序章
以前、某出版社に応募したものです。誰にも読まれないのはちょっと作品が可哀想かな、と思ったので載せます。
楽しんでいただければ、幸いです。
混沌の空間があった。
ある日そこに、一つの大きな雷撃が生まれた。雷撃は龍の姿をしていた。
その雷撃こそが、世界創造の主、龍尭。
龍尭は混沌の中にいくつもの雷撃を降らせ、一部の混沌が次第に形を持ち始めた。
混沌が固まるまでの間に、龍尭は己の髪から三人の神を生み出した。
天空の神、蒼天。
海洋の神、綾波。
大地の神、陸。
固まった混沌は三人の神によって作り替えられた。
混沌は海に覆われ、そこから陸地が生まれた。
そして大地海洋の遥か上空には、暗い混沌を隠すように蒼い空が広がっていた。
三人の神は、それから長い時間をかけて世界を創っていった。
陸の骨は山となり、髪は木々へと姿を変えた。
白波の皮膚は混沌を封じる膜となり、臓腑は水から生まれる生命の源となった。
蒼天の息吹は風となり、その四肢は空を漂う雲に分かれていった。
三人の魂は世界と共に在り、またそこに存在しない世界を創った。
最後に龍尭は一組の男女の人間を創った。
龍尭は二人に生きていくための知恵と火を与えた。
そして龍尭はその躯を天で輝く太陽とし、魂は他の三神と同じ場所に留めた。
この最初の人間を〈暁の者〉と〈黄昏の者〉と呼ぶ。
それから幾千もの時が流れる。
その間に人は争い、奪い合い、殺し合った。
飢餓や貧困に疫病、その他の苦しみ、家畜同然に扱われる人々も現れ始めた。
人は愚かで、過去を振り返ろうともしなければ、過去から何も学ぼうとしない。
故に、そのような不幸の空気は幾度も世界に蔓延した。
しかし、不幸の空気を生む者がいるならば、払う者もいる。
世界に平和と温もりをもたらす光が満ちる。
それを行う者たちは〈暁の者〉と〈黄昏の者〉の化身と呼ばれた。
二人には【白い太陽】と【赤い太陽】があるという。
化身は必ずしも男女とは限らないが、互いに心通じ合わないと、光は生まれない。
それだけは、確かなことだった。
二人は四神が住まう世界と繋がる唯一の場所、神樹の下で祝詞を詠う。
彼らが詠う祝詞には光の力が、世界にはびこる不幸を取り除く力がある——。
序の詞 物語の始まりは
「さて、あれはどこにあるかしら」
縦にも、横にも広い部屋で、濃淡のある空色の服に身を包み、長い空色の髪をひとつに束ねた女性が呟いた。
天井は透明な水晶で覆われ、太陽の光が部屋の中に注がれていた。そのおかげで、部屋の中は窓がないにも関わらず明るかった。床に敷いてある絨毯は赤を基調とし、それには金や白の糸で豪華に華や動物の絵が刺繍されている。そんな部屋の壁には、天井まで届くほど高い本棚が置かれていた。
唯一、本棚が置かれていない壁の戸が開いて、少女と少年が顔を出した。戸の外に見える湖には大きな太鼓橋が架かっている。湖畔にある柳が風に吹かれてそよいでいた。
「よく飽きないね、姉上。面白いかな、読むより直接見てる方が楽しいと思うけど」
「もういっぱいになんのかよ。そろそろ隣の部屋にまた新しい棚を作らなきゃいけねえなあ」
藍に近い青色の髪をし、見る角度によってその色を変える不思議な瞳をした少女が肩をすくめながら言う。対して、三方の壁に並んでいる本棚を見回して呆れたように言う少年の髪は赤茶色、瞳の色は鮮やかな緑だった。
「そんなこと言ってないで、あなたたちも少しはここにある書を読みなさいな。ここにあるのは、未来永劫語り継がれるような物語ばかりなのよ?」
「と、ところで姉上は一体何の書を探してんだ?」
「そ、そうそう。私たちも探すの手伝うよ」
話がまずい方へ来たと察知した二人は、慌てて話題を変えた。女性は大きくため息をつくと、視線を本棚へ戻しながら答えた。
「一番新しい〈暁〉と〈黄昏〉の者の化身の話よ。ほら、喚ばれたでしょ。覚えてる?」
「ああ、あれね。また古い本探してるな〜。なんで?」
「ん? ちょっと懐かしくなって。また読みたくなっちゃったの」
「ふーん」
「あっ、見っけ。これでしょ?」
「ああ、それよ。私が読みたい『暁昏の娘』の物語」
女性は少女から本を受け取ると、部屋の中央、囲炉裏を囲むように置かれている座布団に座り、指を一つ鳴らした。すると、水晶を通して見えていた青空が満天の夜空に変わり、囲炉裏には火が灯った。満足げに女性は頷くと、そっと本を開いた。左右から二人が覗き込む。
静かに、茶色い表紙がめくられた。
『遥カ昔ノ世
世界ハ魔ニ堕チタ人間ガ放ツ歪ンダ波ニ覆ワレントシテイタ
其ヲ打チ破ルコト、適ウハ〈暁ノ者〉ト〈黄昏ノ者〉ノミナリ
ナレド〈暁ノ者〉、アラユル恐怖モ苦労モ知ラズ、未ダ平和ノ中ニ居タ……