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第5話 風を追う者

石畳の広場に、人々のざわめきが渦を巻いていた。

 色とりどりの旗が風に翻り、空には雲を縫うように巨大な機影が浮かぶ。

 街の人々が待ち望んでいた――空挺競技大会の日がやってきたのだ。


「ナイル! ほら、始まるよ!」


 ティナが屋台の前から手を振った。

 カフェ《ベルノッサ》は今日だけ特別に屋外に出店しており、焼きたてのパンや甘い菓子を並べている。

 ナイルは工房から駆けつけ、息を切らしながら彼女の隣に立った。


「うわ……すげぇ人だな」


「当たり前でしょ。空挺競技は、この街で一番の娯楽なんだから」

 ティナは笑みを浮かべながら、手にした籠を差し出す。

「ほら、あんたの分。今日は忘れられないでしょ?」


「……ありがとう」

 ナイルは受け取りながらも、目はもう空に釘付けになっていた。


 大きな号砲が鳴る。

 観客席から歓声が爆発し、空挺機たちが一斉に滑走路を離れる。

 鋼鉄の翼が風を切り、雲を突き破るその瞬間、ナイルの胸もまた高鳴った。


「すごい……!」


 思わず声が漏れる。

 ティナはパンを差し出そうとして手を止め、ナイルの横顔を見上げた。

 彼の目は輝いていた。まるで、自分もそこに飛び込んでいくかのように。


(ああ、やっぱり……この人は、ずっと空を見てる)


 ティナの胸の奥に、言葉にならない思いがじんと広がった。

 けれど彼女はそれを笑みに変え、「ほら、食べないと冷めちゃうよ」と言う。

 ナイルは「ごめん」と受け取りながら、パンを口に運ぶ。だが、意識は空の上だった。


 やがて、観客がひときわ大きな声をあげた。

 青銀の機体が、空を裂くように急降下してくる。

 その翼には――赤い雷の紋章。


「……ガドロだ!」


 ナイルが身を乗り出すと、ティナも驚いたように振り向いた。

 観客のざわめきの中、空挺機は鋭く旋回し、風を裂く轟音を残して空へ舞い上がる。

 その操縦の大胆さと美しさに、観客の視線が奪われていった。


 レースが終わる頃、夕暮れの光が広場を赤く染めていた。

 ガドロは額に汗を浮かべながら、工房の裏道から姿を現した。背はナイルより頭ひとつ分高く、日に焼けた笑顔が眩しい。


「おい、ナイル! お前、もうこんなに背が伸びたのか!」

 豪快に肩を叩かれ、ナイルはよろめいた。


「ガドロにい! 本物のレース、すごかった! あんな風に飛べるなんて……」


「ははっ、まだまだだ。俺なんざ駆け出しだよ」

 ガドロは笑いながら、ナイルのゴーグルを軽く持ち上げる。

「けど、お前の目……昔の親父さんに似てきたな。あの人も、誰よりも空を見てた」


 ナイルの胸に熱いものが込み上げる。父が空を信じていた証を、別の人の口から聞いたのは初めてだった。


 そこへ、ティナが顔をのぞかせる。


「ガドロさん、おかえりなさい」

「おう、ティナ。相変わらず元気そうで安心した」


 ティナは笑顔を見せるが、ナイルとガドロが空の話で盛り上がるのを、少し寂しげに見つめていた。


 夜。工房の屋根に、ナイルとガドロが並んで座っていた。

 遠くにはまだ競技場の明かりが残り、空には星が瞬いている。


「なぁガドロ兄。空って……どんな場所なんだ?」


「広い。寒い。怖い。でもな――」

 ガドロは空を指さした。

「そこに出た瞬間、全部どうでもよくなる。風が体を抱いてくれる。空は、夢見るやつを笑わないんだ」


 ナイルは拳を握りしめた。

「俺も……いつか、行きたい。空の上まで」


 ガドロはにやりと笑い、ナイルの背を力強く叩いた。

「なら決まりだな。いつか一緒に飛ぼうぜ。お前となら、きっと空だって応えてくれる」


 ナイルの胸に、熱い火がともった。

 その横で、静かに星々が並びを変え、天空に奇妙な輪郭を描き始めていた。

 だが、それに気づく者は、まだ誰もいなかった。


  第6話予告:「星の兆し」


静かな夜、ナイルは空図巻のページを開く。

そこには、今夜の星の並びが記されていた――

「門が開く夜」の、運命の図が。

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