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昼の受験

作者: 北出たき

 バンに乗るのは見慣れた顔ばかりで、私一人心が急く。今は十三時を過ぎたところで共通テストの英語に間に合うかどうかという時である。前方の席に座って振り返りながらおしゃべりをしている女の子たちに右に一人、左に一人と視線を移した。右は近所に住むよく知った子であるが、勉強に関心があるタイプではない。卒業したらどうするのかは知らないが今回のテストも受けるのではなく応援に来たと見えたので、左の子に向けて試験は何時に始まるのかと聞いた。その子の答えを聞き、私は少し胸をなでおろして車窓に目を移した。

 会場まではもうすぐで、国道沿いにあるチェーンのカツどん屋の名前が小さく見えた。そこはただの飲食店なのに四階建てで、私は昔ホテルだと思っていた。ガラスの引き戸に映る向こう側はいつも暗かった。茶色の文字で書かれた店の名前は三階の隅に建てられた四階の外壁にすっぽりおさまっていた。

 カツどん屋の隣の建物の車がまばらな駐車場に降り立ち、一人ガラス扉に急いだ。ドアを開けたとき中は薄暗かった。長机が設置されていて、そこが受付と見えるのに人の姿は見えない。奥の階段に歩を進めると、踊り場の窓に青空が映っていた。その対照的な明るさに体が違和感を覚え、不安におそわれたが、気づかぬふりをして三階まで登った。

 大教室のドアを開けて中を覗くと、もう試験が始まっているようだった。肌色の横顔が一気に視界に飛び込んできて、ドアを放すしかなかった。細く開けたドアは一秒も立たないうちに微かな音を立てて閉まり、私はこの小さい階段の踊り場の前から降りて、薄暗い廊下に佇んだ。

 私の頭は考えることをやめたようで、血や心臓が騒ぐこともなかった。自分の息遣いも聞こえなかった。中庭からの光が廊下に反射していて、廊下の突き当りが浮かんで見えた。

 試験官と思われる中年の女性が前方のドアから出てきて、私のそばに駆け寄った。何を言われたかはあまり覚えていないが、試験に五分遅刻しているが、今ならまだ入れるとのことだった。教室中を構成する木のぬくもり、肌色の顔をやや高い天井の灯が露にしていて、私のあるべき焦りとは裏腹にただあたたかいと思った。

 試験官の声が終了を合図したとき、三分の一解けていない回答用紙を見つめながら手を膝におろさなくてはならなかった。この回答用紙を見た試験官が口にしたことに、私は悔しかったのか、侮辱されたと思ったのか目を据えて心の苛立つのを抑えなくてはいけなかった。

 休憩時間になり、知った顔がちらほら視界に入り、そのなかに中学生の時一度成績を競い合ったことがあるAさんを見つけた。私は配られた予定表からこの時間の前に行われていたテストを逃してしまったことを知った。これからあと、一二教科しか受けられない。全く受験の見通しが立たなくなった。が、あの人の顔が見られた嬉しさで視線を落としながらあの人の残像を二枚、かわるがわる映した。


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