第五話『亀裂』(ストーリーパート)
第五話『亀裂』
王室では、本来は魔王城に常駐しているはずの部隊が、魔王の指示で集められ、それらが続々と到着し、それぞれ百人隊長などが、高らかに魔王に忠誠を誓い、そして指示を受け持ち場へと散っていく。
既に魔王城には二万を超える軍勢が集まってはいたが、今現在は各所の村へと散っており、実質城に居るのは五千を超える程度。
未だ作戦の要である小ボスからの報告は上がらず、それがない事には本格的な動きが取れない魔王達としては歯がゆい思いをしながら、じっと辛抱するしかなった。
魔王がワドワーズと名乗った糸目の勇者から、襲撃を受けて早二週間が経っており、人族・魔族双方共に緊張感がピークに達していた。
魔王城の兵士達が近隣の村に防衛部隊として配備されているので、ギリギリのところで市民には、シゼルの被害は無い。
だがシゼルの研究施設、或いは量産施設の類いは全くもって発見に至っておらず、このままでは開戦までそう遠くない。
魔王自身がそんな事を考えていた矢先に、中ボスとラゼが息を切らし、王室へと入ってくる。
その様子には、魔王の横に控えていた魔王城にいち早く到着した他の四人が武器を手を掛け、魔王も「敵襲か!?」と口にするほどであった。
「はぁはぁ……もっと恐ろしい事です。魔王様……魔族の軍隊と、人族の軍隊がフィーラ平原にてついに衝突。交戦状態に入りました」
それはつまりここも、すぐに戦場になる事を表し、人族と魔族の関係を決定付けた瞬間でもあった。
「急いで村から兵を引き上げさせろ!」
魔王は王座から一歩前に出ると、周りに居た兵士達に命令を飛ばす。
こうなってしまえば、村に兵士を置いておくのは危険であった。
もし撤退が遅れれば、人族の軍隊に攻撃を受ける可能性がある。
彼らはまだ人族と交戦状態にあるとは知らないのだ、もし彼らが襲われれば、反撃すら許されない間に嬲り殺される。
いや、魔王自身がどんな事があっても人族に手を出すなと命令をしているだけに、ほとんどの者はそれを守り、潔く死ぬだろう。
そんな兵士達を見殺しにする訳にはいかない。
魔王は反撃を許可し、これによりついに人族に出張っている、魔王城は人族と敵対関係に至った。
「小ボスとネコはどうなっている!?」
「連絡が取れません。最後に向かった町からそう遠くない場所に居るはずです」
中ボスの返事に魔王は頷き、魔王は指揮を中ボスに任せ、その補佐にラゼを付けた。
防衛の要としてマモットとアド。ヴァナを付けた。
「リーリ、お前は私と来い」
「……はい、喜んで」
無表情なリーリは言葉とは裏腹に、一向喜んでいるように思えないが、心なしか頬を赤く染めていたが、魔王はそれに気がついてはおらず、彼女に近くに来るようにもう一度名を呼んだ。
ヴァナやアドは不満げに文句を垂れるが、魔王は一切変更するつもりはないのか、無言で王室を後にする。
魔王の中で唯一実戦に耐えられるのはラゼ、マモット。そしてリーリだけだと判断していた。
魔王が出るのであれば、実質、魔王城の二番手である、中ボスを残すのは元より当然。
ラゼは中ボスの補佐として残しておきたかった。
そして実戦経験の豊富なマモットは防衛隊長として。
未だ実戦経験の浅いアドはとてもではないが魔王が背中を任せるのには不満が残る。
ヴァナは感情的に動き過ぎる所があるので、不安要素の多い状況には連れて行くことを躊躇させた。
そして残るは、魔王が訓練で唯一、筋の良さを認めたリーリのみ。
彼女はどんな場合でも冷静沈着。戦闘行動全てが理にかなった動き。
それでいて相手の急を突くような、変則的な攻撃すら織り交ぜてくる、そんなトリッキーな戦いすら可能と来ている。
姫が激昂型、感情豊かかつそれを原動力とした炎のような天才だとしたら。リーリは冷徹型、それが必要であるから等の利己的な考えで学ぶ、氷のような天才。
姫の行動パターンは、至って分かり易いので魔王としては合わせやすい。
逆にリーリの動きは、魔王から見て“絶対合わせてくれる”と思わせるほど気を使わない。
どちらがいいか、それは時と場合によるだろうが、姫や中ボス、小ボスに妹などを連れていけない状況を考えるに、リーリがパートナーとしては最善であった。
王室から出ると、廊下では各部隊の連絡兵が行き交っていたが、魔王の姿を確認すると、皆一度は足を止め、各々できうる時間の許す範囲で、魔王に礼をした。
凛とした態度で、魔王もリーリもその間を歩く。
王室から廊下に出た時は、ドタドタと少し騒がしかったが、今はその喧騒も止み、言いえぬような静けさが漂う。
いよいよか――そう一人の兵士が呟く。
既にこの近くの兵士達は、魔族が人族と敵対関係になっている事を知っている。
そして、魔界の切り札。魔族の守護神とまで言われた魔王が、その身を起こしたのだ、誰だってこれから起こる“何か”に思考を巡らした。
しかし、そんな事を知ってか知らずが、魔王とリーリは別段気にする素振りも無く、整然と魔王城を後にする。
門を抜けると、魔王城の眼下にある街から、中央道を歩く兵士達を見つける事が出来た。
最も近い村に派遣されていた、部隊が戻ってきたのだ。
他の城とは違い、魔王城と眼下の街は堅牢な壁などで囲まれてはいない。
通常であれば民を守る為に、外周をぐるりと高い壁で、囲んだりもするのだが、元々魔王城の周りには村一つ無かったのだ。
だが、魔王城と魔王。そして人族との関係が良好であったので、魔王城と定期的に行商が行き来し、それもいつの間にやら、人々が集まり村となり、更に大きくなり街と言えるまでの規模になっただけ。
なので、最低限の壁と門。そこまでしか整備が届いておらず。野盗などならともかく、正規軍との戦闘など考慮されていない。
なので、既に住民には避難するように連絡が行っているはずだが、どうもその数が少ない。
それに気がついた魔王は、交差する兵士の一人を止める。
若い兵士は、一瞬誰だコイツ? と訝しげな顔をするが、十人隊長の印しを甲冑にあしらった男が、慌てて間に入った。
「これは、失礼しました魔王様! コイツには後できつく言っておきますから、どうかご容赦願いたい!」
その言葉に、自分が素っ気ない反応で対応した人物が誰だかようやく理解したのか、青ざめる若い兵士だったが、全く気にしてはいない魔王は適当に流し、話しを続ける。
その間リーリは、いつも他の者に対しても向けている、張り付いたような無表情で、若い兵士に冷たい視線を送っていた。
魔王の隣に居る少女に、面識はないが、自分のような一兵卒の首。彼女の言葉一つで簡単に飛ぶくらいは、容易に想像が付いた。なのでリーリ自身はいつも通りの無表情なだけではあるが、その視線を向けられた兵士は、魔王と十人隊長が話している間、生きた心地はしなかった。
「それはいい。それより、街の住民の避難はどうなっているんだ? いつも通りとまでは言わないが、全く逃げ出す様子も無いのだが」
「ハッ、どうやら街の方々は避難する方が少数です。何故避難しないかは、私には判りかねます」
「そうか、少数での避難は野盗に狙われ易い、お前達の隊を住民の避難の為に当てる、避難するという方には、できうる限りの安全圏までお送りしろ。だが、人族の軍隊が来ている方角には案内するな、人族の民であっても、要らぬ誤解を招く危険性がある」
魔王の指示を十人隊長は繰り返す。そして命令に齟齬がない事を確認すると、魔王はその場を離れ、街へ行き。
そこでも街の住民に何故避難しないかを聞く。
「領主様っといけねぇ、魔王様と呼ぶべきですよね? 私達はここを離れるつもりはありません。それにここより住みやすい街なんて無いですし、家を捨て、新しい場所で新しい仕事を見つける苦労を考えたら、私はここで魔族の方々と一緒に戦った方がマシです。人族や魔族なんてどうでもいい、ここは魔王様、貴方の街であり、私達の街だ」
四十代ほどの男がそう言うと、近くにいた男共もそれに頷き。
女達も何かやれる事は無いか、と魔王に詰め寄るだけ。
もともと、魔王城の周りには種族どうこうの意識が薄い人ばかり。
そうでなければ、魔族が作り統治している場所に、住みつこうなんて思わないのだから。
魔王としては人族と友好関係を築こうとしていたので、それがこうして現れているのだから、ありがたくも思える、その一方で、街を守る防壁は低く、脆い。とてもではないが、そこで籠城戦をやる訳にもいかないし、本拠点である魔王城からは少し距離があるなどの、防衛面に多く問題を抱えている。
今の状況を思えば、避難してくれる方が何倍もありがたいのだ。
困ったような表情で、彼らの話しに耳を貸す魔王。
リーリもそれを理解しているのか、何か言いたげな顔であったが、魔王がそれを察し、視線でそれを止める。
「……いえ、“人族”の方は全員避難してください」
魔王の言葉は周りにいた人々の顔を凍りつかせた。
彼らから見ても、魔王という人柄は、種族差別に意識が無く、自分達と同じように、その区分もしていないと思っていた。
しかし、魔王はきっぱりと“人族”と言ってみせた。
「な、なぜですか!? 足手まといにはなりません! だがらここで私達にも戦わせて下さい!」
「確かに貴方達は人族にも関わらず、魔族と一緒に戦ってくれる、それは理解しました」
「なら、何故!!」
「だが、これから我々魔族も多くの血を流すでしょう。そんな時に仲間の中に、人族のあなた方が居た場合、彼らは人族ではなく“仲間”であると、割り切る事ができるでしょうか? きっとそれができない者も出て来るでしょう。そうなれば士気にも関わる上、あなた達の命にも関わります」
彼らはここに来て初めて思い知った。いくら自分達が魔族に対して好感を抱いていようと、必ずしも相手は同じ思いでは無いことを。それは魔王自身にも言えた。自分が人族に対してどれだけ献身的に尽くそうと、今回の一件ですべてが無に帰る。
それほどまでに“種族”という垣根の大きさ。
先ほどまでの熱気はどこへやら、彼らは力なく避難の準備へと取り掛かった。
兵士達に同じような説明をするように頼むと、魔王達は小ボスが居る町に急いだ。
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ところ変わって、フィーラ平原での開戦、三日前。
「姫、お前も知って入よう。既に魔王……いや魔族と人族は敵対関係にある」
王室へと通された姫。
国王である父に、姫は必至に呼びかけるが、返答はどれも芳しくなく、国王も自分の娘の言葉では無かったら、即座に追い出すほどの騒ぎ立てよう。
「いや! 私は魔王の下に行く! この事件どこかおかしいのよ! それを突きとめる為にも魔王の力は絶対に必要よ」
「もはや小ボス殿の事だけでは無い。既に魔族との関係は最悪。戦争まで秒読み状態なのだ」
「でも、此度の犯人を捕まえれば――」
愚か――自分の娘ながらに国王は思った。
聞き分けが悪いが、利口であるはずの娘が、まるでおもちゃを強請る子供のように幼く見えた。
「何度も行ったはずだ。誰が、どっちが、どうして、などは関係ない。止められない。それが現実だ、事実だ。今すぐに理解しろとは言わぬ。だがもう少し冷静になり、まともに“口を利ける”ようになってから来い」
「……くっ」
悔しそうに姫は王室を後にする。国王の背後に控えていたワドワーズも、姫のその痛々しい姿に、一種哀れみすら覚えた。
王室から姫が出た事を、国王は目で確認すると、重くため息を吐く。
国王である自分ですら、大きくなりすぎたこの国の舵取りが、行かなくなっていた。
以前にもまして、この王都が化物のように見えた。
それほどまでに国王以外の力が、王都。いや人族の間で働いているのを国王は感じていたのだ。
「ワドワーズ」
「ハッ、何でしょうか国王様」
王座に腰掛ける国王に、少しだけ見えるようにと、一歩前に出ると、国王の視界にワドワーズを捉える。
右隣に居る、ワドワーズに国王は、思っている事を口にする。
「此度の一件、お前はどうおもう?」
舌足らずな質問にも関わらず、ずっとそばで話しを聞いていたワドワーズはその質問の意図を汲み取り、自分が考えている答えを言う。
「戦争はまず避けられないでしょう。その発端である小ボス殿の事も、今となってはどうしようも御座いません。しかし、色々な方面からの情報や、兵士達の報告を聞く限り、どうも犯人は別にある様子。こちらより事件の情報を、握っていると考えているからこそ、国王様も魔王が出した、案を承諾した。違いますか?」
「そうだ。それに私はあの小ボスという魔族。何度か交戦するに至っている」
ワドワーズは、目を剥く様に驚いた。
確かに国王は、元勇者であるが、それでも小ボスとの交戦記録など、どこの歴史書には無い。
次の言葉を待つワドワーズに国王は、自分の過去を話す。
「お前は知らぬだろうが、小ボスという魔族は、魔族が作り出した人口生命体だ…………驚かんのだな?」
驚いているさ、とワドワーズは答えたかったが、続けざまに国王が口を開いたので、何も言わなかった。
国王は詳しい話しを割愛しつつ、小ボスのこと。人口生命体。シゼル計画。元・魔王と元祖・魔王。そして自分もその計画を止める為に戦った一人だと語った。
秘匿されていた情報が、惜し気もなくワドワーズに与えられた。
そして、その情報を知っている者の少なさが問題であるとワドワーズは考える。
もし魔族も人族も、その事を知っていれば、小ボスではなく、シゼル計画とやらの仕業であると言えばいい。それなら両種族で捜索隊を作り、穏便に解決も可能だっただろう。
しかし、魔族は当然そのようなこのを認めないだろうし、元・魔王と元・勇者である国王が共に戦ったなどとは人族も言えないのだ。
これらの事情で二の足を踏んでいる間に、既に物事は彼らだけで、どうこうできるレベルを超えていた。
今思えば、この選択のミスが、世界の破滅へと一歩進んだ瞬間だったのかも知れない。
シゼル計画を潰す為に、元祖・魔王と元・魔王。そして元・勇者である現・国王は一時的に共闘しております。
戦闘力では元・魔王と国王は同等と考えて下さい。
(現在は国王は肥満が進み、体力はかなり落ちています)