あんちえーじんぐ
「唐突に文句言っていい?」
「……おおう、本当に唐突だな。なんだよ、いったい?」
さっきまで雑誌のページをぺらぺらとめくっていた彼女が、自己申告通りに唐突に声をかけてくる。
「私さ、『アンチエイジング』って言葉、嫌いなのよね」
「はぁ、『あんちえーじんぐ』ねぇ」
イマイチぴんと来ない俺。あんちえーじんぐっていうと、何か若返りとかなんとかそういうことのことだったと思うが、それの何が気にいらないって言うんだろう。
「そもそもさ、『アンチエイジング』っておかしいでしょ。アンチって音の響きが強力すぎる」
「はあ……」
あんち、っていうと抵抗するとかなんかそういう意味だったような気がするけど、
「そもそもエイジングって、歳をとることでしょう?歳をとることって別にフツーのことで、悪いことでも何でもないじゃない」
「まあ、そりゃあそうだな」
歳をとらない人間がいたら、それはフツーに怖い。
「それなのに、『アンチ』だなんて言葉をつけちゃって、バカじゃないの? 歳をとることは病気みたいに悪なわけ? アンチって日本語にすると、抵抗の『抗』っていう字になるけど、そんな文字が付く用語なんて、抗エイズ薬とか、抗アレルギー剤とか、そんなもんよ。歳をとることって、エイズやアレルギーみたいに目の敵にすること?」
「いや、そうは思わないが……」
暴走気味の彼女は止まらない。彼女が何かに怒りだしたときは、とりあえず最後まで聞いて受け流す。それが正しい対処法だ。
「私はフツーに歳をとりたいわ。流れに逆らって、ことわりを捻じ曲げるみたいにしてまで、若くいたいなんて思わないもの。歳をとってからもある程度元気でいたいって思うけど、それと若いままでいたいっていうのは別問題。フツーに歳をとって、フツーに社会から引退して、フツーに老後を送りたい」
「なんだか夢のない話だな」
「いえ、夢のある話でしょう? 人並みに老後を楽しむのって、すごい贅沢よ」
彼女はそこで一旦切ってから、少しトーンの違う声で続ける。
「それに、歳をとったら歳をとったで、楽しみもあるしね」
「楽しみ? なんだよ」
彼女に問いかけると、彼女は少し迷ってから口を開く。だが出てきた言葉は、
「……教えてあげない」
だった。
「なんだよ、気になるじゃんか」
俺はぶつぶつ文句を言いながら、彼女に近づき太ももの上に乗っかると、瞬時に脇腹をくすぐりにとりかかる。
「ちょっ!! 何すんの!! やめぇい!!」
彼女は俺のくすぐりに対して抵抗を試みるが、いかんせん腕力に差があるうえにマウントをとられているため、振り払うことはできない。
「やめません。散々文句きかせといて、オチの部分を聞かせてくれないなんて気になるじゃん。生殺しすぎ。話してくれないとくすぐりやめないよ~」
俺のくすぐり攻撃に30秒ほど抵抗した彼女だったが、途中で、
「言う!! 言う!! 言うからやめれ!!」
と絶叫した。俺はその言葉を受けて、くすぐりを解除したが、足の拘束はまだ解除していない。口約束を反故された時のための保険だ。
彼女はしばらくぜーはーと息を荒げていたが、ようやく口を開くつもりになったらしい。彼女はこちらに目を合わせないようにしながら、半分キレたようにまくし立てる。
「楽しみっていうのは、ほらっ!! あんた、結構かっこいいし、年取ったらどんな感じになるのかな、とか、結構ステキなロマンスグレーになんのかなとか、そういうことっ!! 変に若づくりしないほうがかっこいいんだろうな、とか、ねっ!!」
うわぁっ!! これは予想外に直球でかわいいこと言われた!!
俺がロマンスグレーになるまで、コイツとの仲が続いているかははなはだ疑問だが、しかし、それでもそんな風に思ってもらえることはうれしい。
「ほらっ!! もう話したんだからいいでしょ!! 早く上から下りて!!」
彼女は照れたように赤い顔のままでそう言うが、俺は彼女のふとももの上から下りない。
「やだ」
「なんで?」
「かわいいから」
彼女の問いかけに、俺は答えになっていない答えを返す。
そしてそのままの勢いで、体を倒して彼女の唇を俺の唇でふさいでみる。
ああ、確かにいつまでもコイツとこんな感じでいられるなら、時の流れに身を任せてのんびり、フツーに過ごしていく日々も楽しいんだろうな。そんなふうに思う。