葉がさっき理解出来たのだ、きっと通用するそんな予感があった。
彼女は水筒を手に取ると俺の真似をして、水筒に口をつけた。
「ゴ……ク。ゴ…ク。ゴク……。ゴクゴクゴクゴク!!」
中身が水だと解ったのだろう一揆に飲み干してしまった。そして弱々しい声で
「ありがとう……助けてくれて……ありがとう」
水を飲み落ち着いた彼女が初めて声を出した。ボロボロのワンピースを着た可愛い少女は水色の長い髪を腰まで伸ばし、痩せ細った手足は貧しさが見て取れる。
「いや、いいよ。それより家に送るから場所を教えて欲しい」
すると彼女はある方向に指を差す。その先には薄っすらと何かが見え、俺は双眼鏡を取り出してそれを覗いてみる。
「村か…… あそこに送ればいいんだな?」
「……うん」
俺は再び彼女の手を取り、村へと向った。村の周りには木の柵があり入口には門番と思える男性が立っていた。 男はこちらに気付くと、警戒し、一人を何処かへ走らせていた。
それから更に近付くと少女が男の元へ走って行く。
そして2人は何やら話し込んでいた。俺は注意を怠らずにその様子をジッと見つめる。
ヤバくなったら逃げる。ただそれだけを考えていた。