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六章(1)


  六の詞  真実を語る者


 驚いて四人が振り返ると、やや荒い息をついた夜叉が立っていた。

 殺気にあてられ、カールが目を覚ます。

 「こりもせず、俺を懐柔しようとしているのか」

 「お姉ちゃん……」

 「できると思ったか⁉ 千鶴を傷つけておいて、それでもまだ! 俺が貴様の言葉を聞くと思ったか⁉」

 銀星は激高する夜叉から思わず、目を逸らした。

 ……やっぱり、もうお姉ちゃんを説得するなんて無理なのよ。

 「じゃあ、アンタはどうなのさ!」

 そのとき、結芳が夜叉を指差して詰問した。強気なように見せたかったのだろうが、震える指先は隠せていなかった。

 「今までいっぱい人を傷つけてきたんでしょ? 殺してきたんでしょ⁉ その中には、今のアンタみたいに、悲しんだり怒ったりした人だって、絶対いたでしょ!」

 「それがなんだ!」

 夜叉は、銀星に向けていた殺気の矛先を結芳へ変えた。

 「な、なにって」

 「全ては師匠の計画を完成させるため! この世界を『楽園』に変えるためにやってきたことだ。間違ってなどいない!」

 「はあ⁉」

 「なにが『楽園』だ! ひとの人生変えまくってよく言うぜ」

 ユースの脳裏には、かつての親友の姿があるに違いなかった。すると、今まで黙っていた昴が夜叉に尋ねた。

 「この前も言っていたけど、『楽園』ってなんのことです?」

 「師匠の計画の最終目標のことだ」

 夜叉には、以前のような余裕はないようだと、昴は判断した。以前ならば、聞かれたことにこれほど素直に答えはしなかっただろう。

 「最終目標? 世界を不幸にさせることじゃなかったの?」

 震える声で銀星が問いかけると、夜叉はせせら笑って答えた。

 「そんな小さなことだとでも思っていたのか?」

 その答えに結芳とユースは猛然と反論した。

 「全っ然小さくないし!」

 「すっげえ大事だっつーの!」

 二人の反論を一切無視して、

 「今ある世界を破壊し、新たな世界を想像する。醜い人類を滅ぼし、再び、今度はもっと清らかで美しい人類を創る」

 冷たい月の下、静まり返った砂漠に、夜叉の声が響いた。

 「それが、俺たちの〝楽園計画〟」

 「……な、に…………?」

 かすれた声が、誰かの喉から漏れた。しかしその後、しばらくの間、誰も口が利けなかった。

 「そん、な」

 一番最初に、ショックから戻ってきたのは銀星だった。

 「そんなこと、が……できる、の?」

 「できる。師匠なら」

 「どう、して。……どうしてそんなことをするの⁉」

 「どうして、だと?」

 「お姉ちゃんは賛同してるの? そんな計画に? それはお姉ちゃんが昔、不幸だったから?」

 「それ以外に何がある」

 「止めてよ、そんなこと! ここは、お姉ちゃんの生まれた世界で、お姉ちゃんの大事な人と出会えた世界なんだよ? そんな世界を破壊するなんて」

 「黙れっ‼」

 銀星の言葉を遮ると同時、鎌鼬が放たれた。四人とも直撃は避けられたが、クルトの荷台が破壊され、全員地面に投げ出された。結芳が、暴れ出す前にカールを還す。

 「貴様が千鶴のことを口にするな! 千鶴から俺を奪っておいて‼」

 銀星はハッと身を固くしたが、その言い回しに引っかかりを覚えた。

 「あの子から、お姉ちゃんを?」

 もし、千鶴が死んでしまっているなら、ここは「俺」から「千鶴」を、のはずだ。

 「そうだ! 貴様は千鶴を傷つけただけでなく、千鶴から俺の記憶を奪ったんだ!」

 「なっ……」

 銀星だけでなく、他の三人もそれを聞いて息をのんだ。

 「あいつは元奴隷で、嫌な記憶だってあるかもしれない。だがあいつはっ! 俺と違って笑っていられたんだ! 明るく、未来に夢を見て! 貴様はその笑顔も、俺たちと出会ってからのあいつの記憶もっ! 全て奪い去った‼」

 「記憶……喪失…………」

 銀星は呆然と呟いた。

 記憶喪失は、ある意味で、死別することよりもつらいことだった。自分は覚えているのに、相手は覚えていない。今までのように話すこともままならず、笑いかけてもくれない——。

 「新しい世界? 清く正しい人類の創造? もうそんなことは、どうでもいいんだよ、俺は‼ 千鶴から俺を、俺の記憶を奪った。それだけだ。それだけで、貴様を殺すのには十分な理由だっ‼」

 冴え冴えとした月光を反射して、光る偃月刀の切先が、銀星の目の前にあった。



 「どっか行ったぁ⁉」

 急いで部屋に戻ってみれば、いるのは粥を食べている千鶴のみ。どこに行ったかと聞けば、「さっきの綺麗なお兄ちゃんがどっかに連れて行った」。

 「何をしよんじゃ、あいつは」

 思わず劉は額に手をあて、上を向いた。そのまま夜叉を捜しに出て行こうとすると、背後から呼び止められた。

 「あ、の、お兄ちゃん!」

 「ん、どうした?」

 「わ、私のせい、なの? 私のせいで、あのお姉ちゃん、なんか、危ない目に……」

 今にも泣き出しそうな千鶴を安心させるように、劉は優しい笑顔を作った。

 「大丈夫や、心配するな。お前のせいとかやないから」

 「だ、だけど」

 千鶴はなおも続けようとしたが、そこで勢いよく戸が開いた。

 「たっだいまー! みんな元気にしてたかしらー?」

 「レミィ! ナイスタイミングや!」

 劉が笑顔で指を鳴らした。千鶴は、今の彼女にとって、見知らぬ人物の突然の登場に驚いて、粥を持ったまま部屋の隅へ逃げた。

 「なぁに? ナイスタイミングって」

 「オレ、夜叉を捜して来るさかい、ちょっと千鶴を見とってくれや。……色々あって今、千鶴の奴、記憶喪失になっとるから、気をつけてくれ」

 後半は千鶴に聞こえないように、音量を落とした早口で、レミリアに耳打ちした。レミリアは一瞬、瞠目したが、すぐに何食わぬ顔へ戻ると、千鶴の方へ歩み寄って、ごく普通に話しかけた。

 「こんにちは。あ、もう夜だからこんばんは、かしら? 私はレミリアって言うの。レミィって呼んでね、千鶴ちゃん」

 人好きのする笑顔のレミリアに、千鶴の緊張も少しは和らいだのか、おずおずと話し出した。それを確かめてから、劉は部屋を出て行った。

 

 「レイ、おるか?」

 ストレイアの部屋のドアをノックする。夜叉を捜す前に、ストレイアに確認をとろうと思ったのだ。しかし、返事はなかった。二、三度ノックしても同じ。イライラした劉は、ダメもとでドアノブをひねってみた。すると、鍵はかかっていなかった。

 「……レイ、入るぞ!」

 数秒、ためらったあと、劉は勢いよくドアを開けた。その先には、彼の想像を超えた世界が広がっていた。

 「な、なんやこれ……?」

 壁も天井も、床すら見えない、真っ暗な闇。無限の闇がそこには広がっていた。

 そして、そこに浮かんでいる淡い光の玉。闇を照らすほども明るくなく、頼りなさげに浮かんでいる握り拳一つ分ほどの大きさの玉。

 一番近くに浮かんでいた玉におそるおそる手を伸ばし、指先が玉に触れた瞬間、

 濁流のように音が、光が、劉の脳内に入ってきた。

 「うっ、お⁉」

 慌てて手を引っ込めた。

 「なんや、今のは……」

 これ以上踏み入れてはならないと、頭のどこかで警鐘が鳴り響く。だが、今、脳内になだれ込んできた風景の中に、見慣れた色があったような気がする。

 劉は一つ、つばを飲み込むと、もう一度今の玉に向かって手を伸ばした。

 「うぐっ……!」

 先ほどと何ら変わらぬ勢いで、とある風景が脳内を駆け巡る。勢いに負けぬよう、集中してなんとかその風景を読み取っていく。


 野原に一人の女の子——まだ幼い。たったの三歳ほどだ——が立っていた。その子が振り返り、かわいらしい笑顔で手を振っている。振っている相手は家族の誰かだろうか。

 赤い瞳を輝かせ、銀色の髪を風になびかせて、その少女は向日葵のような笑顔で、太陽の下に立っていた。


 そこで終わりだった。

 劉は玉から手を離し、ずっと息を止めていたのかと思うほど、大きく息を吐き出した。

 (今のは、まさか夜叉? いや、でもな……)

 部屋の中を改めて見渡す。底知れぬ闇に浮いている玉は、全部で五十ほどか。

 劉は覚悟を決め、その闇の中へ一歩、踏み出した。


 何個目かの玉から手を離し、知らず知らずのうちに吹き出していた汗を拭う。喉がカラカラに渇いていた。

 (これは一体どういうことだ? なんでこうなっている?)

 今まで信じてきたものが全て壊れていく。

 何を信じるべきか、何が間違っているのか。

 劉は、まったく分からなくなっていた。

 フラフラと、次の玉へ手を伸ばしたとき、突然背後から声をかけられた。

 「何をしてるんだい、劉。ここは僕の部屋だよ」

 ギョッとして振り返ると、穏やかな微笑みを浮かべてストレイアが立っていた。劉はこの時ほど、その笑顔を不気味だと思ったことはなかった。

 「鍵はかけといたはずなんだけど」

 ストレイアはそう言って、部屋の中に入ってきた。彼が一歩こちらへ近づくと、劉は一歩退いた。

 「……鍵は、かかっとらんかったぞ」

 「あれ、そうだった? それは僕らしくもないミスをしてしまったなぁ」

 「それより、聞きたいことがあるんやが」

 「ん?」

 「この部屋はなんや? いや、この浮いとるもんはなんや⁉ これに触ったら、いきなり映像が頭ん中に入ってきたわ。夜叉みたいな髪と目の色したガキもおれば、八年前にオレを騙したおっさんとお前が一緒におったり……。なんなんや、これは! お前ら、オレらに何をしてきた⁉」

 ストレイアに詰め寄る。すると、

 「ふぅん」

 ストレイアの顔つきが変わった。歩みも、止まった。

 「そこまで知っちゃったんだ」

 「あ?」

 「運がいい……いや、悪いのかな。千年ぐらいある僕の記憶から、夜叉や君自身に関わる記憶が見れるなんてね。……そして、そのせいで」

 ストレイアが、手の平を劉に向けた。

 「僕に殺されるなんてね」

 劉の視界が白く染まる。命の危機にさらされながらも、一番思ったのは。

 (殺すな。この世に残った最後の家族を……殺したらあかん。夜叉…………!)

 大きな爆発が、建物の一角で起こった。

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