表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

第6話 星の兆し

夜明け前の工房は、しんと静まり返っていた。

 外ではまだ靄が立ちこめ、煙突から吐き出される煤煙が空を灰色に染めている。

 その二階の小さな部屋で、ナイルはまた《空図巻》を広げていた。


 ランプの明かりに照らされた羊皮紙の上。

 褪せた墨で描かれた星々の点が、一本の円を形づくっている。

 昨夜、観測塔から見上げた空を思い出す。雲の切れ間に並んだ星のきらめき――あれは、確かにこの図と同じ形だった。


「……もうすぐ、なのか」


 胸の奥で、父の声が蘇る。

 “信じろ、ナイル。おまえがきっと辿り着く”

 その言葉に導かれるように、彼は震える指で星図をなぞった。


 昼、工房にて。

 空挺機の点検を終えると、ガドロが大きな袋を抱えて現れた。汗で額が光り、競技の疲れも見せずに笑っている。


「よう、ナイル! まだ図巻にかじりついてるって聞いたぞ」

「……ティナが言ったんですね」

「ははっ、あの子はお前のこと気にしてるからな」


 ガドロは機体の側面を軽く叩き、空を見上げた。

「にしても、この数日、風向きがおかしい。上層がざわついてる。俺たちでも計算が狂うくらいだ」


 その言葉に、ナイルははっとする。

 星の並び、風の流れ――《空図巻》に描かれていた条件が、確かに満たされつつある。


「……やっぱり」


 呟いた声を聞きとめたのか、ヴォルス親方が作業台から顔を上げた。

「ガキの空想にしては、妙に当たるもんだな」


 親方はそれ以上何も言わなかったが、油に濡れた手を拭きながら、じっとナイルを見つめていた。

 その眼差しに、言葉以上の重みを感じ、ナイルは胸が熱くなる。


 夜。広場では、昼の競技大会の祝勝祭が始まっていた。

 花火が夜空に咲き、笑い声と音楽が通りを満たす。

 だがナイルは、ひとり人混みを抜け、丘の上の観測塔を目指していた。


 背後で、ティナが小さく手を伸ばす。

「ナイル……」

 その声は祭囃子にかき消され、彼には届かない。

 彼女はただ、夜空へ歩み去る背中を見つめるしかなかった。


 観測塔の頂に立つと、街の明かりが遠くに揺れ、頭上は濃紺の闇に包まれていた。

 ナイルは空図巻を開き、夜空と見比べる。


 ――星々が、少しずつ並びを変えていく。

 やがて、空に浮かぶ光が一つの輪を描き、淡く揺らめき始めた。


「これが……“門”……?」


 胸が高鳴る。

 その瞬間、風が強く吹き抜け、銀の粒子が夜空に舞い上がった。

 耳の奥で、かすかな声がささやく。


 ――「来て」


 ナイルは思わず空へ手を伸ばす。

 塔の下で、ティナが必死に呼ぶ声がした。

 しかし彼の瞳は、ただ光の輪の向こうを見つめていた。


 雲が裂け、星の円環がひときわ鮮やかに輝く。

 夜の空に――“何か”が、目覚めようとしていた。


  第7話予告:「雲を越えて」


開きゆく光の門。

ナイルは一歩を踏み出すか、地に留まるか――

ティナの声、親方の背中、ガドロの言葉。

すべてを胸に、少年は決断する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ