過去編第四話
過去編一~三話を読んだのが大分前で、記憶が曖昧な方は過去編を読み直してからこちらをお読みするのを強くお勧めします。
過去編第四話
「…………」
マオウは、ただ静かにその戦闘を見つめた。
弟である魔王が放った魔法。
中級魔法一種に、上級魔法二種の合計三種。
三種同時発動。
それを行うのはそう難しい事じゃない。才能のある者が十年も修行すれば可能になるだろう。現に俺も出来る。
だがそれは下級魔法の話であって、上級魔法を交えてとなるとその限りではない。
確かに訓練次第で詠唱は可能だろう。
しかし、大体の者はそれを行う為の“魔力”が足りない。
上級魔法なんぞ、短時間で詠唱できるやつどころか、それこそ上級魔法が扱えるってだけで特権階級の高待遇な役職に就く事が出来る。
魔界でも上級魔法発動となると、一万人……いや実際は四千人程度。
他の六千人程度はどうせ親の圧力で書類上では“扱える”事になっているだけだろう。これだから血や家柄なんぞが気にくわないのだ。
それほどまで強力な魔力を要求する魔法を同時発動させる。出鱈目な魔力値が可能とする荒業。
マオウ自身もそれができるほどの魔力値になったのは最近。
現在の年齢である二十歳が魔力値の最高値を出せる年齢だという事を踏まえると、マオウの魔力は今がまさにピークと言える。
しかし、義理の弟である≪魔王≫。奴はそれを八つの時にやってのけた。
最初は上級魔法一種と中級魔法二種を同時詠唱。
そしてそれを見事成功させたのだ。
力の暴走を恐れた元祖魔王である親父は、それほどの力を無暗に使うなときつく躾けたが。
それは子供を心配しての事ではなく。ただひたすらにその怪物が恐ろしかったのだろうと今は思う。
十二の時には魔界歴代最高魔力の保有者である元祖・魔王に並び。
俺たち魔族の十二才と言えば、ピーク時の半分ほどの魔力と言われている。
その時であいつは上級魔法を扱える五百人の魔族で構成された、魔界随一の戦闘力を誇る≪特殊機動魔術師団≫の兵士全員を足した魔力保有量合計と同等の魔力を持っていた。
たった十二才の子供。中学にすら上がっていないような子供が魔界最強軍事部隊と同じ戦闘力を持っているのだ。
確かに兵隊の方が一人一人の技術もそしてチームワークも高いだろうが。
そんな陳腐なモノ。たった一つの魔法で吹き飛ばす事も可能だった。
アイツは魔王は“南”の候補者と戦う前に『全力』という言葉を口にした。
全力という言葉を聞き、初めは吹き出しそうにもなったくらいだ。
弟にとって全力と言うのは、この場所はおろか、魔界すら焦土に変えられる力なのだ。
もとよりあの程度の相手に手間取るはずが無い。本気で範囲魔法を打てば、ここら一帯は消し飛ぶだろう。
今はどの程度か知らないが、幼少期からの成長から考えて、今のアイツの力なら上級魔法五種同時打ち程度なら平気でやってのけるだろう。
まあそんなまどろっこしい事を行うくらいであれば超攻撃型の古代魔法だとか、都市制圧用の超範囲魔法などを使えばいい。
その一撃でどんなに逃げ回る相手でも葬り去る事が出来る。
そんな化け物であるアイツにだけは本気と言うものを出させては行けないと俺は悟った。
このまま行けばアイツは間違いなく≪魔王≫の席に着く。
アイツが世界征服なんて掲げたら間違いなく世界は壊れる。
元祖・魔王の時のようにそれを打ち倒す≪勇者≫が現れれば問題は無い。
しかしそれも望めないだろう。それほどまでに圧倒的だから。
俺が魔王の席に着き、長い任期で何とか対策を考える時間を稼げれば、あわよくばピーク時を過ぎ、魔力値の減少すら望める。
しかし、前回の魔王継承試験で俺が結果を過ぎ あまりに暴走してしまったせいで、その希望も潰えた。
止められるのは親父か、俺。
だが、親父はアイツに甘いのか、それとも希望すら抱いているのか。まるで危機感が無い。
確かにアイツは温厚で平和的だ。しかしそんな甘ったるい心が、いつどんな切っ掛けで野心に変わるか分からない。
成ってからでは遅いのだ。あれほど優しい弟だからこそ、俺にはアイツに人を殺めて欲しくは無い。
生まれながらにして持ち過ぎた魔力。いつ歪むかわからない優しい心。
どんなに罪を被ろうとも、どれほど業を背負おうとも、弟を止めて見せる。その思いがマオウを修羅の道を歩ませた。
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「魔王様のお兄様はどんな方なんですか?」
中ボスが注いだお茶を一口飲み一息つくと、それを見計らったように中ボスが口を開いた。
「どんな方? まあさっきも説明したが、今の魔界の三強だろうな。親父とアニキと俺。あっ妹も強いけどあれは別な」
「私が聞きたいのはもっと内面的な事です。お兄様を見つめる魔王様はどこか悲しげでした。それはお兄様も同じような感じに見受けられ、私の瞳には争いを望んでいるようには見えませんでした」
そんな言葉に魔王は少し愁いを帯びた目をしながら、どこか懐かしむように昔話を始めた。
「俺が親父に引き取られたときは、親や友達をなくしたばかりで、随分塞ぎ込んでいたんだ。そんな時、ずっと俺の隣で付き添い、いつも気に掛けてくれたのがアニキだった」
「良いお兄さんじゃないですか」
「ああ、最初は良かったさ。一緒に魔法の練習をしたり色々な場所へも行った。入ってはいけないと言われた森に入り、大人でも苦戦するような化け物だって退治することができた。だが、八才を過ぎた頃か、それくらいの頃から急に冷たく当たるようになったんだ」
「なぜですか?」
俺が知るか、と魔王は毒づきながらお茶を飲み、更に続けた。
「大方、俺が強くなりすぎた事に嫉妬したんだろう。だがな、今まで仲良かった兄弟が、まるで掌を反したように冷たくなって。子供心に俺はひどく傷ついた。幼かった俺は魔法がもっと巧くなれば昔のように褒めてくれるだろうと考えてが、それは当然余計に関係を悪化させるだけだった」
「…………」
「その頃からかな、アニキが親父に刃向うようになって滅多に家に帰らなくなった。親父はあの性格だから決して寂しい思いはしなかったが、それでも心の中にはいつも冷たい風が流れているかのようなぽっかりとした大きな風穴が開いてるように虚しさはあった」
今まで黙って聞いていた中ボスだったが、そこで少し疑問に感じたのか申し訳なさそうに口を開いた。
「それはいつ頃ですか?」
「その時は確か十一、二かそこらだな」
「十二才……丁度私と出会った時ですね」
「まあそれはもう少し後だったが、お前のおかげで、大分救われた。その時くらいから魔王魔王と騒がれるようになったからな。それから忙しい日々で、気がつけば今になっていたって訳だ」
よしッ、と掛け声付きで勢いよく魔王は立ち上がると、力強い目で中ボスの方を見つめると「では大魔王を倒しに行くとするか」と力強く笑って言う、勢いよく扉を開き、中ボスも未だ不安と期待に心を揺らす主を支える事だけを考え、遅れぬようにと急いであとに続いた。
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「戦いに美しさを求めるつもりはありませんが、流石にあれはひどいですね……」
中ボスと魔王は円形闘技場の中央部をよく見渡せるようにと設置された場所で、戦いを静かに見守っていたが、マオウ 対 “北”の一戦は一瞬でケリがついた。
もはや闘技場にはマオウの対戦相手の姿は無かった。
「命乞いをする相手によくもそこまで出来たものだ」
“北”はまさにゴミクズのように蹴り倒され。早期に敵わないと悟るが既に遅し。マオウが詠唱した魔法は“口封じ”の魔法。
一度掛かれば特定の言葉はその口から出る事は無い。
きっと負けを認める類いの言葉は完全封じされていただろう。
しかも底意地が悪いのか、命乞いの言葉だけは口に出すことは許されていた。
必死に助けてくれと涙ながらに懇願する“北”だったが、マオウは“北”の肩に優しく手を乗せると「消えろ」と口にし、その直後相手は消し炭のように燃え上がった。
相手は負けを認めるような言葉を口にしていない以上。中ボスにも魔王にも手出しをすることは許されない。
それをしてしまっては魔王自身が不戦敗になる。それは魔王の従者である中ボスも同じこと。
主の決意を無駄にする訳にも行かず、中ボスはその現実から目を背ける事しかできなかった。
そんな中、魔王だけは静かに、その闘志を燃やす。
今はマオウを止める事だけが自分にできる唯一の使命だと心に思い、その為に“北”を見殺しにした。
謝る事も同情もしない。それは単に彼が力が無かっただけだから。
そして自分も今は自分自身を守る事で精一杯。
他人を気遣う余裕なんてとても無かった。そのような“甘さ”はマオウの前だけは捨てねばならない、そうしなければ負ける。負けてしまえば今こうして見捨てた彼に申し訳が立たない。
マオウとの戦いはどんな事があっても勝たなければならなかった。
「勝者、東。マオウ!」
元祖・魔王が勝利宣言をするが、魔王達二人は聞いてはいなかった。
観覧席から二人は互いに存在を確かめるように見つめ合う。
静かなる攻防に元祖・魔王ですら緊張が走る。
中ボスはきつく拳を握り。少し距離の離れた場所で戦闘を見守っていた元老院達も巻き込まれると考えたのか、二人を刺激せぬようにとまるで小動物のように静かにその場を離れた。
そしてマオウが先に顔を逸らし、闘技場から出るべく魔王に背を向けその場を後から去って行った。
二人の戦闘は以外な事に、二日後に開始される。あまりに早く、それでいて簡潔な魔王継承試験。
本来はテレビ中継やコロッセオが埋め尽くされるほどの観客が入り。決勝戦も1週間ほど開けてから開始されるはずだった。しかし前回のマオウによる虐殺があったせいで、今回は中止。観客すら入らない。
歴代最強で、最大級の決勝戦は碌なごく少数な関係者のみで、性急に進められた。
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薄暗い地下室では、数名の男たちが円卓を囲んでいた。
蝋燭を机の真ん中に置き、黒いフードを頭からかぶった男たちが集まる。まるでその小さな蝋燭の光に集まる羽虫のように。
「それで、特S級に秘匿されていた“古代魔法”が見れるとお聞きしましたが」
「ええ、魔族で随一の魔力量を誇る“魔王”。それに負けず劣らずの魔法使いであり肉弾戦に置いても最強である“マオウ”。更に“マオウ”は我々に≪禁忌≫の魔法を見せてくれると約束してくれました」
薄笑みを浮かべ男が答える。他の者は歓喜するように驚きの声を上げる。
しかしまだ言いたい事があるのか、再び最初に口を開いた男が話す。
「それで、≪禁忌≫と魔法とは一体……」
「存在意義の消却ですよ」
やや、含みのある言い方。何名かの者はそれで理解し、半分は未だ困惑していた。
仕方ないと、言いながら“女”が口を開く。
場違いなほど綺麗でありながら、どこか妖艶な声が周りに響くが、それを咎める者どころか、気にする者すら居ない。
「全ての“モノ”にはレゾンデートルがある。勇者は魔王を打ち倒す為。魔王は勇者を倒す為。それぞれのレゾンデートル。それらはそのレゾンデートルを満たす為の“力”或いは“可能性”を与える事は知っていますよね?」
皆が頷くのを確認して女性は話を続ける。
「彼は、マオウは自らの魔力を使い、相手の……存在意義を捻じ曲げようとしているのですよ」
「そんな事が可能なのですか?!」
「不可能を可能のするのが魔法です。全ての物質は水、火、土、風の何らかに隷属している。しかしそれに干渉し、それらの枠組みを破壊するのが“魔”の力。その限界点と言われるレゾンデートルへの干渉。これは神が与えた役目を変えてしまうと言う恐ろしいまでの反逆行為。その詠唱は神に向かって唾棄する事と同義」
それだけ言うと女性は口を閉じる。言いたい事も、必要な説明も全て言い終えたと言わんばかりに腕組みをし、自身の足先を見つめるように下を向き始めた。
「ふむだがしかし、あの大魔王がそんな恐ろしい魔法を使う事を約束してくれましたね」
「お礼に、ほんの少し力を分けて挙げただけですよ。その命と、永遠の苦痛を引き換えに……」
再び場を仕切っていた男が口を開き、細かな説明を行う。
「恐ろしい……よくもそんな魔法を使えるものだ。それにしてもあの“魔王”に拮抗する勇者が現れるとは思えませんね――」
「ん? あの魔王を倒せる勇者なんて未来永劫現れませんよ?」
やっと理解できたと思っていたが、口に出した言葉を一瞬で否定された男は混乱した。
場を仕切っていた男は、“出資者”が分からないのであればもう一度説明をしなければならないな、と思いながら説明を開始する。
「あの“魔王”のレゾンデートルは、“世界を征服する者”だとか、そんな歴代魔王のような標準的な者ではありませんよ。あの方はもっと崇高な、神にも似た役目を持って生まれて来ている」
「で、では“魔王”は何の為に生まれたのだ?」
「彼は、彼のレゾンデートルは――」
≪世界を破壊する者≫