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七章(2)

 「やれやれ。まったく、手間をかけさせてくれた」

 ストレイアは辺りに漂う土煙を手で払いながら、満足げな笑みを浮かべる。さすがに落とした本人も眩しかったのか、少し目をしばたたかせ、くるっと背を向け——その下半身が吹き飛んだ

 「……な、に…………」

 首をかろうじて後ろに向けると、地面に膝をついた結芳のとなりに高さ八十センチほどの生き物が立っているのが見えた。

 (あれは蓄蔵の使役魔、オール、か……? まさか、己の破空雷光を取り込ませ、もう一度己に向かって吐き出させたのか……!)

 「今っ!」

 「わあってるよ!」

 ユースがストレイアの前に回り込み、竜の宝玉をつかむと、無理矢理それを取り出そうとした。その瞬間、視線が定まっていなかったストレイアの目が、カッと見開かれた。

 「己に触れるなあぁ‼」

 大きく開いた口から炎が吐き出された。

 ユースは慌てて身体をひねってそれをかわしたが、服に燃え移ってしまい、仕方なく彼は上に着ていた服を脱ぎ捨てた。地面に落ちたそれが一瞬で灰になる。

 ストレイアは素早く下半身を再生すると手の平をユースに向け、続けざまに特大の気炎を放ってきた。

 「うおっ⁉ ありかよ、こんなもん!」

 ユースは慌てて踵を返した。結芳が素早く水壁を張り、その後ろへどうにか飛び込んだユースだったが、一息ついている暇はないようだった。

 「うわっ、きっつー。何よこれ、絶対気炎ってレベルじゃないよ!」

 水壁は今にも破られそうだった。

 「はあ、はあ。……っ、一番厄介なんは、あいつの再生能力や。どうしたら……」

 「再生する暇も与えないほど粉々にするとか?」

 「どうやってや」

 「どうって……あーっ!」

 「な、なんや」

 「アレがある! 問題あるけど、アレならいけるかも!」

 「問題あんのかよ!」

 「あのね、」

 ユースのツッコミを華麗に無視して、結芳が作戦を話し始めた。

 

 水壁が消えると同時に、ユースが方舟に乗ってストレイアに向かってきた。

 「烈日」

 ストレイアの指先から一筋の、目に痛い光が発射される。ユースはそれを軽々と避けたが、地面に穴があいたのを確かめて、小さく舌打ちをした。

 次々と烈日が発射されるが、ユースは意にも介さないように剣を伸ばしてくる。ストレイアは嫌悪感と敵意を剥き出しにして、手の平から剣を生成し応戦を開始した。

 「ええい、うっとうしい! ゴミ虫風情がっ!」

 「はっ、えらい言われようだな!」

 「何も違ってないだろ? いい加減に諦めて殺されろよ!」

 「やなこった。そもそも、おれはてめえにでけえ借りがあんだよ! それを返さずに終われるかっつーんだ!」

 「借り? 借りがあるのは己の方だ!」

 「てめえは青海港をぶっ潰しただろうがっ! おれはあの街をけっこう気に入ってたんだよ!」

 ガキィンッッ!

 一瞬、火花が散った。剣を交わらせている間に、多少頭が冷えたのか、ストレイアは自身の記録を探るぐらいの余裕があった。

 「青海港? んー、残ってるような残ってないような」

 「あんだと?」

 「ああ、あったあった。けどそれだと君、己より夜叉の方が憎いんじゃないか?」

 「!」

 攻守が逆転した。

 「そうだよなあ。憎いよなあ」

 ストレイアは意地悪げに笑いながら続けた。

 「自分の店を壊されて、従業員たちを殺されて。君に夜叉を許せるか? 許せるはずがないだろ? ないよな? どうせ夜叉のことだ。情け容赦なく撫で斬りにするか、爆破するかしたんだろ。あいつは残忍だからなあ」

 言葉に、自分の魔力を注ぐ。

 ストレイアの口から発せられた言葉が形を持ち、ユースの身体にまとわりついていった。ユースは必死で振り払おうとするが、それらはまったく離れようとしなかった。

 「己なんかにかまわず夜叉を殺しに行ったらどうだ。いや、君は殺しに行くべきだ。仇を討ちに! 許せないなら、憎いなら! きっと、君の従業員たちだってそれを望んでいるだろうさ。さあ行けよ、夜叉を殺しにさあ‼」

 ストレイアはニヤニヤと笑っていたが、挙げられたユースの顔を見て、その笑いを引っ込めた。

 「言いたいことはそんだけか?」

 「なに?」

 髪を掻きむしりながらユースは続けた。

 「確かに、おれはあの女が憎い。当然だ、やっと持てたおれの店を見事にぶっ壊してくれて、さらに店の奴らまで殺してくれたんだからな。てめえの言う通りなのが気に食わねえが、おれはあの女をぶっ殺してやりてえよ。この手でな」

 「なら、さっさと……」

 重ねて、魔力を込めた言葉でユースを操ろうとする。だが、それより先に、

 「けどな、今、この状況で! てめえの言葉に惑わされてあの女を殺しに行くほど、おれは馬鹿じゃねえんだよっ!」

 下ろしていた剣を何の迷いも無くまっすぐに突きつけ、言い切ったユース。その姿に、言葉に、ざわっとストレイアの身体が総毛立った。彼は、静かに剣を手放した。

 「なん、だよ。それは」

 「は?」

 「なんなんだよ、お前はぁ!」

 ユースを指差して言った。何か来るかと身構えるユースだったが、意外にも、何も飛んでこなかった。ただ、ストレイアが一方的に喋るだけだ。

 「うっとうしいを通り越して、虫酸が走るよ、まったく! そのいい子ぶった感じが癇に障るんだよねえ! 何で自分の思うように行動しないのさ、人間のくせにっ!」

 「い、いきなりなんだよ、こいつ」

 ユースの言葉もまるで耳に入らないようだった。ストレイアの態度の急変に戸惑い、しかし攻撃しようにも、隙はまったくなかった。

 「憎いなら殺せばいいだろ。欲しいなら奪えばいいだろ。それが人間なんだろ⁉ そんな最っ低なクズだから主様が滅ぼすんだろうがっ! 自分さえよけりゃ他人はどうでもよくて! どんな手段を用いてでも贅沢を求め! 食をむさぼり、欲に溺れ、堕落していくのが人間だ! そんなもの生きる価値は、いや、存在する価値はない! だから主様がお前らを滅ぼすのは当然のことだ! 正しいことだ! それを邪魔するお前らは、己がこの場で消してやるッッ‼」

 一気にまくしたてたストレイアは、頭上で両手首を交差させると唱え始めた。

 「深淵の闇に潜むは紅の禍星 狂気に魅せられ憑かれし者たちよ 彼の星を崇め讃えよ」

 交差された手の間に深紅の空気が渦を巻き、徐々に凝縮されていった。それを、ユースは黙って見ていることしかできなかった。背筋を凍らせるような不気味な何かを、目の前の男に、正確には、あの空気に感じていた。

 「全て一切の情は彼の前に消え 暗く深き想いだけが彼に守られる」

 凝縮した空気は、拳より一回り小さいぐらいの結晶になっていた。ユースは前方のストレイアに注意を払いつつ、ちらっと背後の結芳を見た。

 (まだか、結芳……)

 彼女は、両手を合わせて目を閉じ、何かを祈るように正座で地面に座っていた。

 「さあ世に蔓延りし悪意よ 地を走り空を翔け 我が手に集え!」

 ストレイアがゆっくり、交差させていた手を戻すと、そのまま下ろしてきた。深紅の結晶も、同じようにストレイアの身体の前へ移動してきた。

 「下がって!」

 そのとき、結芳ユースに向かって叫んだ。ユースは、待ってましたとばかりに、方舟を後ろへ急発進させた。

 「どこへ逃げようと一緒さ。こいつは国を二つも三つも、一度に潰せるほどの威力があるんだからなあ!」

 「さあ、どうだかねっ!」

 「己に歯向かったことを後悔しろ!」

 ストレイアの手の中の結晶が鈍く光った。同時に、結芳の身体がほんの一瞬、淡い光に包まれる。

 「深紅の星‼」

 「展開、水鏡‼」

 結芳たち目がけて放たれた紅い光が、突然四方へ弾かれた。まるで、鏡にぶつかった光が、乱反射をするように。

 「なにぃ⁉」

 ストレイアが目を大きくむいた。盾のようなものは、目の前に存在していない。

 「貴様、何をしたあ!」

 ストレイアが結芳の方へ一歩踏み出そうとしたまさにその瞬間、彼の右足を何かが砕いた。

 「今度はなんだ!」

 前に倒れたストレイアが後ろを振り返ると同時、今度は左腕が破壊された。ストレイアは、今度はもう何も言わなかった。ただただ、目を最大まで見開いていた。

 「な、なんなんだ、これは……。一体、何が…………」

 呆然と、そう呟いている間にも、ストレイアの身体は、つい今しがた、自分が放った最高位の攻撃系術によってどんどん破壊されていく。竜の宝玉が持つ、無限の再生能力をもってしても、追いつけないほどの速さで。

 「外部のものを決して内部に入れず、内部のものを決して外部に出さず。それが、水鏡。完全無欠の盾にして、最強無敵の矛」

 精神力、体力ともに限界まで使い果たした結芳が、ユースにもたれかかりながら言った。

 「そんな……この己が……至高の傀儡である己が……まさか、そんな……敗、敗北など——‼」

 ストレイアの頭を、深紅の星が砕いた。とたんに身体の再生は止まり、術も消えた。多少の例外はあるが、基本的にどの術も、喚び出した者が死ねば還るのだ。

 「ふふん。ざまあみやがれ……」

 右手を気だるそうに振って水鏡を還すと、結芳の頭がかくんと垂れた。やがてその口から安らかな寝息が漏れ始めた。

 「お疲れさんっと……さて」

 結芳の頭を軽く撫でると、ユースは彼女を背負ってストレイアの残骸が転がっている場所ヘ歩いていった。一応警戒をしてみたが、ストレイアが再生している様子もなければ、どこからか攻撃が仕掛けられる風もなかった。

 地面におちているのは、土塊と溶けた鉄が少し。それに、あの最大攻撃系術の直撃を食らっても、傷一つつかなかった竜の宝玉。

 (宝玉は単なる動力源。弱点は頭だったってことか? 人間と似たようなもんか……)

 心臓が動いているからこそ、人の身体は動く。だが、実際に身体に動く指示を出しているのは脳だ。脳が破壊されること、それはすなわち死を意味する。どれだけ化け物じみていようとも、傀儡だ人形だと言っていようとも、そこは人間と変わらなかったということだ。

 (くそっ、だったら頭切り落とすなりなんなりしてやればよかったぜ。それでかたがつけば、こいつに無理させずにすんだのによ)

 背中の結芳をちらっと見る。すっきりしないまま、何気に宝玉を拾って眺めてみた。

 その時、世界全体に音が響き渡った。

 ガッキィィ……ィンッッ……ッ…………!

 「つ〜〜〜。な、なん、なんの音だぁ……って、うお⁉」

 危なく結芳を落としかけた。頭がまだくらくらしている。左手で結芳を支え、右手で宝玉を持っていたため、耳を塞ぐことができなかったのだ。

 すると、持っていた宝玉がふわりと浮き上がり、どこかへ飛んでいってしまった。

 「ほ、本当になんなんだ……?」

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