アルクス探し
ソフィアは団長であるアルクスのことが何一つ分からない。アルクスを初めて見たのは5年前だった。後に第1バライム戦役と呼ばれる戦いに勝利したアリア皇国は特に武功を挙げた者達12人に神将と呼ばれる称号を与えた。その時に勝利の報告を兼ねて、騎士達が馬に乗り、町を通り抜け、城の中に来た。城に入ってきた12人の中で1人だけ自分より少し年上の少年が混じっていた。その少年は13歳という若さで騎士として戦争で活躍した。少年が通りすぎるところを見て、ソフィアは憧れた。こんな歳でこんなことが出来るんだと。自分もああいう風になりたいと。それから必死に勉強して学園に通い、やっとのことでその少年が団長をやっている灰炎騎士団に入ったが、現実は違った。まるで別人かと思った。最初の頃は憧れを抱いていたが、副団長の職を貰ってからはその心が無くなり掛けている。私は人違いをしてしまったのではないかと。だが、長い年月を掛けて少年が誰なのかを調べ、何処の騎士団に所属しているのかを調べたため間違いはなかった。そのためか、信じられなかった。あの格好良かった少年がこんな堕落した団長だったとは。団長は戦闘訓練になると別人のような動きをする。圧倒的なまでの差がどの騎士と戦っていても見受けられる。才能とか、天才とかいう言葉では表すことの出来ないくらいの強さを団長は持っている。あの人を正常にすることが私の使命だと思うことがあるソフィアだが、団長であるアルクスを元に戻すことは叶っていない。
「団長、何処に行ったのよ。まだ、仕事がたくさん残ってるのに。逃げられたら、仕事が明日に残ってしまう。もう、なんであの人はあんなにもめんどくさがり屋なのか。」
ソフィアの独り言はしょうがないことだ。アルクスが堕落したのは灰炎騎士団の団長になってからだそうだ。そのため、どうしてそうなったのか誰も知らない。改善することが出来ないのだ。皆が改善させようと努力したが変わる気配は全くない。正直、努力した意味がない。団長であるアルクスは天才だとソフィアは思う。学園で最強とか、学園で天才とか言われた人達とは違う。軍師としても、1人の騎士としても、天武の才があると思う。凡人の努力だけではどうしようもない果てしない差がアルクスと他の騎士にはあると思う。勿論、ソフィア自身も含めて。団長に追い付きたいと思ったことはあるが、それが叶うことがないことはソフィア自身が知っていることだ。努力しても埋められない差がこの世にはある。それを経験や年数、他の特技で補おうとしても、無駄なほどの差がある。
ソフィアは勇者の部屋の前に居た。少し、入りにくいなと思いながら、ドアをノックする。ノックした部屋は大森の部屋だ。彼なら、見たかもしれないと思い聞きに来たのだ。
「ごめん。アルクスは見てない。どうしたんだ?」
「いえ、団長が仕事から逃げたので捕まえるために探しているのですが、中々見つからなくて。」
「そういうことか。俺は此処に来て、すぐ、だから分からないけど。案外、分かりやすいところにいるかもしれないぞ。」
「助言、ありがとうございます。それでは。」
ソフィアは溜め息を吐いた。今まで、アルクスが逃げることは良くあった。だが、毎回毎回探すのは骨が折れる。正直に言ってしまえば、めんどくさい。だが、仕事をして貰わないといけないので探すしかない。今、一番手掛かりになると思われる人物はもう1人の副団長のジンだ。だが、ソフィアはジンに中々出会うことが出来ない。騎士達に居場所を聞くが会うことが出来ない。両方を探すのにここまで苦労しなければいけないのか。
「この城は広いから余計に探すのが大変よ。団長は居ないし、ジンさんも居ないし。何処に行ったのよ。」
「あ、ソフィアさん。騎士達が話してたのを聞いて教えに来たんですが、副団長なら先程、団長の部屋から出てきましたよ。」
「そ、そう。ありがとう。これで分かったわ。」
ソフィアは歩くスピードを早める。行き先は1つ。副団長であるジンがアルクスの部屋を出た後に行く場所は1つしかないことは前から知っていた。はぁ…ここまで歩く必要がなかったとソフィアは溜め息を吐く。2人がマイペースな性格だということは分かっていた。だからこそ、こんなめんどいことをした自分を悔やむ。今更何を言っても仕方がないことではあるが。
「ジンさん、入ります。」
「どうぞ。ソフィア、いったいどうしたんですか?」
「団長がまた、部屋から脱走して何処かに行ってしまったようなんですよ。何処にいるか心当たりはありませんか?」
「1つだけ、心当たりはありますが、今日、此処にいるかは分かりませんよ。」
「良いです。教えてください。」
「庭の所に大きな木がありますよね。そこの下にもしかしたら、いるかもしれません。」
「彼処ですか。分かりました。行ってみます。」
ソフィアはジンに教えてもらった木に向かう。ソフィアが向かう木はこの城が作られる前からあったそうだ。城を作る前にそれを見たアルクスがこいつは残しておけと言ったらしい。そのため、この木は残っている。アルクスはこの木を何かしらに使うみたいだが。更にこの木は団長室の窓から見える近くにあるため、アルクス自身も使いやすいのだろう。
ジンの話に寄れば、アルクスは木の下で剣を持って素振りをしているだろうと言っていた。出来るだけ、あっちが気付くまで声を掛けない方が良いとも言っていた。アルクスが人前で訓練をすることを好まないのはソフィアも何となく感ずいていた。だからって、仕事をサボってまでやらなくてもとソフィアは思う。努力は大事だろう。だが、それを仕事を疎かにしてまでやるのはおかしいと思う。
「さて、団長は何処にいるのかしら。この辺、木が多いから分かりづらいのよね。とにかく、ゴタゴタ言ってないで探さないと。」
この場所は木が多い。先程言っていた木を取り巻くように他の木が立ち並んでいる。中に入って探すのは凄く苦労するだろうということは目に見えている。木を切り倒したいところだが、アルクスに怒られるのでソフィアは止める。
「もう、木が多すぎ。歩きにくいし。あ、見つけた。」
ソフィアが見たところに居たのまるで別人のようなアルクスだった。いつもの堕落した表情や戦闘訓練でたまに見せる真剣な表情とは違う。誰だろうとソフィアは思う。人が違う。同一人物とは思えない。何故、これを仕事の時に動いてくれないのだろうかとソフィアは溜め息を吐く。
アルクスはソフィアがいることに気付くこともなく黙々と剣を振る。しなやかで繊細で綺麗な所に力強さが加わりより素晴らしい剣捌き。文句の付け所がない。完璧だ。敵を想定した素振りなのだろうと予想は出来る。1対1の戦いのようだ。暗闇を相手に剣を振る。
「ふぅ…疲れた。久しぶりの感触だが、やっぱり、しっくり来るな。流石、俺の相棒。」
アルクスの持つ剣は魔剣だ。選ばれた者しか扱うことが出来ない使い手の少ないと言われている魔剣。それを2本も持っているアルクスは凄い。ソフィアも驚きを隠せないようで口を開けたままになっている。魔剣を2本も扱える人間は聞いたことがない。相変わらず、凄いなとソフィアはアルクスに感心する。
「ん?そこにいるのは誰だ?」
「は、はい。私です、団長。ソフィアです。」
「ソフィアか。どうした?何か用か?」
「えっ!あ、はい。団長、仕事に戻りますよ。素振りをしている時間はないんですから。早くしてください。」
「ちょっ、待てよ。俺はまだ、剣を振るぞ。もう少し、感触を確かめたいからな。」
「何を子供みたいなことを言っているんですか。行きますよ。貴方はこの騎士団の団長なんですから仕事をしてください。」
「やだな。めんどくさい。仕事するぐらいなら素振りをしていた方がマシだ。」
アルクスは子供の様に駄々をこねる。ソフィアはそれを見て、呆れて物も言えなくなる。アルクスの訓練に対する意気込みは凄い。ソフィアはその辺は凄いと認め、尊敬している。だが、他のところで堕落したりしているせいで中々尊敬することは出来ない。だが、ソフィアは知らない。いや、知ることも出来ない。だが、いずれ知ることになる。アルクスの本気とキレた時の強さを。人間とは思えない動き、力、早さ、身体等々を。だが、それは後の話。今はアルクスの仕事を見るのが先だ。今から大変なことになる。ソフィアは騎士団で一番の苦労人だった。