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六花シリーズ

早乙女真菊は今日も失敗する

作者: 三都花実

 日出国(ひいづこく)に六の花を冠する家ありけり。すなわちこれを六花(ろっか)と呼ぶ。

  近衛家(このえけ)を筆頭に、早乙女家(さおとめけ)枢木家(すうきけ)右楯家(うだてけ)左楯家(さだてけ)鷹司家(たかつかさけ)


 薔薇の近衛家は国主である天皇の公的補佐を。

 百合の早乙女家は天皇の私的補佐を。

 葵の鷹司家は儀礼を。

 鈴蘭の枢木家は記録を。

 朝顔の右楯家は軍事を。

 夕顔の左楯家も同じく軍事を。


 これら6つの家を人々は六花家と人々は呼ぶ。現代では6つの家全てが公爵家となっている。






 長い黒髪をリボンでハーフアップにし、深緑のセーラ服に身を包んで、建物の影でそっと様子を伺っている可愛い清楚な美少女。早乙女真菊(さおとめまあき)。百合の早乙女公爵家の次女であるれっきとした令嬢である。


 真菊の視線の先では、とあるかなり麗しい外見の男子生徒が女子生徒に告白されているところだった。真菊はそれをどきどきしながら見ていた。だが、どうやら女子生徒はフラれてしまったようだ。その瞬間、真菊はとっっってもガッカリした。そして、気を取り直してバレないようにその場を離れようとする。


 どん!真菊はいつの間にか告白されていた男子生徒、右楯巳弦(うだてみつる)に壁に追い詰められて、手で囲われていた。所謂壁ドンという状態だ。


「やあ、真菊。」


 とてもにこやかに巳弦に挨拶されて、思わず真菊の顔が強張る。


「ご、ご機嫌よう。巳弦さん。」


 真菊は誰かに見られていないかきょろきょろしながら言う。


「真菊。残念だったね。」


 巳弦がそう微笑んで言うと、真菊はぎくっとして苦笑いする。


「な、なんのこと?」

「いつも言ってるけど逃がしてあげないからね。婚約は解消しない。」


 巳弦がそう言うと、真菊は軽く巳弦を睨む。この2人実は婚約者同士である。巳弦といえば名門右楯公爵家の嫡男で礼儀正しく、物腰が柔らかい聖人君子のような人物でしかも顔がかなり良い。だが、真菊は婚約が決まった時から破談にしたくてたまらなかった。何故なら巳弦の本性は聖人君子なんかではないと感づいていたからだ。あの手この手で婚約解消しようとしてもいつも失敗する。今回なんて私がけしかけたとバレないように女の子をけしかけたのに。


「あのね、真菊さん。あんまり無駄な努力はやめたらどうかな?」


 真菊の顔はますます険しくなる。


「無駄な努力?」

「そう。僕は婚約を解消する気は皆無だよ。それに君も仮にも六花の一端を担ってるなら政略結婚ぐらい我慢するべきだ。」


 巳弦はにっこりと真菊に正論を述べる。真菊は黙り込んだ。どうやら巳弦には真菊の無駄な努力は気づかれていたようだった。


「早乙女だったら何でもいいんでしょう。」


 真菊はぼそりと呟く。巳弦はその言葉に一瞬目を見開くが、すぐに微笑む。


「早乙女だったら誰でもいいわけじゃないよ。僕は君のお姉さんとは性格が合わないだろうし、君の妹さんはよく知らないけど年がはなれすぎてるしねえ。」


 巳弦の言葉に真菊は少し引いたようは表情を浮かべる。真菊の下の妹の真冬(まふゆ)はまだ8歳だ。そんなのと結婚するのを考えるだなんてロリコン以外の何者でもない。


「つまり余り物ってことね。」

「余り物だなんてそんな風に自分を卑下することないだろう。それに僕と結婚したら、君は皇太子殿下の妃になることは一生ないんだよ?」


 巳弦の言葉に真菊は黙り込む。姉の真桜(まはる)が皇太子の妃にならない以上真菊がなるしない。それはわかっていても真菊は嫌だった。


「君はとっても魅力的だ。一生愛すると誓うよ。」


 巳弦はそうやって真菊の耳元で囁く。真菊は顔を真っ赤にする。この男はどうしてこんな軟派なんだろう。普段はお堅い真面目な男のはずなのに。どうして真菊の前ではそんな風に甘い台詞をばんばん吐くのか。真菊は単純だから勘違いしてしまいそうになる。


 真菊が何も言わないのをいいことに巳弦は真菊に顔を近づけ、キスをしようとする。真菊はぎゅっと目をつむる。


「おやおや。お熱いことだな。」


 そんな2人に声がかかる。真菊はその声を聞いて慌てる。巳弦はため息をつく。


「若いとはこういう事を言うのか。なあ、真桜。」


 声の持ち主はにやにやと2人を見つめている。声の持ち主の隣に立っている美女はため息をつく。


「東宮様も十分にお若いですわ。」


 美女は声の持ち主、この国の皇太子である東宮に対して言う。


「と、東宮様。それにお姉様っ!」


 真菊は驚いたように声をあげる。 滅多に会わない姉の真桜と従兄である東宮がそこにいたからだ。真桜は真菊に慈しむように微笑む。


「久しぶりね。真菊。中々帰れなくてごめんなさいね。」

「いえっ。お姉様は立派に責務を果たしておられます。私の方こそ役に立てなくてごめんなさい。」


 真菊が申し訳なさそうにそう言うと、真桜は悶えたように真菊に近づく。巳弦を押しのけて。


「何を言っているの。貴女達がいるから私も責務を頑張れるのよ?可愛い私の妹。」


 真桜はそう言って真菊を撫でる。真菊は久しぶりに頭を撫でてもらって嬉しそうだ。


「お久しぶりです。お義姉さん。」


 巳弦がにこにこと挨拶すると、真桜は凄みのある笑みを浮かべる。


「久しぶりね。まだ貴方のお姉さんになったつもりはないのだけれど?」

「そんな寂しいこと仰られないでください。僕はもう真菊とは婚約してるんですし。」


 巳弦も凄みのある笑みを浮かべて言う。二人の間には火花が散っているように思う。そんな2人を見て真菊は相変わらず仲が良いなあと、とんちんかんなことを考えている。


「あら。結婚はまだまだ先なんだからそれまでは節度のある付き合いを保っていただきたいものね?巳弦君。」

「もちろんですよ。お義姉さん。」

「お前ら本当にいい年して情けないとは思わないのか。」


 水面下で醜い争いをしている2人に対して東宮が呆れたように言う。東宮は気を取り直して、久々に見る従妹を見た。相変わらず可愛らしい庇護欲をそそられる少女だ。あの真桜が一番可愛がっている妹なだけある。まあ、真桜が可愛がるのはそれだけではないのだろうが。


「久しいな。真菊。」


 東宮が声をかけると、真菊は微笑む。


「お久しゅうございます。東宮様。ご挨拶遅れまして申し訳ございません。」


 真菊は公爵家令嬢として相応しい挨拶をする。これには東宮も苦笑するしかない。


「ここは宮廷じゃないんだ。もっと従兄妹同士らしく挨拶してくれても構わない。なんなら、昔みたいに兄様と呼んでくれても。」


 気安い東宮の態度に真菊は戸惑う。真菊は模範通りの令嬢としてしか接することはできない。柔軟な対応なんかできっこないのだ。


「東宮様。それで私に何か用事でも?」


 巳弦は東宮と真菊の間に割り込むように東宮に話しかける。


「ああ。ちょっと巳弦に宮廷までの警護してもらいたくてな。真菊。婚約者殿をお借りしても?」


 東宮が微笑みながら言うと真菊はこくりと頷く。


「じゃあ行きましょう。東宮様。...またね。真菊。また近々帰るわ。」


 真桜の言葉に満面の笑みを浮かべる真菊だった。


「そうだ。真菊。今度、後宮に遊びにおいで。母上が真菊に会いたがっていた。会ってやってくれ。」


 東宮の言葉に真菊は強張った笑みを浮かべる。


「もちろんです。中宮様によろしくお伝えくださいませ。」


 真菊の返答に東宮は機嫌良さそうに頷く。そして、真桜と東宮の2人は先に行くと言って真菊と巳弦をその場に残す。


「巳弦さんもいってらっしゃい。」


 真菊はにっこりと言う。巳弦はため息をつく。


「話は終わったわけじゃないからね。真菊。」

「はい?」


 真菊はきょとんと聞き返す。巳弦はにっこりと微笑む。巳弦は再び真菊にキスをしようとするが真菊は手で止めた。巳弦が呆れたように見る。


「ちょっと。今から仕事に行く許婚にこれはないんじゃないのか?いってらっしゃいのキスぐらいさせてくれもいいだろう。」

「ぜぇーったいやですよ!恥ずかしい。もし誰かに見られたらどうするんですか。」


 真菊はそう言って必死に抵抗する。


「真菊は照れ屋さんだなあ。大丈夫。誰も見てないよ。」

「いい加減外国かぶれも大概にしてくださいよ。私は絶対やですからね。」


 真菊の抵抗に巳弦は笑みを浮かべる。そして真菊から離れた。


「わかったよ。真菊は人が見てるかもしれないからしたくないと。なら今度僕の部屋で2人っきりでしようか。本当に照れ屋さんなんだから。」


 巳弦はそう言って真菊を抱きしめる。真菊は口をぱくぱくさせて動揺している。


「離して。」

「だーめ。今充電中なんだから。本当に君は鈍いよね。僕が今でも君のことを親の決めた許嫁としか見てないって思ってるんだろ。」


 巳弦は真菊を抱きしめたままで言う。真菊は巳弦を見上げる。


「巳弦さんは違うんですか?私と貴方は親の決めた婚約者でしょう。」

「まあ、君がそう思いたいのならそれでもいいよ。今はまだね。さ、真っ直ぐ家に帰るんだよ。僕は送ってあげられないからね。」


 そう言う巳弦の顔を真菊は直視できなかった。巳弦はとても穏やかな表情を浮かべていたから。気づきたくないことに気づいてしまいそうだから。







「さ、東宮様。護衛させていただきます。」


 巳弦はいつもの真面目な表情で言う。東宮は呆れたように巳弦を見る。


「愛しの許嫁殿といる時と随分違う態度だな。」

「当たり前です。」

「なあ、巳弦。まだ彼女を本当の意味で落とせてないとは思わなかったぞ。」


 東宮はにやにやしながら言う。


「彼女、鈍いんですよね。私がどれだけ愛を示しても気づいてくれないし。まあそこも可愛いからいいんですけど。」


 巳弦は微笑みながら言う。東宮は従妹殿も可哀想に。こんな面倒な男に執着されるなんて。と思ったが何も言わないことにしたのだった。








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