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亡霊の庭   作者: Lam123
10/13

混沌の墓標

鏡子 (Kyōko) は、監禁の布告から数時間後、西棟の廊下を、足音を殺して進んでいた。屋敷全体が重い沈黙に包まれ、使用人の気配も生命の兆候も消えていた。ここは、和人 (Kazuto) が作り上げた、完全に制御された劇場だ。

悠真 (Yūma) の部屋のドアは、施錠されていなかった。和人は、物理的な錠ではなく、心理的な圧力で鏡子を縛っている。彼女が入ることを予期している。そして、彼女が何も見つけられないことにも、確信を持っている。

鏡子は、再びガラスの箱へと足を踏み入れた。部屋の無機質な冷たさが、彼女の皮膚を刺す。すべてが整いすぎている。これは、「混沌の芸術家」であった悠真の死を証明する完璧な墓標だった。

彼女は、部屋全体を、和人の目を通して観察した。和人は、論理と秩序を愛する男だ。彼が隠蔽したのは、悠真の「乱雑さ」だけだ。彼にとって、価値のないものはすべて、破壊または処分された。

「和人が見落としたのは…悠真の本質よ」鏡子は心の中で呟いた。

悠真は、真に価値のあるものを、最も目立つ場所に隠すような、凡庸な芸術家ではない。彼は、混沌の中に秩序を、無意味の中に意味を埋め込む天才だった。

鏡子は、書棚に近づいた。洋書は、高さと色調で寸分違わず並べられ、まるで壁紙のようだった。本は、悠真にとって、魂の食糧であり、彼の思考の残骸である。和人が、これらの本の内容までチェックしたとは思えない。彼がチェックしたのは、見た目の秩序だけだ。

彼女は、最も厚い、表紙が古びた革製の洋書にそっと触れた。それは、ニーチェの著作だった。悠真が最も愛し、常に持ち歩いていた一冊だ。和人は、この本が他の本とわずかに違うことを気づかないだろう。

鏡子は、注意深く、本を引き抜いた。

異常は、本の重量にあった。それは、見た目よりも遥かに軽い。

彼女は、本の厚さを指で測り、確信した。本の中身は、くり抜かれている。和人は、背表紙が他の本と揃っていることだけを確認し、中身まで調べるという不必要な労力を拒否したのだ。

鏡子の鼓動が高鳴った。彼女は、背後のドアに耳を澄ませた。沈黙。その一瞬の静寂が、彼女の行動を許容していた。

彼女は、本を裏返し、指を慎重に差し込んだ。くり抜かれた空洞の中に、紙片が二つ、折り畳まれて入っていた。

恐怖と期待が混ざり合った感情で、彼女はそれを引き抜いた。

一つ目の紙片は、レシートだった。それは、五年前の悠真が失踪する一週間前の日付と、郊外のホームセンターの名前が記されていた。購入品目は、太字で**「コンクリート用速乾セメント」と「大型ポリ袋」と「運搬用台車」**とあった。

コンクリート。埋葬。隠蔽。

これは、粘土人形とは次元の違う、物理的な証拠だ。悠真は、彼自身の身体を隠すためにセメントを買ったのではない。彼は、和人が何を隠したかを、記録していたのだ。

二つ目の紙片は、短い手書きのメモだった。悠真の荒々しい筆跡で、簡潔に数字が記されていた。

「庭の石垣より 南へ八歩。 深さ一メートル。 もう一人の私」

「もう一人の私」。鏡子の脳裏に、冷たい稲妻が走った。悠真は、自分がもう一人いることを知っていたのか?あるいは、和人が、自分の影として誰かを利用したのか?

南へ八歩。その方向は、竹林の最も暗い部分、悠真の庭の中心を指している。

鏡子は、手書きのメモを瞬時に記憶し、レシートと共に元の場所に慎重に戻した。本を元の棚に寸分違わず戻す。表面的な秩序は、完璧に維持された。

彼女は、部屋を出た。彼女の足取りは、入ってきた時よりも確固たるものになっていた。

和人は、リビングに戻ってくるだろう。彼は、彼女が何も見つけられなかったと確信し、安心するだろう。しかし、鏡子は、和人の完璧な論理の唯一の欠陥、つまり悠真の芸術的な魂が残した手がかりを手に入れた。

次の行動は、深夜。竹林の最も深い闇の中だ。

彼女は、携帯電話のない、監禁された状態で、殺人鬼の裏庭に埋められた、もう一つの真実を掘り起こさなければならない。

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