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第七話『四神』(ストーリーパート)






 フィーラ平原、開戦直前。



「十万は居るかな?」

「後方にまだまだ居るよ。五十万は居ると考えた方がいい」


 魔界と人間界との境界線であるフィーラ平原では、人族と魔族の間で睨みあいが続いていた。

 元祖・魔王は前線指揮 兼 敵軍牽制用で目の良い人族には目視でも姿が確認できるほど前に居り、その隣にはほっそりとした線の細い男性の姿。

 元祖・魔王は相変わらずのくたびれたスーツ姿で煙草を吹かし、出来の悪い刑事のようであるが、隣に居る男はその反対に、魔王職であれば正装である黒マントにこれまた黒を基調とした甲冑。

 所々に赤や金の刺繍や装飾が施され、誰が見ても高位である者だと判断がつく。


「“元・魔王”。君はこの状態、どれくらい続くと思う?」

「パパ上君が来てくれたおかげて、今直ぐって事は無くなったけど、予想よりも早く一戦始まるかもしれないね」

「魔王城周囲には精鋭ばかり千人ほどかき集めたが、こっちは雑兵ばかり二万だからな。質はおろか、量も劣ってる」 

「しかも偵察の報告だと、あっちには君に唯一拮抗できる四神(ししん)が居るよ」

 

 その言葉を聞いて元祖・魔王は口元から煙草が落ちる。慌ててそれを拾い、もう一度口に咥えると、頭を掻きながらめんどくさそうな表情で「帰りたい」と一言。


「無理もないね、君を二百年も牢獄に閉じ込めたのは彼らだからね」

「アイツら生きてたのかよ、高位の希少長寿魔族が人族に加担するなんて厄介以外の何物でもないよな」

「彼らの寿命はあと百年はあるでしょうから、まだまだ縁がありそうですね」

 ご愁傷様と苦笑いを浮かべながら元・魔王は元祖・魔王の肩を数回叩いた。


「はあ、四神が居るなら尚更力不足だな。他にも色々と居るんだろ?」


 聞きたくはないが情報は知っておくに限る。それが分かっている元祖・魔王は本当に聞きたく無さそうな嫌~な顔で元・魔王に敵の詳しい戦力を問う。


「気を付けねばならないのは先にも述べた四神。そして上級・中級と思しき魔導師が千と、竜騎士が二千五百。それと勇者見習いが二百名近くですね」

「お前が魔導師を全部引き受けたとしても、数で押されるな」

「私では上級魔導師を百人相手取るのか精一杯ですよ」

「あれ? 元・魔王。お前ってそんなに弱かったのか?」


「貴方や、現・魔王と比べられたら他の歴代魔王なんて路傍の石でしょうが、これでも歴代四位の位置づけですよ私は」と笑いながら返答する元・魔王。元祖・魔王の言葉は、元・魔王をけなしているようにしか思えない発言ではあるが、彼には本当に悪気がある訳では無いので気にしてはいなかった。


「ならその“四位”さんが四神を一体でも引き受けてくれるって言うなら、僕が魔導師千人を引き受けるが?」

「私があと十人居たらぜひそうさせて頂きますよ――っと何やら敵陣営に動きがありますよ?」


 元・魔王はおもむろに望遠鏡を取り出し、騒がしい場所を見つめる。

 見慣れない少女と、四神と呼ばれる者達が、話しをしているのが目に入り。誰かと元祖・魔王に望遠鏡を渡しながら問う。


 ん――と軽く返事をし、元祖・魔王も望遠鏡で同じ場所を見た。

 そしてまるで、先ほどの再現のように、またしても煙草を落す。

 この人はこの丘を火事でもしたいのだろうかと、今度は元・魔王がそれを拾い上げ、元祖・魔王に渡す。

 しかし、その顔色は芳しくなく。お腹が痛いがトイレが近くに無いと、分かっている時の表情。が一番最初に脳裏に浮かんだ。


「最悪だ……下手をするとまー君に殺される……」

「誰ですか、あの“紅髪”の少女は?」

「……まー君の…嫁……かな?」

「はぁ?」

 現・魔王が婚姻をしたなんて聞いても居ない。

 混乱する頭で必死に考えるが、元・魔王に答えが出る事は無かった。



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 レティ、ミュリエル。そして姫は、数十名の護衛と共にフィール平原へと辿り着く。

 馬を兵に預け、三人はまず現場の最高指揮官を探すが、どうにも見つからない。


 いくつもの野営陣地が築かれているが、まだ組み上がっていた内仮設テントや防衛用の木の杭などが、あちらこちらに山積みになっていた。


 どの兵士も何らかの命令を受けているのか、忙しそうに走り回っており。姫達は誰に話しかけるべきかと戸惑う。


 そんな中、山積みの物資の上で空を見上げながら、煙管(キセル)を悠長に吹かしている不届き者に姫は気がつく。

 年齢は三十代前半くらいに見えるが、強面な顔といつも難しそうな表情をしているせいか本当は魔王とは然程年齢が変わらぬにも関わらず、姫には実年齢より十歳ほど高く見積もっていた。


 顔も別段悪くは無い。姫のタイプではないが、優男風の男より、少し暑苦しそうな男ぽい顔の方がマシだと考える姫にとって、この男は十分に好印象を与えられるだろうが、サボりはいけないという感情が先に来ているだけに、今はプラスに働く事はなかった。


 服装はあまり見覚えはないが、父親である国王が開いた舞踏会だかなんかで、あのような格好をしたものを見た事がある。

 日本とか言ったか? よくは覚えていないが異国風の服に長身の男は身を包んでおり、白を基調とした布の服は、甲冑に身を包んでいる兵士達の中ではかなり場違いに映って見えた。


 腰には一本の剣。見た目はワドワーズの持っている物と酷似していたので、日本刀という種類のものだろう。

 ワドワーズほど刀身は細くは無さそうだが、やはりこの“日本刀”という武器は戦場には似つかわしくなかった。

 

 未だおろおろと、辺りを見渡しているレティとミュリエルから離れ、姫はその男の前へと立ち、男を見上げた。


「そこのサボり魔。アナタよアナタ。聞こえてないの?」


 姫が忙しく働く兵士達の声や音に、かき消されぬようにと大声で叫ぶ。

 男もようやく空から下へと視線を移し、姫を見下げる。

 なんだこの小娘は? と言いたげにめんどくさそうにこちらを見ているが、別段自分が国王の娘だと威張るつもりはない姫にとっては、いきなり話しかけてきた自分に対してこの程度の反応であれば、特に怒る理由も不機嫌になる理由もなかった。


「私は姫。アナタ、名前は?」

白虎(びゃっこ)と呼ばれているが、実際はそう皆が呼ぶだけで、俺の名前ではないのでお前が好きに呼んでくれて構わない」

「なら白虎で良いわ。それで、白虎はどうしてこんなところで、何もせずに煙管を吹かしているの?」

「暇だからだ」


 簡素に男は答え、もう一度空を見上げ、再び煙管を吹かし始める。

 

「今私達はこの場所での総指揮を担当している者を探しているの、暇なら案内しなさい」


 その言葉に白虎は、こいつ本気で言っているのかと言わんばかりに、少し驚いた表情で姫を見た。


 仕方ない――白虎は地面へと降り立つと「ついて来い」とだけいい、姫の前を歩く。

 姫もレティとミュリエルを呼び、後を追う。



 少し歩いたところで、白虎が立ち止まると、姫の方を一瞥したあと、前に居る男へと視線を移した。


 視線の先には三人の女性の姿と、周りには高位の証を付けた士官が集まっていた。

 女性達はそんな士官たちに何かを指示し、それを受けた士官たちは足早に散っていく。


 どうやら白虎は、この女性達が最高指揮官だと言いたいのだろう。


 銀髪の長身の女性。おっとり系の美人巨乳で、姫は一目で「(貧乳の)敵」と判断した。

 姫が敵視する女性の隣には、青髪の同じく長身の女性がおり、こちらはあまり胸が大きいとは言えないのだが、ほっそりとしながら、それでいて女性らしい綺麗なシルエットは、すこーしだけ幼児体型である姫の敵であった。

 銀髪の女性が話し掛けた時のみ、話し返し。銀髪が指揮官、青髪が補佐官的な立ち位置に見えた。

 そしてもう一人の女性。大きな声でギャアギャアと士官達に高圧的な態度で命令している赤髪の女性。

 体型も年齢も姫と似たような感じではあったが、あそこまで品の無い子供の様に騒ぎ立てる様子を見ていると、その矛先を向けられている士官は堪ったもんじゃないだろう。



 そんな分析を終え、姫が白虎に礼を言い、ミュリエルは白虎に少しばかりのお金を握らせ、レティ達も姫の後を続く。


「ん? どうした白虎。お前が態々出向くとは珍しい」


 姫が声を掛けるより先に、女性の一人が姫の背後に居た白虎へと声を掛けた。

 案内役を終え、あとは好きにすればいいはずの男が、何故かまだ後ろに居た事に驚いたのと、女性達が白虎と呼ばれている男を知っている事に驚いた姫達は、視線を男と口を開いた女性の間を行ったり来たりしていた。


「この御嬢さんたちがお前に用だとよ。俺は連れてきただけだ、あとはコイツに説明してもらいなぁ、じゃあな」


 白虎は姫達に混乱を与えるだけ与え、その場から離れて行った。

 

「アンタ。私達に用があるそうだけど、何? 生憎だけどお姉さまはあまり暇な立場ではないの、程度の低い用件なら容赦はしないわよ」


 姫とはより暗い赤色の髪をした小娘が、姫に対して睨むように視線を送り、この女は無視する事に決めた姫は、たぶんではあるがこの三人の中で一番話が分かりそうな女性である、銀髪へと声を掛けた。


「国王の命を受け、この聖戦へと参加する事になりました≪姫≫と申し――」

「ぎゃはははは!! こいつが国王の娘!?! 小娘って聞いていたけど、ガキじゃない!!」


 言葉を遮られたのと、自分を馬鹿にされた事に怒りを覚えた姫であったが、自分以上に背後に居るレティとミュリエルがキレかけていたので、逆に冷静になれた。


「朱雀、言葉を慎みなさい。この方を侮辱する事は、国王から受けた数々の恩に対して侮辱で返すのと同じ、私に恥を掻かせるおつもりで?」

「へいへい、わかりやしたよーっと」


 赤髪の女性は馬鹿にしたような態度で返事し、掴みかかる勢いで青髪の女性が前に出るが、銀髪の女性はそれに対し、片手で御する。


 青髪の女性は、先ほどの怒りはどこへやら、一瞬で冷静な顔に戻ると、再び後ろへと控える体勢へと戻る。


「失礼しました。わたくしは青竜と呼ばれています。後ろの子が玄武で、そしてあの子は朱雀。この度の朱雀の非礼を詫びさせて下さい……」


 そう言い青竜と玄武は共に頭を低く下げた。

 朱雀と呼ばれた少女は相変わらずの態度ではあったが、別段謝罪を欲していた訳では無いので、話しを進めた。


「その件は別に気にしておりません。それより先ほどからずっと疑問に思っていたのですが、青竜に玄武。朱雀に、そして先ほどの白虎と名乗った男性。むかし読んだ文献にその四つの名前が出て来たいたのですが、何かお名前とご関係が?」


 訊かれると分かっていたのか、その疑問にすぐさま青竜は答え始める。


「そうです、私どもは四人纏めて四神(ししん)と呼ばれており、その由来は姫様のお読みになった本で概ね間違っていないと思います」

「四神……貴方がこの場の指揮官である事は間違いないですか?」と姫。

「はい、私が四神のまとめ役であり、この場においての最高指揮権を与えられています」

「私の父である国王は、私に最前線に出す条件として、四神のうち最低一名が護衛に付く事を条件としました。という訳で貴方達四神の方々には、私の護衛役について貰います。これがその命令書です」


 ミュリエルが青竜に手紙を渡し、彼女は黙ってその文へと視線を落とし、読み終わると、それを背後にいる玄武へと渡した。


「国王の命令とあらば従います。しかし姫様。戦場というのは常に誰かに命を守って貰える訳では御座いません。できうる限りの事は致しますが……」

「分かっているわ、自分の命は自分で守るつもり、例え戦死したとしても貴方方の責任ではないし、罰する事もさせないと約束するわ」


 姫はそう言ってのけたが、朱雀は異を唱えた。


「戦場でガキのお守り? ふざけるな! アンタは良くても私はアンタを守るつもりなんてないからね! アタシは好きに動く。国王の命令だろうと関係ないね」

「朱雀貴様! いい加減にしろよ!」

「うぇ、玄武が起こったぁ~ めんどくせぇ。いい? アタシはアンタは守らない! 邪魔をしなければどうでもいいけど、アタシの足枷になるってんなら容赦はしない! いまここで殺してやる!」


 言いたい事だけ言うと、朱雀はその場を後にした。

 疲れたような顔でため息を吐く青竜。


「はあぁ~……。しかし姫様。あの子が不満を言いたくなる訳も理解してあげて下さい。貴方はよほど腕に自信がある様子ですが、なんせ私達四神は、元祖・魔王を前に出て来た時、相手取る事がこの場に要る理由ですから」

「パパ上様ッ――ゴホン。元祖・魔王がこの戦場に居るの!?」

「既に斥候が元祖・魔王がいる事を確認しております。開戦直前に現れたのです、間違いなく戦場に入ってくる事でしょう。そうなれば嫌でも私達が元祖・魔王を止めねば、五万、十万の兵力差なんて簡単にひっくり返りますからね」


 改めて元祖・魔王であるパパ上のチート振りに戦慄を覚えながら、それと対抗するつもりである四神たちに驚く姫。


 姫自身、自分が四人居て、元祖・魔王に対抗しろと言われればまず無理と答えるだろう。

 自分が四人という完璧に統率が取れそうな場合であっても、それなのだから、先ほどの生意気な朱雀という少女も、自分より何倍も強いということになる。


「……ふう。それでも姫様。玄武と白虎を護衛に付けます。しかし元祖・魔王が出てきたら、貴方には戦場から離脱してもらいます。それが私達が出来る精一杯の譲歩です。それを了承していただけねば、国王の命令と言えども従えません」


「それで構いません。それと此度の戦闘では、誰を討てば“勝ち”なのですか?」

「今回の総指揮は元・魔王と聞いています。総指揮と思われる元・魔王を討つか、或いは元祖・魔王が落ちたら流石に敵は撤退すると考えられます」

「なら私が元・魔王。総指揮を討てば、こちらも軍を引いてくれる事は約束できませんか?」


 流れる血は双方共に最小限にしたいと考えての発言だった。

 姫の言葉に青竜は難しい顔をしたあと、答えた。


「姫様。貴方は優しいお方のようですね、しかしそれは“甘さ”です。多くの敵を逃がせば敵は再度、兵を集め反撃してきます。再びこのような場が設けられ、同じように血が流れるだけです。ならば反撃する気も無くなるくらいに完膚なきまでに敵を倒す。そうすれば魔族も早期に降伏するでしょう。解りますか? 反撃の機会を与えれば双方共にもっと多くの血が流れるのです。綺麗事ではなく、いまここで全力で敵を討つ事こそが、最小限の流血に繋がるのです」


 そのような回答は予想していたのか、姫は激しく反論した。


「分かっているわ。でも今回の戦の切っ掛け――青竜は知っているでしょ? こんな事態を招いた犯人が見つかれば戦わなくて済むのよ! 私の友人が死力を尽くして犯人を捜しているわ、アイツ――彼らが見つけるまで、これ以上戦火を広げる訳には行かない、その為に私は来たの」

「はぁ~。分かったわ。貴方が元・魔王を討ち、敵が兵を引くようであれば、私たちは追撃はしない」

 

 後ろに控えた玄武が目を剥き驚くが、青竜は易々とそう約束する。

 姫もそこまであっさりと認めてくれるとは思わず、少し拍子抜けしてしまったが、青竜が笑顔で姫の手を取ると、両手で包む様に手を握り、約束を交わした。


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