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一章(2)

 この日の朝も、春風の入り口には行灯がかからなかった。明蘭が殺されて以降、東陽を治める街長の配下にある警団が、厳重な警戒をしていたはずだった。しかし、それにも関わらず犠牲者は出続け、その魔手は再び銀星から家族を奪った。

 持って行き場のない怒りに震える一方で、家族を奪われた悲しみに再び突き落とされた二人は、もう立ち上がる気力をほとんどなくしていた。

 (どうして? どうしてみんな殺されるの? もう、嫌! どうしたらいいの、お母さん……お姉ちゃん、お兄ちゃん……)

 銀星は、前ほどには泣かなかった。しかし前以上に疲れていた。大好きだった母と姉をほぼいっぺんに失い、その悲しみからどうにか立ち上がりかけたところを再び、兄たちの死という形で深い穴に突き落とされた。それは彼女の心に重くのしかかっていた。

 その時、裏の勝手口のほうから声がかけられた。

 「すいませーん。どなたかいらっしゃいませんか?」

 「はい」

 弱々しい声で返事をして、銀星は少しふらつきながら外に出る。立っていたのは、この街では見かけない若者だった。若者は銀星の容姿を見て少し顔を赤くしながら、手紙のようなものを差し出した。

 「き、今日の昼間、これをここの料亭を営む人に渡してくれって頼まれたんです」

 「ありがとうございます。……どんな人でしたか?」

 「えっとですね。黒い布で顔を隠した、ちょっと恐い感じがする女性でした。断ろうかと思ったんですが、まあどうせこの街に用がある身だったんで」 

 「そうですか」

 「え、えっと、それじゃあ、自分はこれで」

 「あ、はい」

 若者はそそくさと去っていった。少しどころではなく、耳まで顔を赤くして去っていったところを見ると、どうも銀星の顔を見るのが気恥ずかしくなったからのようだった。

 「黒い布で顔を隠した……」

 それを聞いて真っ先に銀星の頭に浮かんだのは、花蓮の葬式で自分に憎悪のこもった視線を向けた人物。声を聞いていないので女かどうかまでは、銀星には分からなかった。

 「銀星。どうしたんだ?」

 「お父さん」

 家の中から張敬が呼びかける。銀星は手紙を差し出しながら言った。

 「これ、いま持って来てくれた手紙」

 「誰が持ってきたんだ?」

 「え? 知らない人。道中で頼まれたみたい」

 「そうか」

 そう言って手紙を広げる。張敬の顔色がだんだん変わるのが銀星にはよく分かった。それを読み終えた張敬は、しばらく黙って何かを考えているようだった。

 「お父さん? それ誰からの、何の手紙だったの?」 

 「あ、いや。昔の友人からだよ。今度待望の第一子が生まれるそうだ。複雑な気分になるが、まあ十分に祝ってやろうか」

 (慌てて、焦って答えるってことは、ウソ。そもそも、その顔色じゃ悪いこととしか思えないよ、お父さん)

 


 その日の夜、銀星はなかなか寝付けなかった。

 (あの手紙についてお父さんはウソをついた。何か、私に聞かせたくない内容だったのかな……)

 すると、銀星を起こさないように気を使っているのか、静かに張敬の寝室の戸が開く音がした。そろそろと階段を降りていく音もする。急に不安になった銀星は、音を立てないように気をつけて急いで着替えた。そして花蓮の形見でもある緑玉の首飾りを首につけると、張敬のあとを追って家を出た。張敬は考え込んでいるようで、一度も後ろを振り返らなかった。

 「一人か。手紙には娘も連れて来いと書いておいたはずだが」

 突然、女の声が聞こえた。張敬は驚いて歩みを止める。木の下から黒い布を巻いた女が現れた。

 「娘を危険な目に遭わせたくはなかったので。それよりこれはどういうことでしょう? 私には、あなたのような人に呼び出される理由が分からないのですが」

 「分からない、か。それは都合のいい頭だな。だが、この顔には見覚えがあるだろう?」

 そう言うと、女はさっと布をとった。銀の長い髪がこぼれ、風になびく。そして、静かな憎しみの炎を燃やす赤い鋭い目。張敬の目が驚きに見開かれ、顔が青くなっていく。

 「お前、は……まさか…………」

 「今は夜叉と名乗っている」

 「夜叉、だと? なぜだ、なぜお前は花蓮たちを……」

 「そいつは自分の胸に聞け」

 「待って!」

 偃月刀を構える夜叉と張敬の間に、銀星が割り込む。張敬が驚いた声を上げるが、銀星はまっすぐに相手を見つめ問いただす。

 「あなたは誰? なんでお父さんはあなたを知っているの?」

 答えたのは張敬だった。その声は苦しそうに、震えていた。


 「…………銀星、そいつは私と花蓮の子どもで……お前の、一番上の姉だ」


 「……私の……お姉、ちゃん?」

 張敬のほうを見やり復唱する。銀星は最初自分の耳を疑ったが、張敬の顔は冗談を言っている顔ではなかった。大切な家族を奪ったのが、まさか自分の実の姉だったとは。

 「貴様にそう呼ばれたくはないな」

 「お前が、お前が花蓮たちを殺したのか? なぜだ!」

 張敬が銀星を押しのけるようにして前に出る。

 「理由か。理由は、貴様を絶望の底にたたき落とすためさ。……鎌鼬」

 偃月刀が閃く。それはななめ十字の軌道を描いた。鎌鼬は彼の両腕を弾き飛ばし、さらに腹部にも深い傷跡をつけた。派手な血飛沫が上がる。それは、張敬のななめ後ろにいた銀星の顔にもかかった。

 「がはぁ……!」

 「お父さん!」

 銀星が膝をついた父親を急いで支える。むせるような血の匂いに一瞬気が遠くなりかけたが、気を持ち直すと夜叉を見て、矢継ぎ早に質問をした。

 「どうして、どうしてこんなことをするの? どうしてみんなを殺したの? お父さんを絶望させて、何がうれしいの?」

 「……憎いからさ。そいつは、俺を、兄であった少峰ではなく俺を、人買いに売ったんだ」

 口調は静かだったが、偃月刀を持つ手は怒りで小さく震えていた。銀星は「人買いに売った」ということに大きな衝撃を受けた。

 「人買い……本当に?」

 「そうだ。その金で料亭をはじめた。そして、他の子供を愛して育てた。俺だけを犠牲にしてな。それが憎いんだよ」

 「それは、違う……ハア、私は、あの時……金など、受け取っていないっ……!」

 「ふん、見え透いた嘘を」

 「……なぜ、そう言いきる……っく。ハァ、お前は、今まで、何を、してきた……ん、だ」

 「親から教えられるべきことを、その時を、奪った貴様がどの口で言う!」

 激情のままに夜叉は偃月刀を振るう。張敬の太腿から大量の血が噴き出し、地面が赤く染まる。張敬はバランスをくずし、倒れ込んだ。銀星が慌てて助け起こす。

 「お姉ちゃんもうやめて。もういいでしょ? お父さんから大事なものを奪った。もちろん、私も奪われた側だから、気持ち的には許したくない」

 そこで一旦言葉を切り、自分の気持ちを整理して、言葉にする。

 「でも、お姉ちゃんを人買いに売ったお父さんも悪いと思う。だから、もうこれで終わりにしようよ。もう誰もお姉ちゃんを売ったりなんてしないから、一緒に……一緒に暮らそう?」

 「耳障りのいい言葉ほど信じる気にはなれんし、そもそも信じる気持ちなどとうの昔に捨てた」

 銀星の呼びかけを冷たく切り捨てた夜叉。

 「やはり、貴様を先に殺すとしよう。その男に、本当の絶望を味わわせるために」

 偃月刀で銀星の首を刎ねようとするが、その一瞬前に銀星の身体は消えた。

 「……?」

 わずかな動揺が夜叉の目に浮かぶ。

 「銀星を、死なせるわけには、いかない」

 地面に倒れたまま、荒い息の中で張敬は言う。

 「あの子は知らないかもしれないが、西大陸で、ハァ、広がる貧困の波が、東大陸にまで忍び寄ってきている。くっ……あの子は今の時代に必要だ。あの子は、〈暁の者〉、だからな」

 「空間転移系術か、厄介だな。……しかし、あれが本当に〈暁の者〉の化身だったとはな。師匠の言った通りか」

 その返事を聞いて、張敬は驚きの声をあげた。

 「知っていて、あの子を殺そうとしたのか? なぜ……くっ……な、ぜ、だ。銀……」

 大量の出血で意識が薄れていく中、小さくつぶやいた。そして、そんな彼の脳裏に浮かんできたのは、十年以上前に繰り返し見たおぞましい夢の絵だった。


 折り重なり倒れる人々。

 虚空へ向けられた目は光を映しておらず、動かない手は何かを求めるように天へと向けられていた。

 周りには燃え盛る炎が渦を巻いている。

 その中を、血が滴る大刀を持って歩く長身の女性がいた。その髪の色は——。


 (なんてことだ。あの時の夢が本当になってしまった。こうならないよう願って、あの男に渡したというのに。私とて、心から望んだわけではなかった。だが、あの夢には……。あの夢の死体の中には皆が、家族がいたから……)

 「貴様はそんなことを知る必要はない」

 張敬の目に彼女はどう映ったのか。刃が水平に動き、それを知ることは永遠にできなくなった。

 「仕方ない。師匠なら、あの女の居場所も分かるだろう。一度戻るか」

 夜叉は布を拾い、さっと羽織ると方舟を呼び出して空へと向かった。

 あとは、身体がばらばらになった張敬を、上弦の月が冷たく照らしているだけだった。

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