第11話 封じられた心臓
青い光の柱を抜けた瞬間、空気が変わった。
音が、消えた。
風も、塔の鼓動も、すべてが遠ざかる。
ナイルの足が、静かに床へと降りる。
そこは――巨大な空洞だった。
天井も壁も判別できないほど広大な空間の中心に、
ひとつの“結晶”が浮かんでいる。
淡い白光を放つ結晶の中に、
少女の姿があった。
膝を抱き、目を閉じ、
まるで深い眠りに沈むように。
無数の光の管が、その結晶へと繋がり、
都市のあらゆる方向へ伸びている。
――まるで、血管のように。
「……あれが……」
ナイルの喉が鳴った。
隣で、リュミエールの光が大きく揺らぐ。
「……私の……本体……」
彼女の声は、かすれ、震えていた。
思念体のリュミエールが一歩近づくと、
その輪郭が不安定になり、光が途切れかける。
「無理するな!」
ナイルが叫ぶ。
「……だめ……近づくと……
都市と……干渉してしまう……」
彼女は胸を押さえ、苦しそうに息を整えた。
「私は……ここから……逃げられなかった……」
そのとき――
空間全体が低く共鳴した。
『中枢精霊
――起動記録、部分再生』
無機質な声が、空間に響く。
結晶の表面に、光の文字と映像が浮かび上がった。
『リュミエールは
都市浮遊機構・気候制御・防衛・思考演算を統合する
生体中枢――“心臓”である』
ナイルは、息を呑む。
「……心臓……?」
リュミエールは、静かに頷いた。
「私は……都市そのもの……
だから……この街が壊れるとき……
逃げることも……拒むことも……できなかった……」
映像が切り替わる。
かつてのペルニシカ。
空に浮かぶ白き都市。
人々の営み。
風と光に満ちた世界。
だが――
次の瞬間、空が裂けた。
黒い裂け目。
天を喰らう“牙”。
『終天の牙
起動申請――却下』
光の文字が赤く変わる。
『外敵侵入
都市存続危機レベル――最大』
映像の中で、
リュミエールが必死に首を振っている姿が映った。
『起動、拒否――
この兵器は……世界を……』
だが次の瞬間。
別の光が割り込む。
『権限上書き
強制起動』
「……っ!」
ナイルは拳を握りしめた。
「お前の意思じゃ……なかったんだ……!」
リュミエールは、唇を噛みしめる。
「……でも……止めきれなかった……
だから私は……
この街ごと……眠らせた……」
結晶が、かすかに脈打つ。
突然、空間がナイルに反応した。
足元の紋様が、青く強く光る。
『風の継承者へ告ぐ
都市再起動には“媒介者”を要する』
ナイルの胸が締め付けられる。
「……媒介者?」
リュミエールが、はっとして振り向く。
「だめ……!
それは……都市と……繋がるということ……!」
『媒介者は
中枢精霊と共鳴し
都市から切り離せなくなる可能性あり』
「……帰れなくなる……?」
ナイルの脳裏に、
ティナの笑顔、
ガドロの不器用な背中、
親方の無骨な手が浮かぶ。
地上での生活。
生きる場所。
リュミエールは、必死に首を振った。
「ナイル……お願い……
あなたは……地上へ……
あなたの世界へ……帰って……」
その声は、
守りたい者を想う、切実なものだった。
ナイルは、しばらく黙っていた。
そして――ゆっくりと顔を上げる。
「……まだ……決めてない」
リュミエールが息を呑む。
「でも……」
ナイルは、結晶の中の彼女を見据えた。
「お前を……
このままにはしない」
その言葉に反応するように、
結晶が、はっきりと光を増した。
初めて――
眠るリュミエールの“本体”の指先が、
わずかに動いた。
その瞬間。
警告音が、空間を裂いた。
『外部勢力接近
地上王国軍
識別信号――確認』
重い金属音。
遠くで響く足音。
リュミエールの声が、低く震える。
「……彼らが……来てしまった……」
ナイルは、拳を握りしめ、前を向く。
「……なら……守るしかないだろ」
封じられた心臓は、
確かに――目覚め始めていた。




