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五章(2)

 昴がナイフを頭上に構える。

 「秋雨!」

 大雨に紛れるように、鋭い針のような刃が夜叉に向かって放たれた。だが、夜叉は慌てることなく、小さな水晶玉を懐から取り出すと、空へ放り投げる。水晶玉から同心円状に光が広がり、秋雨をすべて弾いた。それと同時、四人に……銀星に向かって走り出した。

 「白光!」

 結芳の指輪から白い光が生まれ、夜叉の目を焼いた。一瞬ひるんだところに、ユースが刀で打ち込む。しかし、ひるんだとはいえ、一瞬のこと。ユースは素早い夜叉の反撃を食らって吹き飛ばされた。痛みに呻くユースの横に膝をつき、銀星は慌てた様子で言った。

 「そんな足で無理をしないで下さい!」

 「心配ねえ。それより」

 「鎌鼬!」

 ユースの言葉を遮るように、四つの刃が飛来する。

 「きゃあ!」

 避け損なったのか、結芳の肩から血が吹き出す。結芳に駆け寄ろうとした銀星は突然の揺れにバランスを崩し、倒れ込んだ。

 痛みに顔をしかめ、左肩を抑えて体を起こした時、昴の警告が耳に届いた。

 「銀星さん、上!」

 ハッと見上げると、偃月刀でまっすぐに銀星の首を狙う夜叉がいた。

 「死ね」

 ほんの一瞬、銀星はためらった。だが、すぐに右手を夜叉に向けて唱えた。

 「蒼穹!」

 二本の蒼い矢が夜叉の腕に刺さる。その勢いで、夜叉は後方へと吹き飛んだ。 

 「ぐあっ!」

 泥の中に倒れ込む。激しい痛みに視界が歪み、自然、蒼穹が刺さった腕を押さえる……が。

 (……! 傷が、ない?)

 確かに、何かが刺さった鈍い痛みはある。しかし、刺さったはずの矢も、傷も、どこにも見当たらなかった。血も出ていない。ヨロヨロと立ち上がりながら、考えをめぐらす。

 (どういうことだ。いや、さっき奴は『そうきゅう』とか言っていたな……。チッ、聞いたことのない術だな)

 「もう止めようよ、お姉ちゃん」

 右手を夜叉のほうへ向け、警戒しつつも、呼びかける。

 「一緒に神樹の所に行こう! 世界を不幸にするなんて、そんなことはもう止めて!」

 「……っ。まだ、言うか!」

 まだ痛みが残る右手から、偃月刀を左手に移し、ぬかるむ大地を疾走する。

 「蒼穹!」

 再び銀星の腕輪から二本の矢が放たれる。蒼穹の飛んでくる速さはそれほどではない。先ほどは初めてのことでくらってしまったが、今度はかわせる。そう夜叉は、判断した。

 一本は偃月刀で砕き、もう一本は身体を軽くひねってかわす。……かわしたはずだった。

 「づっ‼」

 右足のふくらはぎに鋭い痛みがはしり、泥の中にひざをついた。

 (な、何が起きた…………?)

 「この蒼穹はね、お姉ちゃん」

 静かに銀星が口を開く。

 「蒼穹は、ただまっすぐに飛んでいく術じゃないの。私が動かしたい所に動かせる。……砕かれちゃったら別だけど。もちろん、一度に放てる矢の数も、二本なんて少ないものじゃない。ここに来るまでに何度か試したの」

 夜叉は、銀星の言いたいことを察し、小さく歯ぎしりした。銀星は、その気になれば夜叉を殺すことができるのだ。偃月刀ではさばききれないほどの大量の蒼穹を、全方向から夜叉に向かって放てば。

 銀星の声に、勝利の響きはなかった。それが、夜叉にとっては腹立たしかった。

 「だからね、もう止めて。お姉ちゃん。私はお姉ちゃんを殺したいわけじゃないの」

 「ほざけっ!」

 地面にひざをついたまま、懐からナイフを取り出して銀星に投げつける。術も何も纏っていない、ただのナイフだった。

 「きゃっ!」

 銀星は反射的に顔をそらしたが、頬が切れて血が一筋伝った。その隙にと、夜叉は銀星との距離を詰めようとした。だが、右足の痛みに思うほど素早く動けず、逆に、それをチャンスと見た昴がナイフを構えて向かってきた。

 「あなたには、ここでおとなしくしてもらいます!」

 夜叉が振り下ろした偃月刀をナイフで受け止め、捕縛するための縄を喚び出そうと、小さな水晶玉を構える。しかし、

 「図に乗るなよ、ガキが!」

 昴が反応する間もなく、夜叉は左腰につけていた大型のナイフを一閃させた。

 「なっ……⁉」

 ナイフを握っていた昴の腕から血が吹き出す。

 「いつまでも右腕が使えないと思ったか」

 そう言うと、左手に持っていた偃月刀を手放し、昴のみぞおちに札のようなものをたたきつけた。

 「爆‼」

 「うああぁ!」

 札から大きな爆発が起こった。

 「昴っ!」

 「昴さん!」

 ユースと銀星の悲鳴が重なる。爆発の光が収まった時、地面に倒れている昴だけが確認できた。

 「あの女は……」

 「危ない!」

 結芳が、銀星に飛びつくようにして押し倒す。夜叉のナイフは空を切った。

 「チッ!」

 再びナイフの狙いを銀星に向けたが、それは二人を庇うように立ったユースの剣に止められた。

 「焔成は来てねえのか?」

 「そんな奴、知らんな」

 「レマイン国でてめえと一緒にいた男だ……よっ!」

 ガンッとはねのけ、一度距離をとる。

 「劉のことか」

 「あいつはそんな名前じゃねえよ。……てめえら、あいつに何をした? あいつが世界を不幸にするだの、人殺しだの、あいつ自身が望んでやってるわけねえんだよ! てめえらが……っ!」

 鋭く突いてきた夜叉の一撃に、言葉が途切れた。

 「ほざけ! 貴様が劉を理解できるわけがないだろう!」

 「んだと……!」

 夜叉の激しい攻撃に、ユースが防戦一方になる。そこへ、別の声が割り込んできた。

 「紫電!」

 「!」

 結芳の指輪から小さな稲光が走り、夜叉の右腕に刺さる。夜叉の顔が痛みに歪み、ナイフを落とした。

 (右腕の感覚が……!)

 「ナイスだ。嬢ちゃん!」

 「くっ!」

 ユースが剣を振るうが、夜叉は地面に落ちたナイフを蹴り上げ、ユースがそれに気をとられている間に、先ほど手放した偃月刀を取りにいった。拾い上げ、そのまま呪文を唱えようとしたが、結芳の術がそれよりも早かった。

 「千の象 万の名 我が契約の名に導かれ現れよ、ファルコ!」

 「なに⁉」

 夜叉の目が驚愕に見開かれる。

 体長約二メートル。鋭い爪と嘴を持ち、砂漠の乾いた空気を好む鳥形の使役魔が、その大きな翼をはばたかせて、結芳の上空に浮かんでいた。この大雨で、本来の力は発揮されにくいだろうが、この場にいる者が契約する使役魔の中では間違いなく、最強の使役魔であった。

 「行け、ファルコ!」

 甲高い鳴き声を上げてファルコが飛来する。夜叉は歯ぎしりをしつつ、上空からの激しい攻撃をなんとかかわしていく。

 (中位の攻撃系使役魔……。こんなものまで契約していたとはな)

 ファルコの羽は、過酷な砂漠の空を何ヶ月でも飛べるように強くできている。外側からいくら攻撃を加えても、あまりダメージは与えられない。内部に直接攻撃を加え、致命傷を与えなければ……。

 「がはっ!」

 翼に打ち払われ、夜叉は今日もう何度目か分からないが、泥だらけの地面に倒れ込んだ。そこへ容赦なくファルコが襲いかかる。だが、夜叉が盾として自らの前にかざしたものを見て、結芳が待ったをかけた。

 「止まって、ファルコ!」

 直ちにファルコが停止する。その隙をついて、夜叉が偃月刀をファルコの口にねじ込み、ファルコが暴れ出す前に唱えた。

 「断!」

 血と羽をまき散らし、つんざくような悲鳴を上げてファルコが消える。夜叉は盾にしていた昴を地面に投げ捨てると、ユースと結芳に向かって鎌鼬を放った。

 「はっ!」

 「しまった!」

 とっさに手で頭を庇った二人の前に誰かが飛び出してきた。

 「蒼穹!」

 蒼い矢が鎌鼬を砕いていく。

 「銀星さん⁉ 出てきちゃダメじゃん!」

 「大丈夫。それに……やっぱりお姉ちゃんは私が相手をしなきゃいけないと思うの。だから、二人は昴さんを!」

 夜叉は昴を人質に取ることを早々に諦め、狙いを銀星一人にしぼった。向かってくる蒼穹を全て、確実に砕いていく。

 「本当にもう止めて、お姉ちゃん!」

 「黙れ! 貴様の言うことに、まだ俺が耳を貸すと思っているのか⁉」

 「……っ。どうして、どうしてお姉ちゃんはこんなことをしているの?」

 「理由など、貴様のような奴には分からんさ!」

 「私みたいなってどういうこと? ちゃんと言ってくれなきゃ分かんないよ!」

 「うっとうしい。世界の汚れも醜さを知らん奴が!」

 「世界の、汚れ?」

 攻防が一度止まる。夜叉の顔は苦しげに歪み、全身で荒い息をついていた。それでも、赤い瞳に映る憎しみの炎は収まる所を知らないようだった。

 「そうだ。貴様は見たことがあるか? 骨と皮だけになっても重い荷物を運ばされる者や、肉が腐り皮膚がただれても医者に診てもらえない者を! 身分が低いというだけで理不尽な暴力を受ける者。戦争に無理矢理かり出され、誰にも看取られることなく死ぬ者。切られた熱にうなされ苦しみのうちに死ぬ者。そして、毎日暴力を振るわれ怯えながら暮らし、使い捨ての道具のように、まるでゴミのように扱われる奴隷の子供たちを!」

 ハッと、銀星は思い出した。夜叉と初めて会った日、「人買いに売られた」と言っていたことを。

 「もし、かして、お姉ちゃんは自分が不幸な目にあってきたから、この世界を不幸にしようとしてるの? そんなの……逆恨みみたいなものじゃない!」

 「違う!」

 「え?」

 夜叉は手が白くなるぐらいまで偃月刀を握りしめ、当惑顔の銀星を睨みつけた。

 「俺はこの世界の汚さを、人の醜さを嫌というほど味わった。俺は、俺を見下し傷つけたクズどもに同じ思いを味あわせてやろうと思った。復讐してやろうと思った。だが、それでは意味がないと師匠は言った。この世界は根本から変えなければならないと。もうすぐこの世界は変わる。だが、そのためには……貴様が邪魔なんだ!」

 再び疾走し、銀星へと迫る。銀星は蒼穹を放って牽制しつつ、さらに言う。

 「お姉ちゃんがつらい目にあってきたことは分かったよ」

 「分かった、だと?」

 「でも、世界を不幸にさせた先のものなんて、いいものなはずがない! こんなことをしなくても、お姉ちゃんが言う『世界の汚れ』を無くす方法だってあるはずよ!」

 「それが、綺麗事なんだ! 幸せな、狭い世界しか知らない貴様がっ!」

 「綺麗事でもいい! だけど、このままだと、お姉ちゃん自身が可哀想だよ!」

 「……っ、黙れぇ‼」

 ひときわ大きく叫ぶ。その激情を表すような激しい雷撃が偃月刀から迸り、蒼穹を砕き、銀星を襲った。

 「きゃああっ!」

 全身が痺れ、彼女は腰が抜けたときのように、地面に座り込んだ。

 「あ……う…………」

 一瞬で銀星の前にやって来た夜叉が、その勢いのまま、銀星に向かって偃月刀を振り下ろす。

 「貴様が死ねば全てが終わる! そして新しい世界が——‼」


 『あたしがずっと一緒にいてあげるからね。もう寂しくないよ、お姉ちゃん』


 ふいに、無垢な少女の笑顔と声が頭に浮かんだ。はっとして、夜叉は偃月刀を一瞬、止めた。

 (千鶴……?)

 その瞬間、炎の渦が夜叉を襲った。

 「千の攻撃 万の守り 我が契約の名において現れよ、火炎放射!」

 「うああっ!」

 「!」

 銀星がゆっくりとだが振り返って見ると、昴に肩を貸したユースが、拳を夜叉に向けて立っていた。

 「銀星さん、大丈夫? って、んなわけないか」

 結芳が、雨で濡れて顔にへばりついた髪をうっとうしげに後ろへやりながら、駆け寄ってきた。まだ、満足に身体を動かせない銀星は、なんとか声を絞り出した。

 「い、いえ。大丈夫よ。それより……っ」

 「無理しちゃダメだよ、銀星さん。雷光の直撃をくらったんだろ?」

 「無理すんなって、お前が言えたもんか? 昴」

 ユースが呆れたように昴を見やる。昴の身体は傷だらけで、あちこちに巻いてある包帯が痛々しかった。彼はそうだねと言って苦笑した。銀星は結芳の手を借りて立ち上がりながら、ほっとしたような笑顔をみせた。

 「よかったと言うのもおかしいですけど……無事なようで、よかったです」

 「おかげさまでね。だけど、自分でも、生きているのが少し意外だったよ。確実に死んだと思ったんだけど」

 そう言うと、昴は夜叉のほうを見た。彼女は火傷した腕を押さえ、ゆっくり立ち上がるところだった。かなり足下がおぼつかないように見える。

 「ハア、ハア…………。この、ガキ共が……っ」

 「おいおい……。この大雨でいくら威力が落ちてるからっつっても、中位の攻撃だぞ? 左腕の火傷だけですんだのかよ」

 「だけど、あそこまでボロボロだし、もう簡単に捕まえられるよね」

 結芳が黄土色の玉を取り出した。さっき昴が夜叉に向けたものと同じ色だった。捕縛用の縄が契約されているのだろう。一歩、夜叉のほうへ踏み出そうとした結芳を銀星が止めた。

 「待って、結芳ちゃん」

 「銀星さん? でも」

 その後に言いかけた言葉を、結芳は呑み込んだ。銀星の目が、今までのように、単純な同情から夜叉を捕らえるのを待てと言っているようには見えなかったから。

 「もう止めようよ、お姉ちゃん」

 「まだ、言うか……!」

 「お姉ちゃんは、もう私を本気で殺そうなんて、思ってないでしょ?」

 銀星の声は尋ねてなどいなかった。あくまで確認。そんな口調だった。

 夜叉は、銀星の言葉を理解するのに数秒かかった。だが理解したその瞬間、再び目に怒りの炎を燃やした。

 「ふざけるな! 俺は貴様を殺す。貴様を殺して師匠の計画を完成させる‼」

 「ううん。お姉ちゃんは、もうそんなこと望んでなんかいない」

 「黙れ!」

 振り上げられた偃月刀から、青白い刃が飛んでくる。それを蒼穹で砕き、銀星は睨みつけてくる赤い瞳を見返して尋ねた。

 「なら、どうして今、私を殺さなかったの?」

 「!」

 夜叉の表情が固まる。大雨の中、銀星は静かに言葉を紡いだ。特に張り上げたわけではなかったが、彼女の声は雨の音にも負けず、世界に深く浸透していった。



 「おーい、千鶴。帰ってきたぞー……って、おらんやないか」

 天気がよくて、今日のように自分もレミリアも、そして何より夜叉が不在の時に、千鶴がいるブランコの側へ、劉は方舟から降り立った。だが、どういうわけか千鶴の姿は見当たらなかった。

 「おっかしいな〜」

 トイレにでも行っているのかと思ってしばらく待っていたが、千鶴が現れる気配はいっこうにない。建物の中も探してみたが、見当たらない。

 劉は、自分の胸の辺りがザワザワとしているのを感じた。

 悪い予感がする。

 「……」

 こういうときのカンに限って、当たることが多いのだから、嫌になる。

 「しゃあないなあ」

 劉はため息をつくと、目を閉じて意識を集中させた。

 (ホンマは疲れるから、あんましたくないんやが……。そうも言ってられんか。あいつになんかあったら、いろいろ大変や)

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