めじるしの鈴 波守の夏――鳴らなかった時間は、覚えていません
わたしは鈴です。
目はありません。ですから、音で見ています。
小指の先くらいの真鍮で、組紐に通してあります。組紐は赤いのだそうです。赤がどういうものかは、わたしには分かりません。
鞄の持ち手に付いていて、役目はめじるしです。持ち主は藤谷ちはるさんといいます。二十二の夏に、駅前の土産物屋でわたしを買いました。三百八十円でした。
ちはるさんは、旅先でも荷物を宿に置いていかない人です。ですからわたしは、たいていの場所に居合わせます。
これは、買われてから二年たった夏の話です。ちはるさんは二十四でした。
ちはるさんは当時、よく走っていました。信号にも、電車にも、店の閉まる時間にも走りました。走る前に鞄の持ち手を握り直す癖は、いまも続いています。始まったのは、わたしが買われた夏です。握り直されると、わたしは鳴ります。
歩いて揺れて鳴るのは、鳴ったうちに入りません。握り直されて鳴るのだけが、わたしの音です。
数えていたのは歩数だけでした。板の上を歩けば板の数、砂利なら踏んだ数。人が黙ると、何も鳴らないな、と思うだけでした。
波守へ行きました。
海の町です。波守の船着場から、沖の島へ渡る船が出ます。船は一日に四往復しかありません。二泊三日の予定でした。
宿は磯屋といいました。窓を開けると波の音が入ってきます。波の音は、わたしの苦手な音です。部屋の中では壁にぶつかって返ってくるので、どこから来ているのか分かりません。
その年の初めにも、ちはるさんは同じ言葉を書き写していました。書くとき口が動く人なので、こちらには分かります。いのちはみじかし、はしれよおとめ。
年が変わるたびに書くものですから、わたしが聞いたのは、これで二回目でした。
ここから先には、わたしに聞こえていなかったことが出てきます。
ちはるさんは、旅から帰ると必ず誰かにその話をします。同じ話を何度もします。わたしは鞄に付いたまま、それを聞いています。聞いたぶんは、聞いたとおりに置いておきます。
一日目の午後、島へ渡る船で、ちはるさんは誰かと話しはじめました。声は、通路をはさんだ向こうから来ていました。
ちはるは甲板の椅子に座っていた。椅子は二つずつ並んでいて、通路の向かいに男が一人で座っていた。
「揺れますよ」
「え」
「そこ、風上です」
言い終わらないうちに、しぶきがきた。顔を拭いて、それから笑った。
男も笑ったはずだが、音がしなかった。
ちはるは一度、相手の顔を見直した。口は動いている。目も動いている。けれど息の音も声も出ていない。
笑うときに音が出ない人がいる。そう知ったのは、このときが初めてだった。
男は梶と名乗った。島の灯台まで歩くのだという。
「お仕事ですか」
「いえ、ただ見に行くんです」
「毎年ですか」
「今年が初めてです」
初めての人なのだ、とちはるは思った。自分と同じだ。旅先で初めての人に会うと、こちらも初めてでいられる気がする。
あと三十分ですよ、と船の人が通りながら言いました。
そのあいだ、二人はずっと話していたわけではありません。話して、黙って、また話していました。
黙っていた時間を、わたしは覚えていません。鳴らなかったからです。
灯台までの道は、一本でした。
先を歩いている人の足音がしました。右足のほうを強く踏む人でした。歩幅が大きいのに、ときどき止まりました。止まってから、何か言うようでした。声が前のほうへ抜けるので、半分しか届きません。
「なんですか」
「いえ。大した話じゃないです」
大した話ではないことを、わざわざ止まって言う人なのだ、とちはるは思った。
道の途中で、梶は一本の木を指した。
「ねむの木です。夏に花が咲きます」
灯台は白かった。中には入れなかった。柵のところまで行って、それで終わりだった。
「思ったより、何もないですね」
ちはるがそう言うと、梶は少し黙って、それから言った。
「ないところまで来るのが、いいんじゃないですか。……いや、すみません。うまく言えません」
ちはるは笑った。うまく言えません、のほうがよほど伝わっていた。
言いかけて止める人だ、とも思った。そのあと梶も笑ったらしかった。らしかった、というのは、音がしなかったからだ。
笑ったかどうか分からない人と一緒にいるのは落ち着かない、と思い、同時に、それが嫌ではないとも思った。
坂を下りきったところで、手帳が落ちた。
拾う手が二つ重なって、梶のほうが先に取った。開いたままだった。
表紙の裏に、毎年おなじ言葉を書き写している。
命は短し走れよ乙女。
本当は恋せよ、だと知っている。知っていて、毎年そう書かない。書き間違いではないと説明するのは面倒だし、説明すれば、なぜ走るほうを選んだのかまで話すことになる。
何か言われるものと思って、少し身構えた。
言われなかった。
かわりに梶は、道の両側のことを話しはじめた。この家は空き家だとか、この石段は雨の日に滑るだとか、初めて来たと言っていたわりに知っていた。
言わないことにしたのだ、と分かるまでに、二日かかった。
そのあと二人は、桟橋まで歩きました。帰りの船では、並んで座って、ほとんど口をききませんでした。
二日目、ちはるさんは島へは渡らず、波守の町を歩きました。
夕方、海沿いの道に出ました。ここはわたしには楽な道でした。外では波の音が一定なので、その上に乗る音だけを拾えばよいのです。自転車のベル、犬、サンダル。
右足だけ音の大きいサンダルが、後ろから来ました。
「こんにちは」
「あ」
「二日目もいらっしゃったんですね」
「そちらこそ」
会ってしまった、とちはるは思った。三日のうち二日会うというのは、この町の大きさなら珍しくない。珍しくないのに、こちらの心臓は珍しがっている。
二人は並んで歩いた。歩幅が合わなかった。合わせようとして、両方が半端に歩いた。
防波堤のところで座った。
しばらくして、梶が聞かれてもいないことを言った。
「僕は、人が笑うところを見るのが好きなんです」
「そうなんですか」
「自分の笑い方が、分からないので」
なるほど、とちはるは思った。この人は自分の笑い声を聞いたことがない。だから他人の笑い方を集めている。
それを言うのに一日かかったのだということも、同時に分かった。
「明日、帰られますか」
「はい。明日は島にもう一度行って、最終の船でこっちに戻って、それから電車です」
「僕も最終です」
同じ船だ、と思った。それが分かった瞬間、明日の予定が一気に近くなった気がした。
「じゃあ、明日は」
続きはなかった。
そこで、声が止まりました。
波が来て、引いて、また来ました。それだけが鳴っていました。
いまのわたしなら、ここを数えます。数えて、長かったのか短かったのかを言えます。
あの夏のわたしは、ただ待っていました。次に声が出るのを待つ、という以外に、することを知りませんでした。
先に鳴ったのは、ちはるさんの声ではありませんでした。
「そろそろ行きます」
梶さんのほうでした。
立ち上がる音がして、右足だけ大きい足音が遠ざかりました。
ちはるさんは、そのまま座っていました。
それから、鞄の持ち手を握り直しました。
ちりん。
布のこすれる音がして、そこで止まりました。追いかけはしませんでした。
そのときわたしは、鳴ったのに何も起きなかった、とだけ思っていました。
三日目の朝、磯屋を引き払いました。
鞄を提げて出るとき、宿の人が言いました。
「島の桟橋には、五時にはいたほうがいいですよ。最終は五時半ですけど、灯台のほうからだと十五分はかかりますから」
朝いちばんの船で島へ渡りました。その船に、右足の強い足音はありませんでした。
桟橋から灯台へ向かう道の途中に、魚を叩く音のする店がありました。ちはるさんはそこで足を止めましたが、何も買いませんでした。夕方には安くなりますよ、と店の人が言っていました。ちはるさんはそういう話に弱い人です。
その日は、ずっと灯台のほうにいました。
草の音と虫の音ばかりでした。ときどき、遠くで人の足音がします。そのたびにちはるさんは立ち止まりました。歩く音が止まって、また始まります。数えていませんでしたが、何度もありました。
どれも、右足の強い足音ではありませんでした。
待っているわけではない、とちはるは自分に言った。島はここしかないのだから、どうせどこかで会う。会ったら会ったで、昨日の続きの話をすればいい。
昨日の続きというのが何なのかは、自分でも分かっていなかった。
分かっていたのは、自分の笑い方が分からないと言った人の前で、自分は二度笑ったということだけだった。船のしぶきのときと、柵のところと。
あれを見ていた人なのだ、と思うと、落ち着かなかった。落ち着かないのに、その落ち着かなさを、もう一度ほしいと思った。
日が傾きました。
桟橋へ向かって歩きはじめたのは、五時十分だったそうです。宿の人に言われた時刻は、もう過ぎていました。それでも、寄り道さえしなければ間に合う時刻ではあったそうです。
途中に、あの店がありました。
袋を選ぶ音が続きました。一度決めた袋を、置き直す音がしました。それから、また選びはじめました。
わたしが数えたのは、店の人が魚を打つ音の数です。それが七分ぶんの音だったと知ったのは、あとでちはるさんが誰かに話しているのを聞いたからです。
袋を提げて出たとき、汽笛が鳴りました。
「あ」
鞄の持ち手が、握り直されました。
ちりん。
そこから、走る音になりました。
砂利を抜けて、コンクリートに変わって、それから板になりました。桟橋です。
板は数えやすい音です。一枚ごとに違う高さで鳴ります。板を一枚踏むたびに一歩ですから、板の数はそのまま歩数です。
三十六まで数えました。
三十七枚目は、鳴りませんでした。
止まったからです。
止まったすぐあとに、別の音がしました。太くて短い音でした。船と桟橋のあいだの金属の板が上がる音だと、あとで聞きました。
走ったぶんは、三分ほどしか縮まなかったそうです。
汽笛がもう一度鳴って、水の音が変わりました。船が離れる音です。
そのとき、誰かが何か言いました。ちはるさんではありません。声の高さが違います。
船の上からでした。
風と水の音の下だったので、言葉は分かりませんでした。短い言葉でした。二つぶんです。頭のほうが強くて、終わりが上がりました。その声は一度だけで、二度目はありませんでした。
ちはるさんは何も言いませんでした。息だけが、長いこと鳴っていました。
ここから先も、あとで聞いたぶんです。
甲板の男が、こちらを見て何か言った。何と言ったのかは聞こえなかった。
手を上げたのは見えた。
ちはるも手を上げた。上げてから、この距離では顔が見えないことに気づいた。見えていないものに手を上げている自分が、急におかしくなった。
笑った。
向こうも笑ったのかもしれない。あの人は、すぐそばにいても分からない笑い方をする。まして、この距離では。
初めてだと言った人が、木の名前を知っていた。あれも、言わないことにしたうちの一つだったのだろう。
分からないままでいい、と思ったわけではなかった。ただ、分からないままになる、ということが、もう決まっていた。
船は出ていきました。
ちはるさんは、桟橋の上に立っていました。
板は、一度も鳴りませんでした。
それから、ゆっくり戻りはじめました。行きは三十六歩でしたが、帰りは五十一歩でした。歩幅が違うと、同じ長さでも数が変わります。
船は一日に四往復しかありません。その日の分は終わりでした。
その晩は、島の民宿に泊まりました。干物の袋は、そのまま鞄に入っていました。
どこかへ電話をかける声が、長いこと聞こえていました。すみません、と何度も言っていました。
翌朝の始発で、島を出ました。
船の上で、ひとことだけ言いました。
「まあ、いいか」
語尾が上がりました。
語尾の上がるときと上がらないときで意味が違うと分かるようになったのは、ずっとあとです。
波守で電車に乗りました。
鳴った音は覚えているのに、鳴らなかった時間は覚えていない。あのとき二人のあいだにあったものは、たぶん、鳴らなかったほうにありました。
それで、数えることにしました。
次の旅から、わたしは声と声のあいだを数えています。三秒と二秒では違います。二秒と一秒でも違います。長いほうがいいとも、短いほうがいいとも限りません。ただ、覚えていられます。
波守のことは、数えていないので、もう戻せません。
あの七分がなければ、とは思いません。そういう数え方を、わたしは持っていません。
ただ、あの旅でわたしは二度鳴りました。
二日目の防波堤で一度と、三日目の店の前で一度です。
どちらも、走る前の音でした。
走ったのは、一度きりでしたが。




