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二章(1)

 

  二の詞  新たに出会う者たち 


 しらじらと夜が明けかかっている空の下、銀星は広い畑の中にいた。

 「え? こ、ここは? どこ? お父さん? え?」

 パニック状態におちいって、畑の中を右往左往する銀星。すると突然、背後から声をかけられた。

 「誰だ! そこで何をしている」

 驚いて振り返ると、髪に白いものが混じっているが、筋骨逞しい男が棒を持って立っていた。

 「ここはおれたちの畑だ。無断で立ち入るとはどういうつもりだ? 盗みを働こうと言うのなら、ただではすまさんぞ」

 「あ、あの、違います」

 「ん?」

 「実は」

 「飛竜ひりゅう、何を騒いでいるの?」

 銀星が説明しようと口を開きかけたとき、男のとなりに建っている家から一人の女性が出てきた。女性は、銀星に負けない、綺麗な黒色の髪をしていた。

 「愛藍あいらん

 「まだ夜も明けないうちから、うるさくしないで」

 「失礼なことを言うなよ。その子どもが畑の中にいたから、何の用だと思ってだな……いてっ!」

 「よく見なさいよ。この子は〈暁の者〉でしょ」

 銀星の顔を見た愛藍と言う女性は、飛竜と呼んだ男の足の甲を踏んで言った。飛竜は涙目になりながら、目を白黒させた。

 「その子どもが〈暁の者〉? 本当にか?」

 「前言ったこと、もう忘れたの? 銀の瞳をした女の子がそうだって。言ってから一週間も経ってないわよ。年とって記憶力衰えた?」

 「そ、そんなことはねえ。ちゃんと覚えてるさ。ただ、少し暗くてよく見えなかったんだよ」

 「本当かどうか」

 「本当だっての」

 「あ、あの、お取り込み中すいませんけど」

 言い合いを続ける二人に、銀星が声をかける。

 「えっと、どうしてお二人は私を知っているんですか。それと、ここは? さっき私のことを〈暁の者〉だって言ってましたけど、どういうことです?」

 次々に疑問が浮かんでくる。

 「ああ。ごめんなさい。でも、ちょっと込み入った話になるから、中に入ってくれるとありがたいんだけど」

 そう言うと愛藍は家の戸を開けて銀星のほうを見る。

 (悪い人には見えない……どちらにせよ、入らなければこのあとどうしようもないか)

 一瞬迷ったが、銀星はうなずいて家の中に入った。

 「おじゃまします」


 「はい。清緑郷せいりょくごう自慢のお茶よ」

 「あ、ありがとうございます」

 愛藍の家はことさら豪華な装飾品などがあるわけではなかったが、明るく、柔らかい光に満ちて温かい雰囲気だった。

 (お母さんたちが死ぬ前の家みたい……)

 「さて、何から話したらいいかな」

 愛藍はお茶を一口飲むと口を開いた。

 「あの、一つ聞いてもいいですか?」

 「ん?」

 「あなたは何者ですか。さっきの男の人が愛藍って呼んでましたけど」

 「あら、花蓮から私たちの名前を聞いたことがない?」

 「え?」

 銀星は首を傾げた。なぜ、ここで亡くなった母の名前が出て来るのか。

 「あらら。彼女、私たちのこと何にも言ってないの。ん〜、そうね。花蓮とは少し年が離れているんだけど、友達って感じよ」

 「そうなんですか、知りませんでした。えっと、それで、私が〈暁の者〉って、どういうことですか?」

 「その前にひとつ。貴女に確認しときたいのだけど」

 「なんですか?」

 「張敬があなたをここに送ってきたってことは、彼は……」

 皆まで言わなかったが、愛藍のその顔から、言いたいことは分かった。銀星は、花蓮が死んだ時からのことを包み隠さず話した。


 「そう……。花蓮たちのことは訃報を受け取っていたけれど……」

 話しているうちに、家族を失った悲しみを思い出したのか、嗚咽を漏らしながら泣いている銀星の頭を愛藍は優しく撫でた。

 少し経って、銀星も落ち着いたのか、目元を拭って小さく「ごめんなさい。いきなり泣いたりなんてして」と謝った。

 「気にしないで。泣きたい時には泣けばいいのよ」

 そう言って愛藍は優しく微笑んだ後、空咳をひとつした。

 「コホン。それじゃ、話を戻してもいいかしら。事は急を要するの」

 「あ、はい。構いません。それで、わ、私が〈暁の者〉っていうのはどういう……」

 「どういうも何も、あなたは伝説によく出て来る〈暁の者〉の化身。この世界に不幸がはびこり始めたら対の〈黄昏の者〉の化身と共に神樹の下で祝詞を詠う」

 銀星はかなり困惑した表情をする。

 「その話は知っていますが、いきなりそんなことを言われても……。それに、不幸なんてどこにも溢れてないじゃないですか」

 「それはちがうわ。もうずっと作物の実りがよくないらしいの。主に西大陸のほうでね。東陽は豊かだから、まだ影響は出てなかったかもしれないけど、兆候はあったはずよ。心当たりは全くない?」

 愛藍の紫色の瞳は、どこまでも見透かしてきそうで少し銀星は恐いと思った。が、その目を見つめ返しているうちに心が落ち着き、二ヶ月ほど前から家族が言っていたことを思い出した。


 「青海港に住んでる友達からだわ」

 明蘭がある日届いた手紙を見て言う。

 「青海港から? なんて書いてあるの?」

 「魚の漁獲量が例年に比べて極端に少ないんだって。今までもよくなかったらしいけど、今年は特にひどいらしいわ」

 「ああ。それでか。どうりで魚の値段が高いわけだぜ」

 秀礼が、かごに山と積まれた野菜——あまり色つやがいいとは言えない——を厨房へ運びながら言う。少峰がその中から一つ手に取って言った。

 「実りがよくないのは海だけじゃないよ。ほら、うちの野菜もひどい」

 「まあなー。かといって、まったく採れないってわけじゃねえし」

 「世話の仕方を考え直した方がいいかもしれないな……」


 (あれが兆候なのかな。たいして、何も思わなかったけど……)

 「その顔を見ると、心当たりはあるようね」

 愛藍が静かに聞いた。銀星は小さく頷いて答えた。

 「はい。それらしいことなら」

 「西大陸のほうはもっとひどいらしいわ。一日に何十、何百人という人が死んでいるし、贅沢できる貴族とか国王とかって呼ばれる人だって、飢えを感じているそうよ」

 「そんなにも」

 「ええ。わずかな食料を巡って争いが起きたり、ひどいところでは死んだ人間を調理して食べたりしているところもあるそうよ」

 「!」

 想像して、顔色が悪くなる銀星。

 「そして、そんな悲惨な状況を打開できるのは〈暁の者〉と〈黄昏の者〉の化身だけで、私がその〈暁の者〉の化身だと言うんですか?」

 「ええ。信じられないのも無理はないけど、事実よ」

 「どうしてわかるんです?」

 「一般的には語られたり語られなかったりしているんだけど、伝説のその二人には、体のどこかに紋があるの」

 「紋?」

 「ええ。〈暁の者〉の化身には塗りつぶされていない白い太陽。〈黄昏の者〉の化身には中が赤く塗りつぶされている赤い太陽の紋があるの。あなたは首にその紋がある」

 思わず首に手をやる。確かに、銀星の首元には太陽のような形をした痣があるが、それは家族しか知らないはずだった。もっともそれが、伝説の〈暁の者〉の化身である証とは知らなかったが。

 「どうして……?」

 いぶかしむような目で愛藍を見る。愛藍はにっこり笑って答えた。

 「どうして知っているかって? 実は、花蓮からの手紙に——あなたが生まれたっていう知らせの手紙の中に書いてあったのよ」

 「あ、そうだったんですか」

 「すごく驚いたわ。どうして花蓮の子二人が伝説の二人なのかってね」

 「え、二人?」

 思わず素っ頓狂な声を上げる。

 「二人って、それじゃあ、私の家族の中にもう一人の、〈黄昏の者〉の化身もいたんですか?」

 「いた、んじゃなくている、のよ。〈黄昏の者〉の化身はあなたのお姉さんよ。……そう、花蓮や張敬を殺した、あの女」

 「……うそ」

 しばらく絶句したあと、ようやく出た言葉だった。

 「だって、だってあの人は家族を殺したのに!」

 「殺した理由までは分からないわ。でも、私のカンではあの子は利用されてるだけだと思うの」

 「利用? 誰に? 何の目的で?」

 勢い込んで聞く銀星を見て、静かに首を横に振る。

 「誰に、かは分からないけど、目的のほうはだいたいの予想がつくわ。〈黄昏の者〉の化身は人々の滅びの願いを叶える力を持つ者よ。うまく彼女の心をつかんでいたら、競争相手とか、戦争の敵国とか、それこそ世界だって滅ぼせるでしょうね」

 「そん、な」

 泣きそうな顔をする銀星。そんな彼女を愛藍はしっかりと見つめてゆっくり言った。

 「私が頼むのはおかしいかもしれないけど、彼女を助けてあげてくれない?」

 「え?」

 「彼女が利用されているだけなら、目を覚まさせてあげないと。本当にこの世界を滅ぼすかもしれない。彼女ならやりかねないわ。自分の境遇を考えたらね」

 「でも……」

 「花蓮は彼女を売ったことを、張敬が売り飛ばすことを止められなかったと、後悔していたわ。探していたけれど、見つけられなかった。助けたかったのにってね。ずっと」

 「……」

 「彼女を助けるために、あなたには西大陸へ行って欲しいの。花蓮ができなかったことをあなたが代わりに、とは言いたくないんだけどね。できるなら自分の気持ちで」「お姉ちゃんは家族を、多くの人を殺した。私が知ってる人も、知らない人も、たくさん」

 愛藍の言葉を遮るように言う。うつむいて、握った手は震えていた。

 「でも、お姉ちゃんの目は、悲しんでいた。私にはそう見えた。本当は私やお姉ちゃん、お兄ちゃんみたいにお父さんとお母さんに愛して欲しかったんだと思う。でも、そうされなかった。だから、私たちを憎んで……」

 「……」

 愛藍はなにも言わず、黙って聞いていた。銀星は目をつむり、しばらく黙っていた。そして、少しかすれた声だったがはっきりと言った。

 「私、お姉ちゃんを助けたいです。どうやったらお姉ちゃんが私の話を聞いてくれるか分からないけど、やるだけやってみます。お姉ちゃんにだって心はあるんだから、きっと通じます。姉妹ですし」

 最後は笑顔だった。ほっと息をついて、愛藍も笑みを浮かべた。

 「ありがとう。それじゃ西大陸について、知識を入れなきゃね」

 「はい。……あ、でも、どうして西大陸に?」

 「正確には、西大陸の中央にそびえ立つ世界で一番高い山、帝呀山ていがざんね。……向こうに住んでいる友達から言われたのよ。帝呀山を中心に円を描くようにして飢饉等の被害が広がっているように見える。あくまで推測の域を出てないけど、ここが一番怪しいってね。正直、何も手がかりがない状態だから、その言葉を信じるしかないのよ」

 目を伏せて申し訳なさそうに頭を下げる。

 「ごめんなさいね。あんなにはっきり『西大陸に行ってほしい』って言ったのに、実際はこんな状態で」

 「いえ、そんな。気にしないでください。手がかりがあるだけでもありがたいです」

 「ありがとう。あなたの旅には私の娘も同行させるわ。何でも言いつけてくれてけっこうよ」

 「えっ。いや、そんなことは……えっと」

 銀星が言いよどんでいると、飛竜が調理場から顔を出して聞いてきた。

 「愛藍。飯ができたんだが、食うか?」

 「ええ。こっちに持ってきてくれる」

 銀星が口を開く前に、彼女のお腹が鳴った。瞬時に銀星の頬が赤く染まる。思えば、昨日の夕飯もまともに食べていなかったような気がする。愛藍は苦笑して言った。

 「春風の料理には劣るかもしれないけど、飛竜のも結構いけるわよ。話はご飯のあとでもいいし」

 「すいません……」

 体を小さくしながら、消え入りそうな声で言った。



 「ごちそうさまでした」

 「どうだった?」

 「とてもおいしかったです。ありがとうございました」

 銀星が笑顔で礼を言ったとき、少し小柄な少女が寝着のまま部屋に駆け込んできた。

 「ちょっと、もうとっくに日昇ってるじゃん、お母さん! なんで起こしてくれなかったの⁉」

 「こら! 何なの、その格好。ちゃんと着替えてきなさい。それに、お客さんが来てるんだから静かにしなさい」

 「そんなの関係ないよ! ほんと、なんで起こしてくれなかったの? 今日やったら完成したのに〜!」

 「関係なくないでしょ! それに起こしても起きなかったのはあなたじゃない。ほら、早く着替えてきなさい!」

 愛藍に部屋を追い出された少女は、まだぶつぶつと言っていたが、ばたばたと廊下を駆け戻っていった。

 「まったく。なんであんな落ち着きのない子に育ったのかしら」

 「あの子が私についてきてくれるという、娘さんですか?」

 「ええ。結芳ゆいほうって言うんだけどね、今年十四になるのにまったく落ち着きがないわ。占術の才能はあるのに」

 「元気があっていいですね。ところで、『今日やったら完成したのに』って……?」

 「七日間、太陽が昇る時に願いを三回唱えるとそれが叶うっていうまじないに挑戦してたの。でも、自分で起きるのなんて一回か二回よ。自分が寝坊したくせに怒るなんてね」

 ため息混じりに言う愛藍。しかし銀星は、さっきのやり取りにいなくなった家族を重ね、心が少し痛んだ。

 「おふくろ、腹減った。飯は?」

 今度は若い長身の男があくびをしながら部屋に入ってきた。こちらも寝着姿だった。

 「れん! あんたもまたそんな格好。まずは着替えてきなさい。朝ご飯はそれからよ」

 「べつにいいじゃ……ってぇ‼」

 「もう一度聞くけどお母さん! なんで起こしてくれなかったの?」

 錬を突き飛ばすようにして結芳が部屋に入ってきた。錬は体勢を立て直すと結芳を見下ろし、逆に結芳は手を腰に当てて錬を見上げて答えた。

 「痛えだろうが、結芳。いきなり何しやがる!」

 「兄さんが私の邪魔をしていたんじゃない! そのでかい図体で戸の前に立たないでよね!」

 「お前がちびっこいだけだろうが! 第一、一言「どいて」って言えばいいだけの話じゃねえか」

 「私はお母さんに急いで聞きたいことがあったんだから、そんなこと言うより押しのけたほうが早かったのよ!」

 「そんな急ぐものでもないだろ。どうせお前の変な趣味のことだろうが」

 「変な趣味? そんなこと言ったら兄さんのほうが変な趣味じゃない。毎日毎日、飽きもせずにへたくそな粘土細工作って!」

 「粘土細工だと? おめえには芸術的感覚ってぇものがねえのか!」

 「芸術! あれが? あんなもの、粘土細工で十分よ」

 「まだ言うか、てめえ! お前のお香だって、おれに言わせりゃよくわかんねえ代物だぜ!」

 「『代物』、なんて安物みたいに言わないでよ!」

 「それで十分。むしろそう言ってもらえるだけありがたいかもな」

 「何ですってぇ⁉」

 「いいかげんにしなさい‼」

 終わりの見えない兄妹喧嘩に、愛藍がついに声を張り上げて叱った。

 「あなたたち、いったい何歳なのよ! いつまでたっても子どもねえ。ほら、隣の部屋に朝ご飯が置いてあるから、今度はけんかしないように静かに食べなさい! 錬はその前に着替えてくること! 分かった?」

 二人はむすっとした顔のまま、フンとお互いそっぽを向くと結芳は隣の部屋へ、錬は廊下を戻っていった。

 「ごめんなさいね、騒々しくて。というよりも、かなり恥ずかしいわ。ほんとなんであんな乱暴で落ち着きのない子たちに育ったのかしら」

 深いため息をついて、椅子に座り直すと銀星に聞いた。

 「ええっと。ご飯のあとに、何をあなたに言わなきゃならないんだったけ?」

 「西大陸について、です」

 「ああ、そうだったわ。年を取ると、ほんと忘れっぽくなっちゃって。嫌ね、まったく」

 愛藍はぶつぶつ言いながら壁の棚から、三枚の紙を持ってきて机の上に広げた。一枚はこの世界の地図で、両大陸の主立った国や街、山脈などの名前が書かれてあった。他の二枚は東大陸と西大陸の詳細な地図だった。

 「西大陸には、大小あわせて百五十余りの国があったの。けれど、今ではそのほとんどが、国として機能していないらしいわ」

 西大陸の地図を机の上に広げて、愛藍が言う。銀星も少し身を乗り出して地図を眺めた。愛藍は、一つの国を指で指し示した。

 「一番ひどいのはここ、エンヌ国ね。ここは西大陸の中央、帝呀山のふもとに広がる国で、西大陸でも結構珍しい、女王制の国だったの。前に一度行ったことがあるんだけど、治安もいいし、国民の誰も飢えを知らないような国だったわ。でも、今では昔で言うところの『天地に生きるものなし』。人間、動物、植物問わず何もいない、荒野らしいわ。噂程度だけれど」

 「そんなに……」

 「その他の国も似たようなものね。食べるものがあるところはあるらしいけれど、少ないからそれを巡って争うのが、日に日にひどくなっているらしいとか。西大陸のほとんどが無法地帯だと言っても過言じゃないわね」

 深いため息をつく愛藍。銀星は目を伏せて考えた。こんなことになっているなんて微塵も思わずに、ただのんきに過ごしていた自分が腹立たしくて、恥ずかしかった。

 (でも、そんなことを今更言ってもしょうがない。これから何をするかよね。私にそんなひどい有様を止める力があるのだとすれば、お姉ちゃんを説得して〈暁の者〉の化身としての使命をちゃんと果たすことができれば……。ううん、しなきゃいけない)

 「危険なところだから術がね、やっぱり必要になってくると思うの。攻撃、使役魔、物質召還。大、中、小。どれをとってもね」

 術。別空間に存在するモノや使役魔が『契約』することで使用可能になる。全部で四つに分類され、さらに難易度や強力さから三つの段階に分けられる。

 攻撃系術、使役魔召還術は武器やアクセサリーなどに宿らせて使用する。宿るものは、向こうから与えられる場合もあれば、ひとつの武器に様々な攻撃系術を契約している場合もある。これらは呪文の全てを言わなくても、ある程度の経験を積めば、名を呼ぶだけで発動、召還することが出来る。

 物質召還術は特定の呪文を唱えるだけで、手元に呼び出せる。他の三つに分類できないモノがここに、分類されているふしがある。

 空間転移術はその別空間を通して他の場所に移動すること。ただし、取扱注意の上に、習得が難しいとされている。

 「……あの、攻撃系術は高等校からですが、私は中等校までしか行ってないんです。それに、使役魔系術は専攻していなかったので、その……契約していません」

 少し合間をあけて銀星は小さい声で告げた。愛藍は少し目を見開くと、髪をかきあげて言った。

 「う〜ん。使役魔はともかく、攻撃系術がないのはちょっと痛いわね。どうして高等校に行かなかったの?」

 「生きている物を殺すのは嫌ですし、私は春風で一生過ごしていくつもりだったからです。それに攻撃系術は必要ないですから。物質召還も必修会得術ぐらいです、契約したのは」

 「そう。でも、お姉さんを助けると言った以上は、そんなこと言ってられないということを分かって。かなり危険を伴うものよ」

 「はい。……でも、私はお姉ちゃんを殺したくありません。お姉ちゃんは私を殺そうとしているのだから、こんな考えは甘いって分かっています。でも、殺したくないんです。お姉ちゃんに限らず、他の人や生き物でも。攻撃系術のほとんどは小の位であっても当たりどころが悪ければ、死んでしまうようなものだと聞いています。だから……」

 「だから、攻撃系術とは契約したくないの?」

 愛藍が少し困ったように眉をひそめながら聞いた。銀星は顔を下に向けたまま、小さくうなずいた。それを見て、愛藍はひそかにため息をついた。他人や他の生き物を殺したくないと言い続ける姿は、むかしの花蓮によく似ていた。ただ、彼女の場合はすでにある攻撃系術と契約をしていた。だから、なおさら理解できなかったのだが。

 (まったく、困るわね。この甘いというか、優しすぎる性格は)

 「銀星。決して何者も殺さない攻撃系術があるって言ったら、それと契約する?」

 「え?」

 銀星が弾かれたように顔をあげる。愛藍は椅子から立ち上がりながら続けた。

 「もちろん、怪我はさせるわよ? 攻撃系術に分類されているぐらいだから。でも、他の攻撃系術なら致命傷になりそうな傷でも、それだったなら決して死なない。万が一、狙いがそれちゃっても、それなら安心でしょ?」

 「そんな攻撃系術があるんですか?」

 銀星が愛藍のあとを追いながら問いかける。愛藍は玄関の戸を開け、前を見たまま答えた。

 「ええ。昔、花蓮が契約していた唯一の攻撃系術よ」

 「お母さんが……?」

 花蓮が昔から使っていたのは物質召還だけで、攻撃系術と契約しているのかと秀礼が聞いた時も笑ってそんな危険なものとは契約してないわ、と答えていたのに。

 「術名は蒼穹。嘘偽りのない、強い気持ちが必要らしいから、そこは覚悟しておいて」

 「は、はい」


 歩くこと数分。二人は、小高い丘の上にいた。

 「天気よし。綺麗な青空ね」

 愛藍が地面に陣を描き終え、上を見上げて言った。銀星もつられて上を見る。雲一つない快晴の空に、太陽が輝いていた。

 「あの、どうして外に? 術の契約は屋内でもできるはずじゃ。それとも、攻撃系術は外じゃないといけないんですか?」

 「うーん、惜しい。攻撃系術じゃなくて、この蒼穹だけね、私が知っているのでは。他は特に規定はなかったはずよ」

 「どうしてですか?」

 「少し特別らしいの。位は中なんだけどね、蒼穹との契約には青空が絶対必要なんだって。やり方は花蓮から教えてもらってるから、大丈夫だと思うけど」

 「そうなんですか」

 「詞はここに来るとき言った通りよ。それじゃあ、やってみましょうか」

 「あ、はい」

 契約する時には、まず地面や床に陣を描く。これは、契約する術の種類によって異なる。そしてその陣の真ん中に立って決められた詞を言う。こちらは契約するものによって違うので、文字通り無数にある。

 銀星は陣の真ん中に立ち、一つ深呼吸をすると、先ほど愛藍から聞いた詞を言った。

 「この世に在りて在らぬ者に願う。我が契約を望むのは美しき天の神を映した槍」

 言い終わった瞬間に、陣から空色の炎が立ち昇った。銀星は思わず小さい悲鳴を上げた。その時、優しく包み込むような声が聴こえた。

 「何故、貴女は私との契約を望むのですか」

 「え?」

 銀星は驚いて声をあげた。炎が立ち昇っただけでも驚いたが、物質召還と契約する時は、こんな声は聴こえなかったのでさらに驚いた。ただ、自分の名を言って代償である自分の髪の毛を足下に落とすだけだったはずだ。攻撃系術はすべてこうなのだろうか。

 「何故?」

 声は答えを催促してくる。銀星は呼吸を整えるとはっきり答えた。

 「私の姉を助けるためです」

 一拍を置いて続けた。

 「私の姉は今、たくさん人を殺しています。私の家族、姉にとっても家族である人をも殺しました。でも、それは姉自身が望んでいることではないと私は思っています。そう信じたいんです。私は姉を殺して止めたいとは望んでいません。けれど、姉は私を殺す気でいます。だから、決して殺すことのない攻撃系術のあなたと契約したいんです」

 銀星の答えが契約するのに値しているかを考えているのか、わずかの間があり、もう一度声が聴こえた。

 「貴女の契約の名は?」

 「銀星です」

 すると、炎がその手首に巻き付いた。またもや銀星は小さく悲鳴を上げた。炎はしばらくそこで渦巻いていたが、次第に形を持ち始めた。銀星が陣の外に出てきた時、彼女の手首には今日の空のような色をした腕輪があった。

 「これで詞を唱えればいいんですよね?」

 「多分ね。試しにやってみたら?」

 愛藍が足下を指差す。丘の下には川が流れていて、術の試し撃ちをしても被害は最小限ですみそうだったが、銀星は小さく頭を振って答えた。

 「やめておきます。やっぱり少し恐いので……」

 「ま、それはそうよね。それじゃあ、今日はゆっくり休んで。寝たいのなら、結芳の部屋を貸すわ。ちょっと散らかっているかもしれないけれど」

 「ありがとうございます」

 銀星は目を擦り、少しだけ頬を赤くして、家に戻る愛藍のあとを追った。

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