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第7話 雲を越えて

観測塔の頂に立つナイルの目の前で、夜空が裂けていた。

 星々が円を描き、光の環がゆっくりと回転する。

 そこから溢れる風は熱く、胸の奥を震わせるほどの力を帯びていた。


「ナイル!」

 階下から声が届く。ティナが必死に駆け上がってくる。

 荒い息のまま彼の腕を掴み、涙で濡れた瞳で訴えた。

「行かないでよ……!」


 ナイルは一瞬、言葉を失った。

 工房で笑い合った日々、カフェの匂い、スープの温もり。

 そして――ティナの不器用な優しさ。

 それを置き去りにしてまで、自分は空を目指すのか。


「……ごめん」

 ナイルは小さく首を振り、彼女の手をそっと外した。

「俺、行かなきゃならないんだ」


「ずるい……」

 ティナは絞り出すように呟き、唇を噛んだ。

 しかし、それ以上は何も言わなかった。ただ、頬を伝う涙を拭わず、彼を見つめていた。


 その時、塔の下から声がした。

「ナイル!」

 ガドロが駆け込んでくる。その後ろにはヴォルス親方の姿もあった。


「行くつもりなんだな」

 親方の声は低く、だが揺らぎはなかった。

 ナイルは力強くうなずく。

「はい。……俺は、父さんが夢見た空を確かめたい」


 短い沈黙の後、親方は腰の工具袋を外し、無造作に投げてよこした。

「なら、持ってけ。俺の工房の弟子が飛ぶんだ。手ぶらで行かせられるか」


「親方……」

 言葉が喉に詰まる。

 それは叱責でも説教でもなく、ただの“承認”だった。


 ガドロが笑って肩を叩いた。

「空は残酷だが、夢見る者を笑わない。お前ならきっと行けるさ。……いつか、一緒に飛ぼうぜ」


 その言葉に、ナイルの胸が熱くなる。

 父の背中。親方の背中。ティナの想い。ガドロの夢。

 全てを抱きしめ、彼は夜空の門を見上げた。


 光が強くなる。

 風が塔を包み込み、雲が裂けていく。


「――行ってくる」


 ナイルは振り返り、皆にそう告げた。

 そして星の門へ、一歩を踏み出す。


 眩い光が体を包み、重力が消えていく。

 足元から大地が遠ざかり、雲を突き抜ける。

 息が止まるほどの輝きの向こうに――


 黄金と白に彩られた巨大な影が、蒼穹に浮かんでいた。

 崩れかけた塔と橋。無数の尖塔が雲を貫き、光を反射している。


「……本当に、あったんだ」


 ナイルの声は、風に溶けて消えた。

 彼は今、夢の中でしか見たことのない都市に向かっていた。


 ――空の上の古代都市ペルニシカ


 第8話予告:「空に眠る街」


雲を越えたナイルを待っていたのは、静寂と光に包まれた古代都市。

そこに立つ一人の少女――ペルニシカの記憶、リュミエールとの出会いが始まる。


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