横顔
夢で見た話を若干脚色してみました。
あまり救われない話です。
「営業行くぞ、用意しろ」
「あ、はい」
そう言って私は慌てて鞄と上着を持って出た。
「あの、どちらへ?」
「行けば分かるさ、君は通訳さえしてくれればいいよ」
私はこの会社で通訳として働いている。
まだ入社して1年も経っていないけど、それなりに上司とは上手くやっているつもりだ。
上司は国外の本社から来た社員で、日常会話程度は出来るがあまりこの国の言葉には明るくない。
外に出て取引先への訪問は、必ずと言って良いほど私が同行している。
私は車は運転できないので、助手席に座りシートベルトをかける。
上司は運転席に乗り込むなり、颯爽とエンジンを掛けアクセルを吹かす。
小気味良い機械音と振動、排気ガスを出して車は滑る様に道路へ出て行く。
私はこうして上司と二人で出かけるのが嫌いではない。
二人の距離感や、外の景色。よそよそしい反面、一体感がある。
車内の密封された空間にどこか安堵感を覚える。
「寒くない?暖房つけようか?」
「いえ、大丈夫です」
心持ち社内に居る時より上司は優しくなるのは私の気のせいだろうか?
車からの景色は、見慣れた市内を離れ郊外へ向かう。
今まで当たり前にあった周囲にひしめく高層ビルが減っていき。
空がどんどん開けていき、上空には青空と戦闘機や旅客機が飛んでいるのが見える。
さらに車が走っていくと
古びたレンガ造りの住宅や工場さえもどんどん減り、ただただ国土の60%を占める、太陽に照り付けられる赤茶けた荒野が目立ってきた。
後方を覗けば、先ほどまで中にいた市内は、建物が密集し、山のように見える。
こうして離れてみると、街は鉄やコンクリートで出来たオモチャ箱のよう。
「あの・・・どこへ向かっているんですか?新規の方ですか?」
郊外には顧客が居ないはず。
「・・・・」
上司はハンドルを握ったまま答えてはくれなかった。
このまま走って行けば王宮の方面だ。一般人は立ち入り禁止。
荒野の遠くに煌びやかな白い王宮が見える。
郊外をひたすら西へ向かっていけば王族の住む大きな王宮がある、勿論入る事は叶わない。
私のような一般人はテレビ等の広告媒体を通して見るしか叶わない次元の違う話。
もう4キロ走ればゲートが設置されており、警備の兵士が立っている。
このゲートの向こうは、一部の例外を除いて関係者しか入れない。
ゲートは大きく、どっしりとした鉄の棒だった。強行突破が出来ないようになっているのだろう。
「ここから先は一般の方の入場を制限しています。入場書を見せてください」
ゲートで一時停止すると上司は窓を開け、武装した強面の兵士が銃を構えて覗き込んできた。
「あの、入場書の提示を求めていますが・・・」
「心配するな、持ってる」
ものものしい表情で兵士が二人体制で入場書を見ると、合図が出た。
「・・・どうぞ」
ゲートがゆっくりと開く。晴れ渡った青い空に、鉄のゲートが垂直に立つ。
上司はゆっくりと車を発進させる。
いつもより流石に緊張しているのだろうか、上司の横顔は固い。
「少しは私に教えてもらってもいいですか?」
「サプライズだよ」
「なんで、入場書持ってるんですか?」
「俺がもってちゃいけないのか?」
「・・・・こんなところに来るなんて・・・・」
フフンと鼻で笑うと上司は前を向いたまま、車をひたすら整備された道なりに走らす。
一体何処までいくんだろう、私はそれが恐怖である反面、普段テレビでしか見ることの出来ぬゲートの向こうに入ったことに興奮を覚え始めていた。
ゲートをくぐった後は20分ほどハイウェイを飛ばすと
市内とは一変し、国が運営する大規模な工場が連なり、何本もの煙突が立ち白煙を出していた。
工場の間は白い巨大なパイプが網羅し、白い作業服を着た人々があちこちを歩いているのが見える。
工場郡の外塀にそって車を走らせ、その付近にある卸業者の街へ入っていく。
ここは工場で働く人々の為に用意された街で、様々な小売店が密集し、活気付いていた。
平日にも関わらず祭りの様に人がごった返し、出店も出ている。この場の人間全てが工場関係者だ。
「うっわぁ、凄い!お店もありますよ!」
「窓は開けるんじゃないぞ」
「え?」
「砂埃が凄いからな」
皆が皆、砂埃を避けるように体全体を布で巻き、顔も覆っていた。
「皆顔隠してたら、誰が誰か分からないですね」
車内だと分かりづらいが、よく見ると車のフロントガラスが砂で曇ってきたようにも見える。
「誰か分からなくてもここは問題ないぞ、皆が許可を得て入ってきているんだから、身元は確かなんだろう、変な奴は居ない」
「そんなものなんですか?」
といっても、街のあちらこちらに警備への姿が見える気がする。
「・・・。君でもここに来るのは初めてだろう」
「えぇ勿論ですよ、工場関係者で無いと入れませんもん。来られたことあるんですか?」
「一度来たことがある。この国へ来てまもなくの頃にな」
「そうですか」
「この地帯を抜けると王宮は直ぐそこだ」
「白い外壁が、見えますものね」
「今日はいい天気だ」
そういうと、上司はアクセルを吹かしスピードを上げた。横顔は緊張が解け、いつもの優しい表情に戻っている。
どうやら王宮の方へ向かっている、白く高い頑丈な塀が目の前に迫ってきているのが分かった。
塀の見張りをしている兵士に警戒されている事も。
「塀を離れた方がいいんじゃないですか?」
兵士のことが気になって、上司に呟く。
「「そこの乗用車、塀からはなれなさい」」
「「離れないなら危険分子とみなす」」
「塀から離れろって警告されてますよ、危険分子とみなすって」
「だろうな」
そんな警告をも無視して上司は車を走らせる、第三正門に向かってるんだ。
王宮は塀が三重になっていて一番外側が第三正門と呼ばれている。
門に大きく「3」と書いてあるので、否応無にも目に入る。
「ちょっと、何してるんですか?!見学なら手続きしてからでないと!」
「「そこの乗用車、とまりなさい」」
スピーカーから大音量で警告が流れた。
「ほら、止まれって指示が出てますよ」
「「警告だ、止まらないと撃つぞ」」
「撃つって警告されてますよー!」
「うるさいな、俺にも聞こえてるよ、正門はすぐだ、そこで止まる」
「うるさいって・・・殺されちゃいますよ!」
そういって第三正門に着くと車を止めた。
すぐさま私たちの車は5人程の兵士に銃を突きつけられ包囲される。
私は恐怖で体が震えた。
「警告が聞こえてなかったのか、何故すぐに止まらないっ」
兵士が苛立った様に怒鳴りつける。
「降りてこい、それから話を聞く」
「・・・降りろって言われてますよ・・・」
「まぁ当然だろうな、だが断る」
「へ?」
エンジンが大きな音を立て、急発進をした。
衝撃で首がガクンと曲がり、失神しそうになる。
車は煙を立て、兵士を追い払うように前後に動き何発か銃声の音が聞こえた。
「きゃぁぁ!」
「身を伏せてろっ」
助けて!瞬間そう思った。命の危機を教える警鐘が頭の中にガンガンと響く。
前に身を屈めて頭を守る、撃たれたフロントガラスが割れて破片が降ってくる。
「いやぁぁ!!!助けて!!」
それでも車は止まらない、銃声も、車に受ける衝撃も、入ってくる砂埃も・・・・。
上司は今何を考えているのだろうか。
こんな状況になっても、どこかで私は、これは夢じゃないだろうかと頭の隅で願っていた。
上司は車をピタリと止めて、こっちを向いて笑ってくれる。
「なんちゃって」と言って笑ってくれる。
しかし車は止まらない、あらぬ方向に回ったり、蛇行運転をしながらスピードを緩めることはない。
どんどん兵士が集まってくるのが、どこかで分かった。
車は暴走し、多くの銃弾を浴びていく。何が起きたの、一体何が身に振るかかったの?
爆音の中、鼓膜がどうにかなったみたいだ。
途端、腕に激痛が走り、熱くなり、心拍数が今以上に跳ね上がった。
全てがスローモーションに感じる、全てが夢に感じる。
死にたくない・・・・。
身を捩じらせて、上司の顔を見上げる。
彼は身をはっきりと起こし、前をしっかりと向き。
血に真っ赤に濡れて、その横顔は笑っていた。