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第8話 眠れる光、風の記憶

――風が、止んでいた。


 眩い光の奔流を抜けたナイルは、白い雲の上に立っていた。

 目の前には、果てしない空の海と、そこに浮かぶ一つの巨大な都市。


 白い石造りの塔と橋が重なり合い、まるで雲の上に根を下ろすように存在していた。

 だがその街には、音がなかった。

 風の唄も、人の声も、機械の駆動音すらも。

 聞こえるのは、自分の息と鼓動だけ。


「……ここが……ペルニシカ、なのか」


 喉が震えた。

 父が生涯追い求めた“空の果ての街”――その名が、風に溶けて消えていく。


 ナイルはゆっくりと歩き出した。

 足元の石畳は冷たく、ところどころに淡く光る紋様が刻まれている。

 触れると一瞬だけ青い光が走り、すぐに消えた。

 まるで街そのものが、微睡まどろんでいるようだった。


 彼は腰の袋から《空図巻》を取り出した。

 父が遺したその古い地図は、まるで意志を持つかのように柔らかく光を放ち、

 雲の上の大地を示すように、細い線が塔の方向へと伸びていた。


「……導いてるのか?」


 呟いた声に答える者はいない。

 それでもナイルは、その光を頼りに歩き続けた。


 やがて、塔の根元に辿り着く。

 白銀の柱が天へと伸び、中心部には円環状の台座。

 そこには無数の古代文字が刻まれており、複雑な模様が絡み合っていた。

 その光景に、ナイルは思わず息を呑む。


「……こんなもの、地上には……」


 彼は手を伸ばし、そっと台座の表面に触れた。

 冷たい。だが、わずかに“脈”を感じる。


 ――ドクン。


 石が低く唸り、青い光が走る。

 ナイルが反射的に手を離すと、空図巻が反応し、白い光を放った。


「……えっ?」


 紙面の文様が台座と同じ形に浮かび上がり、

 光の筋が重なった瞬間――

 都市全体が、息を吹き返した。


 風が鳴った。

 塔の内部から、低い響きが空へ伝わる。

 足元の石畳が脈打つように震え、雲の彼方まで青白い光が走った。


『――認証コード確認。波長、一致。風の継承者、接続完了――』


「な、なんだ……今の声……?」


 ナイルの胸の奥で、何かが共鳴する。

 体の奥に流れる血までが、風と同調しているような感覚。

 そのとき――塔の中心に浮かぶ巨大な水晶体が、ひび割れた。


 ぱきん、と乾いた音。

 続けて、光の粒子が溢れ出した。

 数えきれないほどの光が舞い上がり、ゆっくりと形を成していく。


 ――それは、人の姿だった。


 光の粒が集まり、白い衣のように揺らめく。

 髪は風に溶け、瞳は閉じられたまま。

 まるで永遠の眠りから、いま目覚めようとするかのように。


「……人間……?」


 ナイルの声に応えるように、彼女のまつげがかすかに震えた。

 そして、静かに瞳が開く。


 銀色の光。

 深く、冷たく、それでいてどこか懐かしい輝き。


「……この声……聞こえる……?」


 かすれた言葉。

 それは耳ではなく、心に直接届いたような感覚だった。


「あなたが……呼んだの?」


「呼んだ……? 俺が?」

 ナイルは一歩、後ずさる。

 彼女はゆっくりと微笑み、指先に淡い光を灯した。


「長い間……眠っていました。

 この街も、私も。

 でも、あなたの波が、扉を開いたのです」


「君は……誰なんだ?」


 しばしの沈黙ののち、彼女は自分の胸に手を当てた。

「……リュミエール。

 それが、私の名――この都市の“光”として、刻まれた名前」


 彼女の言葉に呼応するように、塔の壁が光を帯びた。

 都市全体の紋章がゆっくりと輝きを取り戻していく。


 しかしその瞬間――

 低い唸り声が、足元から響いた。


 地面が震え、風が乱れる。

 塔の奥から、黒い霧が流れ出した。

 その中で、無数の赤い光が瞬き、

 まるで“生きた影”のように動き始める。


「……これは……?」


 リュミエールの声が静かに震えた。

「影が……動き出した。

 眠りを破った者を排除する、都市の守護者……」


 ナイルは拳を握りしめ、前を見据える。

「……来るのか……なら、やってやる」


 リュミエールの光がそっと彼の肩に触れた。

 その声は、どこか安らかだった。


「恐れないで。風は――あなたを見ています」


 そして、雲上の街が再び目を覚ました。

 長い眠りの終わりと共に。


次回予告 第9話「影の守護者」


 動き出した影は、ペルニシカの意志そのものだった。

 リュミエールは記憶を失いながらも、ナイルに“光の刃”を託す。

 「風の継承者よ、恐れを越えよ――」

 空の都市で、最初の戦いが始まる。


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