罪の子と呼ばれた王女の末路
国王の真実の愛を虐げ、権力を振りかざし、あげくに不貞の子を産み落とした悪役王妃が処断された。その十六年後、遺された罪の子と呼ばれた王女のお話。
その王妃は、悪役王妃と呼ばれていた。
とある平和な王国でのことである。その王妃とは現在の国王が学生時代に見初めた真実の愛の相手である側妃を醜い嫉妬で虐げ、苛めぬき、王妃の椅子に固執する権力欲に囚われた女性だと、王宮どころか民草の口にものぼるほどだった。
それでも王妃が退けられなかったのは、生家が国で最も力を持つ公爵家だったからだ。男爵家の庶子である側妃を権力で脅して押さえつけたと、王妃はますます嫌われた。
状況が変わったのは、国王夫妻が婚姻して三年が経ち、王妃が第一子を産み落としたときだ。
王妃は、二つの角と長耳を持つ魔族の子を産み落とした。
王国は九割を超える国民が純人の純人国である。国王も、王妃も、過去五代を遡っても純人の両親から生まれている。だから、先祖返りで魔族の子が生まれたというのも考えづらかった。
王妃は、たちまち不義を働いたと非難を受けることになった。
純人国の王妃が亜人種の子を産み落としたというのは、いかにも外聞が悪かった。純人国において圧倒的な少数である亜人種たちは、差別の対象だったからだ。
第一子は女児だった。その女児は名を与えられず、王族籍も抹消され、罪の子と呼ばれた。
不義を働いた王妃は処断されて毒杯を飲んだ。生まれてきた子は、遠くの孤児院に預けられることになった。
――ここまでが、国民の知る話である。
実際のところ、女児は王宮の奥深くで隠すように育てられていた。元王妃を嫌いぬいていた国王が、元王妃の生家である元公爵家――現在は元王妃の所業により伯爵家まで降爵している――に、この子どもを利用されることを厭うたのだ。
もっとも、誰の種を受けたとも判らない不義の子に、それほどの価値はなかっただろうけれど。
女児の生育環境は劣悪なものだった。罪を犯した王族が入れられる北の塔の、それも最も狭く暗く環境の悪い一室に閉じ込められ、一日に一度だけパンと水が扉の隙間から渡された。
物心ついてから一度も他人と会話をしたことがなく、当然だが何の教育も施されなかった。
女児は何をすることもなく、何かをするという発想もなく、ただ備えつけられた粗末な椅子に座っていた。
日がな一日、何をすることもなく、ただ座っていた。
そうして、十六年が経った。
***
ある日、突然に王都が崩壊した。
満月の大きな夜のことである。月がちょうど中天に差し掛かるころ、何もかもが震えて、崩れ落ちた。
地震ではない。建物の強度など関係なく、魔法による防衛など何の意味もなく、何もかもが一斉に崩落した。
王宮だけではない、貴族街も、下町も、貧困街も、一切の区別なく、何もかもが瓦礫に帰した。
身分など関係なく、王族も貴族も商人も冒険者も、斟酌なく全ての人間が崩壊する建物に巻き込まれた。
生き残ったのは運が良かったか、最初から瓦礫の及ばない場所にいたか、咄嗟に魔法で身を守れた一部の人間だけである。このたった一晩で、王都の八割を超える人間が瓦礫に埋まるか、他の要因によって死ぬことになった。
混乱を極めた街で、一人の少女がふらりと姿を消したことになど誰も気づかなかった。
***
てくてく。てくてく。
少女は歩いていた。あちこちすり切れたようなワンピースの少女だった。
てくてく。てくてく。
少女は静かだった。一人だったし、声の出し方が判らなかったから。
正確には、口から音を出すことならできた。けれど、口から意味のある言葉を話す訓練はしたことがなかったので、やり方が判らなかった。
てくてく。てくてく。
少女は歩く。最初に歩き始めたときは転んでばかりだったけれど、何日かしたら慣れた。
手には瑞々しいリンゴを持っている。リンゴをたくさん持っていたおばさんに、山で仕留めた魔鳥の一部と交換して貰ったのだ。
しゃくり。美味しい。
少女は、楽しくて仕方なかった。何をしていても楽しい。何を食べても美味しい。
気づけば、調子の外れた鼻歌が出ていた。ちょっと前にすれ違った子どもが口ずさんでいたものだった。
てくてく。てくてく。
そうしているうちに、少女は大きな門の前にきた。通ろうとしたら、大きなおじさんに止められた。
「こんにちは、小さなお嬢さん。通行許可証はあるかな」
少女は十六歳だったけれど、ろくな栄養を摂ってこなかったので、見た目は半分ほどの年齢に見えた。
通行許可証の意味が、少女には判らなかった。けれど何かを求められていることは判ったので、少女は食べかけのリンゴを差し出した。
男は面食らい、それから苦笑して、少女に目線を合わせてしゃがみ込んだ。
「通行許可証だよ。ここは魔族国との国境だから、通って良いですよって、許可が必要なんだ。身分証明とお金を持って、お役場に行って、お金と通行許可証を交換して貰う必要があるんだ」
「……」
少女には身分証明も、お金もなかった。むぐむぐと口を動かして、首を傾げる。
途端に男は、弱った顔になった。近寄ってきた門番の同僚と話し始める。
「困ったなあ。親御さんはいないのだろうか」
「そもそも、随分と酷い姿じゃないか。逃げ出したか、親に捨てられたのでは」
最初に話しかけてきた男には角は生えていなかったけれど、後から寄ってきた男には角が生えていた。
少女にとっては、間近で初めて見る角の生えた人間だった。正確には人間ではなくて魔族だったけれど、少女には見分けがつかなかった。
「ぅ!」
だから嬉しくて、少女は後からきた男に寄っていった。自分で自分の角を握ってアピールする。
「あぁ、魔族の子どもだな。ちょっと行くと純人国だから、虐げられて逃げ出してきたのか、もしかしたら元々うちの国民で、転移事故か何かで外に放り出されたという可能性もあるな」
「これほど幼い子どもを、このまま見捨てられないだろう。いったんお役場か、騎士団にでも連れて行こうか」
「その必要はありませんよ」
大きくもないけれど小さくもない声で相談していた男たちに割り込んだのは、若くてよく通る男の声だった。弾かれたように男たちが振り返る。
「え、あ、さ、宰相閣下? こんな辺境まで、いかがされました」
「なに、辺境といっても転移魔法でひとっ飛びです。ちょっとそちらの女の子に、用がありましてね」
割り込んだ男は言いながら少女に近寄って、幼い子どもにするように眼の前でしゃがみ込んだ。
「ご機嫌よう、王女殿下。魔王陛下からのお呼び出しですよ」
「ぅ?」
少女は首を傾げて、不思議そうな顔をした。
***
「さすがに、あの純人国みたいに都市をまるごと吹き飛ばされたら困りますのでね。お迎えに上がりました」
埃にまみれた髪と体は、宰相と呼ばれた男が指を一振りすれば瞬く間に綺麗になった。薄汚れたワンピースも、次の一振りで見たこともない、綺麗な薄緑色のドレスになる。
「簡単なデイドレスですが、まあ正式な謁見でもありませんからそれで十分でしょう。さすがにしっかりしたドレスを着るには、侍女の手が必要になりますので……。マナーも気にしなくて良いですよ、お習いになったこともないでしょうし」
言いながら、宰相は少女を抱え直した。少女はいま、宰相に抱えられて魔族国の王宮を歩いている。辺境から王宮までは、転移魔法で一瞬だった。
不思議そうな顔をしている少女に、宰相は得心したような表情になって、
「もしかして、『陛下』とか『宰相』って言葉の意味も判りませんかね。というか、どうしてこちらの国においでに?」
「ぁーぅ、」
無遠慮に宰相の角を掴めば、宰相は怒る様子もなく、けれどやんわりとその手を外した。
「なるほど、殿下ご自身が魔族ですからね。魔族国を目指すのは当たり前ということですか。お仲間がいるとお考えだったのでしょう」
少女には難しいことは判らなかったが、宰相の言っていることは何となく理解できた。だから、肯定の意味をこめて頷いた。
そうしているうちに、宰相は大きな扉の前に辿り着いていた。扉の前には男のひとたちが立っていて、宰相が頷いてみせると頷き返して扉を開ける。
「魔王陛下、お連れしましたよ」
宰相がそう呼びかける。大きな執務机の前に立っていたのは、美しい男だった。もっとも少女には、その男が美しいということすら、理解できなかったけれど。
それでも何となく眼を離せなくて、男を食い入るように見つめていると、同じように魔王と呼ばれた男も少女を見つめていた。
一つ、頷く。
「なるほど、これは大変な魔力だな。下手に戦争などに利用されなくて、良かったと考えるべきか。やろうと思えば、あの純人国の王都どころか国を丸ごと吹き飛ばすこともできただろう」
少女がきょとりとした顔をしていれば、魔王は薄く微笑んだ。部屋の片隅に置いてあるソファセットを示す。
「お茶菓子なんて食べたことがないのでは? 美味しいぞ、食べると良い」
いつの間にか用意されていたティーセットに少女が身を乗り出せば、宰相が腕から下ろしてくれた。伺うように魔王を見れば優しく頷いたので、近寄ってお皿に手を伸ばす。
見たことはなかったけれど、視たことはあるから知っている。これはクッキーというのだ。
クッキーを掴もうとした手を、寸前で宰相が押さえた。
「まぁ、お待ちなさいな。焦っても誰も奪いません。マナーを気にする必要はないと言いましたが、せめてソファに座るくらいはしなさい」
なるほどと思って、少女はソファに腰かけた。今度こそクッキーに手を伸ばせば、今度は止められなかった。
「……思ったより賢いですね。情報を聞く限り、何一つ教育を受けていないようでしたが。こちらの言葉もある程度は理解しているようですし」
「視ていたのだろう。視て、一人で学んだのだろう」
確認するような宰相の言葉に、答えたのは魔王だった。
「あの王国には、数代に一度王族に遠見の魔眼持ちが生まれると聞く。この王女は、その力を継いでいる」
「ということは、この王女殿下は確かに王族の血を引いていたということですね。王妃の不貞でできた王女だという触れ込みでしたが、王妃憎しゆえの偽りだったということですかね」
宰相の問いに魔王はしばらく沈黙して、
「……本気だったのでは? 王妃憎しだけで排斥するには、この子はもったいなさ過ぎる。使い勝手の良い魔眼に、これほどの魔力だ。言葉は悪いが、飼い慣らせば幾らでも戦力になり得るうえに、亜人国の婚姻相手として高く売ることもできただろう。最近の純人国では純人から魔族が生まれることは滅多にないから、そもそも魔族の始まりとは純人から生まれるものだというのがいつの間にか忘れられていたのでは」
「はー……。いや、納得しました。なるほどですね」
小声で話しているうちに、少女が魔王と宰相をじっと見上げていることに気づいた。二人が少女を見返せば、少女がクッキーを差し出してくる。
「んど!」
魔王が微笑んだ。
「おや、くれるのか。優しい子だね」
「幽閉から逃げるためだけに、一国の王都をまるごと吹っ飛ばしてますけどね」
「優しくしてこないものに優しさをかける気はない、ということでは? ただ優しいだけのものより、よほど良いだろう」
少女からクッキーを受け取って、魔王は少女に声をかけた。
「君のことは、ずっと気にかけていたよ。国境なんて関係ない小妖精たちから、話だけは聞いていたからね。魔力から生まれた妖精を、魚から生まれた人魚を、獣から生まれた獣人を、そして人間から生まれた魔族を。そうやって生まれた第一世代のものたちを純血種と呼ぶけれど、自然魔力の少ない純人国で、しかも都市部で純血種が生まれることなんて滅多にないからね。たとえばうちの国では、親を持たないことの多い純血種が見つかった場合は、国で保護して施設か里親に育てられることが決まっている。純血種は尊いものたちからの恵みと考えられているから、大切にされるんだ。こうして会えたことを、嬉しく思うよ」
魔王の言葉は長くて、少女には何と言われたのか理解できなかった。けれど魔王の声が優しかったから、少女は笑った。
「ぁぅ!」
「おや、笑った。……宰相、お前の子として引き取ったらどうだ」
いきなり話を振られた宰相は、けれどそう言われることを予想していたみたいに肩を竦めた。
「純血種、【賜り子】を迎え入れるのは名誉とされていますからね、嫁と相談してみます。じゃあ記念に、陛下がこの子に名前をつけてくださいよ。名前は子どもが最初に授かる祝福です。一国の王から齎された祝福は、この子の旅路を良いものにするでしょう」
「そうだなー……」
振りを返されて、魔王は弱った声を上げた。うんうんと唸って、少女と視線を合わせる。
にこにこと笑う少女に釣られたように微笑んで、魔王は口を開いた。
「この子の名前は――」
ファンタジーにはやっぱり獣人とか人魚だよね! って思うしその手の亜人と純人の種族による考えの違いとか大好きなんですが、それはそれとして種族の進化とかを考えると「獣人とか人魚はどこから来たの、、?」って脳がバグるので自分なりの答えを書いてみました
妖精は親を持たずに魔力や概念(あるいは自然とか)から、人魚は魚から、獣人は動物から、魔族は人間から、親が高い魔力を受けたために胎内転化して生まれてきたのでは、、みたいな考えをこねくり回しております
ほとんど走り書きで設定だけ書き出した感じです。もうちょっとストーリーとして組み立てたかったけど力が足りなかった。。いずれ組み立て直すかも知れません。とりあえず備忘も兼ねてあげておく
前にも「活動報告」でちょろっと言った気がしますが、わたしはファンタジーにおいて、進化という一点では人間とカニは似たようなものだと思っております。ある種の到達点というか、「いずれこの形に集束する」というか。だから人魚や獣人が存在するのだ、みたいな。だから、異世界転生とか異世界転移とかで、大概の場合は転生や転移した先にも人間ないし人間に近い種族がいる場合が多いのでは、、みたいな。人類みなカニです。カーニカニ
と、いうのを形にするべく書いてみましたがちょっとうまく形になりませんでしたね。。似たようなテーマでまた何か思いついたら書くかも。例によって見直ししてないので誤字脱字があったら済みません、そのうち見直しにきますー
【追記20250305】
活動報告を紐付けました! ぐるぐるしています
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3412074/
【追記20250311】
タイトルの「末路」という言葉に違和感があるというご指摘を頂きました。ノリと響きと雰囲気で決めたタイトルですが言われてみれば「確かに…!」ってなりましたご指摘ありがとうございます
アップから何日も経ってるのに今さらタイトル修正するのもなーってなったので本作はひとまずこのままでいきます。が、次から気をつける