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リコリス




この国において愛人を持つ事は

黙認されている。

でもそれは妻や周囲にバレないように、

綺麗に、静かに行ってこそ。

愛人を片隅とはいえ屋敷に

住まわせるなんてもっての他だった。


リコリス・サリパス。

代々、死刑執行人を輩出する特殊な伯爵家、

サリパス家に生まれた私。

父は妻がいながら、平民の愛人を

屋敷の離れに住まわせていた。

勿論、プライドの高い正妻がそれに

耐えられるはずがない。


でも夫に歯向かえる度胸と頭がない正妻は、

代わりに私をいじめて遊んでいた。

剣を持てないくせに、私の訓練に口を出す。

馬鹿みたいな練習量を課す。

兄を負かせたら腹いせに鞭を打つ。

数分早く生まれただけの正妻の息子である兄も、

試合では私に勝てないから正妻のいじめに

乗っかって笑っていた。

惨めよね。


愛人も傷だらけの私を出来損ないの

不細工だと笑っている。

父親は何もしない。してくれない。


自尊心を守る為に虐待を繰り返す正妻。

私よりプライドの高さ以外、全てが劣る兄。

嗤ってくるだけの実の母親。

父親という名前の他人。


誰とも喋らないせいで上手く話せない。

どもれば、また家族という名の悪魔が笑う。

そんな生活が嫌で、苦しくて。

遠くの領まで逃げ出した時、

私はあの子に出会ったのだ。

あまりにも優しくて甘い、親友に!


泣いていた私に優しい声を

かけてくれたアネモネ。

私の話を笑わなかったアネモネ。

似ている傷を抱えたアネモネ。

悲しんでくれた、怒ってくれた、

そして認めてくれたアネモネ。


この私、リコリス・サリパスに

微笑んでくれた!


その日から、私は彼女に会う事だけが

楽しみになった。

いじめも鞭打ちも、終われば

あの子に会えるのだから何も苦じゃない!

心強い親友がいてくれるのだ、

優しい味方がいてくれるのだ!


でも気付いてしまった。

もしアネモネの事を正妻達が知ったら?

それに、私はあの子に何も返せない。

名ばかりの貴族令嬢の私は、

あんなに貰った優しさに対して

何もしてあげられない。


だから、猛烈に私は欲しくなった。

邪魔なモノを排除した先に得られる、

サリパス家当主の肩書きという

権力という名の報酬が。


徹底的に、だけど密やかに。

父親の弱みを探っている最中に

医者から聞き出せたのは、満月の夜に

金を握らされて、正妻と愛人の赤ん坊を

入れ換えた事。

貴族の血を自慢するあの兄の半分は、

彼自身が嫌悪する卑しい平民の血で

出来ている事。


父は、正妻に愛する相手との子である

兄を害されないよう、正妻の子……

私と入れ換えた。

兄も私も父親に瓜二つなせいで、

愚かな正妻は気付かなかったのでしょう。

そして愛人は正妻の娘である私を

憂さ晴らしでいじめ……正妻が実の娘を、

本当の息子が憎い相手の娘を虐げるのを

見て笑っていた。


両親の政略結婚は、家の発展というよりは

両家の血を保つ意味合いが強かった。

だからこそ国主導で行われた

婚姻だったというのに、愛人の子の兄が

跡取りとして認められる訳がない。


愛人が保管していた父からの手紙の中から

計画を記した手紙を拝借させてもらい、

瀕死のクズ医師を添えて

然るべき機関に突き出した。

するとあれよあれよという間に、

王家の意に反した逆賊の出来上がり!



「貴様……育ててやった恩を忘れたか!」

「そうよ!

命がけで生んでやったのに!」


「貴女が産んだのは男児でしょう?

あそこにいる男です。」



拘束された父と愛人に、

懇切丁寧に説明をしてあげる。

お前らの企みはもうバレているのだと。

バレる訳がないと信じていた父と愛人は

無様な間抜け顔を晒して役人達に

引きずられていきました。



「俺が……愛人の息子、だと?

はは、とうとう頭がイカれたか?」


「嘘、嘘よ!

じゃあこの子は……!」


「はい、“お母様”の大嫌いな愛人が

産んだ子供です。」


「イヤァァアアアアアアッ!!!!」



茫然自失な“兄”……実は弟ですが、

少しでも立場を上げる為に

父が兄と偽ったそうです。

金切り声を上げながら髪をかきむしる

実母は、血走った目で私に迫ってきました。



「じゃあ貴女が私の子……!

ごめんなさいね、ごめんなさい。

騙されていたとはいえあんなゴミを

可愛がっていただなんて……。」


「は、ははう」


「黙れ、汚ならしい!

私と娘の前から消えなさい!


さあリコリス、お母様とお洋服を

買いに行きましょう、

そんな汚い服はあのゴミが着るべきだわ。」



兄に向けていた笑顔を私に向ける“母”。

悪意のないただの美しい笑顔。


でも、少しも響かない。

私が欲しいのは、嬉しかったのは

アネモネの笑顔なの!!!!

こんな“汚い”笑顔じゃないわ!!!!



「駄目ですよ、お母様。

貴女はサリパス家の正式な跡取りを

長期間虐待していたんですから。


お母様にも裁きが下されます、

冷たいけれど平等な、裁きが。」


「ど、どうして……?

許してくれるでしょう?

あ、あれは愛よ!愛だから許されるの!

貴女は私の子なんだもの、

それにお母様って……」



言ってくれたじゃない。

そう言う“母”はとってもみじめで。

確かに楽しいですね、憐れな存在を見るのは!


心が壊れたのか、何も出来なくなった

“母”も連れていかれ、残ったのは私と

半分汚れた愚かな兄だけ。

ガタガタと震えるしか出来ない、

弱い兄だけ。



「“お兄様”、生き残りたいなら……

分かりますよね?」



その後、お兄様“から”申し込まれた

決闘で残念ながら彼は死んでしまいました。

そもそも、正妻が私に課していた練習量は

軽く見積もっても兄の五倍。

勝てる訳がないのです。


そうしてリコリス・サリパスは

伯爵家の当主になりました。

貴族学院に通っていない令嬢の当主就任は

本来ならあり得ない異例の出来事ですが、

長期間の虐待を見逃していた事を

帳消しにする代わりとして認めて貰いました。


そもそもサリパス伯爵家は、

王家の息のかかった死刑執行人という

特殊な立ち位置。

“もしも”の為に存在する、

貴族ですらほとんど触りたがらない

タブーの存在です。


ですのでほとんど騒がれる事もなく、

私は当主の座に着きました。

そして初仕事は父だった人と

母だった人、三人の処刑でした!


どうしてかって?

サリパスの名前に乗っかり、

随分やらかしていたようですから。

父は嫡男でしたが、あの手この手を使って

処刑人の仕事を他人に押し付けたりして

逃げていたのも重罪の理由の一つなのだとか。


煩かった父と愛人は、兄の腐りかけた生首を

見せて差し上げたら静かになりました!

母はただぶつぶつの何かを呟くだけ。

私の腕前も見せられて、

ゴミの処分も同時並行で可能!

なんて効率的なんでしょう!


急いで私はアネモネのところへ、

花食亭へ向かいます。

これからは仕事が多くなってしまって

以前より会えなくなるけど、

離れていても私達は親友だから。


当主としての服からボロボロの服に

着替え、結んでいた髪を解き。

馬を走らせて、親友の元へ向かう。


早く会いたい! あの素敵な笑顔が見たい!

これからは私もアネモネを守れるし、

陰ながら助けられる!


恩を、やっと返せる!

待っていて、アネモネ!!!!





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