第十八話『この城の“主”って誰だったけ!?』
ちょっといつもより長めです(1.7倍ほどw)
第十八話『この城の“主”って誰だったけ!?』
中ボスが調理場で、朝食の準備をしていると、突如、《人語を喋る》ネコと出くわした。
魔王様達からは、新しく“ペット”を飼ったとは、聞いていたが、“喋る”とは一言も説明を貰っていなかった。
「……全ての猫が“ねこ缶”好きだと思うなよ」
「はあ、そうなんですか。失礼しました……」
可愛らしい声で足にすり寄り、餌を強請ったかと思えば、今度はそれが気に入らないと“言われた”のだ。
そんなネコに対して、些か不満に思いながらも、小さく頭を下げ、非礼を詫びた。
「お前といい、魔王達といい、昨日の昼も《ねこ缶》。夕食も《ねこ缶》。これじゃあまるで“猫”じゃないか」
中ボスは心の中で「猫ですよね」とツッコミを入れたかった。
だがしかし、このネコに対して、中ボスは今まで面識もなく、扱い方や対応の仕方に困惑していたので、特に何も言わなかった。
「おいお前、聞いているか? お前“召使”とか下男とかだろ?
俺はなぁ愛玩動物だぞ? 俺は仕事は主に愛嬌を振りまく事。お前は仕事は雑務だろ?
なら俺に黙って従うのが筋ってもんだ」
「あぁ……はい、わかりました……。では私は貴方様に一体何をお出しすれば宜しいのですか?」
「おいおい、俺は“猫”だ。猫と言ったら食べる物は当然“ネズミ”だろう? トムとジェリーとか見ないのか?」
「(あのアニメでは実際に食い殺す描写はないですが……)……分かりました。今準備するので少々お待ちを」
中ボスは業務用の大型冷蔵庫から、冷凍マウスを一匹取り出した。
ちなみにこの《冷凍マウス》は城の庭師こと《シザーマン》の“おやつ”だが、一匹くらいは貰ってもいいだろうと思い、取り出した。
その冷凍マウスを魔法で瞬時に解凍し、そしてお望み通り、ネコの前に置いた。
大き目の皿に解凍したマウスを置くと、先ほどまで『ネズミを寄越せ』と騒ぎ立てていたネコが血の気の引いた青い顔で沈黙していた。
そんな顔色の悪いネコに対して、不思議に思った中ボスは、皿を少しだけネコに近づけた。
するとネコは「ひぃ!!」と怯えたような声を上げ、ネズミから遠ざかった。
「あの……食べないんですか?」
「(ホントに出てくるは思わなかったぜぇ……)あっ……ああ……食べるとも。そう……俺はネコ……俺はネコ……」
皿に盛ったネズミを前にして、ネコは自己暗示を掛けるように幾度も「俺はネコ」と呟いていた。
まさかと思い、中ボスは皿を少しだけネコから遠ざけるとネコも「ふう」と安堵するように息を吐いた。
そして再びその皿をネコへと近づけると「ひぃ!!」と飛びのきながら後ろに下がった。
そんな反応が面白くて、中ボスはネコの前で屈み、柔和でやわらかい笑顔で
「食え、食え、食え」とテンポよくネコの前で手を叩きながら『食え』コールを開始した。
「お前見かけによらず、相当外道だな!!」
その言葉に中ボスは笑顔を凍らせ、そして冷え冷えとするような低い声で小さく「黙って、食え」と言い放ち、ネコは「ひぃ!!」と恐れながら調理場を走り去った。
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「虚ろな乳と書いて、虚乳。うまい事を言うやつも居るもんだ」
王室でパソコン名の画面を見つめながら魔王は呟いた。
当然、姫の前でこのような事を呟きでもすれば、即座に≪鉄拳制裁≫が執行される。
しかしながら、(自称)頭脳明晰、魔王様!! からの俺様は、姫がこの王室に居ない事は確認済みだ。
そんな事を考えながら魔王は、アニメキャラが描かれたコップに注がれたぬるくなった珈琲を飲み干し、再び真・魔王神宮と向かい合った。
「ん? 何々?? 『巨乳より美乳だろうJK』 ふむ真理だな。
『結局美人だったらどんな乳だっていんだろ?』 まあ確かにそうだな」
「私はどうなの?」
「あ? なんだ“姫”か。 まああれだな、姫は乳が大きい小さい以前に、“暴力的”ってとこがすべて駄目にしてるよな」
「じゃあ“暴力的”じゃなくなったら?」
「うーん、それはそれで“キショい”」
「……『キモイ』とかじゃなくて、『キショい』ですって?!」
「げえっ関羽!?――じゃなかった!! げえっ姫!? 貴様いつの間に!?」
魔王は、画面から目を離し、背後に居るであろう、声の主に向かって振り向く。
そして、背後には、手でチョキを作り、思いっきり目潰しの体制で待ち構える姫の姿があった。
「さぁ、アンタの罪を数えなさいッ!!」
姫のひと声の後、断末魔を上げながら椅子から転げ落ちる魔王。
床を転げまわりながら、頻りに「目がぁ~目がぁ!!」と叫んでいた。
姫は見苦しく這いずる魔王の鳩尾に、止めとばかりに蹴りを(二発ばかり)入れると、ようやく魔王は“沈黙”した。
まるで、物言わぬ死体と成り果てている魔王をよそに、姫は仕事をやり終えた、清々しく満ち足りたような顔をしながら、ポケットに入れてあった煙草の箱に似たシガレットチョコを一本取り出すと、煙草を銜えるように口へと運んだ。
「わぁー!! 姫ちゃんがチョコ持ってる、ちょーだい! ちょーだい!!」
王室の扉を勢いよく開けた小ボスは、姫の口先にあった煙草のような物を迷わず“チョコ”と言い当て、駆け寄った。
その途中、自分の上司であるはずの魔王を踏みつけ「ぐぶぁ゛」とくぐもった声がした事には目もくれず、一直線に姫へと辿り着く。
小ボス、あの子……今、態々視線を床に落として。
歩幅を無理に合わせてまで、魔王を踏んだわよね?
内心、そのような事を考えながら、姫は黙って小ボスにチョコを渡した。
遠慮なく、四つ持っていくところは抜け目ない。
チョコを嬉しそうに頬張る小ボスは、口にチョコを含みながら目線を彷徨わせ、その目線は電源の入ったパソコンに止まった。
小ボスはパソコンの前に魔王が居ない事に気がつき声を上げた。
「もぐもぐ――はぁれ? まぉほうさまがいまへんよ?」
口いっぱいにチョコを含み喋る小ボスはきっと『あれ? 魔王様が居ませんよ?』と言いたかったのだろう。
そんな聞き取りずらい声に脳内補正を掛け、話す。
「アンタがさっき踏んだ、“アレ”よ」
姫は“アレ”と言いながら、未だ不動で話すことすら儘ならない魔王に向かって指を指した。
小ボスは「あ!!」と驚きの声を上げながら魔王に近寄り、心配そうに顔をしながら、その手で魔王を支え、上半身だけ起き上がらせた。
部下らしい、献身的な態度で魔王を支える小ボスだったが、鋭い姫の目は、手にたっぷりとついたチョコレートを魔王の服で拭いた小ボスの行動を見逃さなかった。
「魔王様! いったい誰がこんな事を!?」
「……――ッ」
魔王は両目を必死に開けようとするが、激痛で両方とも開かなかった。
仕方なく、先ほどの会話を頼りに、力の入らぬ指で、音源を辿りながら、一人の人物を指差した。
「姫ちゃんですか!? これはなんでも酷すぎますよ!!
いくら、魔王様がどうしようもないくらい
『生きてる意味も無く』『誰からも必要とされず』『それでも沢山の植物や動物を食べる事で抜き長らえて居る』
ような屑でも、酷すぎます!!」
「ガハッ!!」
「うわっ汚いなぁ~。魔王様、血を吐くなら、『吐く』って言ってくださいよ!」
「…………外道(小声」
「姫ちゃん何か言いましたか?」
「いえ、何も」
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「くそ、なんだあの召使は!? デケェ城に住めたと思ったが、凶暴貧乳女の次は、鬼畜眼鏡。
モンスターハウスかココは?」
ぶつぶつと文句を言いながらネコは一人廊下進む。
そして、王室の前を通ると足を止めた。何やら中が騒がしい。
疑問に思ったネコは少しだけ開いていた扉を、前足で押すと、中に入った。
「あれは、我が主ではないか」
小ボスに抱きかかえられた魔王、それを椅子に座りながら横目で見つめる姫。
何やら言葉を交わしいいるようだったが、それを聞きとる事は出来なかった。
仕方なく、あの“凶暴貧乳女”の居る部屋へと足を進めた。
「あっ!? 猫ちゃん!!」
突如現れたネコに対して、小ボスは慌てて近づく。小ボスと言う支えを失った魔王は重力に引かれ、なすすべもなく、頭を大理石の床へと叩きつけられた。
ゴンッと鈍い音が響いたが、それを小ボスや姫は気にする様子はない。
「ベッチョベッチョの手で俺に触るな!! 血とチョコレートのコラボレーションですげえ粘度になってるぞ!?」
「うわっすごい喋る猫だ!? えっどうしてなの? 蝶ネクタイとかでも付いてるの!? バーロって言って!!」
「はいはい、バーロバーロ。これで満足か? ならとっとと離せクソガキ」
この子かわいげない、と言いながら小ボスはネコを両手から解放した。
白色の毛が一転、赤色と茶色の物体で、汚く着色されてしまった。
そんなネコに姫は黙って小さ目のタオルを渡すと、ネコも素直にそれを受け取り。
前足を使って器用にも体に付着した物体を拭き取った。
「だからガキの相手は嫌なんだ」
「それでアンタ。何しに来たの? さっき『ねこ缶は嫌だ』とか言ってなかった?」
「お前が厨房に言えば他の食べ物にありつける、とか言ったから行って来たぞ! まあ結果は散々だったが……」
「あれ? 中ボスに会わなかったの?」
「ん? あの燕尾服に割烹着の、変な召使の事か?」
「会ったんじゃない。それで、何か出してもらえなかったの? 彼は魔王とか以外なら、普通に丁寧に接してくれるはずよ」
「ああ、最初は丁寧だったさ……」
なぜか言い淀むネコに追求せず、姫は小ボスの方に視線を流した。
あれ小ボスが居ないわ? まあそろそろ朝食の準備も整う頃ですもんね。
「ネコ、アンタは魔王を起こしなさい。朝食に遅れるわよ」
「あ? 俺にも違うものがでるのか?」
「まあ何だかんだで中ボスは優しいわよ、期待してもいんじゃない?」
その言葉にネコは嬉しそうに姫の周りを走り回った。それを見て姫は「これじゃあ、まるで犬ね」と微笑んだ。
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本来であれば楽しい食卓。
テーブルを囲む皆の中に、訝しげな表情を浮かべる者が一人。
いつもであればテーブルの端――末席であるまずの魔王が、なぜか上座の席に座っていた。
それに対して誰一人ツッコミを入れる者も居ない。
各席の前に、名前の入ったプレートが置かれているのに気がついた時から、魔王は何とも言えぬ、嫌な予感がしていたが、この予感は的中することになる。
なぜか、料理は末席の方から配られ、この様子だと、魔王に料理が運ばれるのは最後。
嫌な汗が魔王の背中を静かに撫でる。魔王の前に料理を配られたネコは、魚を中心としたフレンチ料理が置かれ、ネコは大喜びで、ナイフとフォークを手に持った。
アイツ、人間以上に器用じゃないのか?
いやいや、今はあんなネコに構っている暇はない。次は俺に料理が運ばれて来る番だ……
「グロテスク!? えっなにこれ!? ネズミ!???」
「《ドブネズミのホワレ、トマトのピューレ添え》です。おいしいですよ、食べたことはありませんが」
魔王の前に出された料理――
ネズミの皮が剥がされただけの原型残るネズミを蒸し焼きにしただけの料理にしか見えなかった。
嫌なことに、さらにその上にトマトソースが掛かっていて、それが《血》を彷彿とさせる。
料理人の悪意と憎悪を見事に表現している、まさに究極の料理と言うよう。
「……主、すまん」
ネコは何やらそう呟いて、一心不乱に自分の料理を食い漁った。
絶望に染まる魔王。気持ち悪い料理を目の前に茫然とする魔王の耳に、何やら声が届く。
「……っえ…!」「……え!」「……え……!」
『……“え”……?』 何のことだ? こいつらは何を言っているんだ!?
皆が口から同じような言葉がこぼれる。
魔王は必死にその言葉を聞き取ろうとする。だが脳がその言葉を拒絶する。
「……え!」「え!……」「……え!」「……っえ!……」
「……え……」「く……え!」「く…え……!」「……食え!」
「……食え!?」
魔王を包む『食え』コール。まさに狂喜の宴。悪魔たちの集い。
事の原因である“ネコ”は涙ながらに『済まねえ主……』と何度も呟く。
そんな中、魔王は唇を噛みしめ。頭の中で同じ言葉を頻りに唱える。
俺様は食べない……!! ネズミなんて食べるもんか………!!
空気読めない奴と思われても構わない………!! 食べない………! 絶対に……食べないぞ!
「俺様は食べないぞぉおおお!!」
「『アンタが、食べるまで、殴るのをやめない』って言ったら?」
「…………」
姫の一言で魔王の決意は揺るぐ、いとも容易く揺るぐ。
優柔不断な人物より、簡単に決意は崩れた。
「…………――俺様は人間をやめるぞ! 姫ぇえええええーッ!!」
魔王はその言葉を最後に、一気に料理を口へと流し込んだ。
「……うっ……――おぇえええええええええええ」
この後、朝食は更なる悲劇を遂げ、散々な朝食になってしまったのは言うまでもない。
城の主は今は“姫”ですけど、かと言って少なくても魔王が一番下っ端って事は無いよね? ……無い……よね?