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七章(1)


  七の詞  二つの決着


 「くっ!」

 起き上がった劉に追い討ちをかけるように、次々と矢が射かけられる。

 「逃げるぐらいなら、さっさと殺されてよ」

 「うっせ……っ!」

 劉の服が地面に縫い止められた。そこへ集中的に矢が放たれる。舌打ちして、剣を引き抜こうとしたとき、劉の前に風の壁が現れた。

 「焔成!」

 「大丈夫だった⁉」

 「ユースに結芳! なんで」

 「なんではねえだろ。助けにきてやったのによっ!」

 矢を引き抜いてやる。それを見て、やれやれとストレイアは首を振った。

 「雑魚がどれだけ増えても、僕は倒せないよ」

 「やってみなきゃ分かんないってーの! 雷光!」

 しかし、ストレイアは片手でそれを弾いてしまった。

 「ウソっ⁉」

 「ほら、やっぱり雑魚じゃないか。小位ぐらいでは、僕に傷をつけることなんて、できやしないよ」

 ううっと詰まった結芳に、ユースが声をかける。

 「気にすんな、嬢ちゃん。おれと焔成の援護をしてくれたらいい」

 「え〜。大丈夫だよ。あたしだって」

 不満そうな結芳の肩に手が置かれた。

 「いや、ユースの言う通りや。頼んだで、結芳」

 「……ハーイ。焔成兄さんに言われちゃあね」

 軽く口をとがらせたが、結芳は渋々うなずいた。その前で、ユースが「焔成に言われたら、聞くんかい」と、不満そうにしていた。

 「ま、ええわ。行くか!」

 「おっしゃ!」

 ユースは久々に指先のない手袋をはめると走り出した。劉も剣を抜いてそれに続く。

 「烈火!」

 ユースの拳が炎に覆われ、ストレイアへ殴りかかった。ストレイアは軽いため息をつくと、水を手の平に喚び出しユースの拳を受け止めると、そこに燃えていた炎を消した。そして、ユースの逆の手が伸びてくる前に、彼の腹に手をあてた。

 「うおっ!」

 ユースの長身が後方へ吹き飛ばされた。さっきの劉と同じように地面を転がる。

 「ユース! チッ」

 劉は一瞬だけユースの方へ視線を向けたが、スピードが緩むことはなかった。ストレイアの手が、今度は劉に向けられた。

 (来るっ!)

 放たれた衝撃波を、劉は強く地面を蹴り、宙へ逃れることでかわした。避けられたことがよほど意外だったのか、ストレイアは目を見開いた。

 「レイィ!」

 空中から勢いよく剣を振り下ろす。

 ストレイアは左手をナイフに変えて劉の剣戟を受け止めた。ガンッと火花が散り、弾かれあった両者は、一瞬だけ視線を交錯させると再び激突した。

 「なんやその手は!」

 「見たままさっ! 僕は人形だから、自由に形を変えられるんだよ」

 「なんだ、そりゃ!」

 ストレイアは、打ち合っているうちに、剣に比べれば遥かに小さいナイフでは、不利だと悟った。彼の唇がわずかに動くと、ナイフが腕から分離し、ナイフの部分は長剣に、不自然な長さになった腕の先からは手が生えてきた。

 劉は盛大に顔をしかめた。見てて気持ちのいい光景ではない。

 「自由に変形、ね。おれはお前のこと人間やと思とったんやけど」

 「ふん、当然さ。僕は君たちに見抜かれるほど、駄作じゃない」

 「そうや、おれらは気づかんかった。つまり、お前はそれだけ人間に化けることができてたっつーことや。それがなんや。いきなりバケモンになっちまいやがって!」

 「化け物とは心外だな。僕は偉大な魔術の産物だよ」

 「魔術の産物ぅ? まったく意味分からんわ!」

 「だろうね。君たちみたいな下等生物には!」

 「言うてくれるやんけ。ふざけんなよ、光刃!」

 「!」

 劉の剣からブーメランのような形の刃が現れ、ストレイアの剣を切断し、そのまま彼を両断するかに見えた。だが、普通の人ではなかった彼は、目にも留まらぬスピードで劉の背後へ回り込み、再び左手をナイフに変えて、劉の心臓に突き立てた——いや、突き立てようとしたとき、

 「雲母!」

 無数の欠片がストレイアに向かってきた。彼は素早く横へ飛び退き、代わりに振り返った劉が焦った顔を見せた。しかし、結芳はまったく顔色を変えず、右手を振った。雲母は劉に一つのかすり傷もつけることなく、ストレイアの方へ飛んでいった。

 「ちっ!」

 雲母がストレイアの服や肌を傷つける。だが傷口から飛び散った液体は、赤と言うよりも黒に近かった。

 「なんや、あの色は……」

 剣を構えたまま劉が呟く。すると、顔を上げたストレイアの身体から無数の光弾が放たれたのが分かった。だが、防御の術を唱える暇などなかった。

 「ぐはっ!」

 「きゃあぁ!」

 「っ、結芳!」

 見れば、離れたところに立っている結芳も血を流していた。

 すると、唐突にストレイアの攻撃が止んだ。劉も結芳も、傷口を押さえ、息を必死で整えようとしていた。だが、結芳は地面に膝をついてしまっていたし、劉は剣を落とさないようにするのがやっとの様子だった。

 「不愉快だよ、まったく」

 激しい怒気を含んだ目で結芳を睨んだ。そして、さらに大型の呪文を唱えようとした。

 だが、そのとき初めて、ストレイアはユースがいないことに気づいた。

 「あの男はどこだ!」

 「ここだよっ!」

 左右を見渡して怒鳴ったストレイアに、上から返事がされた。さっと見上げれば、方舟に乗ったユースが剣を持って急降下してきていた。

 「ふん、バカ正直に突っ込んでくるとはね」

 手をユースに向けながら言った。手の平に光が収束していく。

 そのまま奇襲をかけていれば、万に一つの確率で、僕にもっと傷をつけれたかもしれないのに。これだから下等種は。

 しかし、その余裕は次の瞬間、霧散した。

 「な、に…………?」

 ストレイアの喉からかすれた声が漏れる。信じられない、と言う目で彼は自分の身体を見た。

 地面から巨大な爪を持つ手が伸び、ストレイアの太腿から腹部にかけて深い傷を付けていた。

 (爪土竜……。こんなものまで契約していたのか……!)

 さらに、ユースの刀がストレイアの左半身を縦に深く切り裂いた。両断することは叶わなかったが、致命傷であるには違いない。ユースの顔が、歓喜の笑顔に変わる。

 彼は勝利を確信した。

 (………………)

 後ろに倒れようとしているストレイアの目に、禍々しい赤色の月が映る。そして、己の内を流れる黒い血が宙に零れる様を見た。

 (こんな、こんなことが許されるのか…………)

 人間だと心臓の位置に当たる部分が白く光った。ユースが警戒の表情になり、距離をとって刀を構える。だがその顔は、だんだんと驚きの表情へと変わっていった。

 (許されるはずがない……。こんな下等種風情にこの僕が……)

 彼には、目の前で起こっていることが現実とは到底思えなかった。

 「ウソだろ? 傷が……治って……」

 ストレイアの、見るも痛々しい傷が瞬く間に塞がっていく。ただし、破れた服は元通りにはならなかったが。

 (偉大なる魔術師・バークライアーに創られた僕が! 傷をつけられるなんて、まして敗北などっ!)

 普段の穏やかな微笑みはどこへ行ったのか。恐ろしい憤怒の形相で、右腕を突き出した。

 「あってはならないことだあっ‼」

 ユースが後ろへ弾け飛んだ。

 「ユース!」

 「ちょっと、大丈夫⁉」

 劉が状況も忘れて身体ごと振り返り、叫んだ。結芳も呼びかけたが、ユースの身体は倒れたまま、ぴくりとも動かなかった。

 「くそっ、ユース。しっかりしろ!」

 ストレイアの様子を気にしつつ、急いで駆け寄る。結芳がユースの大きな身体をやや強引に、仰向けにさせた。とたん、引きつったような悲鳴を上げて後ずさった。

 「あ、あ……」

 「なんて傷だ。ナーシャ、頼むっ!」

 現れた少女は、疲れきった表情をしていた。ここのところ、立て続けに喚び出されていたからだ。

 「スマン。しんどいやろうが……」

 「いえ、私は大丈夫です。しかし、この方の傷は浅くありません。治すには時間が……」

 「かまわん。頼む」

 「わかりました」

 ユースの傷が少しずつ癒えていく。だが、一瞥する限り、肋骨はおろか内蔵まで傷ついているかもしれない。

 焦りでイライラしつつ、何の攻撃も仕掛けてこないストレイアの様子が気にかかり、そちらに注意を移す。ストレイアは、もはや服としての機能を果たさなくなった布切れを剥ぎ取り、上半身をさらして立っていた。初めて見るストレイアの裸の上半身に劉は少し首を傾げた。

 ストレイアの胸には、握り拳二つ分ほどの、わりと大きい水晶玉が埋め込まれていた。

 「おい、レイ。お前の胸にあるその水晶はなんや」

 しばらく無言が続き、

 「不愉快だ」

 「あ?」

 「不愉快なんだよ」

 繰り返し不愉快だと呟くストレイアの姿は、たいそう不気味だった。劉の頬を嫌な汗が伝う。疲労の汗ではなく、恐怖の冷や汗だった。

 すると青ざめた顔で、結芳がクイクイと、劉の服の裾を引っ張った。

 「ねえ、あいつなに言ってんの?」

 「んなもん、オレが聞きたいわ。けど、なんやイヤな感じしかせえへんわ。ヘタに攻撃できひん」

 「……おい」

 ユースが弱々しく、振り絞るような声で二人に呼びかけた。

 「あっ、生き返った!」

 「勝手に殺すなや」

 まだ起き上がれるほどには回復していないのか、地面に寝たまま結芳の頭を軽く小突いた.

 「一瞬、ホンマに死んでもうたかと思ったわ」

 「お前まで言うかよ……。いや、それよりお前ら気づいたか?」

 「え、何に?」

 「さっきあの水晶が光ったんや。それ、見たか?」

 「光った?」

 「ううん。遠かったし、正直そんなとこまで見てる余裕なかった」

 ユースはそうか、とひとこと言った。そして深いため息をついて少し休むと、話を続けた。

 「あの水晶が光ったと思ったら、あいつの傷が治ったんや。爪土竜のつけた傷も一瞬やった」

 「ウソ、何それ。あいつ、不死身ってこと?」

 結芳がそう言って劉を見上げた。だが、劉はむしろ、かすかな微笑みさえ浮かべていた。針の穴より小さいかもしれないが、確かな勝機だ。

 「……いや、そうとも言い切れんぞ、結芳。あの水晶を壊すか取り出すか、どっちでもええけど、することができれば、レイを倒せるかもしれん」

 「おれも、そう思うわ」

 よっと声をかけてユースが体を起こした。しかし、すぐに腹に手を当てて顔をしかめた。

 「ちょっと、大丈夫? ちゃんと動けんの?」

 「バカに、すんな。……フゥー。さっきよりはずっとマシじゃ。ナーシャもありがとうな。おれはもう大丈夫やし、戻ってくれてかまわん」

 ナーシャは一礼すると、すぐに緑の光となって消えた。

 そのとき、突然劉が振り向き、二人を押し倒すように覆いかぶさった。抗議の声をあげかけた結芳の喉は、空を向いている自分の目の前を赤黒い色の刃が通ったことに対する驚きと恐怖で塞がれたため声にならず、息だけが漏れた。三人は素早く立ち上がると、臨戦態勢に移った。

 「僕は最高の傀儡なんだ。千年間、僕は誰にも傷つけられやしなかった。敗北もしなかった。それもそうさ。主様は史上最高の魔術師で、その主様に創られた僕は最高で最強の傀儡なんだから。なのに、なのに、その輝かしい功績が、僕のすばらしい記録が、貴様らのせいで! 僕の、俺の、私の、己の誇りをぉ‼」

 ストレイアの怒号とともに、彼の身体から全方位に向けて赤黒い刃が放たれた。

 「は、羽衣!」

 「青嵐っ!」

 「風浪!」

 三人がそれぞれ迎撃する。だが今までよりもずっと激しい攻撃に、さらなる疲労が身体に積み重なっていく。

 「許せない許せない許せない許さない許さない許さない! 絶対にぃ!」

 吊り上がった目が三人の方を睨む。今まであらゆる方向へ適当に放たれていた刃が、明らかに三人に狙いを定めて、ひときわ大きな刃となって飛んできた。

 追尾性ではないことは確認済みだったので、三人は素早く回避することを選び、結芳とユースは実行できた。

 だが、劉は実行できなかった。

 「夜叉ぁー!」

 ラグナロクの爪に引き裂かれ、血を空にまき散らしながら、落下する夜叉を見てしまったから。

 「雷光刃!」

 結芳の術が刃の軌道を逸らし、ユースが劉の腕をつかむと自分たちの方へ引っ張った。

 「お、おぅ。わり、助かっ……」

 「なにをしとんのや、お前は! この状況でようあっちを気にかけられたな!」

 「す、すまん。けど……」

 ユースに謝りつつも、劉の目線は夜叉の方からいっこうに離れようとしない。その態度にイラッときたユースは、つい劉の胸ぐらをつかみ、言いかけた。

 「お前はなんで」

 「つーか、もういっそあっち行って来いっ!」

 「ぐえっ⁉」

 結芳の足が、見事に劉の横腹に決まった。

 「お、おい」

 横腹を抑えて呻く親友の姿を見て、さすがにユースも結芳をとがめるような目で見た。

 「上の空でいられてもジャマ! 気をとられるぐらいなら、あっち行って来いってーの!」

 結芳はそう言って、ビシッと夜叉の方を指差した。劉が何か言ってくれとユースを見たが、彼は鼻を一つ鳴らして言った。

 「まあ、結芳の言うことにも一理あるやろ。行って来いや」

 「けど、お前らだけでレイに」

 「ええから行けっちゅーねん。あの女が死んだら意味無いんやろうが!」

 ほんの数秒、迷っていたようだが、劉は「スマン」とだけ言って夜叉の方へ駆けて行った。

 「逃がすとでも思ったのか⁉」

 さっきと同じ刃が地面を走り、劉へと迫る。それを横から飛んできた術が砕いた。

 「どこ見てんのさ」

 「てめえの相手はおれたちだっつーの」

 結芳とユースが、劉とストレイアの間に入って言った。ギンッと言う音が聞こえそうなほど、ストレイアは憎しみすら感じさせる目で二人を睨んだ。

 「ああ、本当にうっとうしい。ザコがどれだけ粋がっても同じだっていうのに」

 「フンッ。そのザコにぼろくそにされたんは誰や」

 「なんだと……?」

 ユースのバカにしたような笑い方に、ストレイアの殺気が増幅した。

 「ちょっと、何してんのさ」

 「……いや、スマン。少ーし気が大きくなってたみたいで」

 「バカ」

 「ゔ」

 別の方向へ目をそらしながら頬をかくユースに、結芳の容赦ない言葉が投げつけられた。

 「ははっ。己をここまでコケにしたのは君たちが初めてだ。なるほど、そうか。よほど痛くて苦しい死に方を望んでいるんだな」

 肩をわずかに振るわせて笑いながら、ストレイアが言った。

 「誰も望んでないし」

 結芳がそれに小声でツッコミを入れる。

 「ならその通りにしやるよ! 竜の偉大な力を思い知るといい‼」

 ストレイアが手を挙げると、その直線上にある空の一点を中心に、雲が発生して渦を巻き始めた。

 「まさか、破空雷光?」

 結芳の顔色が変わった。

 「高位の攻撃系術だよ⁉ あいつ、体力持たせる気ないわけ?」

 「いや。あいつ今、「竜の偉大な力」言うたやろ。つーことはや。あの胸の宝玉、もしかしたら……いや、もしかせんでも竜の宝玉や。確か、無限の再生能力を持っとるんじゃなかったか?」

 「な、なるほど。言われてみればそうかも」

 「ま、目下の問題は、アレをどうやって防ぐかやけどな」

 渦巻く雲の中が、時折光っている。あと一分もしないうちに落ちてくるだろう。

 「ああ、それは大丈夫。任せて」

 「……ほう」

 いたずらする時のような顔で、結芳が言った。ユースもにやりと笑い返す。

 「何を相談してたのか知らないが、これで終わりだあ!」

 ストレイアが腕を振り下ろすと、本当にこれは雷かと疑うほどの膨大な光の柱が、二人の立つ地点に落とされた。誰かが二人の名を叫んだ気がしたが、落ちた時の轟音に掻き消されて定かではない。

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