表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/26

六章(3)

 「ふざけないで」

 もう一度銀星は繰り返した。一言ひとことに、今までの銀星からは考えられないほどの迫力が感じられた。そう、銀星は、いつになく怒っていた。

 彼女が誰かに怒りを向けた数は、片手で足りるほど。

 そしてその中でも、こんなに激しい怒りを感じたのは、生まれて初めてだった。

 「あなたはなんの権利があって世界を滅ぼそうとするの? そんな権利があなたにあるって言うの? この世界で必死に生きている人だっているのに。そんな人たちを、あなたの勝手で殺して、あなたの勝手で世界を滅ぼす? あなたを信じてついてきたお姉ちゃんまで捨てて? 人を何だと思っているの⁉」

 銀星の右腕にはまっていた腕輪の光はますます強くなり、直視できないほどだった。

 そして、その形状がだんだん変わり始める。

 「私は、あなたたちを絶対に許さない‼」

 光が爆発した。

 あまりの眩しさに、全員が思わず目をつぶった。全員の視界が元に戻ったとき、銀星の手には大振りの蒼い弓が握られていた。

 「なんだ、あれは」

 ストレイアが不快そうに、顔をしかめて呟いた。

 銀星自身、驚いていないわけではなかったが、何故かこれでいいのだと思えた。これが本来の蒼穹の姿なのだ。

 「蒼穹か。なるほど、あのガキが死ななかったのはそれのせいか」

 舌打ち混じりに男が吐き捨てた。

 「ご存知で?」

 「天の女神が祝福した者のみに与えるという、くだらん言い伝えがある術だ。……しかし、それを使うものは決して楽な死に方をしないとも言う。どうやら、そこだけは真実となりそうだな」

 男がにやりと歪んだ笑みを浮かべる。キッと二人を睨みつけ、銀星は弓を構えた。光が収束し、矢の形になった。

 「世界を滅ぼさせたりなんかしない。お姉ちゃんも殺させたりなんかしない。私があなたたちを止めてみせる!」

 放たれた矢を二人は軽々とかわす。しかし、地面に刺さった矢の先から淡い光の輪が広がり、二人の身体を焼いた。

 「痛っ⁉」

 「……なるほど。油断はするべきでない、ということか」

 右腕をさすりながら男が言った。今の光に大きな威力があるわけではなかったが、連続して受ければ致命傷になるかもしれない。

 「ふむ。時間をかけすぎるのもいただけない。手っ取り早く、これで貴様たちの相手をしてやろう」

 すっと左腕をあげ、男が朗々と詠唱を始めた。その腕に固まった血のような、どす黒い色の文様が浮かぶ。

 男の背後の風景が歪み、穴が現れた。そして、その中から形容し難い唸り声が聞こえてきた。

 「なんだ……?」

 全員が首をかしげた時、ガシッと穴の淵を何かの手が掴んだ。ゴツゴツとした鱗に覆われ、白い爪は鋭く、子供ぐらいの大きさがあるだろうか。

 そして、徐々に全身が現れ、その姿に銀星たちは言葉を失った。

 爛々と光る眼は敵意に満ち、大きな口にはのこぎりのような形をした歯がずらりと並んでいた。

 びっしりと身体を覆う鱗の下には、隆々とした筋肉が隠れていることだろう。

 広げられた翼は空を隠すか、見上げるその身体は山かと疑うほど、それは大きかった。 なかでも最も特徴的なのは、額で不気味な光を放っている球体。

 「出でよ、古き世から到来せし災いの悪魔、古竜ラグナロクよ!」

 ——それは、伝説となっていた竜だった。


 「ラグ、ナロ、ク……だと……?」

 顔を上げた夜叉が呆然と呟いた。それを聞いて、銀星が竜から視線を外さないまま、震える声で聞き返した。

 「お姉ちゃん、ラグナロクって……なに」

 「……古竜ラグナロク。高位の使役魔だ。しかし使役魔に分類されているものの、実際に使役することは——自分の指示に完璧に従わせることは、不可能だったはずだ。なのに何故、この局面で」

 「あ、あたし聞いたことあるよ」

 少し震えながら、結芳が片手を上げた。

 「竜の額にある宝玉は竜の力の源。無限の再生能力を持つとかなんとかって。限りなく透明なのに、見る角度によって、いろんな色の光が見えるらしいよ」

 「けど、見てみいや結芳。あれ、黒……やぞ」

 果たして黒と言ってもいいものか。そうとしか表現できないが、まるで瘴気を固めたようなその宝玉の色を『黒』と言うには抵抗がある。

 「うん、だから、もしかしたら」 

 「使役できないはずの竜を使役しているかもしれない、と言いたいんだね」

 「うん……」

 昴が結芳の言葉を引き継ぐ。結芳は自信なさげに、弱々しくうなずいた。

 「とにかく、あの黒いのをブッ壊せばいいってことだな?」

 ユースが竜の額を指差して言った。

 「お前、簡単に言うけど、どうやってや」

 「え、え〜」

 首をひねって策をひねり出そうとしているユースをよそに、銀星が夜叉に呼びかけた。

 「立って、お姉ちゃん」

 未だ地面に膝をついたままの夜叉に手を差し伸べる。

 「千鶴ちゃんを傷つけてしまってごめんなさい。それは、本当にそう思ってるの」

 「……」

 「お姉ちゃんが私を許してくれないってことは分かってる。けど、今、私はこの世界を救いたい」

 一語一語区切って、言葉に力を込める。夜叉は黙って銀星を見上げていた。

 「そのためには、お姉ちゃんの力が必要なの。お願い、お姉ちゃん。私と一緒に、あの人たちと戦って」

 祈るような気持ちで、銀星は夜叉を見つめた。だが、夜叉は銀星の手を取らず、一人で立ち上がった。

 「お姉ちゃ……」

 「俺は、この世界も、貴様も憎かった」

 慌てたように夜叉へ伸ばされた手が、止まる。

 「だが、今回ばかりは、貴様の言うことが正しいようだ」

 夜叉は決して銀星と目を合わせようとしなかった。だが、偃月刀を握る手には、しっかり力が込められていた。銀星はほっとして、柔らかい笑みを浮かべた。

 「ありがとう、お姉ちゃん」

 「礼を言われるものでもないし、まだそれには早いだろう。……それに、実を言うと、俺では師匠にも、ストレイアにも勝てない。……俺に、戦う術を教えてくれたのはあの二人だから」

 「そう、なの」

 つまり、相手が夜叉の動きをほぼすべて予想でき、対応できるのに対して、夜叉は自分の攻撃がきかないことになっても、それを打ち破るのは簡単ではない。何より、相手の方がもともと、何倍と強いことは明らかだ。

 「だが、その点で言うなら、古竜の方は問題ない。奴は俺に任せてくれてかまわない」

 「お姉ちゃん一人で相手をするの? 危険だよ」

 「問題ない」

 「いやいや、大アリやろ!」

 「二人で勝手に決めないでよ!」

 二人の間に劉と結芳が割り込んできた。

 「特に夜叉、お前傷だらけやんけ。せやのに、あんな化けもんに一人で立ち向かうんは無謀っちゅーもんやで」

 自分の肩をつかみ、仰々しいため息をつく劉の腹を夜叉は軽く叩いた。

 「ゔっ」

 「貴様に言われたくないな」

 「……お前のせいでもあるんやけど…………?」

 夜叉に刺され、叩かれた部分を抱えて劉が呻く。それを見て苦笑しつつ、銀星が言った。

 「じゃあ、私があの二人の相手をしますから、皆さんで古竜を」

 「なんでだ!」

 結芳、ユース、昴の三人から抗議の声が上がった。目を丸くしている銀星に三人が詰め寄る。

 「一人で二人を相手にできるわけないじゃん!」

 「あんたが死んだら意味無いんだぞ!」

 「君はもう少し、僕たちを頼ってもかまわないんだから」

 「ていうか頼って!」

 「けど、二人ぐらいなら私だけでも……」

 「あっちの若いヤローは、青海港を一発で壊滅させた奴だぞ!」

 「他にどんな術を使ってくるか分からない。君一人では危険だ」

 お互い主張しあって譲らない四人を見て、夜叉はため息をつくと古竜に向き直った。

 「劉」

 「ん?」

 「お前がストレイアの相手をしろ」

 「はあ? またなんで」

 「あいつらを待っていたら、先に世界が滅びる」

 「……ま、まあ、否定はせんが」

 四人の言い争いを横目で見ると、劉は乾いた声で答えた。

 「なら、いいな。行くぞ」

 「……了解」

 深々とため息をつくと、劉はうなずいた。二人は同時に走り出す。

 自分に向かってくるのを見たためか、ストレイアが男から少し距離を取る。

 「烈火っ!」

 「水波」

 劉の放った炎は実にあっさりと、ストレイアの水に消された。心底呆れた、と言う風にストレイアが話しかけてきた。

 「懲りないなあ。さっきだいぶ痛めつけてやったのに」

 「ふん。ここでお前らを止められんかったら、どうせ死ぬだけやろ」

 「なるほど、もっともだね。ま、主様の計画を万が一にも狂わされないために、君たちはここで殺しておこう」

 「やってみやがれ」

 ストレイアの本気をかいま見て、劉の頬を嫌な汗が伝った。

                          

 「潰せ、ラグナロク」

 男の命に従い、古竜が夜叉めがけて手を振り下ろす。衝撃で地面が揺れ、激しい土煙が巻き起こった。視界が瞬く間に閉ざされる。

 「お姉ちゃんっ! ゲホッ、ゲホ」

 四人の視線が夜叉と古竜に向く。と、劉の腕を駆け上がる夜叉の姿が見えた。そのまま額の黒玉へと迫るが、古竜がその太い腕を一振りすると、あっさり払い落とされてしまった。

 「お姉ちゃん!」

 「問題ない! 貴様らはどうするかさっさと決めろ!」

 悲鳴を上げ、駆け寄ろうとする銀星を制して、夜叉は再び古竜へ疾走した。

 四人が顔を見合わせた時、派手な爆発音が聞こえた。そちらへ目を向ければ、劉が地面をゴロゴロと転がっていた。

 「焔成! くそっ!」

 ユースが走り出した。

 「ユースさん⁉」

 「あたしとあの兄さんがあっちを相手にするから! 銀星さんと昴さんはそっちね!」

 結芳がユースに続いて走り出しながら、半身を後ろにひねって二人を指差して言った。

銀星が何かを言う前に、昴が彼女の背中を軽く叩いた。

 「いくよ、銀星さん」

 「……はい!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ