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第13話 追跡の回廊

ナイルは石の回廊を駆けていた。

 足音が、やけに大きく響く。

 後ろでは王国兵の足音。さらにその奥から、影の守護者の唸り。

 逃げ場のない迷宮そのものが、彼らを飲み込もうとしているようだった。

「リュミエール、まだいけるか!」

 隣を漂う光が、かすかに揺れた。

 輪郭は薄く、途切れそうで、それでも彼女は消えまいとするようにナイルのそばを飛ぶ。

「……今は……まだ……。

 でも、長くは……」

 声も弱い。

 思念体である彼女が限界に近づいているのは、もう隠しようがなかった。

 ナイルは唇を噛む。

 捕まるわけにはいかない。

 だが、ただ逃げればいいわけでもない。

 守るべき場所がある。

 心臓室。

 眠る本体。

 あそこを知られたら、終わる。

「出口を探すんじゃない……」

 自分に言い聞かせるように呟く。

「守りたい場所から、あいつらを遠ざけるんだ」

 リュミエールが、少しだけ驚いたようにナイルを見た。

 だが何も言わず、ただ小さく頷いた。

 一方その頃。

 後方回廊では、セリカが立ち止まっていた。

 床に膝をついた兵が、息を切らしながら訴える。

「隊長、追撃を――」

「焦るな」

 短く言い切り、セリカは壁の紋様と空気の流れを見た。

 赤く点灯した回廊。影の霧。わずかな足跡。

 彼女の瞳は、迷路のような都市の流れを読むように鋭く動く。

「逃げる者は出口を探す」

 セリカは低く呟いた。

「けれど、守る者は“奪われたくない場所”へ向かう」

 兵が顔を上げる。

「では、あの少年は……」

「都市の中枢に繋がる道を知っている。

 なら、そこから離れながらも、切らさない位置を取るはず」

 セリカは剣を収めるでもなく、前を見据えた。

「追う。だが隊を散らすな。

 この都市は、私たちごと噛み砕く気でいる」

 その言葉の直後、遠くで影の咆哮が響いた。

 ナイルは曲がり角を曲がった瞬間、足を止めた。

 前方の回廊が、音を立てて閉じていく。

 壁がせり出し、床がずれ、通路そのものが形を変えていた。

「またかよ……!」

 赤い紋様が脈打つ。

 都市の防衛機構が、侵入者に応じて道を変えているのだ。

 別の通路に飛び込もうとした、その時――

 床下から黒い霧が噴き出した。

 赤い眼がいくつも灯る。

「っ、影……!」

 今度は一体ではない。

 三体。四体。

 群れのように、低い唸り声を上げながら回廊を塞ぐ。

 リュミエールが前に出ようとする。

 だが光が大きく揺らぎ、膝をつくように沈んだ。

「……だめ……今の私では……!」

「下がってろ!」

 ナイルは前へ出た。

 胸元の空図巻が反応し、風の線が薄く視える。

 だが、数が多い。

 一つを避けても次が来る。

 最初の影が飛びかかる。

 ナイルは身をひねってかわす。

 次の影が横から爪を振るう。

「ぐっ!」

 腕を庇った瞬間、鋭い痛みが走った。

 布が裂け、血が滲む。

「ナイル!」

 リュミエールの声が震える。

 さらに別の影が、今度は彼女へ向かった。

 光の揺らぐ思念体を、容赦なく貫こうとする。

 ナイルは迷わず飛び込んだ。

「触るなッ!!」

 身体を投げ出し、リュミエールの前に立つ。

 爪が肩をかすめ、激痛が走る。

 だがその一瞬で、彼の中で何かが切り替わった。

 自分が逃げるためじゃない。

 守るために立つ。

 風の線が、前よりもはっきり見えた。

「……そうか」

 影の動き。

 核の位置。

 空気の歪み。

 全部が一本の線で繋がっていく。

 ナイルは踏み込んだ。

 光の輪郭が腕にまとわりつき、未完成の刃を形作る。

「おおおッ!」

 振るう。

 一体目の核を断つ。

 霧が弾ける。

 だが二体目、三体目が迫る。

 避けきれない――

 その瞬間、重い声が回廊に落ちた。

「未熟」

 次の瞬間、壁面の巨大な神像が震えた。

 石が砕けるのではない。

 動いた。

 白い巨体。

 長い年月を眠っていた神像の番人が、ゆっくりと石の足を踏み出す。

 その一歩で、床が唸る。

 影の守護者たちが一斉に向きを変えた。

 番人は腕を振るう。

 それだけで、影の群れがまとめて吹き飛び、霧となって散った。

 ナイルは息を呑んだ。

「……な、なんだ……」

 神像の瞳に、淡い青光が灯る。

 その視線がナイルに落ちた。

「風の継承者」

 低く、遠雷のような声。

「まだ未熟。だが、光は確かに応じている」

 リュミエールが震える声で名を呼んだ。

「……アルマニス……」

 ナイルが振り返る。

「こいつが……?」

「……都市最古の番人……。

 ペルニシカがまだ神々の都と呼ばれていた頃から……」

 アルマニスはナイルだけでなく、回廊の奥――追ってきたセリカたちにも視線を向けた。

 セリカは剣を構える。兵も息を呑む。

「……敵か」

 セリカが問う。

 アルマニスは即答しなかった。

 ただ、重い沈黙のあと、言う。

「侵入者。

 だが、選別はまだ終わっていない」

 その言葉の意味を考える前に、アルマニスが床へ杖のような腕を打ちつけた。

 回廊全体が震え、壁が開く。

 青い光の通路が一本だけ、闇の奥へ伸びた。

「進め」

 アルマニスがナイルに告げる。

「だが次は、風ではなく“意志”を見せよ」

「……どういう意味だ」

「心臓へ至るには、力だけでは足りぬ」

 セリカが一歩前に出る。

「その道を渡せ。

 その少年と鍵は、私たちが管理する」

 アルマニスはセリカを見た。

 その視線だけで、兵たちが一歩下がる。

「鋼の騎士よ。

 お前もまた、守る者の顔をしている」

 セリカの眉がわずかに動く。

「だが、今は通さぬ」

 青い光の通路の前に、重い見えない壁が下りたように、セリカたちの足が止まる。

 進もうとしても、空気そのものが拒絶していた。

 アルマニスは再びナイルを見る。

「行け」

「……っ」

 ナイルはリュミエールを見た。

 彼女は苦しげに揺れながらも頷く。

「……今は……進んで……。

 あの方が……道を開くなら……」

 ナイルは迷ったのは一瞬だけだった。

 青い通路へ踏み出す。

 背後でセリカの声が飛ぶ。

「待て!」

 だがその声は届かない。

 アルマニスの圧が、道を隔てている。

 ナイルは振り返り、セリカを見た。

 彼女の目には怒りだけでなく、焦りと、そして別の感情があった。

 それが何かを考える余裕はない。

 彼は前を向き、走った。

 青い通路の先。

 壁に刻まれた紋章が淡く輝いている。

 リュミエールがかすかに言った。

「今の存在……

 都市最古の番人……アルマニス……。

 まだ……完全には敵じゃない……」

「味方でもなさそうだけどな」

「……はい……。

 あの方は……見ているのです。

 私たちが……何を選ぶかを……」

 通路の終わりに、巨大な扉が現れる。

 青い紋章。

 脈打つ光。

 そこには、心臓へ至る試練の門を示す古代の印が刻まれていた。

 そして背後では、なおセリカの追跡が止んではいない。

 都市もまた、完全な目覚めへ向かっている。

 ナイルは拳を握った。

「行くぞ、リュミエール。

 もう止まれない」

 風のない空の都で、次の試練が待っていた。

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