第10話 光の欠片
影が霧散し、塔の周囲に静寂が戻った。
だがその静けさは、安堵とはほど遠いものだった。
塔の奥――黒い裂け目のような通路から、赤い脈が脈動している。
まるで都市そのものが、不穏な鼓動を刻んでいるように。
「……リュミエール!」
ナイルは駆け寄った。
リュミエールの身体(と呼べるもの)が、ゆらりと揺らめいていた。
さきほどより光が薄く、形が安定していない。
「……大丈夫、です……
ただ……思念体のままでは……長く形を保てません……」
彼女は胸元を押さえて俯いた。
その指先が石畳をすり抜けた瞬間、ナイルの胸が痛む。
「消えそうに見えるんだよ……」
ナイルは思わず目を逸らせない。
「お前……いなくなっちまうのか……?」
リュミエールはふっと微笑んだ。
「……簡単には消えませんよ。
あなたが……呼び起こしたのですから」
その微笑みは儚く、光に溶けてしまいそうだった。
「でも……あなたと違って、私は“本物”ではありません。
本体が眠っている限り……この姿は仮初……」
「本体……」
その言葉に、ナイルは拳を強く握った。
「なら……探せばいい。
お前自身の身体を……」
リュミエールは驚いたように目を瞬かせた。
そして、ゆっくり頷いた。
「……あなたの言葉は……温かいですね。
風に似ています……」
そのとき――。
塔の壁が低く鳴動した。
石の裂け目に沿って青い光が走り、紋章が浮かび上がる。
壁面の一部が滑るように開き、内部への通路が現れた。
リュミエールが息を呑む。
「……継承者の認証です。
この道は……風に選ばれた者だけが通れるはず……」
「選ばれた……?」
ナイルが呟くと、足元の紋様が優しく脈打った。
まるで“導くよ”と言っているようだった。
「行こう。
ここが……本体の場所へ繋がるんだろ?」
リュミエールは彼を見上げ、微笑んで浮かび上がる。
「……ありがとう、ナイル。
あなたがいてくれて……よかった」
塔の内部は、青い光がゆらめく静かな空間だった。
浮遊する透明な板がふわりと漂い、壁には古代語の紋章がびっしりと刻まれている。
「ここは……記録断章の間。
都市の過去を保管する場所です」
リュミエールが指先で光の板に触れると、破損した映像が乱れながら再生された。
そこには――
白く輝くペルニシカが空に浮かぶ姿。
塔の頂がまばゆいほどの光を発し、雲が渦を巻く。
人々が逃げ惑う。
空に大きな“裂け目”が開く。
そして――
黒い牙のような光が空を喰らう場面。
「……これは……都市が沈んだ時の映像か……?」
ナイルの声が震えた。
リュミエールは額に手を当て、苦しそうに目を閉じる。
「……終天の牙……
都市が持っていた……禁じられた兵器……」
映像はさらに崩れ、耳を裂くような光の叫びが響く。
「っ……!」
「リュミエール!」
ナイルが手を伸ばすが、触れられない。
「私は……何かを……
何か、大切なものを……失わせた気が……する……」
その声は震え、光はますます不安定になる。
「違う!
断片だけ見て自分を責めるな!」
ナイルの叫びに、リュミエールの光が少しだけ落ち着いた。
「……あなたの声は……やっぱり温かい……」
記録の間の奥で、青い柱が立ち上がった。
塔の心臓部へ続く、光の道だ。
「ここが……私の“本体”へ続く場所……のはずです」
だが――。
影の霧が、再び床を這い始めた。
赤い光がひとつ、またひとつと点灯する。
「影が……増えてる……!」
リュミエールの顔が強張る。
「都市が……完全に目覚めかけています……
本格的に……動き出す前に……行かないと……!」
ナイルは強く頷き、青い柱の中心へと踏み込んだ。
「行こう、リュミエール。
お前の本当の場所へ――!」
リュミエールは微笑み、そっとナイルに寄り添う。
「……あなたの風は……
私が知っている“誰か”と、とてもよく似ています……」
「誰だよ、それ……」
「……わかりません。
でも……懐かしい……気がするのです……」
風が二人を包み込み、塔の最深部への扉が開いた。




