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第六話『決心』(ストーリーパート)

第六話『決心』






 フィーラ平原での開戦、寸前。

 


 魔王城から出て、早一週間。姫は父である国王との謁見(えっけん)以外は、基本的には自室に籠りっぱなしであった。

 白を基調とした広い部屋には、贅沢な装飾をあしらった化粧台に、勉強用なのか質素な机。

 大きな棚には所狭しと本が並べられ。

 一際目を引く、贅沢で煌びやかな装飾が施されたキングサイズのベット。


 そしてベットには様々な動物を模したファンシーなぬいぐるみが大小合わせて、二十個は転がっていた。

 姫は寝転がった状態から、お気に入りである熊のぬいぐるみを取る。一メートル以上ある大きな熊のぬいぐるみは、姫が後ろから抱きしめるように腕を絡ませると、柔らかな綿が程よく押し返す。


 それが心地いいのか、何度も力の入れては、抜き。入れては抜き、と繰り返し、それも飽きると元の位置に戻し、ベットから身体を起こす。


 まるでこちらの行動でも見ていたかのようなタイミングでドアがノックされ、姫がその音に無視を決め込むと「失礼します」と声の主が入ってきた。


「起きていらしゃったようですね」


 招かれざる来客は、ベットから上半身だけ身体を起している姫に視線を送ると、そう口にした。

 姫はプイッと窓際に顔を向け、ちっぽけながらも反抗の意志を示すが、彼はそんな姫に優しげに微笑み、ゆっくりと姫の脇へと歩く。


 姫も仕方ないと、覚悟を決め、男の方を向く。

 男の後ろには、怪訝そうな顔をした姫専属の侍女達の姿もあった。

 侍女たちの視線は姫ではなく、男に向けられていた。

 大方、寝起きの女性の部屋に許可なしで入る男に、無礼だデリカシーが無いだと言いたいのだろう。

 そんな視線を後ろから向けられている事を知ってか知らずか、男は口を開く。


「何の用よ、人殺し」

「人殺しではありません、ワドワーズとお呼び下さい、姫様」

「それで、そのワドワーズとか言う、人殺しは朝から私になんかよう? 湯浴みもしたいし、早く出て行って欲しいんだけど。それとも何? 寝癖の付いた女を眺める趣味でもあるの?」


 姫の言葉に侍女達は親指を立て、さり気無く「良く言ってくれた」と言わんばかりに笑顔で返し。姫も苦笑い気味にそれに侍女に微笑み返した。


 ワドワーズは、一瞬後ろに視線を向けるが、侍女達はどこ吹く風と、あさっての方角へと視線を送っているが、逆に不自然なので、姫は一瞬笑いそうになるのを必死に堪えた。


 

「ん? まあいいです。用件を済ませるとしましょう。本日、午後に元老院と国王らの会合があります。元老院はそれに参加するようにと、連絡が来ております」


「ふーん。どうせ私の意見なんて聞いてくれないのに、何を聞きたいって言うのかしら……まあいいわ」



 つまらなそうに姫はそう口にすると、用事は終わったでしょ? なら帰りなさい――と言わんばかりに視線をワドワーズから逸らし、シッシと動物を追い払うように手を振り。そして侍女達を傍らに呼ぶ。


「レティ、ミュリエル、湯浴みの準備を」


 姫の声に、侍女二人は静かに返事をし、そして姫もベットからようやく出ると、侍女達も姫の服に手を掛けるが、後ろに立っているワドワーズに視線を送り、「アンタ邪魔」と目で言い。

 まだ何か言いたい事があったにも関わらず、姫に軽く挨拶をすると、仕方なくワドワーズは部屋を後にした。


 扉が閉じられた事を確認すると、侍女達は口を開いた。


「何、侯爵(こうしゃく)ってあんなにも気が利かないものなの!!」


 一際、怒りをあらわにしたのはレティだった。

 姫と同じくらいに小柄なレティは、扉の方に向かって激しく指を指し、そう言った。

 姫は彼女の長い青髪をそっと撫でながら、優しげな声で「そうね、私もアイツは嫌いよ」と笑いながら言うと、それを聞いていたミュリエルは少し悪戯っぽく笑いながら口を開いた。


「ふふ、姫様もレティも、そんな事は言ってはいけませんよ。あの方だってきっと、姫様を心配して声を掛けて下さってのですよ?」


 姫やレティと同い年にも関わらず、ミュリエルが二人よりも大人びて見えるのは、身長のおかげか大きな“胸”のおかげなのかと、姫とレティの話としてこの題材はよく上がる。

 おっとりした雰囲気でミュリエルは話しを続けた。


「でも、もし(よこしま)な思いで、姫様の寝室に入ったのであれば……ふふ、やっぱり毒がいいですかね?」


 何の同意よ……と姫は苦笑いでそれに答え。レティは相変わらずの大笑いで返事をするだけであった。


 そんな事をしている間に、着ていた物が全て取り払われると、姫は隣の部屋にある脱衣所へと足を進めた。


「それにしても姫様、脱衣所で脱いだ方がよくはありませか? その為にあるのですし」とミュリエル。


 姫の部屋には専用の風呂場が設けられており、当然脱衣所もあった。

 しかし、姫は脱衣所で服を脱ぐのがあまり好きでは無かった。

 理由は。


「だって、狭いんですもの」

「それは姫様が欲張ってこの大きさの浴槽にしたからですよ」


 一般家庭とほぼ同じ程度の脱衣所ではあったが、姫は侍女達が自分の服を脱がす事を完全に失念していたので、二人掛かりで服を脱がせるという作業には全く向いてないほど、狭い。

 なので、そんな狭い所で作業をしなければならない、二人の為にも姫は脱衣所ではなく、寝室で脱衣してばかりなのだ。


 質素な脱衣所を抜け、自分の寝室とほぼ同等の広さを持つ、大浴場へと入る。

 魔王城にある風呂と比べると、これでも少し小さいが、それでも大人十数人が優に入れる広さがあった。

 侍女の二人は手慣れた様子で、メイド服の濡らさぬよう気を付けつつ、姫の身体を洗っていく。

 姫も落ち着きのない犬ではないので、むやみやたらに動く事はせず、今後の事を考えながら突っ立ってるだけで身体は洗い終わっていた。


「ありがとうレティ、ミュリエル」


 姫の言葉に二人は静かに頭を下げ、風呂場を後にした。


 大浴槽へと足を進め、片足ずつ、ゆっくりと身体を沈めていく。

 肩まで風呂につかり、身体を(ふち)に預ける。


「ふう」


 姫はゆっくりと息を吐き、今後の事を再び考えた。


「魔王が生きてるって聞いたけど、今頃どうしてるのかな~?」


 魔王が無事である事は実は中ボスにより知っていたのだ。

 どういう訳か、ポケットに入れられていた紙切れには中ボスの字で、魔王がこの程度では死なない事が掛かれていた。

 些か引っ掛かるような内容ではあったが、生きているのであれば一安心。

 姫はその紙切れで冷静さを取り戻すことができ、そのあとの国王との謁見もそれほど感情的にならずに済んだのだ。


 しかし、国王から言われた小ボスが人族を惨殺しているとの話し。

 一体どんなってるかは分からないが、姫にとって小ボスは弟のようなもの。

 未だ付き合いとしては長くは無いが、それでも不必要に人を傷つけるような性格では無いと思っていた。

 それに、仮に小ボスが皆が言うような殺人鬼だとしても、魔王や中ボスが、人族との関係悪化を望む様には思えない。

 姫の中ではこの事件、三つの可能性が上がっていた。

 一つ、小ボスの暴走による単独犯での行動。個人的な意志。

 二つ、魔王達魔族が人族と戦争を望んでいる。大規模的な意志。

 三つ、それらを除く第三者が何らかの理由で小ボスや魔族を不当に貶めようとしている。誰ともわからぬ第三者の意志。


 この三つだ。

 当然、姫の中で上に二つは真っ先に切り捨てたいが、それを証明できぬ限りは除外は出来ない。

 三つ目に関しては、誰が、何の為に? とまったくもって想像がつかない。

 確かに人族と魔族の間で戦争が起きれば得をする者が出るのは当然。

 しかし、目的が全面戦争だとしても、相手が小ボスに似ていると言うのがどうも引っ掛かる。

 

 そこまで考えた所で、姫は勢いよく立ち上がり、浴槽から出ようとする。

 そしてレティ、ミュリエルも真っ白なタオルを片手に、再び風呂場へと入ってきた。

 

 そんな彼女達を前にし、姫は今しがた決めた方針を告げる。



「二人とも聞いて! 私、魔王を倒す!!」


 何故? と思えるのは、その言葉を理解しているが、意図が分からない時に用いられるが、姫から出た言葉は二人の理解を超えていた。

 まるで異世界の言葉のように、二人の思考は完全に停止してしまうほどの意図。意志。不明の言葉。

 固まる二人をよそに、姫は自信たっぷりな笑顔で同じ言葉を繰り返すだけであった。


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