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八章(4)

 身体を圧迫してしょうがなかった混沌があっという間に晴れて行く。だが、喜んでばかりもいられなかった。

 混沌が晴れてまず、目に入ったのは、割れた地面。一部は完全に陥没し、混沌が吹き出している箇所もあった。三百六十度見渡せば、空と陸の境目が消え、海と大地がひっくり返っていた。

 自分たちが知っている世界は、もはやどこにも存在していなかった。

 「これは……」

 全員が言葉を失い、誰も何も言えなかった。すると、すぐ近くからバキンという音が聞こえた気がして、いっせいにそちらを向いた。

 それは、山が縦に、まっぷたつに裂けた音だった。

 天に住む神にも牙が届くという名を持つ山が、割れた音だった。

 「千鶴っ!」

 とっさに夜叉が飛び出そうとするのを、寸前で劉が止めた。

 「待てっ、夜叉!」

 「なぜ止める!」

 「お前にはやることがあるやろが、〈黄昏〉の者として!」

 「……くっ」

 強く噛みしめすぎたのか、夜叉の唇から新たに血が伝う。肩から手を離さず、劉が続けた。

 「それに、千鶴にはレミィがついとるはずや。あいつのことや、ちゃんと千鶴を連れて山を離れとるって」

 「……分かった。なら、とっとと行くぞ」

 迷いを振り払うように、勢いよく銀星の方を見た夜叉はそう言ったが、結芳がおそるおそる言った。

 「でも、方舟なんかじゃ間に合わないかもしれないよ。……世界の中心まで」

 「あ……」

 夜叉と劉の声が被った。二人とも、そのことを完全に失念していた。銀星もいい顔をしていないところを見ると、十中八九、間に合わないと思っているんだろう。

 「だが、行かないわけにもいくまい」

 夜叉が方舟を加速させようとしたそのとき。

 『では、このラグナロクの背中にお乗りください』

 突然影が差したと思えば、そこには古竜ラグナロクが大きな翼を羽ばたかせて浮いていた。あまりのことに、身構えることも忘れ、しばらく呆然としていたが、ラグナロクが頭を下げてきたのには、全員がビクッと身体をすくませた。

 『〈暁〉と〈黄昏〉の方様。先のご無礼、幾重にもお詫び申し上げます。恥ずかしながらこのラグナロク、あの男の奸計に陥り……』

 「あ、あの、お詫びとか、べつに気にしてないんで、かまいません。それより、背中に乗れっていうのは」

 銀星がラグナロクの言葉を遮って、期待を込めた目で見つめる。さっき夜叉と戦った時と違い、ラグナロクはとても澄んだ美しい目をしていた。

 『その小さな舟で行くよりは、速いことと存じ上げます』

 「お姉ちゃん!」

 銀星がそのきれいな銀の瞳を煌めかせて、夜叉を見上げた。

 「断る理由はない」

 夜叉も、自分の頬がわずかに緩んでいるのに気づいた。早速、二人でそのゴツゴツとした背に移る。

 「ほな、お前ら先行っとけ。オレは千鶴の安全を確認してから行くから」

 「ああ、頼む」

 劉は帝呀山の方へ、ラグナロクは世界の中心へ向けて出発した。昴たちは、それぞれの方舟で世界の中心を——神樹を目指した。


 目を閉じて、次に開けたら着いていた、というのは大げさかもしれないが、方舟で延々と空を翔てくるのと比べたら、まさにそんな感じだ。

 『この辺りが、その場所だと聞き及んでおりますが……』

 ちょうど西大陸と東大陸の間にある海の、真ん中。荒れ狂う波にも関わらず、まるでそこだけ別の、一つの世界であるように、その小さな島は海に浮かんでいた。

 「はい、あれだと思います」

 銀星が返事をし、夜叉もうなずいた。だが、ラグナロクは困ったように続けた。

 『申し訳ございませんが、お二方。もう少し詳しい位置を教えて下さいませぬか。私にはこの辺りという漠然な知識しかなく、実際に神樹を知覚することはできないのです』

 「え、そうなんですか?」

 『はい。神樹の島を知覚できるのは、その島に踏み入る資格のある〈暁〉と〈黄昏〉の者の化身のみ——つまり、現在ではお二方だけでございます』

 「分かりました。ではもう少し右に……」

 『はい』


         

 ラグナロクの背から一旦手に降り、そこから島へ下ろしてもらう。島へ降りる前に、夜叉は一瞬口ごもったが、ラグナロクの大きな顔を見上げて軽く頭を下げた。

 「色々傷つけてしまって申し訳ない。貴方も本意ではなかっただろうに……」

 すると、ラグナロクの方が大いに慌てたようだった。

 『お止めください〈黄昏〉の方。あれは、当然の仕打ち、いえ、貴女の立場からすれば当然の振る舞い。なにより、こんなものに頭を下げてはなりません。さ、早く貴女は貴女のお役目を』

 その慌てぶりに笑みを誘われつつ、夜叉は島に足をつけた。

 「では、ここまで送ってくれたことに感謝する」

 それだけ告げて、夜叉は先に島に降りていた銀星のあとを追った。


 「見て、お姉ちゃん」

 銀星が指差したのは石の祭壇に置かれた、小さな聖杯だった。

 「これだけか?」

 「うん、他は……ほら、なんにも」

 島をグルッと見渡して、銀星が答えた。確かに、この二つ以外は何も無い。 

 見上げれば、空は気味悪い黒に塗りつぶされている。周囲に目をやれば、海が荒れ、波が島どころか、大陸全体を飲み込もうとしているかのように、激しく大陸の岸辺を削っている。それでも、この島は揺れもせず、そよ風が地面を走る音以外は、なんの物音もしなかった。

 「『汝ら真にこの地に降り立つべき者なれば、証を示し、その言葉を読み解け』……だって」

 銀星が、祭壇に書かれている文字を読み上げた。だが、その顔はどうにも釈然としないようだった。

 「『証を示せ』ってどういうことだろ。それに『この言葉』って言われても……どれ?」

 祭壇の文字ではないだろう。これは、普通に大陸で使われている文字だ。

 「ならば、なんらかの形で証を示せば、読み解くべき文字が現れるということじゃないか」

 「じゃあ、証を示せってどうすること? ええっと、この、紋を見せるとか?」

 銀星が髪をめくり、自分の首元にある白い太陽の紋を夜叉に見せた。

 「俺に見せてどうする。……こういう時、特に指定がなければ『証』とは、普通『血』を意味する」

 腕を組んで夜叉が呆れたように言って、腕を解いて、偃月刀を自分の手の平に当てながら続けた。

 「血……?」

 「そうだ。自分自身を示すものには、名前やその他にも色々あるが、最も確実なものは血だ。血は、自らがこの世に存在した時からその者の内を流れ、一生消えることもなければ変わることもない。……名前はすぐに変えられるからな。俺のように」

 そう言うとすぐに偃月刀をスライドさせた。ぶつっと嫌な音がして、夜叉の手の平が切れる。溢れた血が手の平から零れた。

 引きつった悲鳴を上げた銀星を、再び溜息混じりの声でいさめた。

 「この程度で悲鳴を上げるな。ほら、お前も早くしろ」

 「わ、私ナイフとか持ってない……」

 おそるおそる言うと、夜叉は、今度はしっかりとため息をついて、少し乱暴に銀星の手をつかむと、彼女の手の平に偃月刀を押し当て、さっと引いた。

 「きゃあ!」

 「だから悲鳴を上げるなと言っている。時間がないから、思いついたものから試すしかない」

 半分涙目になっている銀星の手を引き、自分の手とともに聖杯の上にかざした。

 二人の血が聖杯の中で混じりあい、底の方に溜まったとき、聖杯に見たこともない複雑な字形の文字が浮かんだ。これが、『読み解くべき文字』だ。

 二人が口をそろえて、その文字を読み上げる。

  

 「世界創造の四神に我らの願い、聞き届けていただきたく、この詞を紡ぐ」


 聖杯の上に、火が灯った。それが手に触れた時、とっさに二人とも手を引いたが、別段熱くはなかった。

 だがそれに驚く間もなく、もっと驚くべきことが起こった。

 強い風が一度吹き付けてきて、とっさに腕を顔の前に翳し、視界が遮られたその一瞬の間に、島の様子は一変していた。

 どこまでも続く茶色の大地。地平線までくっきりと見える。だが、不思議と不毛な印象を与えない大地だった。

 それはきっと——この目の前にそびえるとても巨大な木のおかげだろう。

 見上げても、たくさん葉が茂っていて空が見えない。だが、葉自体がほのかな光を放っているため、木の下にいても暗くはない。幹は、大の大人が十人手を繋いでも、おそらく一周できないほど太かった。

 「これが……神樹…………」

 銀星が惚けたような声を出した。夜叉は、ただただ圧倒されて、言葉も出なかった。手が、かすかに震えている。その手に、温かなものが触れてきた。

 「お姉ちゃん」

 それは、銀星の手だった。

 「……ああ、分かっている」

 唇を少し湿らすと、もう一歩祭壇の上の聖杯に近づき、今度は炎に手をかざした。銀星もそれに倣う。炎が、ひときわ強い光を放った。

 そして、二人は同時に口を開いた。


  薫り馨しき地に在します神に願い求む


 聖杯に、文字はもう浮かんでいない。二人は、何かを見てそれを読む真似をしなくてよかった。読み上げるべき言葉は、紡ぐべき祝詞は、二人の魂が——遥か遥か昔、神代の時代に生まれた最初の人間たる〈暁の者〉と〈黄昏の者〉が、知っているから。

 そして夜叉から交互に詠い上げる。


  黄昏の名を冠する我は世界の崩壊が終わることを


  暁の名を抱く私は新しき世界が始まることを


 夜叉は、懺悔をするように厳かに。銀星は、深い尊信の気持ちで。


  暁に放たれるはさやけき光

  闇を祓い、全てのものを生かす温もり、その象徴


  黄昏より来たる清しこの夜は、暗くても決して闇ではありません

  それは愛しき子が眠る優しい揺り籠なのだから


  母なる大地の精霊、羽ある大蛇よ

  我らを養い育て、大いなる恵みをもって常に満たし給え


  世に満ちる喜びの全てが始まる海、その優しき歌姫よ

  新たなる喜びを今、私たちに授けてください


  我らを見守りその生を見届ける聖き御霊よ

  安らかな日々を全ての愛し子に享けさせ給え


  天翔る黄金の創造主たる者よ

  私たちを励ましよくよく生かし給え、現在も未来も代々限りなく


 一度言葉を切り、顔を見合わせて互いにうなずくと、再び声を合わせた。


  我ら共に願うは平安なる日々、健やかな成長

  とこしえならずとも今一度、世界に慈しみの光を与え給え


  我らの願い、その御心に叶うのならば

  今ここに、我らの下へ降り立ち給え!



 唱え終わった途端、光が爆発した。炎は何本もの細い糸の形になり、神樹を包むようにして上昇していく。

 二人は眩しそうに、そしていくらかの緊張を孕んで、一心に炎が消えていく先を見つめた。心臓がどくどくと鳴っている。叶わなければ、世界は滅ぶのだ。

 すっと空に溶けるように炎が消えたとき、ひときわ大きく二人の心臓がはねたが、空から降り注ぐ七色の光を見て、そして、その光の中を歩いてくる人の姿を認めて、二人の心臓は通常まで戻った。


 『汝らが我らを喚ばいし、昼と夜の子か』


 一番最後を歩いてきた神の声が鼓膜を振るわせたとき、夜叉は自分でも意識しないままに、泪を流していた。

 『初めまして。千と五百八代目の我が妹たち』

 前から三番目を歩いていた、空色の長髪をなびかせた女神が左手を胸元に当て、ゆったりと微笑んだ。銀星はその声に聞き覚えがあった。

 「あのときの……蒼穹と契約したときの……?」

 尋ねる声が若干震えている。女神は少し困ったような顔をした。

 『そんなに怖がらないで、私の愛しい使い手よ』

 『そうそう。おれたちは、お前たちに喚ばれたからここにいるだけだ。他には特に、意味はねえよ……?』

 一番前を歩いてきていた、少年の姿をした神が意味ありげな表情で言う。それを引き継いだのは、藍色の髪をした、空色の髪の女神よりも幾分幼い女神だった。

 『そう。あなたたちが私たちに願ったのは、世界を救うこと……。けど、そんなことを願える資格があるのかしら? ……あなた』

 その容姿に似合わない冷たい目で夜叉を見下ろす。夜叉と銀星は、ハッと身を強ばらせた。

 『世界をここまで破壊しておいて……いまさら救って欲しいなんて、ちょっと虫がよすぎるんじゃない?』

 「ま、待って下さい! お姉ちゃんは、なにも望んで……「いや」

 銀星の訴えを自ら遮り、夜叉はその場に膝をついた。

 「お姉ちゃん!」

 「俺は……自分は、自らの意志で世界を崩壊へと導きました。それを喜び、更なる加速と破壊をも望みました。騙されていたとはいえ、非は自分にあります。いかなる罰も、受け入れる覚悟です」

 「違うでしょ、お姉ちゃん! 立って!」

 銀星は、夜叉を引っ張ってなんとか立たせようとするが、彼女はその場からぴくりとも動かなかった。

 『受け入れる覚悟、ねえ』

 「はい」

 『ちょっと甘いわね』

 「え?」

 顔を上げた夜叉が、困惑の表情で女神を見返す。

 幼い女神はふう、とため息をついた。

 『妄信の果てに、世界を崩壊させたのはあなた。そこはちゃんと認識できているみたいだけど、それが分かっていてなぜ、『受け入れる覚悟』なのかしら』

 「と、言うと……?」

 『あなたは、償いきれないほどの大きな罪を犯したのよ。一つの世界を消滅させようというね。だから、あなたは、罰を受けて『当然』なのよ。むしろ、罰を受けないのは『不自然』なの。分かるわね?』

 すっと差し出した女神の手の平に、ビー玉サイズの水球が無数に現れた。——まるで鉄砲玉のような。

 夜叉の切れ長の目が、最大限まで見開かれる。

 「待って下さい!」

 銀星が、夜叉の前に両手を広げて飛び出す。

 「違うんです! 確かに、世界を崩壊させる引き金を引いたのはお姉ちゃんかもしれませんが、そうさせたのは別の人です。騙されていたと分かったあと、お姉ちゃんは傷だらけになりながらも、戦ったんです! 世界を救うために! お姉ちゃんは悪くありません!」

 『おどきなさい、〈暁〉の妹』

 「嫌です! お願いですから、お姉ちゃんを殺さないで下さい! お姉ちゃんには、待ってる人がいるんです!」

 千鶴のことだろう。夜叉も、罰せられると分かったとき、真っ先に浮かんだのは実の妹か娘のような、千鶴のことだった。

 (だが……俺は、千鶴とともに生きるには、あまりに罪深い。あいつのことは、劉かレミリアが、世話してくれるだろう……)

 目線を女神と交えさせ、きっぱりと宣言した。

 「構いません。自分は、ここで罰せられるべき人間です」

 「お姉ちゃん! なんで!」

 再び頭を垂れた夜叉を見て、幼い女神の手の平から、水球が数センチ浮き上がった。夜叉は目をつむり、銀星が思わず蒼穹を構えようとした。

 しかし。


 『お前、タチ悪いなー』


 水球が放たれることはなかった。喉を鳴らして笑う少年の神に、幼い女神はフンッと言い返す。

 『なによ。できるなら私は、本当にこの女をここで罰してやりたいわよ』

 「え……?」

 「これは……どういう…………?」

 呆然としている二人に、空色の髪の女神が、おかしそうに笑いながら教えた。

 『ふふっ。大丈夫よ、安心して。あなたが、心からこの世界を救いたいと思っていることは分かっているわ。そうでなければ、私たちはここに喚ばれていないのだから』

 「え、あ……?」

 「し、しかし……」

 すぐには、女神の言っていることが理解できなかった。

 『つまり、お前は罰せられないってことさ。よかったなー』

 にこやかに少年の姿をした神は言うが、夜叉は納得がいかなかった。死を覚悟したからこそ、余計に。

 「しかし、自分は世界を崩壊させただけでなく、それ以前には大勢の人間を殺し、街を破壊してきました! なのに、どうして罰しないというのですか!」

 『わざわざ自分から告白しなくても、知ってるわよ。あなたは、姉上が慈しんでいた美しい空を煙で汚し、弟が大事にしていた大地を血で汚し、私がなによりも大切にしていた海を汚し、父上が愛していた人間を数えきれないほど殺した。だから、私はあなたに罰を与えてやりたい。でも』

 幼い女神は自分の背後を振り返る。そこには、全ての創造主たる神が控えていた。

 『夜の我が子よ』

 「は……」

 『お前は、何故、この世界の救いを求めた』

 「え……。なぜ、とは……」

 『答えよ』

 静かな神の視線に、小さく肩を震わす。だが、何故と聞かれても困るのだ。なんとしても救いたいという、強い気持ちはなかった。ただ、

 「……自分、は………」

 自分を必要とし、大好きだと言ってくれた千鶴が……。

 自分を励ましずっとそばにいてくれた劉が……。

 そして、こんな自分を赦し、手を差しのべてくれた銀星が……。


 好きだから。

 

 本当に、それだけだ。

 「自分を好いてくれている者がいる世界を、守りたいと思えるようになったからです」

 まっすぐ神を見つめる。神は夜叉の真意を量るように、微動だにせず夜叉の瞳を見返していたが、ふっと目元を和らげた。

 『我とて創造主。昇潮の思いはよく分かる』

 神は、ちらりと藍色の髪の女神を見る。不満そうに、彼女は頬を膨らませていた。

 『蒼天の嘆きも、陸の痛みも、よく分かる。だが、お前の心は真実だということが知れたから、我らはここへ現れた』

 「え?」

 『祝詞に嘘はつけぬ。お前が、心から世界を救いたいと願っていなければ、そもそも我らはここには喚ばれなかった』

 「ということは、あの……」

 銀星が、おそるおそる口を挟む。先ほど出しかけた蒼穹は、すでに仕舞われている。神は、銀星の気まずそうな顔を見ると、口角を少しあげた。

 『我らに矢を向けたことは、姉を想う優しさの証として、不問に処そう』

 銀星は、内心で悲鳴を上げた。夜叉も、心の中で酷く驚いていた。

 (神をも恐れぬとは、まさにこいつのことだな。それも、俺なんかのために……)

 『オッホン』

 少年の神の咳払いで、二人の意識が再び神に集まる。

 『では、父上』

 『うむ』

 神が、持っていた杖をすっと頭上に掲げた。すると、神樹の葉が一斉に輝きだす。目を焼くような強い光ではない。たとえるなら、雪に閉ざされた山の中で見つけた生活の灯のような、温かい光だ。


 『世界に洗礼と祝福を。その行く道に幸いあれ……!』


 神が杖を振ると、葉が一斉に枝を離れ、傷ついた世界を癒していった。

 あらゆる闇は消え、光へと転じる。全ての嘆きと涙は、明日への喜びと笑顔に変わる。

 その様子をぽかんとした表情で眺めていた銀星だったが、夜叉はつらそうに顔を歪めていた。

 『これで我らの役目は終わりだ。そろそろ……』

 「待ってくれ!」

 たまらず、夜叉は声をあげた。

 「お姉ちゃん?」

 「やはり、俺は納得できない! 俺は、そんな祝福された世界で生きていけるほど清い人間ではない! 多くの人を殺し、世界を傷つけた罪を……ここで……!」

 『償うと?』

 「それが筋というものだろう!」

 必死で神へ訴える夜叉だが、既に神は夜叉たちに背を向けつつあった。

 「何故、俺を生かす⁉ 俺の罪を赦すというのか⁉」

 『それは違うぜ、〈黄昏〉の妹。お前一人の命で償えるほど、お前の罪は軽くない』

 「っ……!」

 『死へと逃げてはいけないわ、かわいい私の妹よ。あなたは、この世界を破壊した者として、また、救った者として、世界の行く末を見守る責任がある。その中で、自分なりの償い方を見つけなさい』

 「俺なりの……償い方…………」

 『得心は行ったか? 夜の我が娘』

 「はっ……!」

 夜叉はいっそう深く頭を垂れた。

 そして、今度こそ神は二人の前から姿を消した。


         

 次に二人が目を開けたのは、ラグナロクの手の上だった。

 幾ばくもせず、二人は追いついてきた仲間たちと合流した。

 銀星の姿を確認すると同時に、結芳は銀星にしがみつき、人目もはばからず大泣きした。ユースは満足そうに頷くだけだったが、昴は銀星の頭を優しく撫で、銀星を労った。そこで銀星もようやく気が緩んだのか、安堵の涙を浮かべた。

 劉は、記憶の戻った千鶴を連れていた。レミリアと対話を重ねるうちに思い出したらしい。レミリアは、「千鶴ちゃんを幸せにしてやりなさい」という伝言を劉に預けて、どこかへ立ち去った。千鶴の血の通った温かい体を抱きしめ、夜叉は静かに涙を流した。

 そして、三人と四人はその場で別れた。いずれ、夜叉たちが銀星たちを訪ねるという約束を交わして。

 「いいのかい、銀星さん。これで……」

 「うん。いろんなことが一気に起こって、お姉ちゃんも気持ちの整理が必要だろうから」 一つ大きな深呼吸をし、

 「じゃあ、帰りましょう。皆さん、きっと待っています」


         *         *         *


 そう遠くない未来。

 銀星と昴は結婚し、流れでそのまま居着いたユースと結芳とともに、四人で春風を再開した。夜叉と劉も、千鶴を連れて年に一度、墓参りを兼ねて春風へ来ていた。

 花蓮たち五人の墓は、夜叉が銀嶺であった頃もっとも好きだった、花びらが風に踊る小高い丘の上にあった。そこを、今日も二人は歩いている。


 「今日もいい天気だね、お姉ちゃん」

 「そうだな」

 「……ねえ、お姉ちゃん」

 「……なんだ?」

 「世界って、美しいでしょ?」

 「…………ああ。本当に……」

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