シンジャ
“女神”なんてこの世にいなかった。
それをただの人間のオレが知ったところで、
どうしようもなかったんだ。
世界がぐらぐら揺れて砕けて、
取り返しがつかなくなっただけだった。
オレが身を置いていたのは、
いわゆる教団ってヤツだった。
とある女神を信じて祈って、お偉いさんの
ありがたい話を聞いて金を出す。
迷える自分の願いを叶えてください、
愚かなワタクシをお救いくださいってな。
親の顔は知らない。
どうやら、赤ん坊の頃に拐われてきたらしい。
拐われて“調教”されるガキを何人も見た。
美しくお優しい“女神”様は、
信じる者を助けてくれる。
だから“女神”様をお助けするように。
その教えのために、オレ達は作られた。
“女神”様の手となり、その素晴らしさを
何も理解出来ない馬鹿共を“女神”様の元へ
送って救ってやる……つまり、
目障りなヤツを殺す為の暗殺者を
やってたんだよ。
信者達は教えを広めるべく、
村や町を訪れては追い返され
みじめに身を寄せ合って傷をなめ合う。
今思えばあれも洗脳の一つだったんだろうぜ、
団結力とやらを上げる為の。
オレも最初は“女神”様を信じてたさ、
他を知らなかったから。
間違ったモンしか知らねぇなら
それが正しいモンになる。
言われるがままに人を“救った”、
それが“女神”様の優しさだと
教えられていたから。
……だがなぁ、オレは気付いちまった。
教団に女神なんざいないんだって。
あの教団が本当に信仰しているのは、
ふんぞり返って肥え太った豚……
教祖サマだってな。
指示をするのも、金を得るのも、
モノを捧げられるのも。
全部あの男なんだと気付いた。
“女神”様とやらには、水一滴も注がれていない。
ただのハリボテ、憐れな“女神”様。
あぁ、だから全部殺したよ。
信じる者が消えた“女神”様は死んだ。
オレが殺した、救ったんだ。
腐った“豚”も、それに群がる“ハエ”も。
“奇跡の秘薬”とかいう幻想に縋って、
心と身体がぶっ壊れた“肉”も。
娘を貢ぎ物として差し出した“袋”も。
その結果、足も無く、手も無く、
受け入れる事しか出来なくなった“箱”も。
教団の建物に火をつけて、
オレはその中に飛び込んだ。
でも死ねない。
刻み込まれた教団の紋章が
皮膚ごと焼けて消えていっても、
オレは死ねなかった。
死に場所を求めれば求めるほど、
生き恥を晒すくだらねぇ人生の中で
オレは本当の“女神”に出会う。
助けを求められても、誰一人として
助けられない絵空事の女神じゃない。
自分勝手に助けとやらを押し付けて、
無理やり掬い上げる本物の女神。
その傲慢さ、なんとも神々しい事モンだぜ。
オレを助けたのは大して美しくもない、
ただの人間の女だったんだから面白ぇ。
見たか豚!
オレは、オレは本当の女神を
見出だしたんだ!
女神の手は大理石みたいになめらかじゃなく、
身体は軽いが血が通っていて温かい。
祈りを捧げよう、オレを掬ったその手に。
膝をついて傅こう、オレを救ったその愛に。
オレは信者なんだ。
唯一無二の、オレだけの女神様の。